All Chapters of 爆弾処理班の夫、救ったのは妻じゃなかった: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

私の夫の小野達也(おの たつや)は、とっても腕のいい爆弾処理の専門家。でも、人の顔を認識できない、重度の相貌失認を患っていた。結婚式では、大勢の招待客の前で友人代表とキスをして、花嫁の私を置き去りにした。出掛けるたび、案の定、別の女の人を私と間違えて家に連れて帰ってくる。周りの友達は、みんな私をなだめた。「達也さんの相貌失認は、嘘じゃないと私たちが証明できるよ。あなただけがそういう目に遭ってるわけじゃないし、少しは許してあげなよ」その日から、私は達也が唯一見分けられる白いワンピースだけを着るようになった。真冬の凍える日でも、他の上着を羽織らなかった。それにもかかわらず、とある表彰式のインタビューで、家族に述べる予定の感謝が、全てそばにいた女性スタッフに向けられていた。妻である私に気づかなかったのだ。信じがたい気持ちを抱えながら、それでも家族として彼に寄り添った。そんな私が彼を諦めたのは、何年も達也のアシスタントの和田佳奈(わだ かな)と私が、同時に爆弾を体に巻きつけられる、あの事件がきっかけだった。爆発までの時間は、容赦なく減り続けていた。達也が現場に駆けつけてきたが、血で赤く染まった私の白いワンピースを一瞥すると、まるで知らない人を見るような視線を向けたのだ。「お前は誰だ?俺の妻は、こんな顔じゃない!」その時、佳奈が声を上げた。達也は、はっとしたようにそちらを振り向いて、驚くほど速く、正確に佳奈の名前を叫んだのだ。「佳奈!」……00:32:5600:32:55カウントダウンの数字を見つめながら、私は全身を震わせた。もう、冷静にはいられなかった。「私よ!本当にあなたの妻だってば!ワンピースが血で赤くなっちゃっただけなの!」達也は、佳奈の爆弾を処理する手を止めなかった。そして、私の方を振り向くと、怒りに満ちた目で睨みつけた。「俺の妻のふりをして、何が目的なんだ?お前、犯人グループと口を合わせたんだろ?」その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。私のヒーローは、すぐ目の前にいるのに、ものすごく遠い存在に感じられた。無情に鳴り響くカウントダウンの電子音が、神経をギリギリまで締め付けてくる。心は、ずたずたに引き裂かれそうになった。すがりつくようにして、私は自分の香水の匂い
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第2話

次に目が覚めた時、達也が心配そうに私を覗き込んでいた。「絢香(あやか)。ごめん。また俺の相貌失認のせいで……お前が絢香だって、本当に気づかなかったんだ。俺のせいで……」達也は自分を責めるように頬を叩き、何度も謝っているけれど、その謝罪の言葉はもう私の心には響かなかった。だって、達也は人の顔がわからないんじゃなくて、心の中に私がいないだけなんだから。まだ治りかけの傷口が、チクチクと痛んだ。私は、ずっと心に秘めていた言葉を口にした。「達也、離婚しよう」達也はきょとんとして、それからいつものように優しく私をなだめた。「俺たち、5年も一緒に頑張ってきたじゃないか。俺がどれだけ人の顔を覚えられないか、お前も知ってるだろ?ふざけないでくれよ。いつかきっと、治るから」そうね、5年も耐えてきたんだ。一年中季節を問わず、いつも同じ白いワンピースを着て。だから、風邪を引くのが当たり前になっていた。同い年の女の子たちが楽しそうに買い物をしている間、私はクローゼットに並んだ同じ白いワンピースを眺めて、一人で泣くしかなかった。髪だって、達也が私を見分けられるように、腰まで伸ばしたのに。今日、やっと気づいた。佳奈は、そんな努力は何もしていない。特別なルールなんてなくても、達也は大勢の中から一目で彼女を見つけ出せるんだ。私の負けはもう、決まってるじゃないか。達也は甘い言葉で私を丸め込もうとしていたけど、その声はもう耳には入らなかった。彼はまた、一人じゃ抱えきれないほどのブランド物の服やバッグを部下たちに運ばせて、それから電話に出てどこかへ行ってしまった。一目見てわかった。全部、佳奈が普段着ていたブランドの、昨シーズンのものだった。諦めたように笑うと、ハサミを手に取り、腰まであった長い髪をザクザクと切り落とした。達也に愛されたくて伸ばした髪が、今では重荷でしかない。ちょうどその時、佳奈が勢いよく部屋に飛び込んできた。「あなたがマヌケだから怪我なんてするのよ!そのせいで私と達也さんまで上司から処分を受けたじゃない!今すぐ謝りなさい!」鬼のような形相で迫ってくる佳奈に、私は無意識に身構え、考えるよりも先に彼女の頬をひっぱたいてしまった。そのせいで、赤く腫れていた手のひらの傷口が開き、血がどっと溢れ出した
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第3話

私は、医者が止めるにもかかわらず、退院の手続きをして家に帰った。達也との家から出ていく準備をしなければならなかったからだ。家政婦たちが口を揃って「奥様」と呼ぶのを聞いて、ソファにいた達也はようやく私だと気づいた。彼は私を抱きしめようと腕を広げたけど、その笑顔はすぐにこわばった。「どうして急に服を着替えたんだ?髪も切ったのか?」「ちょっとスタイルを変えてみたの」達也は少し複雑そうな表情をしたけど、すぐに頷いた。「どんな格好をしていたって、俺はお前だと分かるからな」私は何も言わなかった。今回の拉致事件、爆弾の処理ミスで達也が懲戒処分を受けた。事件については記者会見が開かれる予定で、周りの人はみんな、彼のこれからのために、されたことは一旦水に流して、爆弾のことは誤解だったとカメラの前で助言してあげるべきだと言った。記者会見の会場は人で溢れかえっていた。でも、カメラのフラッシュはなぜか達也にではなく、私に一斉に向けられた。そして最初の質問で、私はその場に凍りついてしまった。「先日の爆弾拉致事件は、ご自分の自作自演だったのですか?」私はどうすればいいのか分からず、ただそこに立ち尽くすことしかできなかった。口を開いても、声が出なかった。ちょうどその時、佳奈が悲鳴をあげながら人混みをかき分けてきて、私の目の前にひざまずいた。「絢香さん、私のことを見下しているのは分かっている。でも、だからって人を雇って私を拉致したり、ひどい目に遭わせたりするなんて……あなたのせいで、私も達也と一緒に処分されてしまったのよ!」そう言って佳奈は服をめくり、体中の傷跡を見せつけた。さらには、多くの怪我を負っているという診断書まで取り出した。会場は一気にざわつき始めた。私は助けを求めて達也を見た。でも、彼の目は冷たく沈んでいた。「絢香!まさかあの拉致が、本当にお前の自作自演だったとはな!どうりで犯人が使った爆弾の威力が弱かったわけだ。佳奈を陥れるためだったんだな!」彼はそう叱ってすぐに、感情のままに私の頬を激しくひっぱたいた。その瞬間、私の目の前が真っ暗になった。達也は、嘘をついた佳奈を信じても、5年間一緒にいた妻の私を信じようともしなかった。佳奈が激しく泣けば泣くほど、達也の私を見る目は氷のように冷たくなっていった。
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第4話

家に帰ってからアレルギーの薬を飲み、なんとか気持ちを落ち着かせた。ブーッブーッ、と、クラクションが2回鳴った。私の迎えが来た。しかし、私が急いでスーツケースを手に玄関へ向かった瞬間、強い力で部屋の中へ押し戻された。何人かの男に殴られて意識が遠のく中、なんとか目を開けると、佳奈がガソリンタンクを手に迫ってくるのが見えた。「絢香さん。みんなの前で自分の夫にあんなに醜い顔にされたのに、まだお洒落して出かける気力があるんだね。はっきり言ってあげる。達也さんが相貌失認だろうと関係ないわ。彼は人ごみの中でも私だけはすぐに見つけられるの。でもあなたは違う。一生白いワンピースを着続けたって、達也さんの目には映らないわ!思い出させてあげようか。あなたが道で倒れた時も、路地裏で襲われた時も、達也さんが助けに来なかったのはどうしてか。彼がちゃんと認識できた私の隣にいたからよ」涙目になった私を見て、佳奈はますます楽しそうに続けた。「あ、そうだ。こっそり教えてあげる。達也さん、何度もあなたのこと気づいてたわよ。ただ、私を守るために知らないふりをしてただけ!」その言葉に、私はついに耐え切れなくなって佳奈の首に手をかけた。でも佳奈は怒るどころか、笑ってガソリンを床一面にぶちまけ、ライターで火をつけた。あっという間に黒い煙が立ち上り、一面の炎がに私に襲いかかった。まだ治りきっていなかった傷口が焼かれ、チリチリと音を立てた。物音に気づいて達也が駆けつけてきたのを見て、私は藁にもすがる思いで、必死に彼のズボンの裾を掴んだ。「達也、助けて……」ところが、信じられないことに、佳奈が突然しくしくと泣き始めたのだ。「達也さん、この家政婦さんひどいのよ!私を殺そうと火をつけたの!」次の瞬間、達也は助けを求める私の手を、無慈悲に踏みつけた。「身の程知らずめ!」そう吐き捨てると、彼は佳奈を抱きかかえて去ろうとした。万策尽きた私は、指から結婚指輪を抜き取ると、達也の足元に投げつけた。「よく見て!私は絢香よ!あなたの妻なの!」達也は心底うんざりしたように私を蹴り飛ばし、腕の中の佳奈に視線を移した。「俺の妻のふりをするな!よく見ろ、これが俺の妻だ!」私は、ショックで言葉も出なかった。達也は、佳奈を私だと思い込んでいるの
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第5話

「絢香?」でも、目の前の邸宅は廃墟と化していて、人の気配はまったくなかった。心臓が止まるかと思い、後ろによろめいた。その時、ドアから消防士が一人入ってきて、達也を止めようと腕を掴んだ。「すみません、まだ安全確認が終わっていませんので、外に出てください」達也は消防士の襟首を掴み、恐怖に震えながら問い詰めた。「中にいた人間は?」消防士は驚いて達也の手を振りほどくと、真剣な表情で答えた。「落ち着いてください。この家の中からは誰も見つかっていません。どなたかのことですか?」「俺の妻です!絶対に家にいたんです!」しかし、消防士は首を横に振るだけだった。それを見た達也の顔は、さっと青ざめた。達也はもう我慢できず、消防士を振りほどいて2階の寝室へと駆けた。「絢香!頼むからかくれんぼなんてやめてくれ!全然面白くないぞ!」しかし、黒く焼け焦げた瓦礫の中には、絢香の姿も、返事もなかった。その時、自分が金属の輪っかのようなものを踏んでいることに気づいた。身をかがめて拾い上げると、それは絢香がはめていた結婚指輪だった。思い返せば、絢香はこれを外して助けてと懇願しようとしていたのに、自分はまた間違えたんだ。達也は指輪を胸に押し当てた。心臓が針で刺されるように、チクチクと痛んだ。自分の相貌失認を、初めて呪った。床に転がる、何かの黒い塊を見つけた。それが何かを、考えたくなかった。「いや、絢香は無事のはずだ。絶対に……」そう自分に言い聞かせ、達也は慌てて階段を駆け下り、絢香を探しに外へ飛び出そうとした。だが、ドアの方へ向かったところで、佳奈が駆け寄ってきた。「達也さん、今夜はみんなで食事でも……」次の瞬間、達也は彼女を荒々しく突き飛ばした。「誰だ?言え!うちを燃やしたのはお前か?そうだろ!」佳奈はよろよろと立ち上がり、ショックを受けた様子で達也を見つめた。「私よ、佳奈よ!分からないの?」達也はきょとんとして、ようやく自分の異変に気づいたようだった。佳奈を見間違えるなんて、今まで一度もなかったことだ。でも深く考えている暇はなかった。達也は佳奈を避けるようにして言った。「絢香に何かあったのかもしれない。すぐに探しに行かないと」佳奈は、達也の腕を掴んで引き留めた。「絢香さん
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第6話

その言葉を聞くとすぐに、達也はためらうことなく、手にしていたメニューを放り出してレストランを飛び出した。取り残された佳奈は、腹を立ててテーブルを叩きつけた。達也が駆けつけると、鑑識が検査報告書を彼に手渡した。「このわずかな人体組織はひどく燃えてしまっていて……ですから、あくまで大まかな推測になります。おそらく……奥さんで間違いないかと」その言葉を聞いた瞬間、達也はとても立っていられなかった。鑑識に支えられて、ようやく椅子に腰をおろすことができた。「我々の見解も推測に過ぎません。警察がすぐに奥さんの行方を見つけてくれますよ」しかし、達也の耳にはそんな言葉は届かなかった。彼は報告書を力任せに引き裂いた。「自分で探します!妻は絶対に生きているんです!」達也はたった一人で、夜通しでいくつもの場所を駆け回った。しかし、昔二人でよく行った遊園地も、行きつけのカフェも、どこにも絢香の姿はなかった。心が絶望しかけるたび、達也は自分の頬を叩いた。「ありえない!絢香が死ぬはずがないんだ!」3日間探し続けた後、達也は疲れ果てた体を引きずってオフィスに戻った。すると廊下から、ひそひそと話し声が聞こえてきた。「和田さん、小野さんって本当にあなたの顔しか分からないと思ったら、この香水のおかげだったのね」佳奈は得意げに香水の瓶を振って見せた。「これのおかげで、達也さんはすぐに私だって気づいてくれるの。しかも、彼の症状はこれからもっとひどくなるし、最後には私のことしか分からなくなるわ」周りのみんなが感心したあと、誰かがふと口を開いた。「じゃあ、小野さんの家の火事って……もしかして奥さんが?和田さんにすごく嫉妬してたみたいだし」すると、佳奈は鼻で笑った。「あの女にそんな度胸があるわけないでしょ?でも、どっちが達也さんの妻にふさわしいか、思い知らせてやりたかったの。まさかあの女があんなに役立たずで、本当に焼け死ぬんだなんて思わなかったけど」佳奈が言い終わってすぐ、周りの人たちがいっせいにわざとらしい咳払いをし始めた。「何よ、急にどうしたの?」佳奈が不思議に思って後ろを振り返ると、そこには鬼のような形相で達也が立っていた。「た……達也さん?聞いて、今のはみんなふざけてでまかせを言ってるだけだか
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第7話

そう言うと、達也は部下に新型爆弾を持ってくるよう命じた。「佳奈、あの拉致事件もお前の自作自演だったんだろう?だったら、本物の爆弾を巻き付けられるのはどういうことか、その身で味わってみろ!」そう言いながら、達也は自らの手で佳奈の体に爆弾を取り付け、彼女を引きずるようにして爆発物処理室へと向かった。佳奈は恐怖のあまり、声を抑えきれず震えていた。「やめて、お願い達也さん、本当にやめて!もう二度としないって誓うから!本当に私が悪かったから、爆弾で死ぬなんて嫌!外し方を教えて、お願い……」実はこれまでずっと、達也が佳奈を庇っていたから、佳奈はクビにならずに済んでいたのだ。彼女自身の実力では、同僚についていくことさえ難しかっただろう。だからその言葉を聞いて、達也は呆れたように鼻で笑った。「教えるだと?教えたところで、どうせ分かりゃしないだろ」そう言うと、達也は爆弾のタイマーを36時間にセットした。36時間。それは絢香が受けた苦しみを、じわじわと味わせるための時間だった。達也が本気だと悟り、佳奈は目を大きく見開いた。「絢香さんに謝るから!それでダメなら、そう、記者会見を開いて謝罪するから!お願い、本当に死にたくないの」その言葉が終わるやいなや、達也は彼女の胸ぐらを掴んだ。「死にたくないだと?お前のやってることは、全部自業自得だろうが!理解できない。絢香はお前のことをあんなに気にかけていたじゃないか。俺の弁当を作る時だってお前の分まで作ったのに。なぜ、絢香を殺そうとしたんだ?絢香は、俺が世界で一番愛してる女なんだぞ!」その瞬間、抑えつけていた感情が達也押し寄せた。まるでこの瞬間になって初めて、絢香が自分のもとを去ったという事実をようやく脳が理解したようだ。佳奈のことなんか好きになったわけじゃないと、わざと助けなかったわけでもないと、どれだけ絢香の前で伝えたかったか。全ては、相貌失認と、佳奈の卑劣な企みのせいだった。ようやく理解したのに、もう取り返しがつかなくなった……目の前の佳奈は、唇を噛みしめ、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。「達也さん、あなたは本当は私のことを愛してくれてるんだと思ってた。だから、絢香さんがあなたに付きまとっているのが許せなかったの。だから彼女が憎くて、今
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第8話

幼馴染の高木拓海(たかぎ たくみ)が私を火事の中から助け出してくれて、私はなんとか一命を取りとめた。でも、全身に数多くの火傷を負って、その痛みに毎晩うなされて眠れなかった。拓海は静かにベッドのそばに座り、付き添ってくれた。「絢香、俺がいる限り、もうこんな辛い思いはさせないから」私は拓海の温かい腕の中で、声をあげて思いっきり泣いた。私が達也と結婚してから、拓海はずっと私への想いを隠してくれていた。最後に連絡を取った時も、何度も何度も念を押した。「もし何かあったら、いつでも俺を頼ってくれ。うちの会社に来れば、お前の夢も叶えられるから」拓海は、私が子供の頃からずっとファッションデザイナーになりたかったことを、ちゃんと覚えてくれていた。でも達也の妻になってから、私はいつの間にか専業主婦でいることに満足してしまった。それだけじゃない。達也に私のことを覚えてもらえるように、自分らしささえも消して生きてきた。本当に、情けない話だ。達也という人は、もう私が追いかける価値なんてないと、体に残った火傷の痕が語っていた。入院中の数日間、拓海は検査にいつも付き添ってくれて、注意することは全部スマホに真面目にメモしてくれた。まるで昔、熱を出したある夜に戻ったみたいだった。あの時も、高速道路が渋滞する中、拓海は私を抱えて病院まで走ってくれたんだ。2週間以上の治療のおかげで、体の傷はだいぶ良くなってきた。ただ、時々こっそり私を見張っているボディーガードの姿を見かけた。あれは達也が配った人だとすぐに分かった。でも、特に隠れることはしなかった。だって、私たちはもう離婚したんだから。退院後、私はすぐに拓海の会社へ出社した。同僚と話すのに、もうビクビクする必要なんてない。昔の辛い出来事を思い出すこともない。私は仕事の遅れを取り戻そうと、よく深夜まで残業した。拓海は呆れたように首を振った。「昔から、そうやってすぐ無理するんだから」拓海は私の隣に座って、アパレル商品の企画案について、一つ一つ丁寧に教えてくれた。全てが、私が望んでいた方向に進んでいった。仕事の帰り道で、達也に会うまでは。「絢香……本当に、生きてたんだな……」私の顔を見た瞬間、達也は目を赤くした。その時初めて、達也はずっと私が火事
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第9話

私が離婚届の受理証明書を達也の目の前に突きつけると、彼はその場に固まってしまった。「な……なんでこんなことに?絢香、お前と離婚するなんて一度も考えたことがない。この証明書はいったいどういうことなんだ?」私は口の端を吊り上げて、皮肉っぽく言った。「あなたの相貌失認のおかげよ。服と髪型を変えたら、まんまと私のことを職場の新人と間違えて、サインしてくれたじゃない?」その言葉で、私が書類にサインを求めたときのことを思い出したようだ。達也は驚きからパニックに変わり、どうしていいか分からずに私の手を握りしめた。「絢香、こんなのひどいじゃないか。俺の事情を知ってるくせに、どうして騙して離婚届にサインさせたんだ?そんなの不公平だ」その言葉には、思わず呆れて笑ってしまった。「じゃあ、あなたがしてきたことは公平だったって言うの?私がどんなに頑張っても、あなたは私の顔を覚えてくれなかった。道で倒れたときも、拉致されたときも、火事のときでさえも。あなたはいつも私のことが分からなかった!でも、和田さんのことは覚えてるじゃない?彼女がどんな格好をしても、あなたには分かるんでしょ!」これまで溜め込んできた悔しさと悲しさが一気にこみ上げてきて、息が詰まりそうだった。私が初めてぶつけた言葉に、達也は黙ってうつむいた。もう、さっきまでの強気な態度は消えていた。「俺が悪いのは分かってる。でも、佳奈の顔だけ分かるのは、彼女が変な香水を使ってたからなんだ。だから彼女だけしか認識できなくなって、相貌失認の症状はどんどんひどくなった。絢香、お願いだ、信じてくれ」達也の嘘くさい表情を見ていると、どんどん怒りを我慢できなくなった。「達也、まだ分からないの?私たち、もう終わったのよ。私には新しい生活があるから、もう邪魔しに来ないで」そう言って、私はその場を立ち去ろうとした。すると達也は、いきなり後ろから私を抱きしめてきて、声を震わせながら謝った。「本当に、俺が悪かった。もう二度とあんなことはしない。誓ったっていい」達也の体から漂う不快な香水の匂いに気づき、私は必死にその腕から逃れようともがいた。「次に来たら、警察を呼ぶから」私はそう言い捨てると、急いでタクシーを拾った。車に乗っても、達也は諦めきれない様子で
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第10話

「下に……小野さんのお客さんが、探しているみたいです」受付の人の、怯えたような声を聞いて、また達也がしつこくやってきたのだと思った。しかし、下に降りてみると、会社の入り口には全身をコートやマスクで覆った人が立っていた。よく見るために近づくと、それが佳奈だと気づいた。今の佳奈は、全身が爆発による火傷を負っているようだ。顔も無事ではなく、目も当てられないほど酷い状態だった。「和田……さん?」佳奈は勢いよく顔を上げた。その目には、殺気に似た憎しみがこもっていた。「ちゃんと見たよね?私がこんな姿になったのは、全部あんたのせいよ!」何が何だか分からなくて、私は聞き返した。「私のせいなわけないでしょ?私がいつ、あなたを傷つけたっていうの?」すると佳奈は鼻で笑い、一歩、また一歩と私に詰め寄ってきた。「あんたじゃないって?達也さんをそそのかして、私に爆弾を巻きつけるように指示したんでしょ?復讐したかったんでしょ、私を殺したかったんでしょ!」その言葉で、私は全てを察した。達也の性格からして、自分が起こした悲劇を誰かのせいにするに決まってる。まあ、佳奈も彼も人のことは言えないだろうけど。私は皮肉っぽく笑った。「復讐したいなら、達也を訪ねるべきよ。私には関係ないことだから。昔のいざこざを掘り返すつもりもない。私はただ、自分の人生を穏やかに過ごしたいだけ」私の言葉は佳奈をひどく刺激した。火傷に覆われた顔が、鬼のような形相に変わった。「あんたはこれから幸せに暮らせるんでしょね。じゃあ私は?誰が私の人生を償ってくれるの!?一人で地獄に行くなんてつまらないじゃない?道連れが必要よ!」そう言うと、佳奈は上着のジッパーを下ろした。中には、爆弾が巻きつけられていた。社内の警報が鳴り響き、人々は一斉に逃げ出す中、私はパニックになっていた。「和田さん、恨む相手を間違えないで。罪のない人たちを巻き込むなんてやめて!」佳奈は唐突に高笑いを始めた。もう、完全に正気を失っていた。彼女はひとしきり笑うと、ゆっくりと起爆装置を取り出した。「あんたたち全員、私と道連れよ!」私は思わず目を閉じたが、いつまでたっても爆発は起きなかった。達也が駆けつけてきて、佳奈を蹴り飛ばし、起爆装置を奪い取ったのだ。「佳奈、
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