「ごめんなさい、他意はないの」家に着くなり、遥香は英介の手をそっと離し、申し訳なさそうに微笑んだ。「平気だ」男の顔にはかすかな名残惜しさが浮かんでいたが、遥香はそれに気づいていないようだった。「英介さん、もう少し……そばにいてくれないかな。彼が、まだ近くにいるかもしれないから」そう言って、遥香は英介にお茶を一杯差し出した。二人は示し合わせたようにソファへ腰を下ろす。しばらくのあいだ、部屋の空気は凍りついたかのように静まり返っていた。「さっき……私のことを、二十七年前から知ってるって言ってたけど。どうして私は、あなたのことをまったく覚えていないのかしら」沈黙を破るように、遥香は意を決したように口を開いた。その瞳には戸惑いが滲んでいる。「俺は……」英介の顔に一瞬、ためらいがよぎったが、やがて覚悟を決めたように喉仏を動かし、ゆっくりと言葉を続けた。「白浜市、星見町六丁目、緑川家。何か心当たりは?」聞き覚えのある響きだった。遥香は記憶をたどる。「……なんとなく、思い出した気がする。子供の頃、確かに弟と一緒に、あそこで暮らしてたわ」そう言って頷き、続ける。「でも、緑川家には子供はいなかったはずよね。あなたは……」「俺は、両親が三十代になってから、ようやく授かった最初の子供なんだ」英介は懐かしむように語り始めた。「三十を過ぎてからの子だったから、過保護なくらい大事にされてな。外部の人間で、俺の存在を知ってる者はほとんどいなかった」「じゃあ、私たちは……」遥香はまだ腑に落ちない様子だった。「星見町六丁目の緑川家の屋敷の外に、新しくできた計画道路があっただろ。あそこで、君が助けてくれた、あの男の子だよ」「あっ……あの、殴られてた子って……あなた?」遥香は思わず声を上げそうになった。まさか、あの頃いじめられていた痩せっぽちの少年が、目の前にいるこの屈強な国際刑事だなんて、夢にも思わなかった。「ああ」英介は少し照れたように、気まずそうに答えた。「実は、俺が国際刑事警察を目指すようになったのも、遥香さんのおかげなんだ。もっと強くなって、もっと頼れる男になれば、いじめる奴らを追い払えるし、守りたい相手を……守れるようになるって。そう教えてくれたのが……遥香さん、君だった」
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