LOGIN記憶を失った涼禾は、優しい家族と出会い身ごもっていた子供たち共々穏やかな生活を送っていた。 ある日ふとしたことにより過去が判明し、双子の父親が訪ねてきた。離れていた5年間の想いから彼の三人への溺愛が始まる。 天才双子と父親が協力して過去の事件の真相解明に挑む。失われた家族の幸せを取り戻すために。
View More安藤涼禾(あんどう すずか)は五年前に何らかの事件に巻きこまれて記憶を失った。
当時、彼女が目覚めた時には、頭と体にたくさんの傷を負っていた。意識が戻ったことに気付いた医師や看護師に名前や身元を尋ねられたが、肝心なことはほとんど思い出せなかった。 彼らによると、彼女はある山の登山道脇の河原に倒れていたのを、通りかかった登山者たちに救助されてきたそうだ。周囲には荷物もなく、持ち物らしき物も落ちていなかったらしい。そして3日間も眠り続けていたそうだ。驚きと不安で混乱する彼女に、医師はさらなる衝撃の事実を告げた。 「あなたは今、妊娠しています。ほぼ第5週くらいかと思われます。お子さんは、今回は奇跡的に無事でした。」 鈍い頭痛に加え、体のあちこちに痛みが続く中、なぜ?どうして? と、とりとめのない思いが心にさらなる痛みを加えていく。心身ともに傷付き高熱も発した為、ただひたすら養生に専念し、2週間が過ぎた。そんな中でもお腹の子供は順調に成長していった。 今は緊急保護ということでここで治療を受けさせてもらっている。 これから、自分一人生きていくことすらままならないのに、更に子供を産み、育てて行くなんて無理に決まっている。いつまでもここにもいられない。やはり子供は諦めるべきだろう。でも、もし、自分も父親も待ち望んだ子供だったとしたら?ここで諦めてしまえば一生後悔することになる。そうでなくとも探せば何とか子供と生きていける方法があるかもしれない。体のためには早く決断したほうが負担は少ないだろう。しかし、心はそれを受け入れられない。もう少しもう少しだけ考えてから決めよう。 私は一体どうすればいいのだろうか。 体の回復に反して心はどんどん落ち込んでいく。 その日も、今だに残る体の痛みと不安に襲われながら無為に時を過ごしていた。 すると、病室のドアを静かに叩く音がした。続いて、やや年配の女性の優しげな声がかかった。 「こんにちは、少しいいかしら?」 「?………はい、どなたですか?」 ゆっくりとドアが開き、声と同様穏やかな表情をした50代位の女性と同年代位の、やはり穏やかな雰囲気の男性が入ってきた。 「突然ごめんなさい。実は、少し前からあなたに会いに来たかったのだけれど…、お医者様からもう少し落ち着くまでって許可がおりなくて。」 「………?」 「あっ、私は安藤佐和子と申します。こちらは夫の徹です。私たち、山であなたを見つけて連絡したの。その後、あなたが記憶をなくして身元不明のままだって聞いて。どう?何か手がかりはみつかった?」 「あっ、その節はありがとうございました。私ったら自分のことしか考えていませんでした。今までお礼も言えずに失礼しました。残念ながら、まだ何もわからないままなんです。」 「そう、大変ね。体の方は?まだ痛みとかあるの?」 「そうですね。まだ暫くは思うようには動けないようです。いろいろ考えなくてはいけないこともありますし。」たまらず駆け寄り抱きしめかけた隼翔は、数歩手前で立ち止まり、「涼禾、やっと会えた。今日もとっても綺麗だよ。」と恐る恐る手を差し出した。その目は一点の曇りもなく、薄っすら浮かんだ涙のせいで一層キラキラ輝いていた。涼禾は、自分の不安を一瞬で綺麗に拭い去った隼翔の笑顔に、心からの笑顔を返して、「ありがとう、隼翔さん。これからもよろしくお願いします。」と言って差し出された手を両手で包み込むように握り返した。そこで安心した隼翔は素早く涼禾を抱きしめて、「涼禾、よかった。僕の方こそよろしくね。」と涙を流した。「やっぱりパパ泣いちゃったねぇ。」「やっぱりね。」陽亮と夏蓮は嬉しそうに笑いながら、「「パパ、ママ、結婚記念日おめでとう!!」」と二人に駆け寄った。隼翔はその会の間中、とうとう一度も涼禾から離れずに、会が終わっても病室に泊まり込んで皆を心配させた。しかし、その翌日から涼禾は目に見えて回復して1週間ほどで退院した。2年後、同じ病院で涼禾は退院を翌日に控えていた。退院準備の為に手伝いに来ている佐和子が、大きなため息をついた。「いよいよ退院だけど、明日から大変よ。もう一人家政婦さんを頼んだ方がいいんじゃない?」「やっぱり2人じゃ足りないかしら。」「暫くはあなたも無理できないでしょ?陽亮と夏蓮もいくらしっかりしていてもまだ2年生だし。」「そうねぇ。それに今回は元気な男の子ばかりだし。成長スピードもすごいしねぇ。」3週間前、涼禾は一卵性の三つ子を出産した。2年前、涼禾が回復してから隼翔が、「ねぇ涼禾、陽亮は雅輝にべったりだし、夏蓮は亮君や従兄弟たちにベッタリなんだ。僕にも僕に一番懐いてくれる子が欲しいと思わない?」と度々言うようになった。涼禾は笑いながら聞き流していたが、やがて妊娠に気づいて検査してみると何と三つ子だと分かった。双子に続いて三つ子とは…と不安になったのもつかの間、隼翔と江崎夫妻は大喜びだった。これで自分たちにも”一番“ができる、と。細身の涼禾にとって三人はかなりの負担だったが、周囲の手厚い支えがあって、やや未熟児ながらも手術で無事に生まれてくれた。三人は生まれてからどんどん成長して、今では通常の新生児並みになっている。「やっぱり三人じゃ狭かったのかしら?」真剣な顔で言う涼禾を見て、佐和子がくすくすと笑う。「か
雅輝は思わずプッと噴き出して、「確かに。これは兄さん泣くね。」と笑い出した。亮もつられて、「ふふっ、気の毒…でも…あはは…。」と笑い出した。涼禾は訳が分からず陽亮と夏蓮を見ると、二人もにこにこしながら、「パパがねぇ、ママが会ってくれないってずっとしょげてるの。」「せめて明日ぐらい、少しでもいいから会えないかって。何日か前から部屋の前をうろうろしたり、おばあちゃんたちに様子を聞いたり。今日も私たちに聞いてきてくれって。」涼禾は困ったような顔になり、「パパがママに会いたいって?」「当たり前じゃない。」「何で僕だけ会ってくれないんだってブツブツ言ってるよ。」「パパ、無理して仕方なくとか……。」「「そんなわけがない!」」「ママ、パパはね、ママが大好きなんだよ。」「昨日もこの部屋の前をクマみたいにうろうろしてたって、おばあちゃんに叱られてた。」「隼翔さんが……、クマ?」家族の前以外では、いつも冷静な態度と冷たい眼差しの彼が?涼禾はその光景を思い浮かべて、思わずくすっと笑ってしまった。亮が穏やかな笑顔で涼禾に言った。「姉さん、もういろいろ考えなくていいんだよ。自分の心の望むままにすればいい。」「そうそう、弟の僕から言わせて貰えば、うちの兄はとても単純で純粋なんだよ。そして、びっくりするくらい一途なんだ。姉さん限定でね。」四人と話しているうちに、涼禾の心の強張りがすうっと解けていくような気持ちがした。「ありがとう、みんな。陽亮、夏蓮。パパに伝えて。明日の夜はみんなで記念日のお祝いをしましょう、って。」「「やったー!!!」」双子の喜びの声に続いて、雅輝が燥いで問いかけた。「姉さん、姉さん!みんなって僕は入ってる?父や母は?亮ちゃんは?」「ちょっと!僕は当然入ってるでしょ?」涼禾は賑やかな四人に笑顔で答えた。「みんなよ。私は大丈夫だから、亮ちゃん、参加者を決めるのも含めて準備をお願いできるかしら。」「任せて!姉さん。じゃあ、決まったからには姉さんは明日の夕方まではゆっくり休んでいてね。」「そうだね。もちろん僕も手伝うからね。」雅輝がそう言うと、四人は嬉しそうに会の準備について話しながら帰って行った。涼禾は、ほうっと一息ついてまた眠りについた。その表情は、1年前の最高に幸せだった頃に戻ったような穏やかなものになっていた
「信じてる。でも、嫌悪感なんて頭で分かってても感じてしまうものでしょう?彼に我慢させるなんて耐えられない。」「………。」「隼翔さんと結婚できて、家族として過ごせた半年足らず。とっても幸せで……、彼があの頃と変わってしまったらと思うと……。会いたいの。でも、……。」娘の複雑な気持ちを聞いて、かける言葉に詰まってしまった佐和子だった。それでも、「ねぇ、涼禾。2年ちょっと前のこと、覚えてる?」「隼翔さんと再会した頃?」「ええ、あの頃もあなた、怖いって言っていたわね。」思い出す仕草をした後、小さく頷いた。「ええ。今とは違う理由だったけど。」佐和子も一つ頷いてから話を続けた。「あの頃は陽亮と夏蓮に背中を押して貰ったようなものだったけど、会ってみてどうだった?」涼禾はまた少し考えて、思わずくすっと笑った。「彼は……、彼のままだった。ううん、思っていた以上に私を想ってくれていて、嬉しかった。」「そう。私はね、あの頃以上に、彼はあなたを大切に想ってくれていると思うわ。」「……。」「焦ることはないわ。気が向いたら考えてみて。」佐和子は少し話し込みすぎて疲れさせてしまったかと心配になり、話を終えて休むように勧めた。素直に頷いて横になり、目を閉じた涼禾を見守ってから静かに部屋を後にした。翌日の午後には、亮と雅輝が付き添って陽亮と夏蓮が会いに来た。二人は幼稚園での様子やそれぞれの習い事の様子を報告した。「ママ、私ね、こんどはじゅうちゃんから“けんどう”をならうの。」「空手と合気道はもういいの?」「どっちも続けるよ。でもね、私はまだ小さいからむずかしいことはできないの。元気なからだをつくるのが一番なんだって。」「そう。いい先生に習っているのね。」 「ママ、僕はキーボードの早打ちソフトで記録を更新したよ!雅輝さんに習ってプログラミングも始めたんだ。」「陽亮もすごいわね。でも頑張りすぎて目を悪くしてはだめよ。」「うん!ちゃんとお休みしながらやっているよ。」涼禾は二人の頭を撫でながら亮と雅輝を見た。「亮ちゃん、雅輝さんありがとう。あなたたちの研究は順調かしら?」「来月から治験段階に進むよ。まずは3ヶ月間のデータを見てそれからの方針を決めていくつもり。治験者には聡美さんや島田さんの奥さんも参加してくれるんだ。」「島田さんの奥さん?」「あ
「ママ、ありがとう。」「ママ、いつまでもみんなで待っているからね。」二人から差し出された花束を受け取れるように、佐和子が涼禾の手を取ろうとした。が、それより先に涼禾が自ら花束を受け取った。そして、「夏蓮、陽亮、少し会えなかった間に大きくなったわね。こんなママで、ごめんね。」と言うと、しっかりと二人を見つめ涙を浮かべた。涼禾の変化にその場にいた全員が息を呑んだ。「…涼禾……?」佐和子の呼びかけに、ゆっくりと顔を向けると、「お母さん、ごめんなさい。」ひと言返してまた眠りに落ちていった。ほんのひとときではあったが、涼禾が周囲に穏やかに反応したのは事件以来初めてのことだった。幼いとはいえ、男の子である陽亮に対しても拒否反応はなかった。僅かではあるが、今度こそ回復の兆しを得た皆は心から聡美に感謝した。聡美は、「私の方こそ皆様に感謝しています。私の拙い作品をこんなに素敵な場で披露させていただけたのですから。」と返した。この日をきっかけに、涼禾は少しずつ自分を取り戻し始めた。9月になり、結婚記念日まであと三日という日、涼禾の病室の前には朝から熊のようにドアの前をうろうろする隼翔の姿があった。ドアが開いて中から出てきた美沙は、その姿を見て呆れたような顔をして声をかけた。「まだいたの?」「だって、……お母さん。なぜ僕だけだめなんだ?陽亮や亮君、雅輝だって会えるようになったのに。この間は安藤のおじさんや颯太くんと健人君まで会えたじゃないか。そのうちお父さんや剣太郎君や柔治狼君も会えるようになりそうなんだろう?なのに何で僕はだめなんだ!」「情けない子ね。それだけ涼禾さんがあなたを特別に思っているってことでしょ。彼女の気持ちの整理がつくまで落ち着いて待ってあげなさい!」「だって……。」この3ヶ月間、涼禾は起きて正気を取り戻して過ごせる時間が少しずつ増えてきた。演奏会以前は、長時間眠り続けたり、起き上がってもぼんやりとして周囲に反応できなかったり、異性に怯えて距離を取ろうとしたりという状態だった。それが、夏蓮と陽亮を認識できたのをきっかけに、弟の亮と義弟の雅輝にも会えるようになった。室内に入っても拒否しなくなって、更に慣れて少し話せるようになり、短時間ながら以前のように親しみを持って接することができるようになった。佐和子や美沙や夏蓮や
果奈が隼翔を慕い続けてかなりの年月が過ぎた。何度も断られては諦めようとしたが、隼翔がまだ婚約者すらいない現状では諦めきれずに今に至っている。もうそろそろ何とかしたい。些細なきっかけでもいい、彼に近づいて認めて貰いたい。自分自身でもどうにもならない沼に嵌ってしまったような状態の彼女だった。彼女はすぐに隼翔と同じ便の予約を取り付けそのまま駅に直行した。斉藤は、本社から果奈が後を追っているとの一報を受け、急遽途中で乗り換えをして目的地で会わないように手配した。少し遅れてしまうが鉢合わせするよりマシだ。いくら果奈でも何の繋がりもないパーティーに単身で来たりはしないだろう。しかし、何故か隼翔たち
男性が自分を抱き抱えたまま動かないので、気まずくなった涼禾は、「すみません、もう大丈夫ですから。」と、声をかけ距離を取ろうと両手で押し返した。すると「姉さん。」切ない声が返ってきた。「……。?」「香子姉さん」「…りょう…さん?」「姉さん!僕がわかるの?」顔を間近に寄せ、真剣に見つめてくる男性の問いかけに涼禾はだんだんと頭痛が強くなって呼吸も苦しくなってきた。彼女の異変に気付いた彼は江崎夫妻から聞いていたことを思い出し、慌てて彼女を抱き起こして立たせると、距離を取った。「すみません、無理しないで。」彼の顔が視界から消えたことで少し落ち着いてきた涼禾は、「ごめんなさい…。浅
「子供たちとならパソコンのメールがいいんじゃないですか。今のところ、涼禾とはまだ難しいと思います。」健人の提案に隼翔は驚いて尋ねた。「え?あの子たちまだ3歳だよね。」今度は徹が苦笑いしながら「そうなんだけどね。僕たちもついこの間知ったんだ。陽亮はもう基本的な操作はできるらしい。」「それは素晴らしい!さすが……。」また隼翔の親バカが始まる前に健人が話を進める。「はいはい、今日にでもあなたのアドレスを登録しておきますよ。こちらの名前はY&Kとかどうです?」「いいね取引先みたいで。僕のアドレスは携帯の方にしてくれ。」隼翔が納得したところで時間となり、彼は待たせていた車に乗り込み慌
安藤家の面々は、みんな朝から何となくソワソワしていた。昨日の夜遅くに長男の颯太から連絡があり、今日の午後隼翔が家に来たがっているいうのだ。もしかしたらとは思っていたが、いざ現実となるとやはり不安やら期待やらで落ち着かないのだ。双子たちもお揃いのブラウスに陽亮は半ズボン、夏蓮はスカートと、とても可愛らしい服を着てわくわくしながら“その時”を待っている。涼禾はとても不安そうだ。リビングに着信の音が鳴り響き、中村さんがすぐに対応する声が聞こえる。すぐに話を終えた中村さんが、ちょっと興奮した様子で、リビングへ報告しにきた。「江崎様がもう間もなくこちらに到着するそうです!」え?まだ午前10時過