Semua Bab 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Bab 1 - Bab 10

48 Bab

1話 家政婦の娘

「久遠さん!しっかり!」ストレッチャーに載せられ、救急車へ運ばれる私は、腹部を襲う激しい痛みに、不安はますます募っていく。スマホの画面に付いた血の跡に構う余裕もなく、発信音を聞きながら、視界が少しずつ滲んでいく……足の間を伝わる生温い感覚、止めどなく流れているであろう体内から排出される血。それと対比して私の体温は下がって行く。救急車の中の医療スタッフの切迫した声が響く。プツ……電話が繋がった。「……用件は?」スマホから聞こえて来る冷たい声。夫の久遠湊の声だ。その声は落ち着き払っていて、私とは少しでも言葉を交わしたくないという感情がその声のトーンで読み取れる。「湊……大変なの……私、血が、出て……赤ちゃんが……」一瞬の静寂。答えが返って来ないその数秒は私にとって何よりも長く感じた。「血……? 赤ちゃん?」湊の声は“私が何を言っているのか全く分からない”といった雰囲気だ。そして大きな溜息が聞こえ、湊が冷たく言う。「同じ手口を何度使うつもりだ?」スマホの向こうからガヤガヤと声がしている。「俺は忙しいんだ、君も知っているだろう? 君の芝居に付き合っている暇は無いんだよ」私は涙を流しながら言う。「違うの……本当に……!」そこまで言って痛みが走る。言葉が切れてしまう。それでも伝えなくちゃいけないと思い、言う。「今、救急車で……運んで貰ってて……」その時だった。「湊さん、誰と話してるの?」スマホの向こうから女性の声がする。柔らかく甘えた口調、そしてその声の主を私は知っている。その声を聞いた瞬間、思わず息を呑み、心臓が強く跳ねる。柔らかく甘えた口調、そしてその声……まさか、彼女……?―——そんなはず、ない……「くるみ……何でも無いんだ。大丈夫」湊の言葉は重い一撃のように、私がずっと目を背けてきた予感を容赦なく裏づけた。――くるみ……やはり、彼女だった。我が家の家政婦の娘の名前。(湊は今、彼女と一緒に居る……どうして彼女と一緒に居るの?)「ねぇ、湊さん、一緒に検査結果を聞きに行ってくれない?」甘えるような声でそういう彼女に湊がふわっと笑うのがスマホ越しでも分かる。“何でも無いんだ”その一言を聞いただけでも分かる。私と話す時と彼女と話す時の声のトーンやその態度の違い。あんなに優しい声で話す湊は、私はもう何年も見ていない。(でも、
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-21
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2話 突き付けられた現実

真っ暗な中、一人立っている私……遠くの方で私を呼ぶ声がする。 「久遠さーん……」 誰なんだろう。女性の声だ。 「燈(あかり)さーん」 声が耳元でして目が覚める。視界には白い服を着た知らない女性が居る。「目が覚めましたか?」ニッコリと笑ってそう言ったのは、看護師さんだ。私は周囲を見回す。……ここは……病室だ。薬品の匂い、清掃されたばかりの清潔な部屋。良く知っているこの雰囲気。「気持ちが悪いとか、無いですか?」そう聞かれて私は自分の体の状態に意識を向ける。「えぇ、大丈夫です」そう言うと看護師さんが悲しく微笑む。「そうですか……良かったです」その笑みを私は知っている。 (あぁ、そうか……) 私は手を動かし、自分のお腹に触れる。それでも確証が欲しくて聞く。 「あの、赤ちゃん……」ほんの少し、期待した。もしかしたら、そんな事が起こらないとは言えないからだ。目頭が熱くなっている。鼻の奥がツンとして来る。看護師さんが悲しそうに言う。「……残念ですが、助かりませんでした」涙が溢れて来る。……やっぱり、そんな思いに反してそれを受け入れたくない自分が居る。自分が妊娠したと分かった時のあの高揚感、そして自分の中から溢れ出して来る愛情。この世の何よりも愛しく大事にしなくてはいけないという使命感……日々、気を遣い、何事も無いように過ごして来たつもりだった。そして医師である私には分かっている。妊娠初期の流産は母親のせいではないという事を。&hellip
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-22
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3話 愛憎と嫉妬、向けられた悪意

内線電話が鳴り、湊がその電話に出る声がする。「あぁ、すぐに行く」そう言う声でハッとした私は彼の部屋の前から逃げるように廊下の反対側へ身を寄せる。湊は勢いよく扉を開け、スタスタと歩いて行く。廊下に居た私の存在など、気付きもしないで。扉はきちんと閉められていない。中に誰か居るのは確かだった。誰と話していたんだろう。そう思いながら私は湊の部屋の扉を開けた。 中に居たのは愛沢くるみ。 やっぱりと言うべきか、その存在に私はほんの少し呆れる。「……さっきの話、どういう意味なの?」私を視認した愛沢くるみは最初、私に対して怯えるような視線を投げて来ていた。けれど私がどういう意味かを聞いた事で、彼女にも理解が出来たのだろう。その瞳から怯えが消え、表情が滑り落ち、冷たく私を見る。「……知ってる?」愛沢くるみはそう言いながら少し笑う。「颯太も湊も、最初から……愛していたのは私だけなの」その瞳には私を突き刺す程の強く冷たい光が宿っている。 (彼女の瞳に宿るのは……恨み、と……嫉妬……?) 剥き出しの感情を私に隠さないで、そのまま見せるのはこれが初めてなんじゃないだろうか。 「子供の頃からずっと、あなたは光みたいにみんなに愛されてたわよね……」愛沢くるみがそう言いながら湊のデスクの上に飾られている花を撫でる。「私は?」そう言ってキッと私を睨み、言う。「私はただの家政婦の娘。その存在を見て貰う資格すら、無かった……」愛沢くるみが花瓶から花を抜き出す。「それなのに……私が一番大切にしていた男まで、あなたに奪われるなん
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-23
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4話 失った命とその供物

「……!何をしているんだ!」湊はそう言って駆け寄り、私の振り上げた手を掴む。「くるみに手を上げるなんて……これはどういう事なんだ?」湊の声は冷たく、そして私の言い分なんてどうでも良いと思っているのが伝わって来る。私の手首を掴んだその手には、異常な程に力が入っていて、それが私に対する怒りなのだろうと容易に想像出来た。「いつからここに居た?正気なのか?自分が今、何をしようとしていたのか、分かっているのか?」矢継ぎ早にそう言い、私の手を払う。私は力いっぱい払われた事で体のバランスを崩し、倒れ込む。反射的に湊を見る。湊はまるでお姫様を守る騎士のように私の前に立ち、背後の愛沢くるみを守っている。湊の背後では私を見下すように歪んだ微笑みを見せる愛沢くるみ。 仮にも。 私は湊の妻で、流産したばかり。そんな自分の妻を気遣うどころか、別の女を自分の妻から庇う夫。 しかもこの人はさっきまで愛沢くるみの妊婦検診に付き合っていたのだ。 私が流産の処置をしていた時に、この人は自分の妻を放り出して、他の女のお世話をしている。 私に自分の子供を産む資格なんて無いと言い切った男……。 その男に守られている彼女は私に対する悪意を隠しもせず、私を嘲笑った。 もう全てがどうでも良いと感じた。 「湊」私は蔑むように私を見ている湊の視線、そして嘲笑っているくるみの視線を受け止め、彼らの目を見ながらはっきりと言う。 「……離婚しましょう」 ◇◇◇ 私の家、湊の家、そして颯太の家は昔から家同士の付き合いがあり、いわば幼馴染だった。一方で愛沢くるみは
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-24
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5話 手に入れた自由と飛翔

「……離婚?」 私に離婚しましょうと言われた湊が片眉を上げて、怪訝そうな顔をする。そして次第にその口元が緩み、蔑むように鼻で笑うという。「燈……今、自分が何を言ったのか分かっているのか?自分の今の姿を良く見ろよ」私は湊の部屋の窓に映る自分の姿を見る。「もう君がメスを置いてから二年だ。天才救命医だった君は過去の産物じゃないか」湊はそう言って背後の愛沢くるみを労わる素振りをする。「今の君は、自分の子供すら守れなかった敗者なんだよ」湊は私に振り返り、私に向かって冷たく笑うと言う。「二年前と一緒だよ、君はその天才的な腕を持っていたにも関わらず、大事な時にその腕を発揮せず、俺の大事な親友を助けられなかった。見殺しにしたんだよ。そんな君なんだから、自分の子供も守れないのは至極当然の事だ」湊に言葉を投げ付けられる度に私の呼吸が浅くなっていく。「……違うか?」そう聞かれて震えながら湊を見る。湊の瞳の奥は分厚い氷のように冷たい。「君の才能はこんなところにもあったんだな。大切なものだけを、的確に壊す才能……か」湊はそう言うと嘲笑うように私を見る。「離婚すると言えば俺を脅せると?」湊はそう言いながら私に近付き、私を見下ろす。「俺の親友を見殺しにし、自分の子供も守れず、夫に追い出された女がこの世界でどうやって生きて行くのか、見ものだな」どうしてここまで言われなくてはいけないんだろう。確かに私にも颯太の死の責任の一端はあるだろう。子供も守れなかったのもそうかもしれない。その時、愛沢くるみが目に涙を浮かべ、か細い声で私たちの間に割って入って来る。「……ちょっと待って、ね。落ち着いて」そう言って湊を弱々しく見上げて言う。「私も何故、燈ちゃんが私に手を上げようとしたのか分からないの……」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-25
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6話 久遠 湊

あの時から五年の月日が流れていた。燈が俺に離婚を切り出し、姿を消したあの日から五年。俺の人生は完璧そのものだった。他人の目から見たら教科書通りの“成功”そのものに映るだろうくらいには。聖カトリーナ国際医療センターで最年少で外科部長となり、学術的成果も目覚ましく、名声は日に日に高まり、メディアからは「心臓外科の頂点」とまで言われていた……いや、今もそうだ。でもその裏には孤独に耐える日々が続いている。俺の隣には今、誰も居ない。五年前のあの日、一緒に妊婦検診に行ってくれと頼んで来た愛沢くるみ。俺の子供を流産し、病院に担ぎ込まれた俺の妻。俺はそんな妻からの連絡を受けた時、自分の望みが成就したと思った。そして燈と友達であったくるみの妊婦検診に付き合う事で、燈に自分自身が犯した罪と向き合わせ、その罰を与えていると思い込んでいた。俺は馬鹿な事に本気でそう思っていたのだ。聖カトリーナ国際医療センターでは外科部長として忙しい日々を過ごしてはいるが、家に帰れば孤独そのものだった。ベッドルームの化粧台には燈の使いかけの香水瓶。クローゼットには彼女が置いて行った服やカバン。彼女が使っていた書斎には大量の本と彼女が好んで読んでいた小説。全ては燈が出て行った五年前のあの日から、まるで時計の針が止まったまま、少しも時が動いていないかのように、そのままの姿で残してあった。片付けるべきだと誰しもがそう言った。けれど俺は何故かそうは出来なくて、そのまま残してあった。忙しい事を言い訳にして。家に帰り、一人になった途端、酒を飲み、燈の使っていたベッドに潜り込んで、もう無い燈の温もりを求めた。泣きながら自分のした事を後悔もした。あの日、燈が離婚を切り出し、家にあった俺が渡した離婚届を燈は俺に事前の連絡もなく、提出した。その日、病院に居る筈だった燈が家に帰ったと連絡を貰ったが、どうせ家で泣きながら寝ているだけだろうと高を括り、俺は家には帰らなかったのだ。愛沢くるみが不安だから傍に居てくれと俺にそう望んだ事を言い訳にして。後日、離婚が成立したと公的機関から送られて来たハガキでその事実を知った。まさか本当に燈が離婚するなんて思ってもいなかった。そして慌てて家に帰った俺は家の中に居る筈の燈を探した。けれど燈はもう居なかった。それまで燈の存在は俺にとっては空気のようで、そこの在る事が当た
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-26
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7話 正体不明の天才医師

「シッ!ダメよ……」燈先生、彼女は皆にそう呼ばれていた。俺が久遠先生と呼ばれている事で、混乱を防ぐ意味合いもあったが、燈の人柄の良さもあって、皆、親しみを込めてそう呼んでいたのだ。彼女の名が挙がる理由、それは彼女が優秀な医師だったからだ。ERで救急救命医として走り回っていたが、彼女の専門は心臓外科。そしてこの聖カトリーナ国際医療センターで心臓外科部長である山城医師も燈に対しては一目置いていた。いや、彼女自身が望めば、この聖カトリーナで心臓外科の部長を務める事が出来ただろう。だが彼女はそれを望まず、救急救命医として現場に立ち続けていた。燈が居れば、今のこのチームカンファレンスでも進んで発言し、燈なりの治療方針を示し、そして燈ならそれをやってのけるだろうと思えた。それだけ燈は優秀な医師だったのだ。「……今更、だな」俺はそう呟いて諦めに似た笑みを浮かべる。そして手を握り締め、短く息を吐く。「現実的な方法を模索するんだ、居ない人間を頼りするな」そう言い聞かせる。その時だった。「この難しい手術に、適任が居る」そう発言したのは苦い顔をした山城医師だ。皆が一斉に山城医師を見る。彼はもう深く刻まれた皺のある額を撫でながら言う。「海外で活躍している、正体不明の医師だが、その人物と連絡が取れれば、藤堂氏を救えるだろう」チームメンバーがざわざわとざわめく。あの、正体不明の天才医師、その名を明かさない為にコードネームのように記号で示される「X」か。その噂は枚挙にいとまがない。世界一難しいとされていた手術をその正体不明の医師「X」がやってのけたという話を皮切りに、まるでスーパーヒーローのように颯爽と現れ、術後はさっと去って行くのだという。俺の知り合いにもその天才医師「X」の手術を見た者が居た。その手腕はまさに神業、術後の経過に関しても的確に指示を残し、去って行くのだと聞いた。そしてそれ以上の事は誰も口にしない。口にしてしまえば、何かあった時に助けて貰えないからだろう。だが問題は。その正体不明の天才医師「X」と連絡を取れる者が誰も居ないという事だ。チーム内がしんと静まり返る。誰も打つ手が無いのだ。仕方ない、俺がやるとしか言えない雰囲気だった。その時、カンファレンスルームに駆け込んで来たスタッフが居た。「大変です!!あの天才医師“X”が藤堂氏の手術を
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-27
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8話 同僚からの電話

複合性心臓腫瘍および脳動脈瘤これ程の症例は世界でも珍しい。しかも送られて来ていたカルテを見る限り、脳動脈瘤の同時破裂のリスクをはらんでいる。PCの画面に映されているカルテやレントゲンを高嶺さんが覗き込む。「これは……すごいな」ありとあらゆる症例を見て来た高嶺さんでもそう言うように、今回の藤堂氏の症例は非常に難しく、危険な手術だ。電話の向こうで新見悟が言う。「君が天才医師“X”だって事は手術の時の手を見てすぐに分かったよ。それに僕との連絡を閉ざさなかったのは、君からの恩情である事も分かっている」そう、新見医師と私は共にERで汗を流した仲だ。それこそ、五年前、自分の夫である湊よりも一緒に過ごした時間は長いかもしれない程に。そして院内で囁かれていた私と湊の不仲についても、新見医師は何も聞かず、触れずにいてくれた。私を久遠燈では無く、一人の医師として扱ってくれたのだ。それは私が医師を辞めた後もそうだった。私を久遠湊の付属物のように扱う人たちの中で、新見医師だけは私をきちんと一人の人間として扱ってくれたのだ。「こんな事を頼むのは筋違いだって分かっているんだ。でも命を救いたい。僕は今、藤堂氏のケアを任されている。上層部たちは誰がこの難しい手術をするかで揉めているんだ。誰もやりたがらないからね」藤堂源一郎……その名はフィクサーとして有名だ。「医療界の影のボスとも言われている人物だ、助けたら燈の為になるかもしれないね」高嶺さんがまるで他人事のように言う。「私が行くとなったら、高嶺さん、あなたも行くのよ」私がそう言うと、高嶺さんが苦笑する。「分かってるよ」そう言って私の頭をポンと撫でる。「いつも一緒に行ってるだろ?」この高嶺遼大もまた、優秀な医師だ。私と並ぶとも劣らない程に。けれど彼はほとんどメスを握らず、私にその活躍の場を譲ってくれている。「心臓の粘膜種の方は燈がやるとして……」高嶺さんがレントゲンを凝視する。「脳動脈瘤の方は誰が?」そう聞かれて私はある名を思い出し、そして笑う。「それなら久遠湊が居るわ」悔しい事に今の医学界では脳外科医として最高峰だと言えるのは久遠湊をおいて他には居ない。高嶺さんも候補ではあるけれど、それはあくまで候補だ。「久遠湊、か……」高嶺さんが唸る。私の心の奥にしまい込んだ傷がジクジクと痛み出す。「まぁ燈が現
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-28
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9話 天才医師「X」の正体は……

あの天才医師「X」が来ている。挨拶をすべきだと思ったが出来なかった。今回の手術で俺は脳動脈瘤の方を「X」から任されたのだ。同時進行する手術の為、俺は準備をしなくてはいけなかった。藤堂氏の年齢を考えれば、同時進行が一番リスクを低減出来るからだ。どんな術式を使うのだろう。どんな手腕が見られるのだろう。そう思うと手術前の支度にも余念が無かった。丁寧に手を洗い、手袋をする。その時、準備の為のその空間に一人の人間が入って来る。これが「X」か?俺はそう思ってその人を見た。見た瞬間、俺は驚愕した。「あ、かり……?」その言葉はまるで空気に溶けたように消える。入って来た人物は何も聞こえていない素振りで手を洗っている。少し痩せただろうか、いや、術衣を着ているからそう見えるだけかもしれない。髪は帽子の中、顔にはマスク。でも見間違える筈は無い。◇◇◇「湊、後、よろしくね」ERから運ばれて来た患者を俺に渡し、燈が微笑む。「あぁ、任せてくれ」そう言って執刀を代わる……。そんな事が日常だった。ERで働く燈は生き生きとしていて、忙しい筈なのに、愚痴一つ言わずに運ばれて来る様々な症例の患者と向き合っていた。外科医である燈はその手腕を遺憾なく発揮し、専門外の手術も上手くこなした。患者たちにも、院内のスタッフからも慕われ、まさにスーパードクターだったのだ。時には院外からもその腕を求められ、乞われて手術に出向く事もあった。◇◇◇何故、気付かなかったんだ。今、目の前で洗われているその手に。何度も握り、何度も包み込んだその手。そしてあの日、振り払ったその細い腕。手首にある小さなほくろ。細い指に繊細なメスさばき。天才医師「X」の手術の時の録画は何度も見た筈だった。なのに俺は気付けなかった。俺はゆっくりと、そしてヨタヨタと燈に向かって歩く。「あ、かり……?」手を伸ばした瞬間、燈が言う。「触らないでね」燈はそう言いながら手を洗っている。その声は冷たく、無機質だ。「手術前なのよ?分かるでしょう?久遠先生」燈が俺を見る、その瞳には鋭い光が走っている。かつて俺を見上げていた優しい光は無い。その時、その場に入って来た人物が居た。「天才医師“X”にはお手を触れぬよう、お願いしますよ」軽い口調でそう言う男。その男も術衣を着ている。「燈、やれそうか?」そう聞き
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-29
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10話 愛沢くるみ

手術室に入る。手術の準備はきちんと出来ていた。私が入って行った事で皆が私を見る。えっ……この人が……?そんな空気に包まれるのはいつもの事だ。今回は脳外科の手術も同時に行うので、脳外の医師とも連携を上手く取らないといけない。「久遠先生、行けますか?」そう聞くと湊が頷く。「あぁ、いつでも」そう言われて私は手術開始を宣言する。「始めます」私の隣には高嶺先輩が居て、私のサポートをしてくれている。脳外の湊には専門の助手である新見医師が付いている。新見医師とも会うのは五年ぶりだ。視線が合った新見医師は力強く頷く。◇◇◇見事な手術だった。脳外のエースと言われている俺ですら、必死になって付いて行かないと置いて行かれる程のスピード。華麗なメスさばき、そして正確無比なタイミングでの指示。全てが現時点での俺を超えていると感じ取るには十分だった。「……終了」燈の声がそう言う。俺は燈の手術スピードに置いて行かれないよう必死で、気が付けば手術が終わっていたと感じるくらいには、無我夢中だった。燈はその場に居るスタッフ全員に言う。「お疲れ様、素晴らしい連携でした」そう言って隣に立っている高嶺遼大を見上げ、視線を交わしている。「後はそちらで」高嶺遼大がそう言って、燈を伴って手術室を出て行こうとする。「……燈!」俺が思わず声を掛けると、燈はその足を止める。そして俺を見ずに言う。「何かご質問が?久遠先生」そう言われて俺はハッとする。この場はスタッフが多い。手術室に居る人間は天才医師「X」が燈である事はもう気付いているだろう。けれど、こんな公の場で俺が縋るような事を言うのは良くない。「あ、いや。お疲れ様でした」そう言うのがやっとだった。◇◇◇私は久々に聖カトリーナ国際医療センターに来ていた。今日、ここに来たのは幼馴染の湊が大きな手術をやると聞いたからだ。難しい話は私には分からないけれど、これが成功すれば湊の評判は更に大きくなり、湊の市場価値も上がる。五年前、私と湊は一緒に妊婦検診を受けた。お腹の子は湊の子では無い。それでも私はそれまで湊が私を気遣ってくれていた事を逆手にとって、湊に甘えられるだけ甘える事にしていた。湊は私の夫では無い。私の母が家政婦として雇われている家のお嬢様、佐伯燈の夫。それほど私の略奪欲を刺激して来る相手は居ない。私は湊と燈が結婚す
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-30
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