All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 31 - Chapter 40

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31話 ほころび

そう聞くと高嶺遼大が言う。「行ってないよ。全然。颯太は来いって言ってたけどな」高嶺遼大はそう言って苦笑いする。(それはそうよね……森崎家の女主人が嫌な顔をするんだもの)そう思うと高嶺遼大もまた、孤独だったのだと分かる。「でもまぁ、こんな事態なんだし、父さんにも話は通してあるからね」そう言う高嶺遼大を見ると、彼の瞳には挑戦的な光が宿っている。「化けの皮を剥がしてやるさ」高嶺遼大はそう言って私を見て微笑む。「だから燈は少し待ってて。情報を仕入れて来るよ」加山良江やくるみの現状は高嶺遼大に一旦、任せて良いだろう。じゃあ私はその間、何をしようか。私が出来る揺さぶりは何だろうと考えて、思い付く。「私は別の角度から探りを入れてみるわね」そう言ってカバンの中から聖カトリーナの特権を示す身分証を出す。それを見た高嶺遼大がクスっと笑う。「燈は七年前の颯太の事を調べるんだな?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、何か見落としてる気がしているの。ずっとそうだった……何かを見落としてる」七年前の颯太の事故後、搬送されて来た颯太を私が担当した。開放骨折、重度の挫創が見られた……思い出すだけで胸が苦しくなる。「大丈夫か?」高嶺遼大にそう聞かれて苦笑いする。「えぇ、大丈夫」私にとってもあの事はPTSDを患っていてもおかしくない状況だった。フラッシュバック、胸の動悸、眩暈を感じる事さえある。それでも私が平静を保っていられたのは、いつも心のどこかにあった“違和感”のお陰だったのだ。「何を見落としているのか、分からないけど、もう一度、カルテを見てみるわ」そう言った私に高嶺遼大が聞く。「俺が居なくて大丈夫か?」そう聞かれて少し笑う。「ダメかもしれないけど、あなたにはあなたのやる事があるもの」そう言って高嶺遼大に寄り掛かる。「何かあったら、連絡入れてくれよ。すぐにすっ飛んでいくから」◇◇◇お気に入りの服を着て、聖カトリーナの湊の居る部屋に行く。ここのところ、湊からの連絡が無くなって、病院も好きに歩くなと言われてしまったから、来ないようにしていたけれど。待っているだけじゃダメなのは分かっている。そして何よりも。燈が何か動き出しているような気がしている。七年前の颯太の事故、その後の燈の処置、そして五年前の燈の流産。全てにおいて私は誰にも疑われる事無く
last updateLast Updated : 2026-02-20
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32話 ほつれた糸を探して

湊が行ってしまって私は唖然とした。私の目の前で部屋に鍵をかけるなんて行動に出た事なんて今まで一度だって無かった事だった。私への信頼度が落ちている……?私は歩いて行ってしまった湊の背中を見ながら、漠然とした不安を抱えていた。◇◇◇胸がドキドキしていた。俺は何度も監視カメラの映像を繰り返し見ていたのだ。そんな時に入って来たのがくるみ本人だった。映像を見せて問い詰める事も出来ただろう。でもそれは時期尚早だと思ったのだ。そしてくるみの前で部屋に鍵をかけた事も良くなかったかもしれない。けれど俺はもうくるみを以前のように全幅の信頼をおいて見る事が出来なくなっていた。サロン・ド・オーキッド……そこには一体何があるんだ?急患の要請が出て、俺は処置室へと向かう。最近はERの医師の腕が落ちている。以前、燈が居た頃は燈が全てを取り仕切り、ERに入って来る患者のほぼ全てを燈が処置し、俺たち専門医に渡してくれていた。(天才医師「X」か……)そう思って笑う。確かに燈は天才だった。誰もがそれを当たり前の事として、受け止めていたが、本当はそうじゃない。俺や他の専門医にも出来ない事を燈はやってのけていた。本当に賞賛されるべきは燈だった。でも燈はいつも前に出る事を嫌い、他人にその栄誉を譲っていた。術着に着替えて、手術室に入る。「始めるぞ」そう言って手術が始まる。(集中しろ、目の前の患者に)俺は自分自身にそう言い聞かせて、手術をする。◇◇◇ICUでの藤堂氏の様子は順調だった。「藤堂氏のデータを部屋に送ってくれる?」ICUの看護師にそう言うと、看護師が頷く。「はい、先生」聖カトリーナの私に与えられた部屋。それは藤堂氏の術後のケアが目的だけれど、私も高嶺遼大もEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)の権限を持っている。EMSOは国内の病院のどんな機密にもアクセス出来る権限が与えられている。それだけ公明正大な機関なのだ。送られて来たデータを見ながら、異変は無いか、慎重に検討する。(大丈夫そうね……)そう思い、藤堂氏のデータを閉じて、私は院内のデータへアクセスする。七年前の颯太の死。そこに巧妙に隠されている何か。一体、何を見落としているんだろうか。森崎颯太、そう書かれたデータを見る。カルテには開放骨折の際に投与された抗生剤の名が記されている。「セファゾリン……」開
last updateLast Updated : 2026-02-21
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33話 掴んだ糸口と贖罪からの申し出と

保管庫に入った私は、目的のものを探す。七年前、かなり昔のものになる。でもここ聖カトリーナは管理がしっかりしていて、ちゃんとすぐに目的のカルテに辿り着けた。森崎颯太私が書いたカルテ。そしてそれに付随するものたち。看護師の残したメモや、走り書きなどもある。カルテを見て行く。下へ進むにつれて、徐々に私の心拍数も上がって行く。そして目的のものを見つける。「あった……」独り言を呟く。森崎颯太のカルテにはきちんとアレルギーの有無についての記述があった。けれど。「改竄されて、る……?」当初アレルギーの有無について、無しの方に印が付いていた。が、そのチェックマークが外され、有りの方に印が付いている。カルテにはしっかりと改竄の痕跡があった。私はスマホを取り出して、カルテの写真を撮る。カルテには看護師が走り書きしたものがまだ残っていた。~アレルギーの有無について配偶者に三度、確認~三度……三度も確認をしたのだ。何故、三度も確認したのか。それは森崎颯太の所持品にアレルギーの有無に関するものが無かったからだ。じゃなければ三度も確認はしない。そして愛沢くるみはその三度ともにアレルギー無しと答えていた事になる。(愛沢くるみは知らなかったの……?)いや、そうじゃない。私がそう確信したのは、カルテに挟まっていた、もう一枚の紙が出て来たからだ。アレルギー有無に関する、アレルギーカードのコピー。セファゾリン系薬品へのアナフィラキシー反応あり……。これを私が正しく知っていれば……颯太は死なずに済んだのだ。これは間接的な殺人の証拠になる……。七年前は私自身が颯太を死なせてしまったのは私のせいだと思っていた。いや、思い込まされていた。アレルギーの有無の確認ミス、そして引き起こされたアナフィラキシーショック……。意図的になるべくしてなった結果だったのだ。ズキズキと頭痛が始まる。こめかみを揉みながら私はそれらの写真を撮る。七年前、私は颯太の死のショックで、ほとんど、何も覚えていなかった。目の前で颯太が死んでいくのを抗いながらも止められなかったから。その後、医療過誤への責めやアレルギーの確認ミスなどを指摘されても私は敢えて何も言わず、反論せずに全ての非を受け止めた。そうするのが颯太へのせめてもの償いだと、本気でそう思っていたのだ。でも違っていた。真実はそこでは無かった。こ
last updateLast Updated : 2026-02-22
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34話 牽制

保管庫を出る。私の手には森崎颯太のカルテ。そして、湊と交わした連絡先。最低限の連絡のみにするという確約を取り付けた上での連絡先の交換だった。湊は何を掴んでいるんだろう。湊の傍には多くの証拠が眠っている可能性が高い。何せ、愛沢くるみが私と湊、颯太の間に現れてからずっと、仕込まれていた罠かもしれないのだから。◇◇◇森崎家に来たのはいつ以来だろうか。懐かしいこの感じ。でもここはもう俺の知っている森崎家では無い。「遼大、良く来たな」父さんがそう言って迎えてくれる。父さんの横には不機嫌な顔の望美さんが居る。いまだに俺は彼女に憎まれているらしい。(まぁ普通、そうだよな……自分の子供が死んで、先妻の子供が生きてりゃそう思うよな)そう思いながら俺は苦笑いする。そしてそのタイミングで森崎家に帰って来た人物が居た。加山良江だ。加山良江は俺を見て不思議そうな顔をする。「加山さん、彼は私の息子の遼大だ」父さんがそう紹介する。息子だと紹介されて、加山良江が驚く。(まぁ、そりゃそうだよな……俺の存在は森崎家では禁忌だもんな)自嘲気味に笑い、俺は言う。「はじめまして、加山さん。高嶺遼大です」俺がそう言うと、加山良江が言う。「たか、みね……?」そう聞かれて俺は笑う。「あぁ、そうなんですよ。俺、父さんの先妻の子供なんです」そう言うと、加山良江が更に驚くのが分かる。森崎家の黒い歴史のたった一部に過ぎないそれに、いちいち驚いているのが可笑しくなって来る。(アンタ自身はもっとえげつない事、してるだろ)そう思うと笑いが堪えられない。◇◇◇御屋敷に戻ると、何だか御屋敷が慌ただしく感じる。加山良江が駆け寄って来て言う。「森崎健太郎様の先妻のお子さんが来ています」そう耳打ちされて驚く。森崎健太郎の先妻の子……?「今、どこに居るの?」そう聞くと、加山良江が言う。「リビングに」そう言われて私は急いでリビングへ向かう。身なりを整えて、リビングに入る。「お父様、お母様、今、戻りまし……た」リビングに居たのは、他の誰でも無い、あの高嶺遼大だった。(どうして高嶺遼大が居るの……?)そういう疑問と共に、一瞬にして私の頭の中がフル回転する。加山良江は森崎健太郎の先妻の子と、言った。という事は高嶺遼大がその先妻の子、という事になる。そしてそれが分かれば、もう何も
last updateLast Updated : 2026-02-23
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35話 危険な女

(は? 笑う場面では無い筈だけど?)高嶺遼大のその態度を見て、私は確信する。高嶺遼大は佐伯燈と強力な協力関係を築いているのだ。今更私が取り入っても、取り込む事は難しいかもしれない。高嶺遼大は取り込む事よりも、警戒しないといけない相手かもしれない。「まぁ、良いですよ。過ぎた事だ」高嶺遼大は手でサッと私を払うような仕草をする。完全なる拒絶それを感じ取り、私は引く。これは今以上、近付いては危険だと察知する。高嶺遼大がお母様を見て言う。「育ちが悪いどら息子は今や、医療界最高峰の研究機関の責任者っていうのが笑えますね」お母様の顔が強張る。森崎家の中にこんなに確執があったなんて、知らなかった。しかも高嶺遼大はお母様とも対立している。私は燈にも、今は湊にも拒否されていて、お母様は高嶺遼大と対立している。これ以上対立してはマズイ。そう思っていたら、お母様が私の腕を引き、言う。「こんなに失礼な男と一緒に居ると、くるみちゃんには悪影響だわ」そう言って私はお母様に手を引かれ、その部屋を出る。◇◇◇「逃げられてしまったな」父さんがそう言って笑う。「大丈夫、愛沢くるみがこの程度で引くとは思えないからね」俺がそう言うと父さんが俺に聞く。「本当にくるみが関わっている、と?」俺は周囲に誰も居ない事を確認はしたが、言及は避け、人差し指を口の前に立てる。その仕草で父さんにも伝わったようで、父さんが頷く。父さんはそのまま仕事へ出掛けて行き、俺は屋敷に残って、父さんの書斎に入る。父さんのデスクには颯太と望美さん、父さんの三人の写真と、俺と父さんが二人で写っている、俺の幼い頃の写真が飾ってあった。(俺の写真も飾ってくれてるんだな……)義理堅いというか、息子は息子なんだなと思うと、何だか少し心が温かくなる。(再会の記念に写真くらい撮るか……)そんなふうに思っていた時だった。父さんの書斎の扉が開いて、姿を現したのは愛沢くるみだった。愛沢くるみは俺に気付くと、ハッとして俯き、言う。「ごめんなさい、お父様にお話があったものだから……」(話ねぇ……ノックもせずに入って来るなんて、随分と森崎家はこの女に侵食されてるじゃないか)さっきの望美さんの様子もそうだった。愛沢くるみは望美さんを取り込んでいる。それはもう盲目的に信じているんだろう。(愛沢くるみが颯太の死に関わって
last updateLast Updated : 2026-02-24
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36話 ラボへ

「燈がくるみさんを嫌っているかどうかは、俺が口を出す問題じゃないから、俺からは何も言わないが」そこで言葉を切り、愛沢くるみを見る。「あなたが五年前に燈に何を言ったのか、あなたに毒された湊くんが燈をどう傷付けたのかぐらいは知ってるとだけ、言っておくよ」そして少し笑って言う。「今頃、燈と湊くんは二人で話し合ってる頃かもな」俺がそう言った瞬間、愛沢くるみの瞳に一瞬、強い光が走る。自分の手中だと思っていた男が燈に奪い返されるとでも思っているんだろう。さて、俺に自分の本性がバレ始めているかもしれないこの瞬間から、愛沢くるみはどう出るか……。そう思っていると愛沢くるみが俯き加減で言う。「燈ちゃんから何をどう聞かされたのか、私には分からないけど、それを信じるって言うなら、それで良いです……」小さな消え入りそうな声でそう言う愛沢くるみにゾッとする。(ある意味、すごいな……)そしてさっきから愛沢くるみを包んでいる匂いが気になった。仕事柄、匂いには敏感な俺にはこの匂いが香水の類に何かが混ざっていると直感する。(何だ……? 媚薬の類か?)俺はその匂いが不快で、愛沢くるみに背を向け、書斎の窓を開ける。フワッと風が入って来た瞬間、愛沢くるみが呟くように言う。「颯太も湊もこれでイチコロだったのに」俺は愛沢くるみに振り返る。愛沢くるみはその顔に微笑みを貼り付けて、言う。「やっぱり、高名なお医者様は違うんですね」次の瞬間、愛沢くるみは無表情になり、言う。「何で燈ばっかり、私より良いものを持てるの」そう言って、愛沢くるみは俺に背を向け、書斎を出て行く。鼻腔に残る、この匂いの正体を知っておいた方が良さそうだと俺は思い、すかさず、ジャケットの内ポケットからSPMEファイバーを取り出す。上手く吸着出来れば良いが。◇◇◇藤堂氏の経過は順調だった。特に変わった所見も無く、順調に回復している。私はそれを見て、看護師に言う。「何かあれば、スマホで呼んでください」そう言うと、看護師が頷く。「はい、先生」私はICUを出て、手に持ったカルテを抱え、ホテルに戻ろうと考える。その時。スマホが鳴った。メッセージの着信だ。~燈、今、どこに居る?~高嶺遼大からのメッセージだった。~私は今、病院だけど~そう返すと、すぐに返事が来る。~病院で調べたいものがある。聖カトリーナ
last updateLast Updated : 2026-02-25
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37話 甘い罠の痕跡

ラボのモニターに映し出される、複雑な分子構造。「未承認の合成オキシトシン誘導体と……特殊なベンゾジアゼピン系物質か……」高嶺遼大がそう呟く。「判断力の低下を誘う向精神薬……」湊がモニターを見ながら愕然とした様子でそう言う。溜息をついた高嶺遼大が言う。「あれはただの香水じゃないって訳か。吸入型の向精神薬とでも言おうか」そう言われて私は高嶺遼大を見る。高嶺遼大が言う。「長期間これを浴び続ければ、前頭葉の機能が低下して、特定の人物に対して異常な執着と保護欲を抱くようになるって訳だ」私は高嶺遼大に聞く。「で、一体、これは何の成分なの?」そう聞くと高嶺遼大が言う。「これはくるみが愛用してる香水の成分だよ」高嶺遼大はそう言って湊を見る。「大丈夫か? 久遠先生」高嶺遼大がそう聞くと、湊はハッとして言う。「あぁ、大丈夫だ……」そう言う湊は大丈夫なようにはとても見えなかった。「これはどこで……?」そう湊が高嶺遼大に聞く。私もそれが知りたかった。「森崎家で採取した」そこで私は思い出す。(そうか、湊は知らないのよね)「遼大は颯太の腹違いの兄なのよ」私がそう言うと湊が目を見開く。「颯太、の……?」高嶺遼大が苦笑いする。「あぁ、黙っていてすまない。森崎颯太は俺の弟、森崎家当主の健太郎は俺の父だよ」理解が追い付かない事ばかりだろう。私だって知った時は驚いたんだから。「俺は今日、森崎家に顔を出して来たんだ」そう言いながら高嶺遼大は頭をかく。「そもそも俺は、森崎健太郎の先妻の子なんだよ。後妻に入った颯太の母親である望美さんと折り合いが悪くてね。かなり早い段階から森崎家を出てるんだ」湊が私を見る。「知って、いたのか?」そう聞かれて私は苦笑いする。「私も最近、知ったの」これを理解するまでにはかなり時間も必要だろう。「それで、どうやってくるみの香水の成分を採取したの?」そう聞くと高嶺遼大が笑う。「別に特別な事はしてないさ。向こうが香水のにおいをプンプンさせながら俺に近付いて来たんだ」そう言って私を見下ろし、微笑む。「恐らくは自分の味方に付けたかったんだろうな」そう言われて私は思わず笑う。「まぁ、くるみならやるでしょうね」湊がそこで口を出す。「多分、くるみが香水を振っていたのは、その前に俺に会いに来たからだ……」そ
last updateLast Updated : 2026-02-26
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38話 イルミのバッグ

「それで、久遠先生、話したい事って?」高嶺遼大が聞く。湊は私たちにノートPCの画面を見せながら言う。「これを見てくれ」そう言われて私はその画面を見る。ノートPCに映し出されていたのは監視カメラの映像だった。「……監視カメラ?」そう私が湊に聞くと、湊が言う。「実はここ数日で分かった事が色々あるんだ」そう言われてまた私は高嶺遼大と顔を見合わせる。「五年前のあの日……燈が流産をしたあの日……燈の異常を感じ取って、産婦人科の須藤先生が燈の血液検査をしてくれていた事は知っているか?」そう言われ、私は苦笑いする。「知ってるわ」私のその答えを聞いて、湊は一瞬驚き、そして少し笑う。「そうか……じゃあ、燈の血液検査の数値に異常があったのも?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、知っているわ」そう言うと湊が少し悲しそうに笑って言う。「そうか、じゃあ話は早いな」湊が胸元からUSBメモリを出して、ノートPCにそのメモリを挿す。画面に映し出されたのは私のカルテだ。「俺はこれを産婦人科のデータベースから引き出した。けれど公になっているデータを見るだけでは分からなかったんだが」そう言って湊が自嘲的に笑う。「その時に須藤先生がすぐ近くに居てね。須藤先生が教えてくれたんだ」湊はまた胸元に手を入れ、一枚の紙を出す。「燈の血液検査票だな」高嶺遼大がそれを見て、そう言う。湊が頷く。「そうだ。これを見ておかしいのは一目瞭然だった。そして」湊がPCの画面を切り替える。「俺はこの薬品庫で須藤先生からある話を聞いた」そう言われて胸がドキドキし出す。「須藤先生はあの日の燈の数値の異常と燈の状態を実際に見て、照らし合わせた。導き出されたのは」そこまで湊が言うと、高嶺遼大が続ける。「ラインプロス、だろ」高嶺遼大にそう言われて湊が頷く。「そうだ。そしてすぐに須藤先生はラインプロスの数を確認したそうだ」湊がそこまで言って言葉を飲み込む。「……合わなかったのね」私がそう言うと湊が頷く。「それも二回分」そう言われて少し驚く。「二回分?」そう私が聞くと湊が少し笑う。「あぁ、そうなんだ。二回分」そして湊はPCに映された映像を動かす。薬品庫に入って来た人物は……。「これは薬剤師の波多野優斗。彼は今も聖カトリーナに在籍しているよ」湊がそう言う。波多野優
last updateLast Updated : 2026-02-27
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39話 共闘

愛沢くるみは加山良江に何かを渡している。映像を巻き戻し、湊がズームしてくれる。渡されていたのは紫のラインの入ったブリスターパック。すなわちラインプロスだ。そこで映像を止めた湊が言う。「俺にはこれが誰か分からない」私と高嶺遼大は顔を見合わせて同時に言う。「加山良江」その名を聞いて湊が驚く。「加山、良江……?」驚くのも無理は無いだろう。加山良江は目立たず、そして湊の前では礼儀正しかったから。「俺たちが結婚していた時に、使用人として俺と燈のマンションに来ていた、あの加山良江か?」そう聞かれて私は苦笑いする。「そうよ」私にそう言われて、湊は深い溜息をついた。「そうか……それなら燈にラインプロスを飲ませるのも、そう難しい話じゃないな」そう。実際に私は加山良江からお茶を用意されたり、スープを用意されたりしている。そのどれにラインプロスが混入していたかまでは分からなくても、実行犯は加山良江、これで確定した。そして。この件に関して、湊は少しも関わっていなかった。むしろ愛沢くるみの仕掛けた罠に汚染されていた被害者の一人だった。それでも。私はやっぱり、湊の口にしたあの言葉たちを忘れられなかった。目の前の湊を見る。寝ていないのだろうか、それとも眠る事が出来ないのだろうか、目の下にクマを作り、ここ数日でかなり痩せた感じがする。「ちゃんと食べてるの?」そう聞くと湊が少し笑う。「いや、実はここ数日はこの映像の事で色々考え込んでたのと、まぁ、仕事が忙しいのもあって……」そう言って語尾を誤魔化す。「いずれにせよ、愛沢くるみの愛用している香水を手に入れたいところだな」そう言って高嶺遼大が私の背中に触れる。「えぇ、そうね」私がそう言うと高嶺遼大は優しく微笑む。「じゃないと湊くんの解毒が進まないかもしれないし、離脱症状が出る可能性だってある」長年、あの香水に晒されていたのだとしたら、脳に何かしらの影響が出る可能性をも秘めているのだ。「さて、どうやって手に入れるか……」高嶺遼大が考え込む。「私なら、手に入れられるかもしれないわ」そう言うと大の男二人が私を見る。私は少し笑って言う。「私が湊と会って話をするかもしれない事は、既にくるみには伝わっている筈よね」私がそう言うと高嶺遼大が頷く。「あぁ、そうだろうな。愛沢くるみの母親がくるみに電話で
last updateLast Updated : 2026-02-28
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40話 傲慢な女王

早速、湊が行動に移してくれる。私と高嶺遼大はそれに合わせて動く事にした。「上手く誘えそう?」そう聞くと湊がスマホを見ながら頷く。「大丈夫そうだ、今夜、これから食事に行く事にする」湊はスマホから顔を上げ、苦笑いして言う。「これからくるみにあげるプレゼントを探さないと」そう言う湊に私も苦笑いする。「それなら新作のバッグとかで良い気がするけどな」そう言ったのは高嶺遼大だ。「確かにそうね、それならくるみのご機嫌も良くなりそうだわ」湊は溜息をついて、苦笑いのまま言う。「さっき、くるみが来た時にちょっと冷たくあしらったから、ご機嫌取りしておかないと」そう言う湊に同情する。「仕事の事で頭がいっぱいだったとか何とか言えば、機嫌直るんじゃないか?」高嶺遼大が軽い口調でそう言い、腕を組む。「俺の見立てじゃ、これ程の罠を仕掛けられるくらいには頭は回るが、ことさら、男に関しては詰めが甘い気がするからな」そう言われて笑う。確かにそうかもしれない。「今日、森崎家に行った時、愛沢くるみは俺に媚を売るような態度だった。この聖カトリーナで間接的にではあっても、俺に怒鳴られたっていうのに、だ。あの傲慢さと厚顔無恥さは本当に脱帽だよ」――傲慢――愛沢くるみが今まで私に向けて来た悪意は、私のそれまで居たポジションを自分のものにしたいという欲望と、私が恵まれた生まれだという事への嫉妬のなれの果て。そしてそこに張り巡らせた罠に、笑ってしまう程、易々と掛かって行った湊と私。もがき苦しみ、悶える様子はさぞ可笑しかっただろう。私を絶望の淵へと叩き落した愛沢くるみは、その傲慢さをブクブクとその身の内に太らせている。肥大した傲慢さは時に命取りになるものだ。「丁度、限定品のバッグが出ているな」湊がスマホを見ながらそう言う。スマホから顔を上げて、湊が言う。「これを買って、持って行く事にするよ」私は湊に言う。「悪いわね」そう言うと湊は笑って言う。「こんな事で罪滅ぼしになるとは思っていないが、少しでも燈の役に立てるなら、それで良い」そう言う湊に高嶺遼大がその肩を軽く叩く。「くれぐれも取り込まれないように気を付けろよ。まぁ覚醒し始めてるから、おかしいと思う事は多いだろうが、愛沢くるみに気取られないようにしてくれ」湊が頷く。「分かっている」◇◇◇湊から連絡が来た。
last updateLast Updated : 2026-03-01
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