All Chapters of 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編: Chapter 1 - Chapter 10

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第二話

 本番当日、僕は授業中も落ち着かないほどの高揚感に包まれていた。昼休みの部室では、同期の松本(ガジン)が実は二浪の成人だと知り驚愕する。平穏な日常を望んでいたはずの僕だったが、何が起こるかわからない日常の交流が心地よく感じられるほど、部は僕にとって大切な居場所になっていた。本番直前、僕は気恥ずかしさを抱えつつも、同じ一年生の橋本さんを「裕子ちゃん」と名前で呼ぶ。そんな甘酸っぱいやり取りや、舞台裏での佐々木先輩の手伝いを通じ、僕は本番前の高揚感に浮かされて授業をサボり、自分の時間を舞台に捧げることを決める。 迎えた開演。僕はサイドスポット操作という重責を担い、暗闇の中でスタンバイする。上演された演目「the end of the world」は、学生時代に演劇を共にした三人の男女が、卒業後に直面する現実と悲劇を描いたものだ。家業の倒産と借金に苦しみ自殺を選んだ芝浦(ブラザーさん)と、彼を演劇の世界へ呼び戻したことに罪悪感を抱く小山(金八さん)、自殺の兆候に気づくことができなかった笹田(久美子さん)そして、亡き兄の遺志を継ごうとするカズマ(骨折さん)の熱演が、観客の心を激しく揺さぶる。僕は劇の山場、骨折さんが叫ぶ「お前さえいなければよかったんだ!」というセリフに合わせ、無事に寸分違わぬタイミングでサイドスポットを操作することができた。 全五公演は大盛況に終わり、最終日には立ち見が出るほどの熱気に包まれた。鳴り止まない拍手の中で行われたカーテンコール。その光景を照明席から見守っていた僕は、物語が現実を変える瞬間に立ち会い、かつてない達成感を覚える。撤収作業である「バラシ」を経て、非日常から日常へと戻っていくホールを眺めながら、寂しさと共に次への強い期待を抱いていた。 打ち上げの席で、僕は苦いビールを口にし、大人への階段を一段登る。週が明け、寝不足のまま訪れた部室で、部長から十一月の新人公演が一年生主体で行われることを聞かされる。脚本を書きたいと意気込むガジンから「役者をやってみないか」と誘われたとき、あんなに人前に出ることを避けていたはずなのに「やってみてもいいかな」という言葉が自然と漏れた。ガジンの「どっぷり演劇の沼にはまっている」という言葉を、僕は否定しなかった。演劇に出会い、自分の殻を破って新しい世界へ一歩踏み出す勇気を得たような気がしていた。 公演後、演
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第三話

 七月、初の期末試験が近づく。未知の専門科目に戸惑う僕に、先輩の久美子さんたちから「過去問のネットワーク」という大学特有の攻略法を伝授された。部室では就活スーツのポリスさんが人気漫画のセリフで「さらば」と去り、留年危機のブラザーさんや、夢を追うシュンさんの将来が語られるなど、四年の先輩たちの学生生活の終わりと現実が交錯していた。 試験本番、僕は過去問を頼りに論述問題に挑むが、唯一、数学だけは絶望的だった。最初から理解を諦め、授業中の「寝ていないふり」を極めていた僕は、白紙に近い答案を前に来年は先輩に話を聞いて選択する授業をきちんと考えて決めようと誓った。手応えのないまま「優・良・可・不可」の評価に委ねる試験期間を終え、長い夏休みへと足を踏み出した。 大学生活最初の夏休み。宿題のない完全な自由を前に、僕は携帯電話を手に入れる資金を作るため、アルバイト探しを開始した。当初は気楽に考えていたが、初めて書く履歴書の「志望動機」や「長所」といった項目に、自分を見つめ直す難しさを痛感する。最初に挑んだ古本屋の面接では、本好きをアピールするも不採用。続く回転寿司店では、店長がバックヤードで女性と不適切なほど密着しているという衝撃的な光景を目の当たりにする。その無節操な姿に呆れた僕は、投げやりな態度で面接に臨み、当然の結果として不採用となった。世の中の不透明な人間関係に辟易しつつも、彼は生活圏内にある「コンビニ24」への応募を決める。 五度目の面接で採用を勝ち取った僕は、期待と緊張を胸に初出勤を迎えた。渡された赤い制服に「研修中」のバッジをつけ、先輩店員の篠原からレジ打ちや接客、品出しの基礎を学ぶ。特に印象的だったのは、単なる作業ではない「商品の見せ方」だった。品数が減った弁当棚を上段にまとめることで、売れ残り感を消し、充実感を演出する「フェイスアップ」の技法は、効率を重んじてきた僕にとって新鮮な驚きだった。また、立ち読み客を掃除でさりげなく移動させる手法を教わった際には、いまでも「立ち読みをする側」の自分を思い出し、苦笑する場面もあった。 研修期間中、慣れないレジ操作や検品作業に追われながらも、僕は着実に仕事を覚えていく。一時間の労働が「パン十個分」の価値に換算されるという労働の重みを実感し、無駄遣いを自制する自律心も芽生え始めていた。一ヶ月が過ぎ、ついに手にした初給料
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第四話

「おっはよー!」 元気よく現れたのは橋本さんだった。いつものように笑顔で挨拶してくれる。「……おー、久しぶり」 僕もいつものようにおもしろみのない気の利かないことしか口から出てこない。「よかった。一人だったらどうしようと思ってたとこだよ。ナベ、成績どうだった?」 ガタンと椅子を鳴らして橋本さんは座る。洗剤の匂いなのか香水なのかわからないが、花のような香りが鼻をくすぐる。「数学は落としたけど、他は単位取れたよ。えぇと、裕子ちゃんは?」 人を苗字ではなく名前で呼ぶのはまだ慣れない。読んでいた漫画を閉じて机に置く。「私はねー、だいたい単位取れたけど何個かだめだったよ。ナベはすごいねー」 裕子ちゃんは髪の毛をくるくるといじっている。「そうなのかな?自分ではよくわかんないな。でも、ありがとう」 褒められるのは慣れていない。僕は人から褒められるほど大した人間ではないと思っている。「ナベって自分の評価低いよね。そんなスペック低くないでしょ?」「え、そう!?それは意外だな。そんなふうに思ったことはなかったけど」「だって頭いいじゃん」「まあ、悪くはない方だと思うけど。それってそんなに重要かな?」 人柄が良いとか、度胸があるとか、機転が利くとか、そういう方が人間として重要じゃないだろうか。僕の場合、勉強はできるけど地頭が良いというタイプでもないし。「将来性がある、と思う」 裕子ちゃんは少し照れた様子でいたずらっぽく笑った。「……そんな褒めても、チョコくらいしか出ないよ」 僕は食べていたチョコの箱を裕子ちゃんに差し出す。「わ、やったー。いただきます」 裕子ちゃんは包装紙を丁寧に広げてチョコを食べる。甘い匂いがかすかに漂ってきた。僕は部室に二人きりという状況に少し緊張していたので意識をそらすために窓の外を眺める。かわりばえはしない。名前のよくわからない木の枝から生えた緑色の葉が揺れている。パイプ椅子の後ろに体重をかけ、両足とパイプ椅子の後ろ足だけでバランスをとって体を揺らす。椅子の骨組みに触れると冷やりとして火照った手の体温をわずかに下げた。「ねえナベ、見て見て」 裕子ちゃんの声に窓から目を移すと、肩まで伸びた髪を鼻の下に添えていた。「フォッフォッフォ、おヒゲだモジャよ?」「ごっふ!?」 虚を突かれて盛大にむせた。そして声を出して笑っ
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第五話

「やあみんな、おはよう」 やってきたのは二年の吉田剛先輩だ。ゴウさんと呼ばれている。ゴウさんは私服がスーツというちょっと変わった人だ。今日もまたスーツとビジネスバッグを持っている。就職活動をしているわけではない。「おはようございます」「ゴウさ〜ん、久しぶりです〜!っていうか、暑くないですか?ネクタイ締めて」 裕子ちゃんの指摘通り、ゴウさんはきっちりネクタイを締めている。「ん?うん、夏だからジャケットは着てないからね。平気だよ」「ブレないですね」 僕がそう言うとゴウさんは少し遠い目をした。「北海道は暑くないよ」「あれ、ゴウさんってずっと北海道じゃないんですか?」 裕子ちゃんは目を大きくする。「そうだよ。俺は中学まで東京に住んでたよ」「え〜!?そうなんですか?東京ってやっぱり都会ですか?って、何聞いてんだろわたし」「いやどうだろ。東京って言っても、どこでも都会なわけじゃないよ。俺が住んでたとこはわりと寂れてた気がするな」「どこですか?」「板橋区なんだけどね」「23区じゃないですか!都会ですよ」 裕子ちゃんの言うとおりだと思う。東京23区は日本で唯一の特別区なので、なんか異次元の都会というイメージがある。「そうでもなかったよ。なんだろうね。札幌の少し郊外の町並みがずっと広い範囲にあるみたいな感じ」「あ、そんな感じなんですね」「いやもちろん、東京駅とか新宿とかはものすごい人の数と高層ビル郡だけどね」「いいな〜、住んでみたい。あ、芸能人とかいますか?」「俺は見たことないな。どこにいるんだろうね。タクシーで移動してるのかな」 裕子ちゃんとゴウさんの会話を聞いていると、またドアが開いた。
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第六話

「あ、けっこう人いた」 入ってきたのは木村恵先輩と石川純子先輩だった。どちらも二年生で、木村先輩はキムさん、石川先輩は純子さんと呼ばれている。二人とも前の公演では制作を担当していた。人が増えてきたのでなんとなく部屋の気温が上がったように感じる。エアコンはついていないので気のせいかもしれない。「キムさん、純子さん、お久しぶりです〜!」「やっほ〜、裕子ちゃん」 裕子ちゃんの挨拶にキムさんが答える。僕とゴウさんも二人に挨拶した。「二人も成績見に来たの?」「そうだけど、その話題ちょっと広げないで」「あ、そういう感じ?」 ゴウさんの質問にキムさんは嫌な顔をする。成績はあまりよくなかったみたいだ。「よし、じゃあカラオケでも行くか」「あ、いいね〜。今日の記憶消したいから行く」 純子さんの提案にキムさんが賛成する。「わたしもわたしも!行きたいです」「あ、みんな行く感じ?じゃあしょうがない、俺も行くかな」 裕子ちゃんとゴウさんも行く流れになった。「ナベも行こうよ!」「え、あ、うん。行く」 裕子ちゃんに誘われ、カラオケは得意ではなかったが同意してしまった。じわりと冷や汗が出る。このまえの公演の打ち上げで初めて行ったが、歌はあまりうまくない。高い声が出ないからだ。 部室の鍵を閉めて管理人室に鍵を返却すると、全員で最寄りの地下鉄駅近くにあるカラオケ店へ向かった。カラオケ屋に近づくたびに緊張してきた。「ナベくん、なんか表情が硬いね」「いやー、歌うこと自体は好きなんですけど、人に聞かれると緊張するんですよ」 キムさんに問われて答えたことは嘘ではない。歌うことはまあ、嫌いではなかった。「周りのことなんか気にしないで歌えばいいんだよ」「そうですね、うまくなるように練習のつもりで歌います」 歌が上手ければ気にならないんだろうなと思いつつ前向きな言葉に変換して話す。カラオケ屋に入り、先輩が受付している姿を後ろから眺める。とりあえず二時間の利用になった。 エレベーターで五階に上り、まっすぐ廊下を進んで真ん中あたりのボックスに入る。八人くらい入れる部屋だった。
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第七話

「誰から曲入れます?」 ボックス内にはモニターの下にタッチパネルが二つ用意されていた。裕子ちゃんがパネルを二つ持って全員に聞いた。「じゃあ、言い出しっぺの私から入れるね」 純子さんがパネルを受け取った。「みんな飲み物何にする?俺はジンジャーエール」「私もそれ」 純子さんがパネルから目を離さずに答える。「私コーラ」「私もコーラにします」 キムさんに続いて裕子ちゃんが答えると、純子さんが顔をあげる。「あ、ごめん。私やっぱりコーラにする」「俺はウーロン茶でお願いします」 僕はウーロン茶が好きというわけではないが、炭酸も甘いものもそれほど好きというわけではなかったので消去法でウーロン茶にした。「あー、すいません。注文お願いします。……はいはい。……えーと、ジンジャーエール一つとコーラ三つとウーロン茶一つお願いします」 ゴウさんがドアの近くについている受話器を取って注文する。みんな自然とこんなふうに周りに気遣う作法はどこで学ぶのだろう?人付き合いをしてこなかった僕はきっと学ぶ機会を逃していたのだ。純子さん選んだ曲がモニターに写り、歌い始める。普通にうまい。キムさんはパネルで選曲していて、他の人は場を盛り上げていた。僕も知っている曲だったので、小声で口ずさみながら体でリズムを取る。 サビを過ぎたあたりで店員がドリンクを持ってきた。ドアの一番近くに座っていたゴウさんがドリンクを受け取り、みんな礼を言いながらドリンクを受け取っていく。純子さんは少し店員を気にしながら歌い続けている。店員が立ち去り、純子さんが歌い終わった。 すぐに次の曲がかかる。キムさんが純子さんからマイクを受け取り、歌い始める。有名なガールズバンドの曲だったが、歌い方も声もそっくりだ。 三番目はゴウさんだ。激しいエレキギターの前奏が流れる。僕の知らない曲だったが、ジャンルはヘビメタということだけはわかった。おっとりしたゴウさんのイメージとは真逆だ。ほとんどゴウさんは叫ぶように歌っていたので、歌がうまかったかどうかはよくわからなかった。「ゴウさんイメージぜんぜん違いますね」 裕子ちゃんも驚いている。「でしょー。でもヘビメタしか歌わないんだよねぇ」 純子さんの言葉も意外だ。ゴウさんはヘビメタが本当に好きだったらしい。僕のところにパネルが回ってきてしまった。仕方ない。あきらめて
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第八話

 裕子ちゃんがマイクを持つ。ここに来る前に部室でリピートして聴いていた曲が流れ始めた。独特なアニメ声、大きな声量で音程にズレはない。とても楽しそうに歌っている。さっき聴いただけで歌えるようになったのだろうか。歌うのがあまり得意ではない僕からするとうらやましい限りだ。 裕子ちゃんの次は僕の番だ。のどの調子を少しでも整えるためにウーロン茶を手に取る。少し暑い室内とは対照的な冷たさが指に伝わる。グラスには水滴が浮いており、滴った水でできたグラスの跡がテーブルに残っている。ウーロン茶を口に含むと酸っぱいような独特な風味が鼻を抜ける。飲み込むとのどに引っかかるような違和感を覚えた。ウーロン茶は歌う前には適さないのかもしれない。 裕子ちゃんが歌い終わり、僕の耳には聞き慣れた前奏が流れ始める。マイクを受け取り、少し緊張しながら歌い始めた。低い音程ならそれほどずれずに歌えている。絶えず歌が曲を追い越しそうになる。それを必死に抑えてズレを調整し続ける。サビに入った。声帯が限界まで伸びている気がする。高音になるほど声量は落ちていく。なんとか最高音を出すことができたが、声量のブレは明らかだ。それでもなんとか歌い終えることができた。人に聞かせるようなレベルではない。 途中でからあげやポテトも届いたので、食べながら過ごす。いつも感じることだが、外で食べる食事は味が濃い。僕の家の食事は母が健康を気遣っているので薄味のものが多いので、なおさらそんなふうに感じるのだろう。 歌っているのは女子三人がほとんどだった。結局僕はもう一曲歌ってあとは他の人の歌を聴いていただけだ。あっという間に二時間は過ぎ、延長はしなかった。「やーん、久しぶりに歌ってすっきりしましたぁ」 裕子ちゃんはとても楽しそうに笑っている。「楽しかったねー」 キムさんも満足げに同意している。「ゴウくんは相変わらずだよ」「俺はBK意外歌う気ないよ」 純子さんの言う通り、ゴウさんはBKというヘビメタバンドの曲しか歌っていなかった。「ヘビメタってよくわかんないわ私」「歌ってると脳がしびれるんだよ」「あ、うん。なんか向こう側にイッちゃってる感じする。怖くて真似できない。戻ってこれなくなりそう」「大丈夫だよ」「ふだん穏やかなのが余計怖いよ」「そうそう、わかる〜。笑顔の裏になんかありそうっていうか」 純子さんの
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第九話

 実際に台本は書いていた。未来の宇宙船が舞台で、登場人物は一つの家族だ。宇宙船が壊れて地球に帰れなくなった状況で不時着した星でどう生きていくかみたいな感じで話を展開させていっている。話が面白いかどうか、自分で書いているとよくわからない。というか、たぶんおもしろくないんだろうな、という予感がある。実際に書いているのだから予感と表現するのは違うかもしれない。 いままで読んでいておもしろいと感じた小説と比べると、自分が書いた作品はそれとは違うという感覚がある。でもその原因が何かというとまるでわからない。二週間後に台本決めのための会議があるが、それまでに完成しそうもない。完成させる必要はなくて、十一月予定の本番のだいたい一ヶ月くらい前までに完成すればいいらしい。夏休み前の公演でシュンさんが書いていた台本も本番直前に完成していたという例もある。だから完成にこだわる必要はなさそうだが、どんな話になるのか説明はきちんとする必要があるだろう。 アルバイトの合間に執筆を続けていたが、会議までに書けたのは全体の半分を少し過ぎたくらいまでだ。会議の日になり、僕が部室に入ると中には一年の理恵ちゃん(池田理恵)と瞳ちゃん(岡田瞳)、みずとも(清水智子)が来ていた。ガジンと裕子ちゃんはまだ来てないみたいだ。会議は十時から始まる予定だが、あと十分くらいある。テーブルにはペットボトルがいくつかと、中央にお菓子が置いてある。僕もなにかお菓子を持ってくるべきだったな、と反省した。「おはよう」「あ、ナベおはよう」「おはよう」 僕が挨拶するとみんなから挨拶が返ってくる。そう信じることができる環境は貴重だと思う。「みんな、台本書いた?」「私は既成の台本持ってきたよ」 僕の問いに理恵ちゃんが答える。理恵ちゃんは全体的に小さいのでぱっと見た印象では中学生に見えなくもない。「そうなんだ。どこの劇団のやつ?聞いてもわかんないかもしんないけど」 僕は演劇にそれほど詳しいわけではない。部内での会話で身についた知識がほとんどだ。「マカベドロップスのやつ」 マカベドロップスは有名な東京の劇団だ。看板俳優はテレビドラマにもよく起用されている。「ほら、自主練で使ってる台本と同じ劇団の台本だよ」 横からひょろりと背の高い瞳ちゃんが補足する。理恵ちゃんと二人で台本を選んだのだろうか。「ああうん、そ
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