炎がカーテンを飲み込んだとき、私・須藤瑠香(すどう るか)は寝室のドアを叩いていた。ドアノブは焼けつくように熱く、掌の皮膚がじゅっと焦げる音を立てる。私は痛みに構わず、大きく膨らんだお腹を必死で守った。煙がドアの隙間から流れ込み、肺が焼けるように痛む。廊下の向こうから、トイプードルの甲高い鳴き声と岩崎隼人(いわさき はやと)の優しい声が聞こえてきた。「大丈夫だよ、いい子だ。今すぐ外に出よう」私は体をドアに押しつけ、爪で隙間をえぐるように引っかきながら叫んだ。「隼人!開けて!ゴホッ……私と子どもがまだ中にいるの!火が来てるの!隼人!」足音がドアの前で止まり、一瞬、彼の良心が目覚めたかと思った。だが次に聞こえた声は、あまりにも冷静で、思わず震えが走った。「瑠香、芝居はやめろ。この程度の煙で大げさだな。杏子の犬は喘息持ちなんだ。煙は無理なんだよ。君は丈夫なんだから、煙を少し吸ったくらいじゃ死なないだろ」信じられなくて目を見開き、煙で涙が止まらない。「何を言ってるの?火事だよ!私、死んじゃうのよ!この子も死んじゃう!」隼人が、鼻で笑った。「子どもを利用して気を引こうなんて、卑怯な真似はやめろ!本当に子どものことを思うなら、大人しくして、杏子の邪魔をするな。犬の命も大事にできるようになってから、開けてやる」足音は迷いなく遠ざかっていった。振り返ることもなく。そのすぐ後、彼が林原杏子(はやしばら きょうこ)に向かって言う声が聞こえた。「早く、濡れたタオルで犬の鼻を覆ってやれ」私は力が抜け、その場に崩れ落ち、ドアを掻きむしった爪で血の跡を何本も残した。この瞬間、三年間愛した男の正体がはっきり見えた。彼にとって、私とお腹の子は、初恋相手の犬以下だ。火の回り方が異様に早い。空気に、鼻を刺すような臭いが混じっている。――テレビン油だ。隼人は画家だ。アトリエには大量のテレビン油が保管されている。火元は寝室のドアのすぐ外にあった。炎は、外から内へ向かって燃え広がっている。ドアの下から染み込んでくる油を見た瞬間、全身の血が凍りついた。これは事故じゃない。犬を救うために私を見捨てただけじゃなく、隼人は、最初から私を消すつもりだった。数日前、偶然目にした保険証書が脳
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