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第3話

Author: 人類補完計画
そんな日々に休止符が打たれたのは、ある雨の日だった。

真言は雨に濡れ、すっかり見すぼらしい姿で病院を訪ねてきた。会社の最後のプロジェクトが頓挫し、共同経営者たちも皆、彼のもとを去ってしまったという。

私は彼を休憩室へ連れて行こうとしたが、その途中で、病院の大株主の娘と鉢合わせた。タオルで彼の濡れた髪を拭いていると、可愛らしさの奥に傲慢さを滲ませた声が響いた。

「あなたが『クラウドインタラクション』プロジェクトの桜井真言さん?父があなたの企画に興味を持っているみたい。明日、私のオフィスに来て、少し話を聞かせてくれない?」

振り返ると、シャネルのスーツに身を包んだ女性が入口に立ち、興味深そうに真言を眺めていた。菅原千枝――この病院の筆頭株主の娘だ。

そして、あの日を境に、すべてが変わり始めた。

真言の会社は奇跡のように巨額の投資を獲得し、息を吹き返した。彼は急激に忙しくなり、帰宅は次第に遅くなった。身にまとっていたタバコと酒の匂いは、いつしかさまざまな女性用香水の匂いに変わっていった。

一方で、私の病院での日々は、理由もなく居心地の悪いものへと変わっていった。

千枝が、あからさまに私を狙い始めたのだ。

たまには手術報告書の書式が違うと言い、たまには回診時の患者対応がなっていないと難癖をつけてきた。

些細なことを針小棒大にしては上司に告げ口した。

最初のうちは、真言も私を慰め、味方でいてくれた。だが、いつの間にか、彼は変わってしまった。

その日も千枝が取るに足らないことで部長に告げ口し、私は事情を聞かれることもなく厳しく叱責された。悔しさに胸が詰まり、夜、家に帰って真言に愚痴をこぼした。

すると彼は、いらだたしげに眉をひそめた。

「美穂ちゃん、もう少し大人になりなよ。職場で多少の摩擦なんて普通だろ?相手はああいう立場なんだ。少しは折れてやればいいじゃないか」

私は呆然とした。

真言が、こんな口調で私に言葉を向けたのは初めてだった。

私は悔しさで目に涙が滲み、「彼女が難癖をつけてきたんだよ!」と声を荒らげた。

真言はため息をつき、口調を和らげたが、スマートフォンに視線を落としたまま、どこか上の空で言った。

「わかった、わかった。彼女が悪いよ。でもさ、考えてみてくれ。彼女が他の人じゃなくて、お前にだけ難癖をつけてくるってことは……お前のほうにも、何か落ち度があったんじゃないのか?」

スマートフォンの光が、わずかに吊り上がった彼の口元を照らしていた。

メッセージに返信する彼は楽しげな表情を浮かべていた。

私が思わず身を乗り出すと、彼は無意識にスマートフォンを隠した。

その瞬間、胸の奥に、これまで感じたことのない不安が湧き上がった。

その夜、私たちは激しく言い争った。

スマートフォンの相手は誰なのかと問い詰めると、真言は最初は否定したが、追い詰められてようやく口を割った。

「千枝だよ。ただの友達だ。彼女の父親が、俺の新しいプロジェクトに興味を持ってるんだ。無下にできるわけないだろ?」

理屈だけを並べれば、隙のない説明だった。それでも、女の勘が、私の内側で警鐘を鳴らしていた。

翌日、真言は珍しく仕事を休んだ。

「美穂ちゃん、結婚しよう」

そう言って、婚姻届を私の前でひらひらと掲げ、誠実そうな眼差しを向けてきた。

「これで、やっと俺を信じてくれるだろ?俺の妻はお前、中村美穂だけだ」

このサプライズを受けた瞬間、不安も疑惑も、霧が晴れるように消え去った。私は自分が疑い深すぎただけなのだと思った。

真言は私を愛している。ただ、成功を焦っているだけだ。

私は彼を支えるべきで、わがままを言うべきではない。

署名した翌日、「役所に婚姻届を出した」と真言は教えてくれた。すると、私は感情を押し殺しながら、千枝を避け、病院でエスカレートしていく彼女の嫌がらせに耐え続けた。そうすれば、この愛を守れると信じていた。

しかし、私は間違っていた。一度腐り始めたものは、もう二度と、元には戻らない。

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