難産の末の大量出血。胎児は窒息状態に陥っていた。緊急帝王切開が必要だと告げられた、まさにその瞬間――夫である鳴瀬陸(なるせ りく)は、幼なじみから届いたメッセージに返信していた。看護師が手術同意書を差し出し、署名を促しているというのに、彼はペンを乱暴に放り投げ、そのまま立ち去ろうとする。「千鶴のドレスのファスナーが引っかかっちゃってさ。俺が助けてやらないと」私は背を向けた彼の服の裾にすがりつき、必死に懇願した。「赤ちゃんが危ないの。今すぐ手術しなくちゃ……お願い、この子を助けて。あなたの子どもでしょう!」陸は、心底うんざりしたという顔で、その手を振り払った。……麻酔の効力が少しずつ薄れ、腹部を引き裂くような激痛に目を覚ました。重たいまぶたを持ち上げると、そこにあるはずの保育器は影も形もなく、空虚な空間だけが残されていた。若い看護師が部屋に入ってきて、私が目を覚ましたことに気づくと、気まずそうに視線を逸らした。「看護師さん……私の子どもは?」私の問いかけに、看護師は目を伏せ、小さな声で告げた。「皆実夏希(みなみ なつき)さん……お悔やみ申し上げます。お子様は、酸素欠乏の時間が長すぎて……助かりませんでした」その瞬間、私の世界は音を失った。心臓をえぐり取られたかのように、胸の奥が空洞になり、ずきずきと痛む。口を開いたはずなのに、泣き声すら出てこなかった。ただ、全身を包む冷たさだけが、じわじわと広がっていく。呆然としたままスマホを手に取ると、画面には数十件の着信履歴が並んでいた。すべて、両親と兄からのものだ。陸からの着信は、一件もなかった。LINEを開き、私は彼に一行だけメッセージを送った。【赤ちゃんが亡くなった】ほとんど間を置かず、彼から返信が届いた。【子どもに呪いをかけるのはやめてくれ、縁起でもない!】【こっちは忙しいんだ。終わったらすぐ行くから、悪い冗談はやめろ!】震える指で、諦めきれずにもう一通、文章を打ち直して送った。【冗談じゃない。本当に……帰ってきてくれない?お願いだから】送信した瞬間、彼の携帯に電話をかけた。もう一度、あのメッセージを見てほしかった。だが、受話器から返ってきたのは無機質な機械音声だった。「申し訳ございません。おかけになった電話は、電源
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