夫の石井豪(いしい ごう)は、常に誰かと肌を重ねずにはいられないような、異常な欲求の持ち主だ。それなのに、結婚して7年、彼は一度だって私に触れたことがなかった。欲望を抑えこもうと、豪はほとんど毎日のように冷水に浸かり、腕は薬の注射痕でいっぱいだった。豪のことが心配で、何度か私から誘ってみた。でも、彼はいつも自分を抑えるように、私の額にキスをするだけだった。「睦月(むつき)、そんなことしなくていい。俺は、下半身にだらしない男たちとは違うんだ。お前を傷つけるなんてできない。お前のためなら、一生プラトニックな関係だってかまわない」豪のその異常なまでのこだわりは、7年間も続いた。欲望を我慢しすぎて、何度も病院に運ばれるほどだったのに、決して一線を越えようとはしなかった。だが、よりにもよって私たちの結婚記念日の当日、九度目となる処女膜再生手術の予約を取りにひとりの若い女性がやって来たのだ。麻酔が効いてくると、その女性は顔を赤らめ、意識が朦朧としたまま力の抜けた声で啜り泣いた。彼女の体中にあるキスマークを見て、私は首を振った。また道を踏み外してしまった子なんだろう、と。だが、そんな私の思い込みは、直後に彼女が絞り出した声によって無惨にも打ち砕かれる。「豪さんのバカ……」その言葉を聞いて、私の手は震え、メスを落としそうになった。だって、夫の名前も、豪だから。……手術が終わると、私は自分の腕時計を、こっそりその女性・小川真白(おがわ ましろ)のカバンに忍ばせた。その夜、私はダイニングテーブルの前で、ずらりと並んだご馳走をぼんやりと眺めていた。さっき豪の秘書、野口直也(のぐち なおや)が届けに来た高級な宝飾品が、いくつも部屋の片隅で無造作に積み上げられている。「奥様、社長から伝言です。今夜は大事な商談で記念日を一緒に過ごせなくなった、と。こちらは社長が奥様のために自らお選びになった品々です」すっかり冷めてしまった料理を前にして、私はタブレットを開いた。腕時計のGPSは、とある高級住宅街を指していた。このダイヤモンドの腕時計は、豪からのプレゼントだ。中には最新のGPSと盗聴器が仕込まれている。以前、私が何者かに拉致されたことがある。命拾いしたようなその出来事が、豪を半年もの間、不眠にさせた。
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