《LINKー人間は人形じゃない、堕天使ワールドー》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

26 章節

第16話 天空の通行所/ 第17話 暴走する黄金、凍てつく視線

第16話 天空の通行書 「金だ! 金を出せば、どんな扉でも開く! あの女の部屋の鍵だって、いくら積めば手に入ると思っているんだ!」 ​ アラタの咆哮が、ホテルのスイートルームに響き渡る。 彼はもはや、45歳の分別ある社長ではなかった。自分の思い通りにならない「おもちゃ」を前に地団駄を踏む、醜い子供だった。 ​ そこへ、ことねが仕掛けた「LINK」のホログラムが、アラタの目の前に鮮やかに浮かび上がった。 ​『アラタさん。あなたは先ほど、天界へ帰るための最後の通行証を、自ら破り捨てたわ』 ​「また貴様か、橘ことね! 警察にでも通報するがいい。弁護士はいくらでも用意できる。私は被害者だ、多額の支援を裏切られた哀れな投資家なんだよ!」 ​ その言葉を聞いた瞬間、隣に控えていた総悟が、耐えきれずに吹き出した。 ​「ハッ! 投資家? 笑わせんじゃねぇよ。お前がやってるのは、ただの『死に損ないの買い叩き』だ。吉原の客だって、振られたらもっとマシな引き際を知ってるぜ。女の部屋の鍵を金で買おうなんて、浅ましいにも程がある」 ​ 総悟の言葉は、鋭い刃となってアラタのプライドを切り裂く。 ​「なんだと……! 無礼な、私は一国の……」 ​『……いいえ、あなたはもう、何も持っていないわ』 ​ ことねの声が、冷たく、重く響く。 瞬間、アラタのスマホに次々と通知が入り始めた。 ――高級ホテルの全店舗における、宿泊予約システムの完全ダウン。 ――過去の脱税、および外注先への不当な圧力に関する内部告発資料の、全メディアへの一斉送信。 アラタが金で作り上げ、握りつぶしてきた「汚れ」が、ことねの筆によって白日の下に晒されたのだ。 ​「ば……馬鹿な! 私の資産が……私の帝国が!」 ​「あなたが積み上げたのは、金じゃない。他人の涙と、不条理の塊よ。アラタ、何度も反省を促すチャンスはあった。でも、あなたはそれを嘲笑った」 ​ ことねは、端末の「最終審判」のボタンに指をかけた。 ​「天界に帰れないシステム。それが今のあなたのステータスよ。反省しない魂に、明日は来ない。あなたはこれから、自分の罪を一つずつ数え直す『輪廻転生コース』へと送られる」 ​「待て、待ってくれ! 金ならいくらでも出す、助けてくれ!」 ​ アラタの惨めな叫
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第18話 強制送還 /第19話 二重奏

第18話 強制送還 ​「黙れ! 貴様らのような羽虫に、私の積み上げた45年を否定されてたまるか!」 ​ アラタの絶叫とともに、彼の魂の色が、どす黒い漆黒へと変質していく。 それは、更生施設(地上)における「試験失格」の明確なサインだった。 ​ ことねは、総悟が作ってくれた隙を見逃さなかった。 彼女の瞳が、黄金色の光を帯びる。 ​「アラタ。あなたは七瀬かのんを救うための『試験』を、彼女を支配するという『大罪』にすり替えた。……この世界は、あなたのような存在をこれ以上、許容しない」 ​ ことねの指が、最終シークエンスを叩き出す。 アラタの足元から、底なしの闇が溢れ出し、彼の傲慢な帝国を飲み込んでいく。 ​「金……金さえあれば、私は……!金返せ!俺の物にならないなら一銭も使いたくない!」 ​ 最期まで「金」を叫ぶアラタ。 その姿は、あまりにも矮小で、悲しい。 ​「さようなら、迷える堕天使。あなたの次の人生に、せめて『温もり』という言葉の意味が理解できる知性があることを祈るわ」 ​ ことねが、凛とした声で一喝した。 ​「天咲く、見切る!」 ​ 閃光が奔り、アラタの絶叫はかき消された。 彼が握りしめていたはずの「黄金の鍵」は、ただの錆びた鉄屑となって、冷たいアスファルトに転がった。 ​「……終わったな、ことね」 ​ 総悟が防壁を解き、静かにことねの隣に立つ。 ことねは深く息を吐き、震える指をそっと重ねた。 ​「ええ。でも、これは序章に過ぎないわ。……LINKを腐らせる種は、まだこの街に溢れているもの」 第19話 二重奏 ​ ​アラタという巨大な悪が「強制送還」され、街の空気は一時的な平穏を取り戻したかに見えた。 七瀬かのんは、ことねの事務所の窓から差し込む朝日を浴びて、ようやく深く、長い息を吐き出した。 ​「……空って、こんなに広かったんですね」 ​ 金の鎖から解き放たれた彼女の横顔には、22歳らしい幼さが戻っていた。ことねは温かいハーブティーを彼女に差し出し、ふっと口角を上げる。 ​「もう大丈夫。あなたの魂は、誰にも買い取れやしないわ」 ​ かのんを送り出した後、ことねはモニタに映る「LINK」のログを整理し始めた。 そこへ、総悟がコーヒーを二つ持って現れる。
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第3章 信頼破壊編 / 第20話 甘い毒 / 第21話 孤立のトラップ

第20話 甘い毒 ​都心の喧騒を眼下に見下ろす、会員制のバー・ラウンジ。 重厚なジャズが流れるその空間は、成功者という皮を被った「バグ」たちが、甘い毒を撒き散らすには絶好の舞台だった。 入り口から離れた影の薄いカウンター席。橘ことねは、氷が溶けて薄まったカクテルグラスを指先で弄びながら、獲物を観察していた。 ​ 視線の先には、40歳の管理職・白凪(しらなぎ)まさとと、22歳の若手社員・黒山(くろやま)たける。そして、二人の間に挟まれて所在なげに微笑む、20歳の大学生・まなみ。 一見すれば、歳の離れた成功者たちが若者を導いている、微笑ましい光景に見えるかもしれない。だが、ことねの瞳に映る「LINK」の波形は、ヘドロのようにどす黒く、まなみの純粋な魂をじわじわと侵食していた。 ​「まなみちゃん、本当によく頑張っているね。君の感性は、今の若い世代の中では群を抜いているよ」 白凪が、ワイングラスの縁を指でなぞりながら囁く。 その声は慈愛に満ちているが、ことねの耳には、獲物を追い込む網の擦れる音にしか聞こえない。 「……ありがとうございます。白凪さんにそう言っていただけると、自分の選択が間違っていなかったんだって、勇気が持てます」 まなみは、頬を上気させて頷く。 彼女にとって白凪は、道を示す「教祖」のような存在になりつつあった。 だが、白凪が与えているのは勇気などではない。彼は、まなみの自己肯定感を一度根こそぎ破壊し、自分なしでは立っていられないように作り直す「ガスライティング」の使い手だった。 ​(「君のため」という免罪符。他者の思考を奪う、最も卑劣な手段ね) ​ ことねは心の中で吐き捨て、耳元に仕込んだ超小型の通信機に触れた。 「総悟、聞こえる? ターゲットA(白凪)、完全に彼女の精神をロックしているわ。……B(黒山)の動きはどう?」 店外の監視ポイントにいる総悟から、低く落ち着いた声が返ってくる。 『ああ、Bの方はさらに直線的だ。白凪を否定することで自分の価値を上げようとしてる。……見てみろ、今だ』 ​ 総悟の言葉通り、黒山が白凪の言葉を遮るように身を乗り出した。 「白凪さん、説教臭いっすよ。まなみちゃん、そんな小難しい話より、今度俺が予約したアートイベントに行こう。もっと刺激的で、君にしかわか
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第22話 格差の毒/ 第23話 所有者の証明

第22話 格差の毒 白凪がまなみを連れてきたのは、看板すら出ていない完全紹介制のフレンチレストランだった。 重厚な扉の向こう側には、選ばれた者だけが享受できる静寂と、冷徹なまでの様式美が広がっている。慣れない空間に身を縮めるまなみの横で、白凪は給仕に軽く顎で挨拶をし、さも自分の庭であるかのように振る舞った。 ​「まなみちゃん、緊張しなくていい。ここは僕の『格』に合わせた場所だ。君もいつか、こういう場所に相応しい女性にならなければいけない」 白凪の言葉は、一見すれば若者への教育的配慮に聞こえる。だが、ことねの耳には、それがまなみの足元を掬い、自分がいなければ何もできない無力な子供だと思い込ませるための、巧妙な「呪い」として響いていた。 ​ ことねは、店内の死角となるテラス席で、総悟から送られてくる集音マイクの音声に集中していた。 「……ターゲットA、白凪。手口がどんどん陰湿になってるわ。まなみの『無知』をあえて強調することで、彼女の自尊心をじわじわと削り取っている」 『ああ。典型的なマニピュレーターの手口だ。高いワインや料理を、相手の価値を測る物差しにすり替えてやがる。……胸糞悪いな』 無線越しに、総悟が吐き捨てるような声を出す。 ​ 店内のテーブルでは、白凪がワインリストを眺めながら、まなみに冷ややかな視線を向けていた。 「このヴィンテージが理解できないうちは、黒山君のような子供の遊びに付き合っても時間の無駄だよ。彼は、君を安い居酒屋で口説くだろう? それは君を、その程度の価値だと見なしている証拠だ」 「……でも、黒山さんは、私の話をちゃんと聞いてくれて……」 「それは君が『落としやすい』からだよ、まなみちゃん」 白凪が言葉を被せる。まなみの反論を許さない、絶対的な拒絶。 「君の未熟さを全肯定する人間は、君の成長を止める敵だ。僕だけが、君の欠点を指摘し、正しい道へ導くことができる。……わかるね?」 ​ まなみは、差し出されたフォークを握る手が小さく震えていた。 美味しいはずの料理は砂を噛むような味がし、白凪の穏やかな笑顔が、次第に逃げ場のない檻のように見えてくる。 彼女の魂から伸びる「LINK」は、白凪の放つ「正論」という名の鎖に幾重にも巻き付かれ、青白く変色していた。 ​(……救いようのない、
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第24話 境界線の審判/ 第25話 解体屋の流儀

第24話 境界線の審判 ​「……いい加減に、しなさい」 ​ その声は決して大きくはなかったが、店内の喧騒を凪のように静めた。 橘ことねは、ゆっくりと、だが拒絶を許さない足取りで二人の男に近づく。彼女の周囲だけ、温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほど、その空気は冷徹だった。 ​「誰だ、君は! 今、我々は大切な話をしているんだ、口を出すな!」 白凪が、エリートの仮面をかなぐり捨て、血走った目でことねを怒鳴りつける。 「そうですよ、部外者は引っ込んでてください。俺とまなみちゃんの問題なんだ」 黒山も、苛立ちを隠そうともせずにことねを睨んだ。 ​ ことねは、二人の罵声など耳に入っていないかのように、ただ静かにまなみの前に立った。 「まなみさん、聞こえる? ――もう、彼らの言葉を聞く必要はないわ」 ことねがまなみの肩にそっと手を置くと、その指先から微かな温もりが伝わる。まなみは、ガタガタと震えながら顔を上げ、救いを求めるようにことねを見つめた。 ​「こ、ことねさん……。私、どうしたら……」 「何も、しなくていい。あなたはただ、自分を縛っていた鎖が、いかに錆びて醜いものだったかを確認すればいいの」 ​ ことねは、くるりと白凪と黒山に向き直った。その瞳には、天界執行官としての、魂の質を見抜く鋭い光が宿っている。 「『君のため』と言いながら、自分の優越感を確認する道具にしていた白凪。そして、『理解者』の面をしながら、自分の空虚さを埋めるための鏡にしていた黒山。……あなたたちが語る愛は、ただの自己愛(エゴ)の搾りかすよ」 ​「……何だと? 貴様に私の何がわかる!」 「実績も、地位もない若造と一緒にしないでくれ! 私は彼女に、社会の厳しさを……!」 ​「社会の厳しさ? 笑わせないで」 ことねは、白凪の言葉を氷の刃で切り裂いた。 「あなたが教えていたのは、社会のルールではなく、あなたという独裁者が支配する世界のルールでしょう? そして黒山、あなたは自由を説きながら、彼女を自分という狭い檻に閉じ込めようとした。……どちらも、彼女の魂を殺そうとしていることに変わりはないわ」 ​ ことねの背後で、総悟が静かに距離を詰める。彼の持つスマートフォンからは、二人が最も隠しておきたかった「真実の断片」が、不穏な通知音
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第26話 泥沼の共食い /第27話 偽りの和解

第26話 泥沼の共食い ​ 総悟が店を去った後、静まり返ったレストランに残されたのは、床に広がったワインのシミと、人生の崩壊を告げられた二人の男だけだった。 沈黙を破ったのは、低く、震えるような白凪の声だった。 ​「……お前だな、黒山。お前が、あの男に情報を売ったんだろう」 ​ 白凪が、血走った目で黒山を射抜く。その顔に、かつての知的で穏やかな上司の面影はない。あるのは、すべてを失う恐怖に狂った、一匹の獣の形相だった。 「は……? 何を言ってるんですか。俺だって被害者ですよ! あのモニター、俺のコンペの件まで晒されてたんですよ!」 「しらばっくれるな! 自分の不始末を隠すために、私の経理上の『処理』をネタに取引したんだろう。若造が……。私を道連れにして、自分だけ助かろうとしたな!」 ​ 白凪はテーブルを激しく叩き、黒山の胸ぐらを掴み上げた。 「離せよ、クソジジイ!」 黒山がその手を荒っぽく振り払う。二人の間で、まなみという「トロフィー」を奪い合っていた時のような偽りの連帯感は、微塵も残っていなかった。 ​「助かろうとしたのは、あんたの方だろ! さっき、ことねとかいう女にいい顔して、俺を追い出そうとしてたじゃないか。あんたこそ、俺をトカゲの尻尾切りにして、自分の地位を守ろうとしてたんだ!」 「……当たり前だ。お前のような代替可能な若造と、積み上げてきた実績のある私とでは、守るべき価値が違う」 白凪が吐き捨てるように言った。その言葉には、彼が心の奥底で信じている「自分こそが世界の中心である」という、歪んだ特権意識が凝縮されていた。 ​「価値だと? 笑わせんなよ。あんたなんて、ただの時代遅れの老害だ。まなみちゃんだって、あんたの金と地位にビビってただけで、心の中じゃ俺のことを……」 「彼女が求めていたのは、私という完成された人間との『LINK』だ。お前のような空っぽなガキに、彼女の何が満たせる!」 ​ レストランの防犯カメラの映像を、ことねは拠点のモニタで冷然と見つめていた。 横には、ブランケットに包まり、震える手で温かいティーカップを握るまなみがいる。画面の中の二人は、もはや人間というより、狭い檻の中で食料を奪い合う害獣のように見えた。 ​「……見て、まなみさん。これが、あなたを『愛している』と言った人
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第28話 暴露/ 第29話 鉢合わせの自戒

第28話 暴露 聖堂の静謐な空気の中で、白凪と黒山は立ち尽くしていた。 まなみからの明確な拒絶。それは、彼らがこれまで積み上げてきた「支配」という名の砂の城が、音を立てて崩れた瞬間だった。だが、自己愛に蝕まれた魂は、負けを認めることができない。彼らは、この絶望的な状況をひっくり返す「逆転の一手」を、依然として探し求めていた。 ​「……信じられないな。まなみちゃん、君はあの女に毒されているんだ。客観的な視点を失っている」 白凪が、震える手で眼鏡のブリッジを押し上げ、冷笑を浮かべる。 「そうですよ。ことねさん、でしたっけ? あなたがやっていることは不当な監禁であり、名誉毀損だ。俺たちは戦いますよ。法廷でも、どこででも」 黒山もまた、虚勢を張りながらことねを睨みつけた。 ​ ことねは、彼らの醜い足掻きを、まるで興味深い観察対象を見るような目で眺めていた。 「戦う? いいわ、受けて立つわ。……ちょうど今夜、私が主催する『チャリティ・ガラ・パーティー』があるの。業界の有力者や、メディアの関係者も多く招待しているわ」 ことねが取り出したのは、銀色の縁取りが施された豪奢な招待状だった。 ​「この場で、あなたたちの言い分をすべて聞き入れましょう。あなたたちが『潔白』であり、まなみさんへの愛がいかに真実であるか、多くの証人の前で証明すればいい。……もしそれが認められれば、私はすべての証拠を破棄し、公に謝罪するわ」 ​ 白凪と黒山の目に、一瞬だけ卑屈な希望の光が宿った。 彼らにとって、大勢の前で「自分がいかに正しいか」を演説することは、最も得意とする分野だった。言葉を操り、事実を捻じ曲げ、聴衆を味方につける。その「嘘の才能」さえあれば、この窮地を脱し、ことねを逆に「悪意ある加害者」に仕立て上げられると確信したのだ。 ​「……いいだろう。その誘い、乗らせてもらおう。公衆の面前で、どちらが正しいか白黒つけようじゃないか」 白凪が、勝ち誇ったように招待状を奪い取る。 「俺も行きます。まなみちゃん、そこで見ててよ。俺がどれだけ君を想っているか、世界中に証明してやるから」 黒山の歪んだ笑み。 ​ 二人が意気揚々と聖堂を去っていく後ろ姿を見送りながら、ことねは静かに溜息をついた。 「……愚かな人たち。自分たちが向かっているのが
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第30話 天咲く見切る/ 第31話 微笑みの毒針

第30話 天咲き見切る! 会場の騒乱は、頂点に達していた。 スクリーンに映し出された醜悪な真実から目を逸らそうと、白凪は壇上で無様に這いつくばり、黒山は誰にともつかない罵声を叫び散らしている。だが、招待客たちの冷ややかな視線は、鋭い礫となって彼らの全身を突き刺した。 ​「嘘だ……こんなことが許されるはずがない! 私は、この業界の重鎮なんだぞ! 誰か、この女を連れ出せ!」 白凪が、掠れた声で虚空に命じる。だが、誰も動かない。彼の「権威」という名の魔法は、真実の光の下で完全に効力を失っていた。 ​「……見苦しいわね」 ことねの声が、騒音を切り裂くように響いた。 彼女がゆっくりと壇上の中央へ進み出ると、会場を包んでいた物理的な光が、不自然に歪み始める。 普通の人間には見えない。だが、ことねの視界では、白凪と黒山の背後に、どろどろとした泥のような執着が渦を巻き、彼らの魂を蝕んでいるのがはっきりと見えていた。 ​『ことね、ターゲットの精神波形が臨界点を越えた。……いつでもいけるぜ』 通信機から届く総悟の声。彼は会場のシステムを操作し、外界からの干渉を完全に遮断した。今、この空間は、橘ことねによる「魂の試験場」へと変わったのだ。 ​「あなたたちは、この世界を自分の欲を満たすための遊戯場だと勘違いしていたようね」 ことねの瞳に、天界執行官としての蒼い極光が宿る。 「他人を利用し、支配し、魂を削り取ってまで自分を飾ろうとする。……それはもはや、人間としての成長を放棄した『バグ』でしかないわ」 ​「な……何を言っている……? お前は一体……!」 白凪が恐怖に顔を歪め、後ずさる。彼の目には、ことねの背後に巨大な白い翼の幻影が見えていた。 ​「まなみさんのLINKを汚し、魂を腐らせようとした罪。そして、自分たちの過ちを認めず、最後まで他者を踏みにじろうとした傲慢。……そのすべてを精査した結果、判定は『失格』よ」 ​ ことねは、右手を高く掲げた。 周囲の景色が白く反転し、白凪と黒山の足元に、真っ黒な奈落の口が広がる。それは、魂を根底から磨き直すための、強制的な輪廻への入り口。 ​「次はどんなクズを、どう料理してやろうか……。そう思っていたけれど、あなたたちには、もう『次』のチャンスすらもったいない。……リハビリ施設
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第32話 毒林檎/ 第33話 孤立の迷宮

第32話 毒林檎 その夜、なるみのスマートフォンは、まるで発作を起こしたかのように震え続けていた。 ​『なるみ、やっぱり怒ってるよね?』 『ハルト君とのデートの邪魔したから? ごめんね、でも親友だからこそ言っておきたかったの』 『……ねえ、なんで無視するの?』 『無視されるのが一番辛いって知ってるよね?』 『もういい。私、なるみが怖い。昔の優しいなるみに戻ってよ』 ​ 次々にポップアップするメッセージの群れ。なるみは震える手でスマホを伏せた。返信をしようとすれば、「怒ってないよ」と打つ前に次の非難が飛んでくる。まるで、返信させないこと自体が目的であるかのように。 ​「……っ、もうやめてよ!」 ​ ついに耐えきれず、なるみは震える指で文字を打ち込んだ。 『くるみ、もう連投しないで! 今は一人になりたいの。お願いだから、少し放っておいて!』 ​ それは、なるみにとっての悲痛な叫びだった。だが、くるみにとって、それは待ち望んでいた「攻撃の材料」に過ぎなかった。 ​ ――同時刻。街のカフェでは、くるみがなるみの彼氏、ハルトの前に座っていた。 くるみの瞳には涙が浮かび、肩は小刻みに震えている。完璧な「傷ついた可哀想な少女」の演技だった。 ​「ハルト君、見て……なるみから、こんなに怖いメッセージが来たの……」 くるみが差し出した画面には、なるみが送った最後の一文『もう連投しないで!』だけが表示されている。それまでの執拗な追い込み(メッセージ)は、すべてくるみの手によって削除されていた。 ​「ひどい……。くるみちゃん、君はただ彼女を心配して連絡してただけなんだろ?」 ハルトが、憤りを含んだ声で言った。 「そうなの。私、なるみが最近元気ないから、力になりたくて……。なのに、あんなに怒鳴るような言葉をぶつけられて……。私、なるみが怖いの。あんな冷たい人だと思わなかった」 ​ くるみは顔を覆い、すすり泣くふりをした。指の間から覗くその瞳は、ハルトの同情を勝ち取った優越感に歪んでいる。 「ハルト君……私、もう誰を信じればいいかわからないよ」 「くるみちゃん、泣かないで。僕がついてるから。なるみには僕から厳しく言っておくよ。あいつ、最近どうかしてる」 ​ ハルトの手が、くるみの肩に置かれる。略奪の成功。
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第34話ハリボテの鏡 /第35話 二重底

第34話 ハリボテの鏡 なるみを学校で孤立させ、その彼氏さえも手に入れたくるみ。女のSNSは、勝利を誇示するようなキラキラした投稿で埋め尽くされていた。けれど、画面を閉じた瞬間の彼女の顔には、死人のような影が落ちていた。 ​「……なんで、まだ足りないの」 ​ くるみの自室。リビングからは、優秀な妹・咲良がコンクールで入賞したことを祝う、両親の弾んだ声が聞こえてくる。くるみにとって、その笑い声は自分を否定する騒音でしかなかった。 ​ そこへ、スマートフォンのバイブ音が響く。ハルトからではない。 『今すぐ公園に来い。返信遅れたら、分かってるな?』 送り主は、くるみが「本命」として縋り付いている大学生の彼氏、蓮だった。彼はくるみに甘い言葉をかけることはない。ただ、彼女の劣等感を巧みに突き、支配し、言葉の暴力で繋ぎ止めている。 ​「……っ、今すぐ行くね」 震える指で返信し、くるみは家を飛び出した。 ​ 夜の公園。街灯の下で待っていた蓮は、くるみの顔を見るなり鼻で笑った。 「なんだよその顔。お前、妹にまた負けたんだって? 惨めだな。俺がいなきゃ、お前なんて誰にも見向きもされないゴミなんだよ」 「ごめん、蓮くん……。私、蓮くんがいないとダメなの」 ​ くるみは、蓮に罵倒されることで、皮肉にも自分の「居場所」を感じていた。なるみに意地悪を繰り返していたのは、自分を大切にでき、家族からも愛されているなるみが、眩しすぎて、そして憎たらしかったからだ。 ​ その光景を、闇の中から見つめる二つの影があった。 ​「……救えないわね。自分を傷つける男に依存して、その痛みを癒やすために、自分を愛してくれた友人を傷つけるなんて」 橘ことねの声が、氷のように冷たく響く。 「あれが、くるみの隠していた『真実の姿』か。なるみを孤立させて作った優越感なんて、このクズ男の一言で粉々に砕け散る。……滑稽すぎて、笑えねぇな」 総悟が、手にした端末の録音ボタンを止めた。そこには、蓮の暴言と、それに縋り付くくるみの無様な声がすべて記録されている。 ​ ことねは、懐から「魂の見切り」のための銀の鍵を取り出した。 「彼女は、なるみさんの中に『自分に似た妹』の影を見ていた。だから壊したかった。……けれど、鏡を割っても、自分の中の醜さは消えない」
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