All Chapters of 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

第二十話

 開始時間が近づき、僕もサイドスポットの後ろにスタンバイする。椅子は用意されているが、座った状態から立ち上がるときに音が鳴るので、本番が始まったら椅子には座らない。使うタイミングが近づくまでしゃがんで待機する。最後の客入れ曲が流れ、客席の電気を消す。これも僕の仕事になっていた。僕が一つボタンを押すたびに客席は暗くなり、客席の電灯がすべて消えると調光卓にいる旦那さんが舞台上の照明が徐々に落としていく。客入れ曲の音量はそれに合わせて徐々に上がっていく。周囲が完全に暗闇になると同時に音響がカットアウトし、舞台上のサスが灯る。ゲネが始まった。 サイドスポットの出番は一時間くらいあとなので、しゃがんで待機する。衣装や制作、大道具小道具の部員たちはゲネ中の仕事はないので客席に座っている。本番では多目的ホールの外にある受付と場内の案内係に分かれる予定だ。脚本演出のシュン先輩は音響操作も担当していたので、音響卓に座っている。ガジンは音響助手になったのでその隣に座っている。 いつも稽古を見ていると、細かくストップして演出から助言が入るので、通しで見ることはほとんどなかった。だから、なにかミスが起きても止まらずに見ることができて新鮮だった。といっても、ミスらしいミスは誰もしていない。そして、あらためて通してみるとおもしろい作品だとわかった。脚本だけでも面白かったが、演出家の演出プランにより音響と照明と舞台装置と衣装と役者の演技が合わさると、別の作品を見ているようだった。 サイドスポットが使用されるシーンが始まる。僕は立ち上がる。足はしびれていない。しびれないように細かく動いていた。暗転して「兄が死んだのは、」と続いていくセリフの「は」のタイミングでスポットライトをつける。スイッチを入れるだけなので簡単だ。スイッチの下に蓄光テープも貼っている。それでもタイミングを間違えると役者に動揺を与えるので責任は重大だ。絶対にミスしないように緊張する。何度も練習したので、どのくらいの力を入れたらスイッチを押せるのか、どのくらいの力までならスイッチが動かないのかすでに体で覚えている。照明が消えると同時に曲が入る。「兄が死んだのは、お前のせいだ!」 ミスなく自分の仕事を終えることができた。あとはもう操作するこ
last updateLast Updated : 2026-01-08
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第三章 公演 第二十一話

 翌日。金曜日なので、いつもどおり授業があるが妙にそわそわして集中できなかった。今日の授業は四コマ目で終わるので、本番開始まで少し余裕がある。昼になり、なんとなく部室で昼食をとることにする。生協で弁当を買ってサークル棟へ向かう。部室にはけっこう部員がいた。「おはようございます」 始めのうちは自分が受け入れられているのか自信がなく気後れして入りにくかったが、部室に入るのももう慣れた。平日は午後六時から午後九時半まで、授業の隙間や昼もこうして部室にいたので、なんというか家族よりも一緒にいる時間が長い気がする。「おっはよー!」 元気な声で橋本さんが挨拶を返してくれる。他の部員たちも口々に挨拶してくれる。そういうなんでもないことがなんだか嬉しい。世間では何でもないことかもしれないが、僕にとっては貴重だった。「来たな、ナベ」 ガジンはカップラーメンを食べている。部室には十人くらいいてちょっと手狭に感じる。「なんか授業中もそわそわしちゃってさ」 テーブルがあいてないのでプラスチック製のビールケースに座る。どこから持ってきたのかわからないが、演劇研究会の部室にはビールケースがやたらとたくさんある。舞台で使うのだろうか。「わかる」 ガジンはラーメンをすする。「ガジンくん、今日ずっと部室か多目的ホールにいるでしょ」 そうツッコむのは主役の一人の久美子先輩だ。前田先輩は部員たちから久美子と呼ばれている。「そわそわしすぎて授業どころじゃないんですよ」 「あー、危ない。ガジンくん留年しそう」 久美子先輩はニヤニヤ笑っている。「もう浪人してんですから留年は勘弁してほしいですね」 「えっ!?ガジン、浪人してたの!?」 初耳だった。同い年だと思っていた。「うん、俺二十歳」 「うそ!?成人もしてたんだ」 珍しく大声を出してしまったがこれも初耳だ。自由に生きてるとは思っていたが、意外だった。「そうそう、俺もう酒飲めるよ」 「うっそー!?
last updateLast Updated : 2026-01-09
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第二十二話

「ちょっと多目的ホール行ってきます」 そう言い残して廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。「ナベ〜、ちょっと待って」 橋本さんだった。「どうしたの?」 「私も行く」 「そう。橋本さんは今日の授業、受けてた?」 橋本さんはみんなから裕子と呼ばれていたが、僕は名前呼びが気恥ずかしいので橋本さんと呼んでいる。「ねえ、ナベも裕子って呼んでよ」 橋本さんに上目遣いで見つめられ、目が泳ぐ。「えぁ、あー……裕子、ちゃん」 体温が上がる。顔も赤くなっているかもしれない。「やだ。ちょっとドキドキする」 橋本さんも照れていた。「そうだね……いや、なんか本番前の舞台を見ておきたくてさ。とくに用事があるわけでもないんだけど」 空気に耐えられず話題を変えて早口でしゃべる。「わかる。私も見たい」 「あ、多目的ホール開いてるかな」 階段を上って三階についた。「今日本番だし、誰かいるんじゃない?」 橋本……裕子ちゃんの言う通り、ドアが開いた。金槌の音がする。佐々木さんが舞台装置の補修をしているみたいだ。『おはようございます』 佐々木さんの他にも、多目的ホールには主役三人のうちの二人、ブラザーさんと伊藤哲也先輩がいた。伊藤先輩は金八と呼ばれている。たぶん名前がてつやだからだろう。今回の芝居の中でも金八のモノマネをしていて、けっこう似ていた。「佐々木さん、なんか手伝うことあります?」 「おーナベくん、いいところに来た。ちょっとこれ押さえててくれる?橋本さんも暇なら足ちょっと踏んでて」 佐々木先輩は舞台装置の壁と壁の継ぎ目を目立たなくしようとしているところだった。壁の裏から押さえていると、金槌の衝撃がけっこう響いてくる。橋本さんは壁に取り付けられた足の枠組みの中にしゃがんで入り、ちょこんと座って体重を乗せている。おしりをつけない体育座りのような、ちょうどスズメが電線にとまっている様子に似ている。僕は左腕で壁と壁の継ぎ目を押
last updateLast Updated : 2026-01-09
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