Semua Bab 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 入学編: Bab 31 - Bab 40

49 Bab

第三十話

 これから午後九時半までの間に多目的ホールをもとの状態に戻すバラシが行われる。だいたい仕込みと逆の順番で行われるが、見栄えやお客さんの安全を考える必要がないので仕込みより少し楽だった。客席がなくなり、音響卓がなくなり、舞台装置を運び出していくとどんどん多目的ホールが非日常から日常へと戻っていく。その様子はなんだか寂しかった。けれど満足感や達成感を感じてもいて、次はいつ始まるんだろう、という期待が芽生えた。 最後に照明を天井から下ろすと、いつもの多目的ホールに戻った。時刻は午後九時を少し回ったくらいだ。それから部員全員で打ち上げへ行くことになった。近くにあるチェーン店の居酒屋だ。 二十数名の打ち上げなので、事前に予約していたらしい。掘りごたつのついた長テーブルが二つ並んだ席に案内された。各テーブルに十人くらい座れるようになっている。 「はい、それではみなさん、お疲れ様でした!アンケートはまあ、これから読むとして。お客さんの反応も良かったですし、全公演ほぼ満席になったということで、成功と言っていいと思います。乾杯!」 『かんぱ〜い!!』 舞監の山口さんが音頭を取り、打ち上げが始まった。僕もビールを注がれたジョッキを持って乾杯する。このころの成人年齢はまだ二十歳で、僕は十八歳だった。いままで正月とかにお神酒とかを飲んだことはあったけど、お酒を飲もうと思って飲むのは初めてだ。当然、飲酒は認められていない。一杯くらいなら飲んでもいいかな、と思ってしまった。強要されたわけではない。なんとなくそんな気分になっただけだ。 初めて飲んだビールは苦かった。炭酸もとくに好きというわけではない。好んで飲もうと思うようなものではないな、というのが感想だった。生まれたときから肝臓が悪かったので、たぶん僕はお酒に弱いのだろう。でも酔っ払った感覚がするかというと、よくわからない。一杯ではそんなに影響がないのかもしれない。でも今日はこれ以上飲むのはやめておこうと思う。 僕は話をするのが得意ではないので、酔っ払って大きな声で話している部員の話を聞きながら笑っているうちに、居酒屋の予約時間は過ぎた。飲み会では一食に三千円もかかるのか。ふだんは学食や生協で一食四百円くらいですませている。高校を卒
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第三十一話

 風呂に入って翌日、朝起きるのが辛かった。月曜は一コマ目から授業がある。寝不足のまま大学へ向かった。午前中は居眠りをしつつ授業を受け、昼食は部室で食べることにする。最近いつも部室で食べていたから、習慣になってしまったかもしれない。食堂で食べたほうが量も質もいいのだけれど。  部室にはすでに十人以上来ていた。「おはようございます」 僕はまたビールケースに座る。大学生協の電子レンジで温めた弁当のフタを開ける。片手持ちで弁当を食べるのにももう慣れた。「次の公演の時期って、もう決まってるんですか?」 部室にケンさんがいたので気になっていたことを聞いてみる。ケンさんは部長の鈴木先輩だが、だれも部長と呼ばない。なので、僕もケンさんと呼んでいる。「ちょっと先だけど、次は十一月だよ。夏休み明けから稽古を始める予定。新人公演だよ。俺らも手伝うけど、基本的にメインで動くのは一年だけでやってもらう予定」 「……そうなんですね、六人だとちょっと厳しそうな感じがしますね」 「ああ、音響照明とかの操作関係は二、三年でやるよ。でも役者も脚本も音響照明舞台プランとかも、全部一年でやってもらうよ。たしかに、あと何人か入ってくれるといいんだけどな」 「そうなんですね」 「まだ半年以上あるんですね。脚本書いてみるか」 ガジンも話に加わる。「お、ガジンやってみる?脚本書くの大変だけど。既成の脚本使ってもいいけど、やっぱりおもしろいのはオリジナルだよね」 ケンさんも脚本を書いたことがあるのだろうか。「ですよね。なあナベ、役者やってみない?登場人物多いほうがおもしろい脚本になるよ」 「そうだなー……。あんまり出番が多くなければ、やってみてもいいかな……」 「まじで!?みんな聞いた?」 「聞いたよー」 「聞いた聞いた」 その場にいた一年の橋本さんと池田さんが返事をする。「あれ?早まったかな」 今まで僕は部内でも役者なんてやれるわけがないと言っていた。僕はするっと声に出してしまった言葉に少し焦りを感じた。でも、本心でもある。役者をやってみたいという気持ちは嘘ではなかった。「気づいてないかもしれないけど、ナベはもうどっぷり演劇の沼にはまってるよ」 満面の笑みでガジンが断言する。「そうかな?……そうかも」 「こっちの世界へようこそ」 「お邪魔します」 ガジンの言
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第四章 試験 第三十二話

 公演が終わると、演劇研究会は休止状態に入った。月・水・金に多目的ホールで柔軟や筋トレや発声練習などの基礎的なトレーニングのあとに、東京にある有名らしい劇団の既成の台本を使って台本を読んだり立ち稽古をしてはいたが、午後九時半ぎりぎりまで残って稽古をすることはなくなった。本番まで濃密な時間を過ごしていたので、なんだか気が抜けてしまった。 半年後まで公演がないのなら、いまは何をして過ごせばよいのだろう。演劇に触れる前の自分がどうやって暮らしていたのか、ほんの少しの間の出来事なのに自分が完全に塗り替えられてしまった気がする。 大学では授業が進んでいる。高校までは教室移動はほとんどなく、一日をほぼ一つの教室で過ごしていた。けれど大学は毎時間教室が変わり、授業を受ける生徒の顔ぶれも変わる。異なる学年の学生がいたりもする。その決められていない自由な感じが僕には心地よかった。 学食の営業時間が長いことも嬉しいことの一つだ。午前十時から午後六時まで開いている。僕は人混みが嫌いなので、十二時から午後一時までの間はあまり食堂を利用したいと思わない。午後一時になると三コマ目が始まるので一気に人が減る。だから三コマ目がない時は食堂、そうでない時は生協で買った弁当を部室で食べるようになっていた。 六月になると体育祭が行われることになった。演劇研究会も参加することになっていた。暇だからだろうか。競技はソフトボールだった。球技は中学生の時に部活に入っていた卓球意外苦手だ。だけどまあ、毎日練習して優勝を目指しているわけでもなく、なんか楽しそうだから参加しているだけなので気負うこともない。各種目の三位まで景品がもらえるらしい。焼き肉屋のチェーン店で使えるチケットとか高級そうなお菓子のセットとかそんな感じのやつだ。「よーし、行くぞお前らァ!」 折れた腕が治ったばかりの骨折さんがピッチャーだった。病み上がりで大丈夫なのか心配だが、骨折さんが自分でやりたいとはりきっていたのでどうしようもない。僕の打順は八番、守備位置はレフトだ。もし二回戦に進んだらメンバーが入れ替わることになっている。「ふん!」 骨折さんは投げるたびに叫んでいる。試合の相手は登山サークルチーム、演劇研究会チ
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第三十三話

 一回裏、一番バッターは背の高い田中さんだ。田中さんはすっとバットを遠くに向けて静止させ、予告ホームランのポーズをとる。演劇研究会の部員たちは、うおおお!と沸き立つ。「田中さーん!やっちゃって下さーい!」 いつも鍛えているのでこちら側の声援は明らかにでかい。「俺は三振に百円」「違うな。俺は内野ゴロに二百円」「フォアボール!あ、百円ね」「あれ、ホームランに賭けるやついないの?」 先輩たちが賭けをはじめた。「お前ら、せめてヒットに賭けろって!」 田中さんが文句を言う。相手のピッチャーが投げる。スパァン!という重い音が響いて打球が前に飛ぶ。野球と違って打球音は低い。ボールが柔らかいからだろうか。ボールは低く鋭くバウンドしながら飛んでいった。田中さんは疾走し、二塁まで進む。「おらぁ、見たかお前ら!」 田中さんは演劇研究会の方へ指をさす。「ナイスバッティング!」「さっすが」「誰も当たんね−」「ホームランは?」 二番は山口さんだ。バットを軽く揺らしながら静かに構えている。「すげー打ちそう」「雰囲気はあるな」 一球目はボール。山口さんは手を出さない。「ヘイ、リーリーリー!」 田中さんがリードする。「アウトー」 塁審が田中さんをアウトにする。「は?なんで?」 ソフトボールは野球と違ってリードするとアウトになるらしい。初めて知った。「嘘だろ!?ソフトボールってそうなの?知らねーし!」 田中さんが文句を言いながら返ってくる。「ルール知っとけー!俺も知らんけど」「下投げ以外野球と一緒だと思ってた」「さすが!期待通り!」 山口さんがスリーベースを打った。「山口さーん!」「かっこいー!」「なんだなんだ、俺の時とはずいぶん反応ちがうな」「予告ホームランとかするからだよ」
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第三十四話

 試合は進んでいき、三回の裏になると一対二でリードされていた。先頭打者は僕で、一度目の打順が回ってきた。「ナベー、がんばってー!」 裕子ちゃんが声援を送ってくれている。球技は苦手だけどなんとか塁に出たい。たぶん打てないのでフォアボールでもデッドボールでもよかった。相手ピッチャーが一球目を投げる。打てない気がしたので見送る。「ストライク!」「ナベー!バット振れー!」 仕方ない。振らずにアウトになるよりは振ってアウトになった方がましか。二球目。思いっきり振ってみたが、盛大に空振った。「ストライク!」「ドンマイ!」「がんばれー!」 応援されるのはなんだか嬉しい。どうにか役に立ちたい。三球目が飛んでくる。大きく外してきたので動かずに待つ。「ボール!」「よく見えてる!」「ピッチャーびびってる!」 味方をしてくれるとなんだか打てそうな気がしてきた。四球目。当たれと思いながらバットを振る。バットに衝撃を感じたので全力で走る。ボテボテのゴロだ。ピッチャーが打球を追って近づいてくるのを横目で眺める。このタイミングだとたぶんアウトだ。 けれど、そこでボールが変な方向にはねた。グラウンドがきちんと整備されているわけではないからだ。ラッキーで一塁に出ることができた。「ナイス、ナベ!」 僕は片手をあげて声援に応える。自然に顔が緩んでいた。スポーツを楽しむなんて、いつ以来だろう?勝ち負けにあまりこだわらず、応援されながらやるスポーツは楽しい。 次の打席は九番ピッチャーの骨折さんだ。「俺に任せとけ!逆転タイムリー打ってやる!」「骨折ー!無理すんなよー」 骨折さんはファールを二回打った後、一・二塁間を抜けるヒットを打った。「骨折ー!腕折れてないかー!?」「治ってるゆーとりゃー!!」 骨折さんは気が向いたときに名古屋弁を話すが名古屋に住んでいたことはない。そのため、|似非《えせ》名古屋人と呼ばれたりもしている。 
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第三十五話

 打順は一巡し、再び田中さんがバッターボックスに立つ。すっとバットを遠くに向けて静止させ、予告ホームランのポーズをとる。今度は演劇研究会のベンチから爆笑が起きた。「打てんのか田中ー!」「田中さんがんばってー!」「見とけお前らー!」 ストライク、ボールと続いて三球目、フルスイングした田中さんはホームランを打った。演劇研究会のベンチから黄色い声援が響く。相手のピッチャーは飛んでいった打球を振り返り、地面に片手をついてしゃがみ込んだ。絵になってしまうな。「田中さんかっこいー!」「まじか田中ー!」「やりやがった、すげー」 僕が最初にホームベースに戻ってベンチに戻ると、演劇研究会のみんながハイタッチしてきたのでそれに応える。嬉しさと気恥ずかしさがないまぜになった。つづけて骨折さんも戻って来る。田中さんは両手を振りながらゆっくり塁を回って戻ってきた。スターのようだ。 次の打順は二番、ブラザーさんだ。「ブラザーさーん!」「ブラザー、打てー!」 ブラザーさんは三振した。「みんなごめん」「ドンマイ、ブラザー」 ブラザーさんが歩いて戻って来る。舞台の上に立っていない時はぬぼーっとした寡黙な二枚目だった。「追加点とれなかったらごめんね」 そう言ってバッターボックスへ向かったのは三番の久美子さんだ。「久美子さんファイトー!」 久美子さんは初球打ちで一塁に進んだ。「久美子さんすごーい!」「久美ちゃんナイスー!」 四番は旦那さんだ。「ドカベーン!」「ホームラン打てー!」 背は低いが太っていて打率が高そうなので、ドカベンは体育祭限定のあだ名だ。とても打ちそうな雰囲気を|醸《かも》し出している。 一球目ストライク、見逃し。二球目ボール、大振り。三球目、特大ファール。四球目、内野ゴロ。旦那さんは薄く笑いながらベンチへ戻ってきた。「よしみんな、切り替えていこう!」「なんで誇らしげなんだよ!」
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第三十六話

 七月になると、大学に入学してから初めての期末試験が行われることになった。高校までであれば現代文や数学や物理、世界史、英語などだいたいどんな感じで問題が出されるのかがわかる。けれど、大学の授業科目は社会福祉学概論、臨床心理学、キリスト教の世界、社会学、法学、ジェンダー論などなどいままで受けたことのない科目ばかりなのでどんなふうに試験対策をすればよいのか検討がつかない。 僕は高校まではだいたい試験の一ヶ月くらい前から復習を始めて試験対策をしていた。中学生の時は学習塾に通っていたので、そこで試験対策を受けてそれを繰り返し復習していれば良い点をとれた。高校ではとくに予備校などには行っていなかったが、中学のころの試験対策を自分なりに真似て問題集などを解いていれば対応できた。 大学の科目については、本屋で何か試験対策用の問題集が売っているわけではないし、仮に売っていたとしても科目数が多すぎてお金が足りなくなりそうだ。そんなことを部室で話していた。「ナベくん、それはね。過去問が代々受け継がれてるんだよ」 久美子さんがありがたい情報をくれた。「えっ!?そんなのがあるんですか!?」「まじ助かります!」 ガジンも喜んでいる。「私は経済学部だから裕子ちゃんに過去問あげれるかも」「わーい、久美子さんありがとうございます!」「橋本橋本、俺も経済」 田中さんは裕子ちゃんのことを苗字で呼んでいるが、恥ずかしいからとかではない気がする。僕もそんなふうに認識されるキャラクターになりたい。「いやー、田中さんのはいいかなー」「なんでだよ!」「だって成績悪そ……ゲフンゲフン!」 裕子ちゃんはわざとらしくせきばらいする。「だよねー裕子ちゃん、わかるよー」「橋本」「なんですか田中さん」「正解」 田中さんはそう言って自分で爆笑していた。久美子さんは田中さんの肩を叩いている。二人は仲良さそうだ。付き合ってたんだっけ。「福祉関係だったら私とかケンさんとか旦那さんもそうだね。演劇研究
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第三十七話

「何だお前ら、楽しそうだな」 ドアを開けたのは四年生のポリスさんだった。スーツを着ている。「珍しいなポリス、なんでスーツなんか着てんだよ」「えぇ?就職説明会だよ、わかれよシュンももう四年なんだから」「いいんだよ、俺は。東京行くんだよ」「東京行って何すんだよ」「芝居だっつーの。どっかの劇団入るんだよ」「世間はそんなあまいもんじゃねぇぞ?」「親と同じこと言ってんじゃねえよ。後悔しないように生きてんだよ、俺は」「まぁな。シュンはそれでいいのかもしんねぇな」「つーかお前、先生になるんだろ。なんで就職説明会に行ってんだよ」「簡単に先生になれるわけじゃないからな、保険だよ保険」「やだやだ。俺は人生に保険なんてかけねーよ」「フッ。……いつまで強がっていられるか。地獄の底から見ていてやるよ。さらば」 そのセリフはいま大人気の漫画の、主人公より人気のある敵役のセリフだった。決着が着いたので、もうその漫画も終わりそうだった。部室に爆笑が響き渡る。ニヤリと笑いながらポリスさんは去っていった。「あいつは何しに来たんだ」 シュンさんがつぶやく。「現実で『さらば』っていう人初めてみたウケる」 裕子ちゃんはぷるぷる震えている。「俺らの顔でも見に来たんじゃないすか」「あー、意外とさびしがりやだからな」「っていうか、ポリスさん薄くなりましたね」 ポリスさんは頭頂部が少し薄くなっていた。「ケン」 田中さんは静かに自分の唇の前に人差し指を立てた。そこでまた爆笑が起こった。「いやだってさ、ポリスさんまだシュンさんと同じ年齢ですよね?」「いや?あいつ、一浪して留年もしてるから俺より二歳年上だよ」「にしてもですよ!まだ二十四歳じゃないですか」「まあね。あいつ先生になったら、絶対生徒からいじられるだろうな。っていうか、俺ならハゲってあだ名つける」「だめですよシュンさん、そんなこと言ったら」
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第三十八話

 僕は数学の授業を受けていた。こんなに難しいのに意外と受講している学生は多い。どの学部の学生でも受講することができて、どんな授業をするのかイメージしやすいのでなんとなく選ばれているのかもしれない。いつも授業は二百人以上入れる講堂で行われていた。何回か授業を受けたところでついていけないのはわかった。一度つまづいたら、つまづいた部分まで理解できていなければそこから先を聞いても理解できないのが数学の特徴だ。だからいまは、だいたいいつも後ろの方の席にいる。あまり集中して聞いてもいない。わからないからだ。 けれど、周りの他の学生のように携帯電話をいじったり隣の学生としゃべったりはしない。授業を受けるうえでの最低限のマナーだと思うからだ。授業を受ける気がないのなら教室にいなければいいだけの話だ。高校までと違って受講することを強要されているわけでもない。授業を聞く気がないのになぜ教室にいるのか、よく理解できなかった。話をする学生がいなくなれば静かになって、少なくともまじめに授業を聞いている学生の邪魔をすることはないと思うのだが。まあ、僕もなんとなくいるだけで聞いてもわからないので聞いているふりをしているだけだけれど。授業の邪魔はしていないはずだ。 聞いていてもわからないのでだいたいいつも眠くなってくる。眠くなると左手を額に添え、顔を机の上においたまっさらなルーズリーフへ向ける。右手にはシャープペンを持っている。左手の指で目元を隠せば、眠っているようには見えにくい。寝ていないふりをするのがうまくなってしまったかもしれない。数学では誰かが講師から質問されるなんてこともなく、ただひたすら講師が話しているだけなので、見つかることもなかった。 たぶん単位を落とすだろうな、と思ったが必修単位ではないのでそこまで気にする必要もないだろう。来年から科目を選択する時はきちんと選ぶことにしよう。先輩もできたので参考にしたい。
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第三十九話

 先輩たちからもらった過去問を参考にして試験対策をする。なんというか、高校までの試験と違って問題数が少ない。というか、一問しかない科目がけっこうある。「男女平等社会を実現するうえで必要なものは何か。個人レベルから行政レベルまで各階層における視点ごとに答えよ」みたいな、論文で回答する試験が多かった。 それと、驚いたのだが大学では答案が返却されないらしい。だから、自分の点数が何点なのかわからない。学生科に聞きに行けば教えてくれるらしいが、めんどうだ。だいたいの学生は試験後の成績表で自分の試験結果をなんとなく想像しているらしい。その結果も、大学では優れていれば「優」、良ければ「良」、合格レベルに達していれば「可」、達していなければ「不可」と成績表に表示される。 高校では十段階評価だったので、なんだか慣れない。手探りの試験対策だが、やらないとしょうがない。各授業のノートと教科書、参考書を見ながら過去問を見て論文を書く。先輩からもらった過去問には回答も書いてあるが、その回答が満点の回答なのかどうかもわからない。いままでとは勝手が違う。 手応えのないまま、約一週間の試験期間を迎えた。幸い、と言っていいのかよくわからないがだいたい全ての科目でなんらかの回答を書くことはできた。問題文を読んで何を聞かれているのかわからないなんてことはなかった。 けれど、数学だけは別だった。ほぼ全ての授業をまともに聞いていなかったし、まともに聞いていた数回の授業でも何を説明されているのかわかっていなかったので、数学の授業でとったノートは役に立たない。ノートを見直しても何について書かれているのか理解できない。その後の授業ではノートをとることもやめてしまっていた。だから、試験での問題文を読んでも何を問われているのかわからない。わからないので、回答することがない。仕方ないので問題文を無視して、辛うじてノートに書いたことを覚えている範囲で書いてみた。自分でも自分の回答が何を意味しているのかわからない。 なにはともあれ、試験日程は終了した。これから夏休みが始まる。八月から九月末まで、ほぼ二ヶ月ある。高校までと違って前期・後期の二学期制のため、休みが長い。携帯電話の契約もしたいので、アルバイトでも始めようかと考えていた。
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