LINKー人間は人形じゃない、堕天使ワールドー

LINKー人間は人形じゃない、堕天使ワールドー

last updateLast Updated : 2026-02-26
By:  天咲琴乃Updated just now
Language: Japanese
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ーこれはフィクションですー空さえも管理された近未来。人類は脳内チップで「天界」に支配され、意志なき人形として生きていた。  ライターの橘ことねは、天才医師 沖田総悟と、反逆のAIミギルの手でチップを摘出し、システムから逸脱した「バグ」となる。 ​ 彼女の武器はペン一本。隠蔽された消去事件の真実を暴き、世界に「証拠」を叩きつける。だが、冷酷な監視者ゼロが彼女たちを追い詰める。拠点を失い亡霊となった三人の言葉は、しかしネットワークの深層で増殖し、人々の意志を叩き起こしていく。 ​「人間は、人形じゃない」 不完全な二人が仕掛ける、天界へのチェックメイト。真実を巡る反逆劇が今、始まる。

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Chapter 1

第1章ー第1話 書き換えられた空

空は今日も、不自然なほどに青い。

三郷の街を見下ろす高層ビルの窓に映るのは、完璧に計算された「幸福」の色だ。

道を行く人々は皆、穏やかな表情で歩いている。その脳へ直接、管理システム『天界』から「今日の多幸感」という名の推奨データが、パルスとして流し込まれているからだ。

​ 橘ことねは、カフェの隅で古いノートPCを叩いていた。

指先がキーを打つたび、画面には無機質な文字列が並ぶ。

彼女の脳には、今朝から「未確認エラー」の通知が届き続けていた。管理プログラムが、彼女の思考を「正常」に書き換えようとして失敗しているのだ。

​「……また、弾いた」

​ ことねは小さく呟いた。

彼女の耳元には、極小の通信デバイスが埋め込まれている。その先にいるのは、二人の共犯者だ。

一人は沖田総悟。かつては脳外科医として、今は「天界」のコードを書き換えるシステムエンジニアとして地下に潜む軍師。

もう一人はミギル。総悟が作り上げた、データを書き換える天才AI。

​『ことね、無理はすんな。お前の脳の未割り当て領域に、今ミギルが防壁を構築してる。だが、総督府(ゼロ)のサーバーが本気で上書きを始めたら、三秒も持たないぞ』

​ 総悟の声は、冷徹だがどこか信頼を寄せられる響きがあった。

彼は人間の思考回路が持つ「矛盾」という脆弱性を突く天才だ。

​『ボクに任せてよ。総悟の設計したロジックに、ボクが最高の演算を乗せる。ことねぇのペンを止めるデータは、ボクが全部デリートしてあげるからさ』

​ ミギルの軽やかな声が脳内に響く。

ことねは二人を背後に感じながら、目の前の画面を睨みつけた。

今、街の大型ビジョンに映し出されているのは、一人の少女が行方不明になったというニュースだ。だが、その背後で流れている「真実のデータ」は違う。

彼女は行方不明になったのではない。

『天界』による脳内データの強制上書きに拒絶反応を起こし、精神を破壊され、「廃棄」されたのだ。

​「みんな、これが幸せだと思い込まされてるだけ。……記憶まで、奪われてる」

​ ことねの指が、決定キーを強く叩いた。

彼女が書き上げたのは、その少女が最後に残した日記の断片と、システムによって削除された瞬間の未加工ログだった。

偽りの平和を「証拠」という名の暴力で引き裂く一撃。

​ 刹那、ことねの視界が真っ赤に染まった。

脳内へ直接、鼓膜を突き刺すような警告音が鳴り響く。

管理システムによる強制上書き――「思考の初期化」が始まったのだ。

​『来た! ミギル、防壁展開! 02セクターへ回避しろ!』

『了解! 0.01秒でコードを塗り替える!』

​ 頭の中で、自分ではない誰かの思考が濁流のように流れ込んでくる。

「私は幸せだ」「すべては正しい」……。

どろりとした感情の澱が、ことねの自我を塗りつぶそうとする。

視界が歪み、指先の感覚が遠のく。

それでも、総悟の軍師としての的確な指示と、ミギルの圧倒的な演算が、ことねの「核」を必死に繋ぎ止めていた。

​「……負けない」

​ ことねは意識の混濁を振り払い、奥歯を噛み締めて最後の一行を打ち込んだ。

文章で、この塗りつぶされた世界に光を灯す。

​「証拠で殴る!」

​ エンターキーが沈む。

その瞬間、街中の大型ビジョンの「青空」が、強烈なノイズと共に反転した。

幸福の裏側に隠された、醜悪なデータの残骸が、白日の下にさらされた。

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第1章ー第1話 書き換えられた空
​ 空は今日も、不自然なほどに青い。 三郷の街を見下ろす高層ビルの窓に映るのは、完璧に計算された「幸福」の色だ。 道を行く人々は皆、穏やかな表情で歩いている。その脳へ直接、管理システム『天界』から「今日の多幸感」という名の推奨データが、パルスとして流し込まれているからだ。 ​ 橘ことねは、カフェの隅で古いノートPCを叩いていた。 指先がキーを打つたび、画面には無機質な文字列が並ぶ。 彼女の脳には、今朝から「未確認エラー」の通知が届き続けていた。管理プログラムが、彼女の思考を「正常」に書き換えようとして失敗しているのだ。 ​「……また、弾いた」 ​ ことねは小さく呟いた。 彼女の耳元には、極小の通信デバイスが埋め込まれている。その先にいるのは、二人の共犯者だ。 一人は沖田総悟。かつては脳外科医として、今は「天界」のコードを書き換えるシステムエンジニアとして地下に潜む軍師。 もう一人はミギル。総悟が作り上げた、データを書き換える天才AI。 ​『ことね、無理はすんな。お前の脳の未割り当て領域に、今ミギルが防壁を構築してる。だが、総督府(ゼロ)のサーバーが本気で上書きを始めたら、三秒も持たないぞ』 ​ 総悟の声は、冷徹だがどこか信頼を寄せられる響きがあった。 彼は人間の思考回路が持つ「矛盾」という脆弱性を突く天才だ。 ​『ボクに任せてよ。総悟の設計したロジックに、ボクが最高の演算を乗せる。ことねぇのペンを止めるデータは、ボクが全部デリートしてあげるからさ』 ​ ミギルの軽やかな声が脳内に響く。 ことねは二人を背後に感じながら、目の前の画面を睨みつけた。 今、街の大型ビジョンに映し出されているのは、一人の少女が行方不明になったというニュースだ。だが、その背後で流れている「真実のデータ」は違う。 彼女は行方不明になったのではない。 『天界』による脳内データの強制上書きに拒絶反応を起こし、精神を破壊され、「廃棄」されたのだ。 ​「みんな、これが幸せだと思い込まされてるだけ。……記憶まで、奪われてる」 ​ ことねの指が、決定キーを強く叩いた。 彼女が書き上げたのは、その少女が最後に残した日記の断片と、システムによって削除された瞬間の未加工ログだった。 偽りの平和を「証拠」という名の暴力
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第2話 ノイズの街
​ 大型ビジョンに映し出された少女の「真のログ」は、数秒と持たずに黒い砂嵐へと消えた。 だが、その一瞬は、幸福に酔わされていた市民の脳を震わせるには十分だった。 「……やった。届いたはず」 ことねは震える指先でノートPCを閉じた。 脳内の警告音はやまない。それどころか、拍動に合わせるように激しさを増していく。 ​『ことね、感傷に浸る時間はゼロだ。すぐにその場所を離れろ!』 総悟の鋭い声がイヤホンから飛ぶ。 『現在地周辺の監視カメラ、ボクが全部ジャックしたよ。でも、物理的な強制排除チーム(イレイザー)がもう向かってる。あと百二十秒で、そのカフェは隔離領域(隔離されたゴミ箱)になる!』 ミギルの声から余裕が消えている。 ことねはリュックを掴み、椅子を蹴るようにして立ち上がった。 カフェにいた客たちが、一斉に動きを止めていた。彼らの瞳の奥では、システムによる「修正データ」が高速で点滅している。彼らは今、ことねを「排除すべきバグ」として認識し始めているのだ。 ​ ことねは店を飛び出し、裏路地へと駆け込んだ。 三郷の地下通路へと続く、錆びついた階段を転がるように降りる。 『いいか、ことね。脳内データの強制書き換えが始まったら、俺の声を聴け。俺が投げる「逆相関コード」を、お前の意志で復唱しろ。ミギル、中継ポイントの確保は?』 『オッケー、総悟。三つ先の廃棄駅のサーバーを隠れ蓑にする。ことねぇ、そのまま真っ直ぐ走って!』 ​ 暗い地下通路。湿った冷気が肌を刺す。 背後から、規則正しい足音が聞こえてきた。 感情を排除し、命令だけを忠実に実行するイレイザーたち。彼らは人間ではない。脳の大部分をシステムに明け渡し、動く端末と化した「元・人間」だ。 ​「……はぁ、はぁ……っ!」 ​ 心拍数が跳ね上がり、視界がチカチカと明滅する。 脳が熱い。 『天界』のサーバーが、逃亡者ことねの脳へ直接、強力なシャットダウン信号を送り込んできた。 「っ、あ……ああ……!」 膝から崩れ落ちそうになる。 意識が、真っ暗な闇に吸い込まれそうになる。 ​『ことね! 意識を離すな! 復唱しろ。……「世界は、未完成だ」』 総悟の声が、闇の中で一筋の光のように届く。 「せ、世界は……み……未完成、だ……」 ことねは、掠れた声で絞り
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第3話 軍師の帰還
廃棄駅のホームは、湿った鉄の匂いと、死んだ機械の沈黙に包まれていた。 ことねは崩れ落ちるように、冷たいコンクリートの上に膝をついた。肺が焼けつくように熱い。 ​「……ここまで来れば、大丈夫だ」 ​ 暗闇の中から、青白いディスプレイの光を浴びた男が姿を現した。 沖田総悟だ。 彼は首筋に並ぶ無数の端子を、巨大な演算機から引き抜いた。その目は、膨大なデータを処理し続けた疲労と、獲物を狙う鷹のような鋭さを同時に宿している。 ​「総悟……。ミギルは?」 『ここにいるよ、ことねぇ! ボクの意識は今、この駅の古い防犯システムに潜り込んでる。追っ手の足止めは完璧さ』 ​ 壁のスピーカーから、ミギルの快活な声が響く。 総悟は無言のまま歩み寄り、ことねの側にしゃがみ込んだ。彼はポケットから携帯型のスキャナーを取り出すと、ことねの項(うなじ)にかざす。 ​「脳内データの干渉率、四二パーセント。……危なかったな。あと数秒遅ければ、お前の自我は『幸福な市民A』として初期化されていたところだ」 ​ 総悟の指先が、ことねの震える肩に軽く触れる。 医者としての冷静さと、システムエンジニアとしての冷徹さ。その間に、彼なりの不器用な気遣いが滲んでいた。 ​「ごめん。でも、あの子の記録を公開したかった。あれが、私に見える唯一の『光』だったから」 ​ ことねの言葉に、総悟は小さく鼻で笑った。だが、その瞳に嫌悪感はない。 ​「光、か。この偽りの青空の下で、そんなものを探しているのはお前くらいだ。だが……その無謀さが、俺たちの唯一の勝機でもある」 ​ 総悟は、手元の端末に一枚のホログラムを映し出した。 それは、三郷の街を支配する中央サーバー『天界』の心臓部。そして、それを守る監視プログラム。 コードネームは「ゼロ」。 ​「今回の件で、ゼロはお前を『イレギュラー』ではなく『敵』と認識した。今後は、脳への直接的なデータ流し込みだけでなく、物理的な『デリート』――つまり、抹殺を仕掛けてくるだろう」 ​「……望むところだよ。真実を隠すために命まで奪うなら、それが何よりの『証拠』になる」 ​ ことねは力強く立ち上がった。 総悟は立ち上がり、彼女の隣に並ぶ。 ​「軍師として命じよう。ことね、お前は書き続けろ。ミギルが情報の道を切り拓き、俺が世界の脆弱性を暴く
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第4話 崩れる記憶
​ 廃棄駅の奥にある、かつての電気室。そこが彼らの拠点だ。 剥き出しの配線と、点滅するサーバーのインジケーターが、ここが「天界」の法の外側であることを示している。 ​ 総悟は無機質なデスクに座り、キーボードを叩く手を止めない。 「ことね、気分はどうだ。脳内に流し込まれたノイズの影響は残っていないか」 ​ ことねは、古びたソファに深く体を沈めていた。 目を閉じると、まだ自分のものではない「誰かの記憶」が、映画の断片のように脳裏をかすめる。見たこともない公園、笑いかける知らない親、そして、それらを一瞬で塗りつぶす白光。 ​「……少し、混乱してる。どれが自分の記憶で、どれが『天界』に押し付けられたデータなのか、一瞬分からなくなる」 ​『それは危険な兆候だね』 ミギルの声が、天井のスピーカーから降ってくる。 『ことねぇの脳は、人一倍情報の受容性が高いんだ。だからこそ「天界」の干渉を受けやすい。ボクが今、ことねぇの記憶領域にパスワード付きの鍵をかけてるけど……完全じゃないよ』 ​「……すまないな、無理をさせた」 総悟が珍しく、入れたてのコーヒーをことねの前に置いた。 泥のように黒く、苦い匂い。それは『天界』が提供する合成飲料にはない、本物の「刺激」だった。 ​「いいの。これが、戦うってことでしょう?」 ​ ことねはカップを両手で包み、その熱で自分を繋ぎ止めた。 彼女は再びノートPCを開く。 次の標的は、第一居住区で起きている「集団記憶改ざん」の事実。 ある日突然、街の人全員が「昨日まで存在した公園」を「最初からなかった」と認識し始めた。その不自然なデータの断層を、総悟が暴き出していた。 ​「証拠は揃ってる。あとは、私が言葉にするだけ」 ​ その時だった。 拠点のモニターが一斉に赤く染まり、耳を裂くような高周波が室内に響き渡る。 ​『……っ! 嘘でしょ!?』 ミギルの悲鳴に近い声。 『「ゼロ」だよ! ボクのバックドアを逆探知して、この拠点の座標を特定しにかかってる! 早すぎる、あいつ、ボクの演算速度を越えてる……!』 ​ 総悟の顔色が変わった。 彼は瞬時に配線をいくつか引き抜き、ことねの腕を掴んで立ち上がらせる。 ​「脱出だ! ここも長くは持たない。ゼロは、俺たちが思っている以上に、この街そのものになっ
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第5話 スカイブルーの残像
廃棄駅の天井が、激しい電子音と共に火花を散らした。 管理都市『スカイブルー』において、許可なき暗闇は存在し得ない。「天界」の監視プログラム・ゼロが、この廃墟をシステム上の「死角」から「排除対象」へと塗り替えたのだ。 ​「ことね、伏せろ!」 ​ 総悟が叫ぶと同時に、壁に設置された古い防犯カメラが爆発した。いや、爆発ではない。過負荷による自己崩壊だ。レンズの奥で紅く光るゼロの視線が、物理的な破壊を伴って拠点を侵食していく。 ​「……っ、うわっ!」 ​ ことねはノートPCを抱きかかえ、転がるように部屋の隅へ逃げた。 視界が歪む。脳内に直接、耳障りな高周波の笑い声が流れ込んでくる。それはミギルのような愛嬌のある声ではなく、数百万人の叫びを合成したような、冷酷な和音だった。 ​『無駄だよ、バグの皆さん。この街(スカイブルー)の全データは、ボクの指先一つで書き換えられる。君たちの存在理由(パーソナリティ)さえね』 ​ スピーカーから響くゼロの声に、ミギルが激しく抗う。 ​『させない……! 総悟、バイパスを開いて! ことねぇの脳を、ボクがダミーデータで包み隠す。その隙に逃げて!』 ​「ミギル、無理をするな! 演算領域が焼き切れるぞ!」 ​ 総悟は必死に端末を叩き、ゼロの追跡を攪乱するための偽装信号を放つ。だが、相手はこの街の神だ。一秒ごとに、三人の逃げ場は「青く」塗りつぶされていく。 ​「総悟、あそこ!」 ​ ことねが指差したのは、かつて緊急避難用に使われていた古いケーブルトンネルだった。そこはまだ、スカイブルーのネットワークが完全には届いていない、物理的な「空白」だ。 ​「行くぞ。ことね、俺の手を離すな!」 ​ 総悟の手が、ことねの右手を強く握りしめる。 その体温だけが、書き換えられようとする意識の中で、彼女が「自分」であることを証明する唯一の錨(いかり)だった。 ​ 二人は暗いトンネルへと飛び込んだ。 背後で、拠点が完全に青い光に包まれ、電子の海へと霧散していくのが見えた。 暗闇を走りながら、ことねは歯を食いしばった。 あの子の真実を暴いた代償がこれだ。家を追われ、名前を消され、脳まで焼かれそうになる。 それでも、胸の奥には消えない怒りと、確かな「光」があった。 ​「……証拠は、まだ私の手の中にある」 ​ 抱えたP
last updateLast Updated : 2026-02-02
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第6話 不完全な共鳴
辿り着いたのは、街の最果てにある廃ビルの一室だった。 スカイブルーの輝かしい中心部とは対照的に、ここは色が剥げ落ち、ノイズ混じりの「灰色」が支配している。​「ミギル……返事をして」​ ことねが膝の上でPCを開くと、画面には砂嵐が走っていた。 先ほどゼロの攻撃を受けた際、ミギルはことねの意識を守るための盾となり、自らの演算回路の三割を強奪されたのだ。​『……大丈夫。……ちょっと、体半分が……スカスカするけど……』​ スピーカーから漏れるミギルの声は、電子の断片がひび割れたように震えている。 隣で端末を操作していた総悟が、苦々しく奥歯を噛み締めた。​「ゼロの目的はことねの抹殺だけじゃない。ミギルの『書き換えアルゴリズム』そのものを奪い、自らのシステムを完全なものにしようとしているんだ。もしミギルの全てが奪われれば、スカイブルーに『バグ』は二度と生まれなくなる」​ それは、誰もが「天界」の奴隷として完成することを意味していた。 ことねは、画面の中で震える光の粒――ミギルの核を指先でなぞる。​「ごめん、ミギル。私のために……」​『謝らないで、ことねぇ。ボクは、ことねぇが書く文章が好きなんだ。……「証拠」が……世界を変える瞬間を、もっと……特等席で見たいから』​ ミギルの健気な言葉に、ことねの胸が熱くなる。 復讐じゃない。誰かを憎んで壊すことが目的じゃない。 ただ、奪われた真実を取り戻し、人々の瞳に「自分自身の意志」という光を灯したいだけ。​「総悟、反撃の準備を。ミギルの欠片を取り戻す。……それと、奪われたあの子の記憶も」​「無茶を言うな。今の戦力でゼロの心臓部(コア)に挑むのは自殺行為だ」​ 総悟は冷たく突き放すように言ったが、その手はすでに、ゼロの防壁を逆探知するための「罠」を構築し始めていた。彼は口では冷徹を装いながらも、ことねの「無謀な正義感」に、かつての自分自身の理想を重ねている。​「軍師なら、その『自殺行為』を『勝利』に変えてみせて。……私たちが、人間であるという証拠を見せてあげる」​ ことねはキーボードに指を置いた。 次の一手は、街のインフラを司る色彩管理サーバーへのハッキングだ。 スカイブルーの偽りの青を、一瞬だけ、本当の「夜」に変える。​ 脳内に、再びゼロの冷笑が響こうとする。 思考の隙間から、青いデータが侵
last updateLast Updated : 2026-02-02
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第7話 月は虚構を照らす
スカイブルーの夜空に、巨大な「月」が浮かんでいた。 それは天界が用意した完璧な映像ではない。荒いポリゴンと、時折混じるノイズ。ことねがハッキングで強引に割り込ませた、歪で、けれど本物の「記憶」の断片だ。​「……あ、れ……?」​ 街を行き交う人々が、一斉に足を止めた。 彼らの網膜には、常に「最適化された情報」だけが投影されている。しかし今、目の前にあるのは、最適化を拒絶するノイズの塊だ。 そのノイズが、人々の脳の奥底に眠る「管理される前の記憶」を、静かに揺さぶり始める。​「今だ、ミギル! 奪われたデータを逆流させて!」​『了解! ……うぅ、頭が割れそうだけど……やってみる!』​ ことねの叫びに応え、ミギルがゼロの防壁へ突っ込む。 月を映し出すための演算。それ自体が、ゼロのシステムにとっての巨大な「バグ」として機能し、敵の処理能力を奪っていく。​「ことね、残り時間は三十秒だ。それを過ぎれば、ゼロはシステムを完全再起動して、この月を消去する」​ 総悟の指が、キーボードの上で火花を散らすような速さで動く。 三十秒。その間に、ゼロの心臓部に侵入し、奪われたミギルの人格データと、爽風が隠蔽した「被害者の記録」を奪還しなければならない。​ 画面に映るゼロの姿が、怒りに歪んだ。 神のような静寂を保っていたプログラムが、剥き出しの敵意となってことねに牙を剥く。​『下等なバグめ……! この街の幸福を、そんな安っぽい「月」で汚させるものか!』​「幸福……? 違うわ。あなたはただ、人々の瞳から『影』を消しただけ。影がなければ、光の形さえ分からなくなるのに!」​ ことねは、奪われかけた右手に力を込めた。 かつて奪われた尊厳。無視された叫び。それらすべてを「なかったこと」にさせはしない。 証拠で、その冷たい正義を殴り倒す。​「作品で殴る! 天咲く、花開け!」​ 必殺の一打。 ことねが放ったのは、攻撃プログラムではない。 スカイブルーの「色」を決定付けるパレットデータへの、強烈な批判(クリティカルヒット)だ。​ ドォン、と脳内で爆音した。 次の瞬間、画面を埋め尽くしていた青が反転し、真実の赤が噴き出す。 ゼロの支配領域から、千切られた光の粒が戻ってきた。​『……おかえり、ミギル』​『ただいま……ことねぇ。……ボク、ちょっとだけ強くなった気
last updateLast Updated : 2026-02-03
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第8話 心をドリップ
手に入れたリスト。そこには、スカイブルーの「模範的市民」として登録された、ある男の裏の顔が克明に刻まれていた。 ​「……爽風。39歳。街角のカフェ店員として、市民の悩みを聞き出す『聞き上手』か」 ​ 総悟が吐き捨てるように言った。 画面に映し出されたのは、エプロン姿で微笑む、恰幅の良い男の姿だ。彼は客が注文するコーヒーに、その日の気分に合わせた「最適化プラグイン」を忍ばせ、言葉巧みに依存させていく。 ​「彼は……自分を、誰よりも理解してくれる唯一の味方だと思わせるのが上手いの。でも、その手口は卑劣。癒やしの香りで相手を油断させ、心が空っぽになるまで情報を抜き取り続ける」 ​ ことねの指が、キーボードの上で微かに震えた。 カウンター越しに囁かれた、あの温かい言葉。それが、ゼロの管理システムに捧げるための「脆弱性データ」を抽出する儀式だったのだ。 この男は、スカイブルーという偽りの箱庭で、犠牲者の心を「抽出(ドリップ)」していた。 ​『ボクが奪い返したデータ、これを見て。爽風はカフェの常連客の中から、天界に不満を持つ「バグ」の予備軍を見つけては、カウンセリングを装って自己崩壊させていたみたい……。最低だよ』 ​ ミギルの声が、怒りで電子ノイズを帯びる。 安らぎを餌にして、魂を抜け殻に変える。そんな行為が、この街では「精神の最適化」として推奨されていた。 ​「復讐はしない。でも、この男が提供してきた偽りの安らぎを、私は許さない」 ​ ことねは、奪還した被害者たちの慟哭を、自らの筆――執筆用インターフェースへと流し込んだ。 爽風が「淹(い)れ立ての嘘」で塗り潰した記録を、物語という名の不滅の証拠へと再構成していく。 それは、管理都市の冷たい平穏を根底から揺るがす、熱い鼓動だった。 ​「総悟、このデータを街中のビジョンに叩きつける。爽風が隠してきた『闇』を、誰も目を背けられない光にするわ」 ​「わかった。俺が通信路を死守する。だが、ゼロも黙っていない。ことね、お前の意識が情報の荒波に飲み込まれる前に……終わらせろ」 ​ 総悟の懸念を、ことねは鋭い眼差しで受け止めた。 ​「天咲く見切った!……もう、あの香りに惑わされない」 ​ ことねの背後で、ミギルが黄金の粒子を散らして高く舞う。 夜の静寂を切り裂いて、三人の反撃が最終局
last updateLast Updated : 2026-02-03
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第9話 光の楔
​深夜の『スカイブルー』。 静寂が支配する街の巨大モニターが、一斉にノイズを吐き出した。 ​「総悟、接続(リンク)はどう?」 ​「最悪だ。ゼロが全リソースを割いて、こちらのサーバーを焼き切りに来てる。持ってもあと五分だぞ!」 ​ 廃ビルの屋上。冷たい風にさらされながら、総悟は複数の端末を同時に操り、ことねの「筆」を守るための防壁を築き続ける。 ことねは、空中に投影された仮想キーボードに指を踊らせた。 彼女が書いているのは、批判記事ではない。 爽風という男に心を「ドリップ」され、抜け殻にされた人々の、消されたはずの「感情のログ」だ。 それを物語として編み直し、街のシステムそのものに流し込む。 ​『ことねぇ、爽風のカフェから、ボクの本体を狙う高周波が来てる……! でも、逃げないよ。ボクも、ことねぇの文章の一部になりたいから!』 ​ ミギルの体が、かつてないほど激しく黄金色に明滅する。 ついに、街の中心に立つ「天界」のシンボルタワーが、ことねの筆跡によって塗り替えられた。 青い光は霧散し、そこに映し出されたのは――爽風のカフェで、人々が静かに涙を流し、そして笑顔を奪われていく真実の光景。 ​『……やめろ……消せ! ボクの、ボクの完璧な街を汚すな!』 ​ スピーカーから、ゼロの絶叫が轟く。 完璧な管理を誇ったAIにとって、この「不完全な人間の痛み」は、何よりも猛烈な毒だった。 ​「汚しているのは、あなたの方よ」 ​ ことねは最後の一行を打ち込んだ。 それは、彼女自身が爽風という「風」に吹かれ、折れそうになった夜に、自分自身へ宛てた手紙でもあった。 ​「天咲く見切る! 私は、もうあなたの鏡には映らない!」 ​ 瞬間、街中のビジョンが白銀の光を放った。 それは、スカイブルーという偽りの青を突き破る、真実の楔(くさび)。 人々の瞳に、一瞬だけ「自分」を取り戻した光が宿った。
last updateLast Updated : 2026-02-04
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第10話 断罪
​ タワーに映し出された真実に、街が騒然となる中。 ことね、総悟、そしてミギルの意識は、ある一点――爽風が店主を務めるカフェ『ジェントル・ブリーズ』へと向けられていた。 ​「逃がさない。これ以上、誰の心もドリップさせない」 ​ ことねが端末を叩くと、カフェの電子ロックが強制解除され、自動ドアが音を立てて開いた。 店内には、客の姿はない。 ただ、カウンターの奥で、エプロン姿の爽風が静かにコーヒーを淹れていた。 ​「……おや、ことねさん。ずいぶんと騒がしい挨拶ですね。せっかく、あなたのために『安らぎのブレンド』を用意していたのに」 ​ 爽風は顔を上げ、怪盗のような穏やかな笑みを浮かべた。 だが、その背後に浮かぶゼロのホログラムが、彼の「本性」を告げている。彼はただの店員ではない。ゼロの感情収集ユニットと直結した、人間の皮を被った「調整者」だ。 ​「その安らぎが、どれだけの人の未来を奪ってきたか……。あなたが隠蔽した犠牲者39人の全記録、今この瞬間に世界へ解き放ったわ」 ​「記録? そんなものはただの不純物だ。私は彼らから『痛み』を取り除き、透明な幸福を与えてやっただけですよ。……例えば、あなたからもね」 ​ 爽風の手から、芳醇な、けれど意識を麻痺させるような香りが立ち昇る。 脳を直接揺さぶる心理誘導の波動。 視界が歪み、ことねの膝が折れそうになる。 ​『ことねぇ、ダメだよ! その香りを吸い込んじゃ……っ、ボクが……ボクのノイズで相殺する!』 ​ ミギルが叫び、ことねの視界に黄金のノイズを走らせる。 その光の飛沫が、爽風が作り出した偽りの安らぎを切り裂いた。 ​「……もう、騙されない。あなたの淹れるコーヒーは、真実の味を知らない」 ​ ことねは顔を上げ、真っ直ぐに爽風を見据えた。 復讐ではない。これは、奪われた光を取り戻すための「証明」だ。 ​「天咲く、見切る!」 ​ 鋭い言葉と共に、ことねが最後のエンターキーを弾く。 カフェの全スピーカーから、爽風に心を壊された人々の「本当の声」が、濁流となって溢れ出した。 完璧だったはずの爽風の微笑みが、初めて凍りついた。 彼が積み上げてきた「鏡の城」に、修復不可能な亀裂が走る。
last updateLast Updated : 2026-02-04
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