All Chapters of いつかの一枚のために: Chapter 1 - Chapter 10

11 Chapters

第1話 突然の試練

安藤涼禾(あんどう すずか)は五年前に何らかの事件に巻きこまれて記憶を失った。当時、彼女が目覚めた時には、頭と体にたくさんの傷を負っていた。意識が戻ったことに気付いた医師や看護師に名前や身元を尋ねられたが、肝心なことはほとんど思い出せなかった。彼らによると、彼女はある山の登山道脇の河原に倒れていたのを、通りかかった登山者たちに救助されてきたそうだ。周囲には荷物もなく、持ち物らしき物も落ちていなかったらしい。そして3日間も眠り続けていたそうだ。驚きと不安で混乱する彼女に、医師はさらなる衝撃の事実を告げた。「あなたは今、妊娠しています。ほぼ第5週くらいかと思われます。お子さんは、今回は奇跡的に無事でした。」鈍い頭痛に加え、体のあちこちに痛みが続く中、なぜ?どうして? と、とりとめのない思いが心にさらなる痛みを加えていく。心身ともに傷付き高熱も発した為、ただひたすら養生に専念し、2週間が過ぎた。そんな中でもお腹の子供は順調に成長していった。今は緊急保護ということでここで治療を受けさせてもらっている。これから、自分一人生きていくことすらままならないのに、更に子供を産み、育てて行くなんて無理に決まっている。いつまでもここにもいられない。やはり子供は諦めるべきだろう。でも、もし、自分も父親も待ち望んだ子供だったとしたら?ここで諦めてしまえば一生後悔することになる。そうでなくとも探せば何とか子供と生きていける方法があるかもしれない。体のためには早く決断したほうが負担は少ないだろう。しかし、心はそれを受け入れられない。もう少しもう少しだけ考えてから決めよう。私は一体どうすればいいのだろうか。体の回復に反して心はどんどん落ち込んでいく。その日も、今だに残る体の痛みと不安に襲われながら無為に時を過ごしていた。すると、病室のドアを静かに叩く音がした。続いて、やや年配の女性の優しげな声がかかった。「こんにちは、少しいいかしら?」「?………はい、どなたですか?」ゆっくりとドアが開き、声と同様穏やかな表情をした50代位の女性と同年代位の、やはり穏やかな雰囲気の男性が入ってきた。「突然ごめんなさい。実は、少し前からあなたに会いに来たかったのだけれど…、お医者様からもう少し落ち着くまでって許可がおりなくて。」「………?」「あっ、私は安藤佐和子と申します。こちらは夫
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第2話 新たな出会い

「そうよね、大変ね。でも、せっかく助かった命ですもの、大切にしてね。ねぇ、これも何かの縁だと思ってまた会いに来てもいいかしら?」突然の見ず知らずの二人の訪問と申し出に、正直私は戸惑った。しかし、ついさっきまでの不安と重圧が人に話すことで心なしか軽くなった気がして、「……はい。私は、……かまいません。」思い切って答えた。二人はホッとしたような表情でお互いに顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。「よかったわ。思い切って訪ねて来て。これからよろしくね。」「はい、こちらこそ、……、よろしくお願いします。」翌日、昼食を終え一息ついた頃、ふと昨日出会った夫妻のことを思い出した。今までの自分は現状を嘆くばかりで状況を確認する余裕がなかった。しかし、昨日夫妻と話をしてみて改めて私は自分自身について分からないことばかりだと気付いた。名前や年齢はもちろん、家族や出身地、現在の居住地、またそれらを思い出すための手がかりとなりそうな記憶など何もない。発見時の服装すら昨日夫妻から聞いて初めて知った。なんでも、半袖のブラウスに薄手のニットカーディガン、膝下までのスカートに、ローヒールのパンプスだったらしい。近年は暖かいと言えど、9月下旬だ。とても山道を歩く格好ではない。まるで何処かの事務員がちょっとお使いにでも出たような感じだ。ん?事務員?一瞬机に向かってひたすらパソコンの操作をするイメージが浮かんだ。が、すぐに激しい頭痛に襲われ思考は止まった。いつもこうだ。先生によると脳が本能的に思い出すことを拒否しているのだろう、と言うことだ。それはそうかもしれない。状況を考えると物理的な衝撃だけでなく精神的にも大きな衝撃があったとしてもおかしくない。いろいろ思い出したい気持ちはあるが、それはとても怖い気がする。今の私に受け止められる気もしない。その時、優しくドアを叩く音がした。「はい」と、答えるとゆっくりドアが開き、昨日訪ねて来てくれた夫妻の姿が現れた。「こんにちは、早速来てしまいました。今、大丈夫かしら?」「はい、どうぞ。今お二人のことを考えていた所です。」「あら嬉しい。じゃあ少しお邪魔させてね」二人は中に入って来ると、昨日と同じようにベッドの手前にある簡易な椅子に腰掛けた。「私たちのことってどんな事?」「昨日教えていただいた事とかです。改めて考えてみると私って自
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第3話 新たな出会い 2

「あら、パソコン?だったら病院の休憩室にあるタブレットとか借りて触ってみたら?」「そんなことできるんですか?」「確か、患者さんやご家族たちが気分転換に利用できるように貸し出しているみたいよ。」「ぜひ!試してみたいです!」その後はまたとりとめのない話をして二人は帰っていった。翌日の朝、検温に来てくれた看護師さんに聞いてみると、まだ病室から出るのはやめた方がいいので、医師に確認して借りてきてくれると言ってくれた。驚いたことに、タブレットを前にすると何の違和感もなくいくつかのSNSやアプリを見ることができた。何となく音楽やファッションに関する情報が気になり見ていると、特にファッションについて強く惹かれる気がする。いろいろなドレスや小物を見ていると、わくわくしてくる気がした。が、そこまでで、それ以上の手がかりには繋がらなかった。夫妻はその後3日に一度は訪ねて来て、短時間だけとりとめのない話をしたりして帰っていった。そして少しずつ自分たちの境遇を話すようになり、お互いの心の距離を近づけていった。安藤夫妻は、夫徹54歳、妻佐和子52歳、長男颯太25歳、次男健人23歳の4人家族。息子二人は既に独立し、現在夫婦二人暮らし。安藤家は代々繊細関係を扱う会社を経営している。最近では息子二人も加わり、繊維の製造、卸のみならず新製品の研究・開発、それらを使った商品の製作まで幅広く業務を広げていっている。しかし、彼らにはもう一人、もし生きていれば今年20歳になる娘がいた。彼女は高校生の時、友人たちと登山に行き、天候不良に見舞われ事故に遭い命を落としてしまった。末っ子で明るく甘えん坊だった彼女の死は家族全員に大きな悲しみと喪失感をもたらした。なかなか立ち直れない苦しい日々を経て、ようやく娘の亡くなった山に花を手向けるべく向かった。その帰りに、二人は彼女を発見した。体のあちこちに擦り傷や切傷、左足には折れているのか肌が紫色に変色した酷い腫れが見られた。一瞬、娘の事故の再現を目撃したかの衝撃に襲われた。しかしすぐに気を持ち直し生死を確認すると、微弱ながら生命反応が有る。後は無我夢中で警察に連絡を取り、救助に尽力したのだった。その後彼女の状態を聞き、とても心を傷めた。ずっと気になって仕方なく想い続けているうちに、二人にはこの出会いがどうしても単なる偶然には思えなくなってき
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第4話 過去への扉

5年後私は男女の双子の母となり、安藤涼禾(あんどう すずか)という名で安藤夫妻の正式な養女として暮らしている。「ママー、早くー、もうみんな待ってるよー!」「はいはい、すぐに行くわ!」まだ肌寒さは残るものの、かなりぽかぽか陽気になってきたので、今日は家族でお花見に出かけることにした。 今年の夏で四歳になる双子の陽亮(ようすけ)と夏蓮(かれん)はこのお花見が計画された3日前から、楽しみで楽しみで、ずっと待ちわびていた。当初は両親が、庭の桜の咲き具合を楽しげに語り合っているのを微笑ましく聞いていただけだった。それが、偶然颯太と健人の帰宅が重なった日の夕食で、子供の頃のお花見での思い出話となり、久しぶりにみんなで出かけようということになったのだ。その日は珍しく全員空いていて、予報では天気にも恵まれそうとのことですぐに決まった。朝早くから家政婦の中村さんと涼禾がお弁当の準備をし、簡単に朝食を済ませ、いざ出発という時、父徹の携帯が鳴った。申し訳なさそうな顔で携帯の画面を見た徹だが、一瞬目を見開き途端に嬉しそうな声で通話を始めた。「久しぶりじゃないか!元気だったのか?」皆から少し距離を取りながらほんの数分話した後、通話を終えた徹が戻ってきた。「いや、済まなかったね。さぁ今度こそ出発だ。」1時間半程車で移動し、目的地に着いた。ここは安藤家が所有している温泉付き保養施設だ。街の中心からほど近い山の麓にあり、広々とした敷地と豊かな自然に恵まれ、季節の趣を楽しめる人気の場所だ。予約制ではあるが、社員やその家族たちにも開放されている。一行が到着した時には既に数組の家族連れなどで賑わい始めていた。早速、花見を楽しめそうな場所を確保し、準備を施設のスタッフに任せレストハウスで休息するために移動した。建物に入るや否や奥から落ち着いた雰囲気の年配の男性が現れ、一行に声をかけてきた。「やあ、待っていたよ。思ったより早く着いてね。」「えっ?江崎のおじさん?」「うわぁ!ほんとに久しぶりだ!」颯太と健人が思わず感嘆の声をあげ彼に早足で近づいた。「はは、2人とも相変わらず元気そうで何よりだ。」「どうしたんですか、朝からこちらに?」「いや、昨日隣の街へ用事で来てね。懐かしくなって一泊してから会いに来たんだ。」
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第5話 過去への扉 2

「せっかくの家族団欒にお邪魔するのは気が引けたのだがね。どうしても急ぎで君たちのご両親に相談したいこともできてね…。」私たち親子はきょとんとしながら、親しげに再会を喜ぶ家族たちと男性を一歩離れたところで眺めていた。それに気付いた男性は三人に笑顔を向け、「初めまして、涼禾ちゃんだったかな。私は君たちのお父さんの古い友人でね。江崎というものだ。」「はい、初めまして涼禾です。こちらは息子の陽亮と、娘の夏蓮です。」「こんにちは、ようすけです。三さいです。」「こんにちは、かれんです。三さいです。」慌てて笑顔で挨拶をした。「はいこんにちは。2人ともとってもかわいいね。それにとてもお利口さんだ。」一行は奥に移動し、お茶をしながら和やかに語り合い始めた。「今日は絶好のお花見日和だね。いい時に来れて嬉しいよ。」「ほんとに。おじさんは雰囲気からして晴れ男だよね。」「確かに。おじさんがいると一気に場が明るくなるものね。」「はは、息子とは大違いってよく言われるよ。あいつはどうも気難しい顔ばかりだ。特にここ数年はね。」「まあまあ、この場にいない人の噂話はやめて、最近はどう?あのプロジェクトも順調そうじゃない。」「まぁね。でも最初の企画に比べたらやっぱりねぇ。誘っておいて申し訳なかったよ。」「いや、僕たちこそ途中で抜けることになってしまって申し訳なかったね。」「今日はせっかくの楽しい日だから、その話は置いておこう。」「そうそう。」あれこれと1時間程話した頃、スタッフが準備が整ったことを知らせに来た。それまではおやつを食べたりしながら大人しく待っていた双子が、「やったぁ!ねぇねぇはやくおそとにいこうよ!」「いこうよ、いこうよ!」早速立ち上がりはしゃぎ始めた。「そうだね、行こうか。」と、颯太も立ち上がり両親たちを振り返ると、三人は少しためらい顔を見合わせたあと、徹が言った。「悪いが先に始めててくれないか。話が済んだらすぐに合流するよ。」「わかった。待ってるよ。」なんとなく落ち着かない様子の江崎を見て、何かを察した健人が笑顔で応じた。楽しそうに話しながら庭に出ていく子どもたちを見送り、その姿が声の届かないところまで遠ざかったのを確認するや、江崎が真剣な表情で話し始めた。「急に押しかけてすまない。昨日、連絡が入ってね。内容を聞いてもう居ても立
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第6話 過去への扉 3

「確か、もう5年になるんじゃない?隼翔くんまだ諦めていないの?」「ああ、正確には四年と八カ月になるな。表面的にはもう落ち着いていて、仕事の方も申し分無くこなしている。だがな、本人は隠しているつもりだったんだろうが、ずっと人を雇って探し続けていたのは知っていたんだよ。」「でも、もう婚約間近のお付き合いをされている娘さんがいるって聞いたけど。」「果奈さんのことだな。あれは彼女の自称だよ。隼翔の意思じゃない。」「そうだったんだ。僕たちはてっきり…。」「君たちもそうだが、僕自身も心から愛する人を伴侶に迎えた。家のこともあるけれど、息子にもそうしてやりたいって思っている。」「そうか。そうだよな。僕たちもそうだよ。」「ええ、だから今だにうちにもお嫁さんは当分迎えられそうにないけど。」「で?そんな君をこんなに慌てさせている情報って?」「そうだ!そうだよ、それなんだよ!昨日の昼、僕の方で雇っている者から連絡が入ったんだ。この街で彼女によく似た子供を見かけたって人がいるらしいって。」「はぁ?子供?本人じゃなくて?」「そう、子供。しかも男の子。」「なにそれ、それって信憑性あるの?」「だよね。そう思うよね。隼翔もそんなのただの他人の空似だって聞き流したらしい。」「普通そう思うよね。」「そうね。だけど貴方はそれが気になったってことなの?」「ああ、それで詳しい話を聞くために昨日のうちにこちらに来たんだ。香子さんはもともとこの隣町に家族で住んでいたらしい。だけどご両親が事故で亡くなって東都に住んでいるおじさんの家に引き取られたんだそうだ。いなくなった当時、香子(きょうこ)さんが妊娠してたなんて情報はない。ただ、全く可能性がないわけでもないんだよ。」「てことは、二人の仲は順調だったんでしょ?」「そうだよ。なのにある日突然簡単なメモを残していなくなったりしないだろう。」「と、いうことは?」「ぼくはね、限りなく高い確率で香子さんは何らかの事故か事件に巻きこまたんだと思う。そして、強制的に何処かに連れ去られた。今も元の場所に帰るに帰れない状態で何処かで暮らしている。その“何処か”がこの街かもしれない。そんな気がするんだ。もしそうだったとしたら!僕には既に男の子の孫がいるってことだ!これが興奮せずにいられるか!」「なるほど、そこか。」少し呆れてため息をついた
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第7話 桜の思い出

外に出てみると更に人が増え、あちこちで楽しげな声や美味しそうな匂いがしてくる。安藤家のスペースにも、大きなテーブルの上に美味しそうな料理や飲み物、デザートが所狭しと並び、周囲には人数に応じた椅子が適度な間隔をおいて並べてある。その頭上には温かな日差しに照らされた淡いピンクの花々。穏やかな薄青の空を背景にほぼ満開に咲き誇る様は思わず感嘆の声を誘う。「うわぁきれい〜。」「おいしそう〜」「ははっ、さすが夏蓮!予想通りの花より団子。」「かれんね、おだんごよりたまごやきがいい!」「そうかそうか、じゃおじさんが取ってあげような。」早速颯太や健人と共に楽しげに花見を始めた双子たちを暖かく見つめながら、私自身もこの穏やかな雰囲気を心から楽しんでいた。ー あぁ、ほんのり温かく、緑も花も空も全てが優しさでつつみ込んでくれるような心地よさ。これこそが”四季彩シリーズ*春“のコンセプト。今ならドレスや小物たちまで全部デザイン出来そう ーん?しきさいシリーズ?何それ?デザイン出来そう?誰が?どうやって?穏やかな微笑みから一転、戸惑いの表情になった私にいち早く気付いた陽亮が心配そうに駆け寄ってくる。「ママ、だいじょうぶ?あたま、いたいの?」「えっ、ママ?」「涼禾?」全員が驚いて私の方を見た。私は慌てて「大丈夫よ、元気元気!ただ一瞬覚えのない記憶が浮かんだ気がして。」「きおく?こわいの?いたくない?」「大丈夫よ。今日のは何だか楽しいのだったのよ。」「よかったー、どんなの?おしえてー!」双子たちの物心つく頃になっても私の精神状態は安定しなかった。そのため二人には簡単にではあるが私の事情は伝えてある。とても賢い二人は彼らなりに理解し、父親については聞こうともしない。祖父母や叔父たちの愛情に包まれあまり気にならないということもあるのかもしれない。私たち親子の様子に安堵した颯太たちだったが、涼禾の記憶については少し気になった。が、まぁ、後でゆっくり聞けばいいかと見守ることにした。まもなく徹たちも合流し、その日はみんなで楽しい1日を過ごした。
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第8話 桜の思い出 2

家に帰り着いた頃、子供たちは遊び疲れてぐっすり眠っていた。私と健人兄さんとで二人をベッドに寝かしつけてからリビングに戻ると、両親と颯太兄さんが心配そうな顔で話し合っていた。「どうしたの?何かあったの?」「ああ、涼禾。お疲れ様。二人は大丈夫だった?」「ええ、もうぐっすりだったからそのまま寝かせてきたわ。今日は本当に楽しかったようね。」「よかったわ。私たちもとっても楽しかったわ。」「でも何だかみんな心配そうよ。」「それがね、江崎さんの話なんだけどね。」母は、今日江崎さんが訪ねて来た理由を話し始めた。「そうだったの。それは心配ね。私たちも何か力になれることがあればいいのだけれど。」「そうだね。その子供ってちょうど陽亮たちくらいの年じゃない?」颯太兄さんの言葉に父も「そう言えばそのくらいかな。保育園とかに通う頃になったら何か情報とかあるかもな。」「そうかもね。でもまだ先のことだよ。今の段階だと僕たちにも難しいよ。」「せめて写真とか特徴とかでもあれば気にかけておくけど?」「残念ながら、似てたような気がする子供を見たことがある、なんてとても曖昧な情報だからね。」「ううん、それじゃあねぇ。」「だったら香子さんの写真とかは?」「それも使えそうなのがないらしい。」「難しいねぇ。」「………。」「あっ!話変わるけど今日涼禾が何か思い出したって言ってたけど。どんなこと?」健人兄さんの言葉に両親が驚く。「そうだったの?大丈夫だった?どんなこと?」母が心配そうに聞いてきた。今まで何度も記憶のかけらが頭に浮かんだことがあった。しかしその多くは更なる手がかりにはなり得なかった。それどころか、当時の痛みや恐怖を思い起こさせ、酷いときには数日寝込んだり部屋に引きこもったりしてしまうことさえあった。その度に家族は根気よく彼女に寄り添い、励まし、支え続けてきた。そのおかげで、最近では記憶が浮かんでも彼女が大きく落ち込むこともほぼなくなってきてはいた。「うん、大丈夫。今回のは楽しい感じだった。何だっかなぁ。確か“しきさいシリーズ”?だったかな。デザインがどうとかって…。」「四季彩、シリーズ…?」その言葉を聞いた途端一同が固まった。
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第9話 他人のような自分

「その言葉の意味、わかるの?」恐る恐る母が聞いてきた。「ん?よくは分からない。しきさいって何?何となくファッション関係のブランドか何かかな。ドレスや小物のデザインとかって思ったから。」「えええっ、!?ど、どうしよう、どうしよう!」母の突然の慌てように兄たちが「落ち着いてよ、母さん!」「そうそう、まだ何も決まったわけじゃない!」「でもこれってごく一部の人しか知らないはずだよ。だって世に出る前に中断を余儀なくされてしまったのだからね。よく考えてみれば時期も年頃もぴったりだ。」複雑そうな顔で父も呟く。みんなの様子に私もどんどん不安になっていく。「ねぇ、みんなどうしたの?しきさいシリーズって何?」両親と兄たちは顔を見合わせ言うべきかどうか迷っているようだ。でも、こんな様子を見てしまったら聞かないではいられない。これは私の過去への大きな手がかりに違いない。家族たちは結論がでないようで、代表するように颯太兄さんが言い出した。「涼禾の感じているように、お前の過去への心当たりができた。ただ、僕たちの記憶や情報も曖昧で確かじゃないんだ。気になるだろうが、少し時間をくれないか。いろいろ確認してからちゃんと説明するよ。」「心配はしなくていいよ。どうであろうとお前は既に正式な私たちの娘だ。それに私たちの考えが正しければお前にとっても悪くない話だと思う。」父が私を安心させるように言ってくれた。そうだ、私たちにはこの温かい家族がいる。彼らを信じて待てばいい。それからの1週間は、不安と期待で落ち着かないままあっと言う間に過ぎていった。金曜日の夕方、父の秘書の佐藤さんが書類を届けに来てくれた。既に帰っていた父は待ちかねたように受け取ると、母と共に書斎に入っていった。夕食の時間になっても二人は出てこなかった。家政婦の中村さんが、先に子供たちと食事を済ませておくようにとの両親の伝言を伝えに来てくれた。「ねぇママ、このあいだから、なんかみんなへん?」「なにかあったの?なにかこまってる?」「ママもよく分からないの。ただね、もしかしたらママの忘れてしまったことが分かるかも知れないの。」「それって、ママのまえのおうちのこととか?」「おしごととかおとうさんやおかあさんのこととか?」「どうかな。お仕事のことかも、とは思う。」「ふうん、いいことだったらいいなぁ。」「
last updateLast Updated : 2026-02-02
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第10話 他人のような自分 2

何か不穏な空気を感じているのか、このごろの子供たちはとても大人しい。今日もそれぞれ好きな絵本を静かに見ている。四人は8時を過ぎても書斎から出てこなかった。仕方なく、子供たちを寝かせに部屋へ行き、リビングに戻って来ると、食事をしている所だった。もう我慢できずにダイニングへ行き、声をかけた。「そろそろ私にも話してくれない?」「そうね。だいたいの情報は揃ってきたからあなたにも聞いてもらうつもり。ただね、まだ分からないことも結構あるの。でね、その部分はあなたにとってとても辛いことの可能性が高いのよ。わかったことを話すことでその部分を思い出してしまったら、と思うと心配でね。」 不安そうな母の言葉に、 覚悟していたとはいえ私も不安が募ってくる。でも、ここまできたら聞かないわけにはいかない。大丈夫。私にはこの家族がいる。今までもずっと支えてくれてきた。今もみんな忙しいだろうにこうして私の為に集まってくれている。「大丈夫よ。聞かせて。」食事を終え、みんなでリビングに移動し、ゆっくりと父が話始めた。私の名前は浅野香子、27歳。当時、東都在住。美術大学でデザインを学び、卒業後は江崎グループの服飾部門に入社したそうだ。両親は高校2年の時に事故で亡くなった。年の離れた弟と二人で父の弟である叔父の家でお世話になっていたらしい。幸い、両親の遺してくれたお金で姉弟二人の学費や生活費も心配なく、叔父夫婦も親身になって世話をしてくれていた。が、大学卒業と共に弟と二人で自立し新しい生活を始めたばかりだった。デザインにかけては学生時代から高い評価を得ていたので、入社間もなくにも関わらず新ブランドの主力デザイナーとしてプロジェクトに参加していた。そんな時、9月の半ば頃突然に姿を消した。最初は事故か事件に巻き込まれたのだろうと、叔父夫婦や会社の関係者たちが懸命に捜した。が、一向に行方は知れなかった。そのうち、会社のデスクの引き出しに“暫く休みたい”という旨の下書きのようなメモが見つかり、自分の意思での失踪という見方が強くなっていった。身近な人たち程そんなはずはないと探し続けたが、とうとう見つからず今に至る。以上が今までにわかったことらしい。
last updateLast Updated : 2026-02-02
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