私、新村綾音(にいむら あやね)は、帝都芸術大学音楽学部が誇る至宝。いわゆるトップの天才であり、指揮科の主任教授・寺岡慎司(てらおか しんじ)の妻でもある。周囲は口を揃えて言う。彼に愛され、慈しまれる私は――この世で一番の幸せ者だと。*卒業演奏会のスポットライト。それはまるで熱した鉄のように、じりじりと私の肌を焼いた。極めてシンプルな黒のドレスでピアノに向かう私は、さながら影法師だ。対照的に、目の前にはオートクチュールを纏い、眩いばかりの光を放つ若山紗耶香(わかやま さやか)が立っている。私は、彼女の伴奏者だった。本来なら、ここは私の晴れ舞台、私の卒業リサイタルになるはずだった場所だ。だが、私の指導教授であり夫でもある慎司の一言が、すべてを奪い去った。「綾音、芸術には『献身』が必要だ。今回は紗耶香にとって重要なチャンスなんだ、彼女に花を持たせてやってくれ」彼が言う「花を持たせる」とは、ラフマニノフの協奏曲全集を暗譜で弾きこなす私に、オクターブもまともに届かない紗耶香の伴奏をしろ、という意味だった。事の発端は数日前。引き出しの奥にしまっていた私のオリジナルの練習曲を、紗耶香が盗用し、自身の卒業制作のメインテーマに据えているのを見つけたことだった。慎司に訴えても、彼は無表情に楽譜をめくるだけだった。「紗耶香の性格は、舞台のセンターに相応しい。お前は技術こそ卓越しているが、角が立ちすぎる。裏方に回るのも、お前にとっては良い修行になるはずだ」彼の声はいつだって穏やかで、説得力に満ちていた。私はそれを信じてしまった。だからこそ、私はここに座り、指先の黒鍵と白鍵から、紗耶香の主旋律を遥かに凌駕する華麗な音色を紡ぎ出していた。客席からのさざ波のような私語が、耳に届く。「あの伴奏は誰だ?主役より遥かに上手いじゃないか……」「確か、寺岡教授のもう一人の教え子、新村綾音だ。天才肌だと聞いたことがある」照明の下、紗耶香の顔色は青ざめたり紅潮したりと忙しない。突然、彼女のヴァイオリンが不快な音を立てた。ガラスを爪で引っ掻いたような、耳障りなミス。会場が静まり返る。紗耶香は謝罪するどころか、くるりと客席へ向き直ってマイクを握り、涙ぐんだ声で訴えた。「ごめんなさい……伴奏の方の感
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