夜の街は、思ったよりも賑やかだった。 平日のはずなのに、ネオンは眩しく、人の声は絶えない。「この辺、変わったよな」 大崎慎也が、グラスを傾けながら言った。「そう?昔は、もっと雑多だった?」「真琴、こういうの覚えてる?」 カウンター越しに差し出されたのは、ショットグラスだった。 テキーラ。 懐かしすぎて、思わず笑ってしまう。「まだ飲ませる気?」「真琴なら平気でしょ」 そう言われて、否定できない自分がいた。 広告代理店にいた頃。 仕事帰りに飲んで、笑って、夜を使い切るように生きていた。 楽しかった。 確かに、あの頃の自分は、輝いていたと思う。「今は、ああいう生活してないんだろ?」 大崎が、探るように聞く。「……してない」 正直に答える。「病院の仕事は、楽しい?」 一瞬、言葉に詰まる。 楽しいか。 やりがいはある。 誰かの役に立っている実感もある。 でも――「落ち着いてはいる」 それが、今の精一杯だった。「真琴らしくない答えだな」 そう言って、大崎は笑った。 グラスが空になり、二軒目に移る流れになる。 自然だった。 拒む理由も、なかった。 二人で歩く夜道。 距離が、少し近い。「真琴さ」 信号待ちで、大崎が足を止める。「俺、正直に言うとさ……また会えて嬉しかった」 街灯の下で、彼の表情が少しだけ真剣になる。「懐かしさだけじゃない」 胸の奥が、静かに波打つ。 こういう言葉に、昔は迷いなく身を委ねていた。 楽しいなら、それでいい。 未来なんて、その時考えればいい。 ――でも、今は違う。 バーの個室。 照明は落ち着いていて、音楽が低く流れている。 肩が触れ合う距離。 大崎の指が、真琴のグラスに触れる。「変わったって言ったけどさ」 囁くような声。「俺は、今の真琴も、嫌いじゃないかな」 そのまま、視線が絡む。 一瞬で、分かる。 これは、越えられる距離だ。 体温。 香水の匂い。 昔と同じ、でも少し違う空気。 真琴は、目を逸らさなかった。 唇が近づく。 ほんの少し、ためらい。 ――ここで、戻れる。 でも、戻らなくてもいい。 そんな二つの声が、同時に聞こえた。 唇が触れる寸前で、真琴はそっと手を上げた。「――ストップ」
Last Updated : 2026-01-10 Read more