All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 21 - Chapter 30

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21話 点と点

どうやって高嶺遼大に接触するか、考えを巡らせていると、スマホが鳴る。見れば画面には母の名前。愛沢幸子ふと嫌な予感がする。母から連絡が入る事なんて、そうそう無い。電話に出る。「もしもし、くるみちゃん」母が声を潜めている。「どうしたの?」そう聞くと母が言う。「佐伯燈が御屋敷に戻って来てるのよ」そう言われて私は佐伯家の方向を見る。私が今、住んでいる森崎家からは目と鼻の距離。「それで?」そう聞くと母が言う。「久遠湊が佐伯燈に話があるって言ってるそうよ」湊が燈に話がある……そう言われて考える。何についての話なんだろう。湊のあの感じだとよりを戻したいとか、そんな話のような気がする。「今、佐伯燈は自分の部屋で何かを探しているようなの」そう言われても私は全く気にはならなかった。だって佐伯家には何の証拠も置いてないから。「くるみちゃん、私たち、大丈夫かしら」母にそう言われて私は笑う。「大丈夫よ、佐伯家には何にも無いじゃない」その時だった。ガサガサと急に音がして、くぐもった声が聞こえて来る。~誰と話してる?~男の声だ。この声……聞き覚えがある。~いえ、何でも無いです~母の声。緊張している声を出して答えたら、それはそれで疑われてしまうじゃない。私はそこで電話を切る。佐伯家で燈が何かを探していたとしても、問題は無い。佐伯家に何か残している訳じゃ無いもの。そして愛沢幸子が娘の私に電話した事だって、別に親子なんだから問題にはならない筈。いくら大丈夫だと言い聞かせても不安が拭えないのは何故なんだろう。◇◇◇私はかつて自分が使っていた自室に居た。ここで私が探していたもの……それは私が湊と暮らしていたマンションからあの日、持ち帰って実家に残したもの。捨ててしまおうとも思っていたのに、それが出来なかったもの。それでも自分で持ち続けているのは辛くて実家に送ったものだ。「……あった」私は段ボールの中に入っていた、ファイルとアルバムを取り出す。ノックが響く。「……燈」その声は高嶺遼大だ。「入って」私がそう言うと高嶺遼大が部屋に入って来る。「あったかい?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ」出来れば見たくなかったもの。けれど私に何も起こらなかったら、存在し得なかったファイルと、私の疑いの点と点とを繋ぐのに必要なアルバムだ。高嶺遼大は私に近付いて
last updateLast Updated : 2026-02-10
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22話 アルバム

病院のセキュリティー管理棟に行く。ここに医師が来る事自体が珍しいのは知っている。だが、なりふり構っている場合では無かった。「脳外科部長の久遠湊だ」そう言って入口で普段は胸から下げている顔写真入りの身分証を見せる。警備員は多少、驚いた顔をしたが、確認を取ると、言う。「どうぞ」そう言われて俺は管理棟に入る。「何か、ありましたか?」そう聞かれて俺は言う。「ちょっと秘密裏に調べたい事がある」警備員が管理棟の中の一室に俺を誘導する。その部屋は誰かが来た時に通す部屋なのだろう、ソファーとテーブルくらいしか無い。「責任者を呼んで欲しい」俺がそう言うと警備員が頷く。「お待ちください」俺が管理棟に入る事が出来るのは、聖カトリーナで俺がそれだけ権限を持っているからだ。この五年で俺は聖カトリーナにおいて、脳外のエースという地位だけでなく、病院の経営にも携わるようになっていた。院長や副院長に次ぐ、この病院の数人いる理事にまでなったのだ。「久遠先生、お待たせ致しました」そう言ってセキュリティー棟の責任者が部屋に入って来る。「で、どうされましたか?」そう聞かれて俺は言う。「薬品庫の監視カメラを確認したい」そう言いながらも俺は知っていた。通常ならば、監視カメラのデータの保管期間は一カ月程度。しかし、ここ聖カトリーナに関してはその保管期間が十年になっている。膨大なデータ量だが、それを保管する為にこの管理棟がある。それだけここ聖カトリーナが重大で重要な薬品を扱っているという証でもあった。「いつ頃の、でしょうか」責任者がそう聞く。「五年前だ」そう言うと、責任者が少し驚く。「そんな前の映像ですか……時間がかかりますよ」そう言われて俺は言う。「構わない、探してくれ」そう言って俺はメモを責任者に渡す。そのメモには日付と薬品庫の場所が書いてあった。燈の流産の日から前後して一週間の期間。俺と須藤医師が話をしたあの薬品庫は俺たち医師が東棟と呼んでいる、産科病棟の中にある。そこだけに焦点を当てれば良い。責任者が聞く。「お待ちになりますか? それとも結果をお持ちしますか?」そう聞かれて俺は待ちたい衝動を抑え、腕時計を見ながら言う。「指定した期間のデータを私に送ってくれるだけで良い」そう言うと、責任者が頷く。「分かりました」俺は責任者をチラッと見て言う。
last updateLast Updated : 2026-02-11
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23話 高嶺 遼大

(何故、気付かなかったのかしら)そう思ったら笑えた。中学生の頃から、湊も颯太もくるみをまるでお姫様のように扱い出した。この頃になると、佐伯家がくるみの制服も学用品も全て用意するのが当然のようになっていた。(たかが家政婦の娘なのにね)最初から間違えていたのだ。家政婦の娘は家政婦の娘として扱うべきだった。誰でも皆、平等に。そう教育されて来た私はくるみを受け入れ“平等”に扱った事で、あんな仕打ちを受ける羽目になったのだから、皮肉な話だ。高校――この辺りから私は湊、颯太、くるみとは一線を置くようになった。医学部を目指していた私は勉強に勤しんだ。そして――湊もそうだった。私と湊は医学部への狭き門を突破するという共通の目標があって、時折、一緒に二人で勉強したりもしたんだっけ。それでもくるみはその中に割って入って来るような事もあった。「颯太……」不意に高嶺遼大がそう呟く。少し驚いて高嶺遼大を見る。高嶺遼大はその瞳に大粒の涙を溜めている。「遼大……?」そう声を掛けると、高嶺遼大はハッとして、涙を拭う。「どうしたの?」そう聞くと高嶺遼大は鼻をすすって言う。「そろそろ、話しておいた方が良さそうだね」そう言って高嶺遼大は私を見る。「森崎颯太は俺の弟なんだ」(森崎颯太が弟……?)ポカンとしている私を見て、高嶺遼大が笑う。「驚くよな、急にこんな事言われても」驚くなんていう生易しいものじゃない。今まで五年間、私は目の前の高嶺遼大と一緒に居たのに、全然気付かなかったのだ。「颯太と兄弟……な、の……?」私がそう聞くと高嶺遼大が頷く。「あぁ、そうだよ。俺は早い段階で森崎家を出た人間だけどね」早い段階で森崎家を出た……。そう言われて初めて森崎家の内情を知る。今まで森崎颯太とは幼馴染で、森崎家とはそれなり付き合いはあったけれど、内情を知るところまでの付き合いは無かった。湊の居る久遠家とは代々付き合いがあって、互いに内情も知っているような間柄だったけれど、そう言われてみれば森崎家とはそこまでの付き合いが無いと思い知る。(でも、それじゃあ……颯太の命を救えなかった私は遼大にとっては……)そう思った時には高嶺遼大が私の肩に触れていた。「心配しないで、燈」私の心の内を読んだように高嶺遼大が言う。「颯太の死には何かがある。今は何かがあるとしか言えないけど、愛
last updateLast Updated : 2026-02-12
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24話 加山 良江

その日は一日、ほとんど何も手に付かなかった。いつデータが送られて来るのか、そのデータには一体何が映っているのか。考えれば考える程、悪い方向へ思考が向かう。不意に鳴る、メッセージの着信音。見ればそこにはくるみの名。~燈ちゃんがご実家に帰ったみたいだったから、会いに行ったんだけど、話も出来なかった~それを読んで俺は溜息をつく。どうしてくるみは燈にこだわるんだろうか。五年前のあの日、俺もくるみも燈に対して酷い態度だったし、俺に関しては酷い事も言ったのは事実だ。その時はそれが俺にとっての真実だったが、その真実だと思っていた事が今、足元から崩れ始めている。俺は俺のした事を正当化する為に燈を貶めていた。愛の無い政略的な結婚だと思い込んでいたが、本当はそうじゃない。俺は燈をちゃんと愛していた……そう、愛していたんだ。幼い頃から自立していた燈は一人でも大丈夫だと思っていた。実際、救急救命医になり、現場でバリバリ仕事していた時の燈はそうだった。輝かしいキャリアを積み、聖カトリーナでは有名な名医だった。救えない患者など居ないのではないかとまで言われる程に。(俺はいつから毒されていた? いつから燈を蔑ろにしていた?)そう考えたけれど、思い返せば返す程、俺は燈に優しくなかったんじゃないかと思えて来る。どうしてあの日、俺は燈に付いていなかった? 燈のお腹の中に居た子供は確実に俺の子だったんだ。それなのに俺はどうしてその子を“供物”だなんて言ったんだ?何をどう考えてもちらつくのは、愛沢くるみだった。(俺は今までずっと愛沢くるみに操られていたんじゃないか?)「燈ちゃんは強いから大丈夫」「燈ちゃんは自立しているから」「本当に燈ちゃんは医療過誤を起こしてないの?」「私から夫を奪っただなんて思っていないけど、それでも悲しい」「燈ちゃんがもう少し頑張っていたら颯太は死ななかったかもしれないのに」「また燈ちゃんが私に嘘をついたの」「お腹が痛いって言って、急いで行ってみたら全然そんな事無くて、私が駆け付けるのが見たかったみたい」まるで呪いの言葉のように繰り返されて来た愛沢くるみの言葉たち。窓の外を見る。数が合わない堕胎薬……まるで堕胎薬を使った後のような症状で運び込まれた燈……時を同じくして妊婦検診だったくるみ……。(冷静になれ、考えろ、可能性を)俺は自分自身にそ
last updateLast Updated : 2026-02-13
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25話 目覚めの兆し

私が思い出した事、それは加山良江が私に冷たかった事だ。当時、私は湊と結婚した後も救急救命医を続けていた。颯太のあの事故が起こるまでは。私と湊は二人でマンションに住み、互いに勤務の時間帯が違えば、当然すれ違いの生活になった。それは互いに医師になった時には、何となく互いに理解していた事だった。それでも結婚したら女は家に入るべきだという考えの人たちも一定数居た。そんな人たちから私は可愛げのない女に映っただろう。そして加山良江もそういう類の女性だった。当時、私は忙しくて聞き流していたけれど、思い出せば随分な事を言われていた事もあった。「久遠家に嫁いだんですから、仕事なんてしなくても良いのに」そんな言葉を加山良江の口から直接聞いた事もあった。私はその言葉を私に対するいたわりの言葉だと受け取っていたけれど、それが私に対する蔑みの言葉だったとしたら?颯太の死後、私は仕事を辞め、湊の帰る家を守る事にした。そんな中でも加山良江はずっと変わらずに私たちの住むマンションへ使用人として通っていたのだ。そして。「加山良江はいつも愛沢くるみを佐伯家のお嬢様のように扱っていたわ」私はそれを思い出した。そうだ、そうだった。そして結婚したのが私だった事を加山良江は最初から良く思っていなかった。愛沢くるみと加山良江の間に何があるのかは分からない。けれど、調べてみる価値はありそうだ。「仮に加山良江がこの件に関わっていたとして。それはやっぱり、燈に対して堕胎薬を飲ませるだとかの工作要員だろうな」高嶺遼大がそう言う。「そうでしょうね。愛沢くるみが直接、手を下すなんて、バカな事をする筈が無いもの」そうだ。私と湊の住んでいたあのマンションに出入りしていた使用人は加山良江しか居ない。そして愛沢くるみ同様、湊だって私に直接手を下す程、バカでは無いだろう。どちらか一方か、それとも共犯なのか。まだそれは私には分からない。けれど、そこを糸口に出来るかもしれない。◇◇◇眠れないまま夜を明かし、病院へ行く。早足で自分のオフィスに入り、PCを立ち上げる。来ている。セキュリティー棟からのメールが来ていた。俺は一度、オフィスの扉の鍵を閉め、誰も入って来られないようにし、そのメールを開いた。データファイルを開く。監視カメラの映像。出入りする数人の人物たち。俺はその人物たち一人一人をフォーカス
last updateLast Updated : 2026-02-14
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26話 森崎 健太郎

加山良江は今、どこに居るのか。それはすぐに分かった。彼女は今、森崎家に居る。私と湊が離婚したあの五年前の日。加山良江は久遠家から森崎家へと移ったのだ。何故、それが分かったかというと。「遼大、元気だったか」目の前には森崎家現当主の森崎健太郎が居る。場所はホテルのラウンジ。高嶺遼大が森崎健太郎を呼び出した形だ。「悪いね、父さん。呼び出すような真似をして」高嶺遼大がそう言うと、森崎健太郎が苦笑する。「お前が森崎家に帰って来られないのは私の責任でもあるからな」高嶺遼大は森崎健太郎に連絡を取り、朝食に誘った。私は高嶺遼大に付き添い、席を共にしている。「燈ちゃん、久しぶりだね」私は当然、森崎健太郎とも会った事がある。「ご無沙汰しております、森崎さん」会ったのは何年ぶりだろう、私は颯太の担当医として颯太の死に直面した後、森崎家に出向いて頭を下げた。それ以来だ。私が頭を下げた時、私を責めるような物言いをしたのはその当時、颯太と結婚していたくるみと、森崎健太郎の妻であり、颯太の母である森崎望美だけだったと記憶している。目の前の森崎健太郎は私を責めなかった。「それで、二人揃って私を呼び出すのは何かあるからだろう?」森崎健太郎がそう聞く。私と高嶺遼大は顔を見合わせて笑う。「そうです、ちょっと聞きたい事があって」高嶺遼大がそう言う。「ここで話す事じゃないだろう。朝食を食べながら、三人で話そう」◇◇◇ホテルのレストラン、隔離された空間で三人で話す。「それで、何が聞きたい?」森崎健太郎が聞く。「父さんは加山良江を知っていますか?」高嶺遼大がそう聞く。「あぁ、加山良江……知っているよ」そう答えが返って来て、私と高嶺遼大は互いに顔を見合わせる。予想通りだ。「加山良江がどうかしたか?」そう聞かれて私は言う。「加山良江は以前、私と湊が結婚していた時、私と湊のマンションに通っていた使用人でした」そう言うと森崎健太郎が頷く。「あぁ、承知している」森崎健太郎がそう返事をするという事は加山良江は自分の履歴を偽っていないという事だ。「その後、そういう経緯で加山良江は森崎家へ?」高嶺遼大がそう聞く。森崎健太郎が少し考えるように言う。「確か……燈ちゃんと湊くんが離婚した直後に、くるみが連れて来たと思ったが」そう言われて私の心臓が跳ねる。「くる
last updateLast Updated : 2026-02-15
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27話 繋がって行く点と点

加山良江がくるみについている……。これで二人は繋がった。二人の関係性は分からない。実際に見てみない事には。でも、あの愛沢くるみが誰かの下につくなんて事は絶対に無いと言い切れる。それ程までに彼女の傲慢さは肥大しているのだから。五年前に私に向けられた悪意。あの悪意の濃度は相当なものだった。私自身が浴びたのだから、私自身が一番分かっている。そしてその悪意の濃度に当てられたのか、それとも元々そうだったのかは分からないけれど、湊にも相当な言葉を言われていたのだ。何だったかしら……敗者である私が、この世界でどうやって生きて行くのか、見ものだと、確かそう言ったのだ。「二人の仲は良いの?」高嶺遼大がそう聞く。森崎健太郎は少し考えるように言う。「一見、普通の使用人とその雇い主という体を保ってはいるが」そう言いながら森崎健太郎が笑う。「何か特別な繋がりがあると感じる時はあるな」何か特別な関係……。「それはどういう時にそう感じるの?」高嶺遼大が畳み掛けるように聞く。森崎健太郎が腕を組む。「我が家は知っての通り、久遠家や佐伯家のように、たくさんの使用人を使ったりはしていないんだ。燈ちゃんと湊くんが別れた当時、くるみにはちゃんと専属の使用人が居た。くるみがそう望んだからね。それなのにくるみは湊くんのところから、加山良江を連れて来て、森崎家で雇うと言い出したんだ」森崎健太郎が少し身を乗り出す。「足りていたんだよ、人員的には、ね。うちは久遠家や佐伯家とは違って、それ程、お金持ちという訳では無い。お恥ずかしい話だが、足りている人員を補充するなんて事は今までだってやって来なかった。だが、加山良江だけは違っていたんだ」そこで森崎健太郎が声を潜める。「しかも、加山良江を雇う事に関しては、妻の望美が後押ししたのもある」森崎健太郎の妻、望美。彼女もまた、颯太が亡くなった時、私を責めた人の一人だ。森崎健太郎が少し笑う。「正直言ってね……森崎家はくるみが入って来てから、もう中はグチャグチャなんだよ」愛沢くるみが森崎家に入って、中を引っ搔き回しているというのは初耳だ。「遼大、お前にも分かるだろう?」そう聞かれた高嶺遼大が苦笑いする。「えぇ、分かります」森崎健太郎が溜息をつく。「稼いでも稼いでも、足りないと言われる。久遠家や佐伯家のように、優雅にお茶をして、買い物
last updateLast Updated : 2026-02-16
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28話 ジョーカー

病院のセキュリティー棟に向かった。今度は最初から責任者が出て来て対応してくれる。「久遠先生、今度は何を?」そう聞かれて俺は何だかこの人物を共犯者のように感じてしまう。手元にあるメモを渡しながら言う。「この日時、薬品庫の前に映っている人物の、その後の行動を追って欲しい」そう言うと責任者がメモを見ながら頷く。「分かりました」俺はそこで責任者に聞く。「誰か、他の人間から、監視カメラの映像を見たいとの申し入れはあったか?」そう聞くと責任者が首を振る。「いいえ」俺はその答えを聞き、一時だが安堵する。「そうか、それなら良い。もしこの先、誰かに監視カメラの映像を見たいと言われたら知らせてくれ」そう言いながら立ち上がる。「すぐに割り出せるか?」そう聞くと責任者が微笑む。「はい、すぐに取り掛かります……今日の午後にはデータを送れると思います」俺は向かい側に立っている責任者と握手する。「頼む」◇◇◇森崎家に愛沢くるみが入り込み、森崎家を内側から破壊している。そんなふうに見えた事は無かったけれど、当主である森崎健太郎が言うのだ、間違いは無いだろう。きっと愛沢くるみも森崎家を壊す事は目的では無かった筈だ。むしろ森崎家に入った方が愛沢くるみというブランドの価値は上がった筈……。佐伯家の家政婦の娘という立場は、湊や颯太から見れば、対等な立場である私よりも“か弱く守らなければならない存在”として、その価値は大きかっただろう。愛沢くるみはそれを最大限生かし、実際に私という人間を排除した。けれどそれ以外の人間たちから見たら、家政婦の娘という立場は相当悪い。守られるという武器が使えない相手にはその効力は発揮しないのだから。(だから愛沢くるみは私が湊と結婚したタイミングで颯太と結婚したのね……)帰りの車中、そんな事を考えながら車の外を見る。行き交う人々の中に……。「止めて!」私が急にそう言ったので、驚いた高嶺遼大が聞く。「何? どうしたの?」そう聞かれて私は止まった車の窓から、外を見る。「あれ、見て」私は指さした方向に、彼女が居た。加山良江「加山良江……?」高嶺遼大がそう呟くように言う。加山良江は繁華街の中を歩いている。キョロキョロと周りを見回し、人目を気にして。「彼女は一体、何をしているの……?」独り言を呟く。加山良江はキョロキ
last updateLast Updated : 2026-02-17
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29話 サロン・ド・オーキッド

その日の午後、俺の元に届いたデータ。順を追って、見て行く。波多野優斗が薬品庫に入って来る。ラインプロスを二回分、箱から出し、持ち出す。そのすぐ後に薬品庫のすぐ外に居たくるみにそれを渡し、抱き合う。ここまでは前に見た映像だ。波多野優斗はそのまま、薬剤師たちが在中している薬剤部へ戻った。何事も無かったかのように。もう一人は、くるみだ。くるみはラインプロスを自身のカバンにしまい、周囲を気にしながら歩き……。そのまま病院の入口まで来る。(俺の杞憂だったか……?)一瞬、そう思った。くるみは病院の入口から出ると、クルっと向きを変え、病院の裏側へ回る。監視カメラがくるみの姿を捉える事の出来る、ギリギリの所で。くるみは誰かと落ち合っていた。(誰だ……?)くるみはカバンから何かを取り出して、その人物に渡す。俺は監視カメラの映像をズームする。目深に被った帽子、目立たない服装。その人物はくるみから受け取った何かを紙袋に入れる。紙袋には文字が入っている。~サロン・ド・オーキッド~気が焦る俺は色々な事を一気に考えるが。まずはくるみが渡したものがラインプロスだと確認しなければ。そう思い直してズームした映像に目を凝らす。ラインプロスは錠剤だ。銀色のブリスターパックに入っていて、目立つように紫色のラインが入っている。ズームした映像の中でその紫色のラインが確認出来た。これでくるみが聖カトリーナから堕胎薬であるラインプロスを持ち出した事は事実確認が出来た。(じゃあ、これは誰なんだ……?)もう一度、その人物にズームする。目深に被った帽子が邪魔で顔が見えない。手掛かりは紙袋だ。~サロン・ド・オーキッド~俺はそのワードをPCに打ち込み、検索をかける。「エステ店……?」そこで俺は思い出す。いつだったか、何かのパーティーで男同士で話していた事……。◇◇◇「サロン・ド・オーキッドって知ってるか?」そう聞かれた俺は首を振る。「いや」そう答える俺にその男は笑って俺の肩を抱いて言う。「まぁ、お前さんみたいなお坊ちゃんには縁の無い場所かもな」俺はお坊ちゃんと揶揄されたのが気に食わなくて聞く。「どんな所なんだよ」俺の肩を抱いた男が俺に耳打ちする。「違法賭博と売春斡旋」そう言われて俺は驚いた。そんな俺を見てその男が笑う。「な? お前には縁が無いだろう?」
last updateLast Updated : 2026-02-18
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30話 森崎家

やっぱり何度調べても、高嶺遼大の言うサロン・ド・オーキッドの裏の顔は出て来ない。表向きの耳触りの良い事しか、ネット上には載っていない。(まぁ、当たり前よね……)そう思いながら私は溜息をつく。ここから先、どうやって加山良江と接触するか。そして愛沢くるみを追い詰めて行くか。キーワードは“サロン・ド・オーキッド”だろう。今はまだ仮定の話だけれど。加山良江があんなふうに周囲を気にしながらサロン・ド・オーキッドに入ったのだから、後ろめたいものがあるんだろう。私たちが仮定した話が事実だと確認しなければ、話が前には進まない。どうやって加山良江の現状を調べるか……。「燈」呼ばれて振り向く。高嶺遼大が手にコーヒーを持っていた。「ほら、飲んで。難しい顔してるぞ」そう言われて苦笑いする。高嶺遼大は私の横に座ると言う。「加山良江に関しては一旦、俺に任せて貰っても良い?」そう聞かれて私は高嶺遼大を見る。「当てがあるの?」そう聞くと高嶺遼大が頷く。「まぁね。だって俺、森崎家の長男だぜ? 一応」そう言われて笑う。「そう言えばそうだったわね」私がそう言うと高嶺遼大が少し溜息をつく。「森崎家とはほぼ縁を切ってる状態だけど、それは望美さんが俺に会いたがらないからなんだよ」そう言われて、森崎家の事情に顔を突っ込んで良いのか、分からず躊躇う。高嶺遼大はそんな私の気持ちを読んでか、言う。「燈に話しておこうか。俺と森崎家の関係」コーヒーを一口飲んで、私は頷く。「うん」高嶺遼大がホテルのソファーに深く座り、話し出す。「俺はね、森崎健太郎の息子だけど、森崎健太郎の妻の望美さんの息子じゃ無いんだ」そう言われて察する。つまり。「森崎健太郎には今の妻である望美さんの前に、先妻が居たって事ね?」そう聞くと高嶺遼大が頷く。「あぁ、俺を産んだ人。俺を産んで、すぐに亡くなったんだ」高嶺遼大の母親が既に亡くなっているなんて知らなかった。「そうなのね、知らなかった」そう言うと高嶺遼大が言う。「まぁ、俺もほとんど覚えてないくらいの人だったからね」そう言って俯く高嶺遼大に私は手を伸ばし、その頭を撫でる。「俺が三歳の頃に父さんが再婚したんだ、望美さんとね」私に頭を撫でられながら高嶺遼大は続ける。「すぐに結婚したのは望美さんのお腹の中に颯太が居たからなんだ」私は
last updateLast Updated : 2026-02-19
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