Tous les chapitres de : Chapitre 1 - Chapitre 10

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1話 虚構の鎧と、真夜中の残響

 薄暗い自室に、モニターの冷たい光だけが煌々とユウの顔を照らしていた。時刻は深夜二時を回ったところだが、ユウの瞳はまだ冴えわたっている。指先がキーボードの上を忙しく滑り、クリック音とチャットの通知音が単調なリズムを刻んでいた。二十代半ばになった今も、彼が没頭するのはこの仮想世界だけだった。 ユウにとって、現実世界は冷たく、そしてどこか居心地の悪い場所だった。中学校と高校で受けた陰湿ないじめの記憶は、今なおユウの心を重く縛りつけている。教室の隅で身を縮こませた感覚、ヒソヒソと交わされる嘲笑の声、そして誰にも助けを求められなかった孤独。その痛みが、ユウを現実から遠ざけ、このデジタルな世界へと深く引きずり込んだのだ。 ディスプレイに映し出された彼の分身、騎士アバターは、煌びやかな鎧を纏い、強力な武器を携えている。ゲームの中の彼は「レオン」と名乗り、頼れる仲間として、チームのリーダーとして活躍していた。現実のユウが持てなかった自信、能力、そして何よりも「居場所」が、そこには確かに存在していた。「レオンさん、今のムーブ完璧でしたね!さすがです!」 ヘッドセットの向こうから、聞き慣れた仲間の明るい声が届く。それは、ユウの現実の友人たち――彼に会ったこともない、ゲーム内の仲間たちの声だった。 彼らの言葉は、現実で誰からも向けられなかった、純粋な承認だった。その甘い蜜のような心地よさに浸るため、ユウは毎月の給与の大半をこのゲーム内のアイテムやガチャに惜しみなく投じていた。現実の生活費は最低限に切り詰め、食事はコンビニ弁当ばかり。部屋の中には空のペットボトルと菓子の袋が散乱し、異臭さえ漂い始めていたが、ユウは気にしない。彼にとって、現実の部屋よりも、画面の中の城砦や戦場こそが、真の居場所なのだから。 ふと、ユウは目を細め、画面から視線を外した。部屋の隅にあるカレンダーの日付が目に入る。週末、同僚が楽しそうに話していた合コンやデートの話題が、唐突に脳裏をよぎった。彼女、女友達……それらはユウにとって、あまりにも遠い、別世界の出来事のように感じられた。現実の女性と目を合わせることすら、今のユウには想像もつかない。「……いや、どうでもいい」 ユウは小さく呟くと、再び画面に集中した。キーボードを叩く指に、力がこもる。今、仲間たちが次のレイドボス攻略を待っている。レオンがいな
last updateDernière mise à jour : 2026-03-04
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2話 終焉の閃光と、目覚めの緑

 給料日。ユウは昼休みの休憩室で、冷たいペットボトルのお茶を飲みながらスマートフォンを操作していた。彼の指先は慣れた動作で銀行の残高を確認し、そこから最低限の家賃や光熱費、食費を差し引いた。「よし、これでレオンを強化できる」 残った金額を見たユウの顔に、満足げな笑みが浮かぶ。その額のほとんど全てを、彼は躊躇なくオンラインゲームの課金に充てた。強力な装備を手に入れるためのガチャ、イベント限定のアイテム。現実の生活費を切り詰めてでも、ゲーム内のステータスを上げることに、ユウは最高の価値を見出していた。彼の人生の充実感は、この小さなスマホ画面の中だけに存在していたからだ。 今日の仕事が終われば、新しいアイテムを使って仲間たちとダンジョンに潜れる。その予定が、工場での単調な作業を乗り切る唯一のモチベーションだった。心臓が高鳴るのを感じながら、ユウは立ち上がり、休憩室を出た。工場の埃っぽい空気と、機械の唸るような騒音が再び彼を包み込む。 午後三時。ユウが任されていたプレス機の前で、いつもの作業を繰り返していた、その瞬間だった。 突如として、けたたましい非常ベルの音が耳をつんざいた。ユウが顔を上げると、遠くの製造ラインの奥、建物の構造体が歪み始めるのが見えた。次の瞬間、世界は白と熱に包まれた。「な、なんだ……?」 ユウがそう声に出そうとした直後、彼の目の前の空間が爆発的な熱波と衝撃波によって歪んだ。鋼鉄とコンクリートが砕け散る轟音が鼓膜を破り、全身の感覚を麻痺させた。 激しい閃光がユウの視界を焼き尽くす。彼の体は、まるで紙切れのように軽々と吹き飛ばされた。衝撃は想像を絶するもので、全身の骨が悲鳴を上げ、内臓が強く揺さぶられるのが分かった。しかし、それ以上に強烈だったのは、爆炎の灼熱と、瓦礫が降り注ぐ激痛だった。 吹き飛ばされながら、ユウの目が見たのは、赤く燃え盛る炎の壁と、粉々に砕け散る天井の鉄骨だった。崩壊する巨大な工場の情景が、スローモーションのように脳裏に焼き付く。 (ああ、これで、今日のゲーム、できねぇのか……) 痛みや恐怖よりも、楽しみにしていたゲームができないことへの悔しさが、最後の思考として脳裏をよぎった。 そして、一切の光と音が消えた。五感全てが機能を停止し、ユウの意識は底の見えない暗闇へと沈んでいった。 次に意識が戻った時、ユウは自
last updateDernière mise à jour : 2026-03-04
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3話 覚醒の旋律と、飢えた群れ

 木漏れ日の下、ユウが新しい体としなやかな筋肉の感触に夢心地でいると、周囲の静寂を切り裂いて、微かな物音が鼓膜を震わせた。 ガサガサ……。 それは、少し離れた草むらを何かが這いずるような、極めて小さな音だった。しかし、ユウの耳はそれを鮮明に捉えた。「ん? 俺って……そんなに耳が良かったっけ? あんな離れてる場所の音が聞こえるのか? 殺気を感じるとか……変な感じだな」 現実のユウなら、仕事の騒音で耳鳴りがしていることが常だった。だが、今の彼は、音源の位置まで特定できるかのような鋭敏な聴覚を持っていた。さらに、その音の背後に隠された、ぞわりと肌を粟立たせるような、冷たい悪意を肌で感じ取っていた。 ユウはのんきに夢の中の現象だと考え事をしていたが、ふと意識を集中し直すと、その「変な感じ」の正体が理解できた。背中から、側面から、そして前方からも、複数の冷たい視線が彼に集中している。それは獲物を狙う獣のような、純粋な殺気だった。「あぁ……これって、俺……狙われてる感じか」 危機的な状況であるにもかかわらず、ユウの心臓は不思議と高揚していた。これは夢だという確信が、彼から現実的な恐怖を奪っていたのだ。 ユウは即座に腰に手をやった。革のベルトに収められた鞘から、彼は初めて自分の剣を抜き放つ。 キィン、という澄んだ金属音が森に響き渡った。 抜き放たれた剣は、空気を切り裂きながら木漏れ日を反射し、眩い輝きを放った。それはただの鉄ではない。刀身全体に精緻な模様が施され、まるで水面のように滑らかに磨き上げられている。青みがかった鋼の色は、その並外れた硬度と切れ味を物語っていた。柄の装飾に埋め込まれた青い魔石が、微かに脈打つように光を放っている。手に伝わる冷たくずっしりとした重みが、この武器が本物であることを示していた。「おぉっ、これって……俺が苦労して難関なイベントをクリアーして手に入れた剣じゃん」 ユウは歓喜に声を上げ、その豪華な剣をまじまじと見つめた。現実の彼なら高額な課金でしか手に入らなかった、正真正銘のレアアイテムだ。 ユウは興奮した様子で剣を、まるで玩具のように軽々と一閃した。ヒュン、という鋭い風切り音を残して、剣は寸分の狂いもなく元の位置に戻る。 剣は見た目通りずっしりと重い。しかし、以前の貧弱な体では重くてまともに構えることすら叶わなかったはず
last updateDernière mise à jour : 2026-03-04
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4話 蹂躙の紅蓮と、森に響く悲鳴

 鋭い風切り音と共に、青みがかった刀身がシャドウウルフの首筋を捉えた。抵抗感なく肉を断ち切る感触が、ユウの腕にダイレクトに伝わる。 キャンッ!という断末魔の鳴き声と共に、狼の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。鮮やかな剣さばきだった。 しかし、群れは怯まない。残りの六匹が一斉にユウを取り囲み、四方八方から襲いかかってきた。彼らは連携を取り、ユウの視界の外から攻撃を仕掛けてくる。 ユウは素早く体を回転させ、腰を低く落として牙の攻撃をかわす。ブーツの裏が地面を蹴り、素早いフットワークで狼たちの包囲網を攪乱した。一匹がユウの背後から跳びかかってきたのを感じ、彼は咄嗟に背中に剣を回し、刃の腹でその頭部を強く叩きつけた。鈍い衝撃音と共に、狼は呻き声を上げて後退する。 (これ、マジで体が勝手に動く! 俺の考えてる通りに、レオンの動きが再現されてる!) 現実の自分の体では、数歩走っただけで息切れしていたはずだ。しかし今、この体は、激しい動作を繰り返しても息一つ乱れない。ユウは自信を深め、剣を鋭く突き出す動作で、正面から来た一匹の腹を狙う。 その時、右側と左側から二匹の狼が同時に飛びかかってきた。剣で両方を捌くのは不可能だ。ユウは咄嗟に、ゲーム内で愛用していた魔法のイメージを脳内で鮮明に描いた。 (今だ! 防御系と攻撃系の複合魔法! ウィンド・バリアとストーン・エッジ!) 現実の工場での作業とは比べ物にならないほどの集中力で、ユウは魔法の構成を頭の中に描いた。それはまるで、ゲームのスキルボタンを押すよりも早く、直感的だった。 次の瞬間、ユウの体の周囲に半透明の緑色の風の膜が展開した。右側から突進してきた狼は、その膜に衝突し、弾き飛ばされる。防御魔法の成功に、ユウは驚きを通り越して、歓喜に震えた。 同時に、地面から鋭利な岩の刃が瞬時に突き出した。魔法の発動に詠唱も時間も必要ない。それはユウのイメージ通り、左側の狼の胴体を下から貫いた。ギャアアア!という悲鳴が上がり、狼は痙攣しながら絶命した。「すげぇ……本当に使える!」 ユウの瞳は爛々と輝き、体内の魔力――ゲーム内のMPが満タンであることを肌で感じ取った。彼はこの圧倒的な力を抑えきれず、獰猛な笑みを浮かべた。 残る五匹は、仲間が一瞬で倒されたことに怯え、動きを鈍らせる。このチャンスを、ユウは見逃さなかった。
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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5話 蒼白の涙と、雷鳴の一撃

 助けを求める少女は、淡い栗色のセミロングヘアが、怯えで身を震わせるたびに柔らかく広がって風に揺れていた。顔は恐怖で蒼白になり、琥珀色の瞳からは大粒の涙がとめどなく溢れている。その瞳には、ユウではなく、眼前の巨大な魔獣の姿だけが映っていた。「グルルルルッ!」 ワイルドボアは少女に向かって突進しようと、低く唸りを上げた。一刻の猶予もない。「おい、そこを動くな!」 ユウは叫びながら、一気にワイルドボアの側面に回り込んだ。彼は腰から剣を抜き放ち、その勢いを利用して、魔獣の分厚い皮を狙って水平に薙いだ。 キィィィン! 硬い皮と剣がぶつかり、甲高い音が森に響く。ワイルドボアの体には浅い傷しかつかなかったが、その攻撃の意図は削がれた。魔獣は少女への注意を外し、ユウへとその大きな頭部を向けた。「グルオオオッ!」 ワイルドボアは方向転換し、その巨体を突進させてきた。地響きがユウの足元に伝わる。ユウは咄嗟に身構えたが、真正面から突っ込むのは危険だと判断した。 (防御魔法で受け止めても、この衝撃はデカすぎる! ここは機動力で!) ユウは飛び道具の魔法を使う間もなく、剣の柄を固く握りしめた。迫り来る魔獣の攻撃を、彼は紙一重でかわす。ワイルドボアの牙がユウの横を通過し、頬に微かな風圧を感じた。 回避に成功したユウは、突進で体勢を崩したワイルドボアの側面に、再び回り込んだ。チャンスは一瞬。「今だ!」 ユウは再び剣を構え、今度は一点に力を集中させた。彼は脳内で、剣に雷の魔力を纏わせるイメージを描く。ゲーム内で愛用していた、短時間で攻撃力を増大させるエンチャント魔法だ。 ユウの剣の刀身が、一瞬、青白い光を帯びてバチバチと音を立てた。「ライトニング・ブレード!」 彼は全体重を乗せ、ワイルドボアの分厚い首筋、比較的柔らかそうな急所を狙い、渾身の力を込めて剣を突き立てた。 ズブリッ! 剣は魔獣の硬い皮を深々と貫いた。剣に込められた雷の魔力がワイルドボアの体内で暴れ回り、魔獣は全身を痙攣させた。 ガガアアア……という苦しげな唸り声を上げながら、ワイルドボアの巨大な体は、ユウの目の前で力なく崩れ落ちた。土煙が舞い上がり、静寂が戻る。 ユウは、倒れた魔獣から剣を抜き、その刃についた血を払い落とした。心臓がドクドクと高鳴り、全身の血が熱い。 彼は振り返り、まだうずく
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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6話 桃色の羞恥と、無垢な微笑み

「俺はユウ……だ。無事でよかった」 ユウがそう名乗ると、ミユは俯きがちだった顔をゆっくりと上げた。彼女は頬をさらに赤らめ、その琥珀色の瞳でユウの顔をチラチラと盗み見てくる。何か言いたそうに、スカートの裾を指先でもじもじと弄る仕草は、見ているユウまで恥ずかしくなるほどだった。 自分を見て、こんなにも可愛らしい仕草をされることなど、ユウの二十数年の人生で一度も経験したことがない。彼の心臓はドクドクと不規則なリズムを打ち、嬉しさと激しい動揺で胸がいっぱいになった。どう対応して良いのか、気の利いた言葉一つ出てこない。結局、ユウは顔が熱くなるのを感じて、耐えきれず先に視線をそらしてしまった。 気まずい沈黙を破るように、ユウは努めて冷静な声を出した。「森で一人……なのか? 連れは?」 ミユはそっと顔を上げ、小さく頷いた。「はい。……えっと……その、森に山菜や薬草を採りに……つい、森の奥まで入ってしまって……」 彼女の指差す方向には、籠が落ちていた。ワイルドボアに襲われた際に手放してしまったのだろう。 ユウは一瞬考える。 (一人なのか……このまま別れるのも危険だろうし、俺は特に予定もないし、何より……こんな可愛いミユと一緒にいられるチャンスだろ……) この夢の世界で、孤独なゲーム生活から解放されたユウにとって、ミユとの出会いは何物にも代えがたい機会だった。彼の心は、すぐに一つの決断を下した。「そうか、一人で森の中は危険だろ。ヒマだし……その……良ければだが、護衛をするから山菜や薬草を採るのを続けても良いぞ」 ユウは、出来るだけ自然に見えるよう、ややぶっきらぼうに言葉を選んだ。 それを聞いたミユは、うつむき加減だった顔をぱぁっと明るい笑顔に変えた。その表情は、まるで太陽の光を浴びた花が咲き誇るようで、ユウの胸を締め付けた。 だが、その輝く笑顔はすぐに消え、ミユは再び不安げな表情に戻ってしまう。「えっと……その……わたし、迷惑じゃないですか……?」 彼女の琥珀色の瞳がユウの顔を伺うように見つめる。「……迷惑だと思っていたら、ここで別れてるって。それに、やることもないしな……」 ユウは努めて無関心を装うように、肩をすくめてみせた。しかし、彼の心臓は、早く彼女の「はい」という言葉を聞きたがっていた。 その言葉を聞いたミユの表情は、今度こそ完全に嬉し
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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7話 五感の目覚めと、憧憬の眼差し

「えへへ。ホントですよ~」 彼女の口調からは、初めてユウと話した時の多少の緊張が消えて、親しみやすさが滲み出ていた。ユウは、その小さな変化が嬉しかった。目の前の可愛い女の子が、自分に対して心を開き始めている。この夢の世界で、ユウは初めて、現実の人間関係に近い温かい繋がりを感じていた。 山菜と薬草が散乱した場所を片付け終えたミユは、再び森の奥へと視線を向け、集中して草花を吟味し始めた。小鳥のような足取りで軽やかに動き回り、腰をかがめては珍しい薬草を摘んでいく。 ユウは剣を抜き、音もなく周囲を警戒していた。彼の鋭敏な聴覚は、再び魔獣が近づいてこないか、絶えず森の音に神経を尖らせている。しかし、その警戒の目は、自然と可愛らしい少女のミユの姿へと吸い寄せられていた。 淡い栗色の髪が、摘み取りの動作に合わせてふわりと揺れる。微かに汗ばんだ彼女の肌から漂ってくるのは、土や草木の匂いに混ざった、ふわっとした甘い良い香りだ。それは、ユウが今まで触れたことのない、生身の女性の匂いだった。その香りを感じるたび、ユウの胸は小さく高鳴った。 (しかし、妙だな……) ユウは自分の腹に手を当てた。ワイルドボアとの戦闘を終えてから、時間が経ったわけではないのに、胃の奥がグーッと小さく空腹を訴えていた。夢の中であるならば、このような現実的な生理現象が起こるはずがない。 さらに、剣を握る右手のひらには、ワイルドボアの硬い皮膚を貫いた際の強烈な衝撃と振動が、まるでつい先ほどの出来事のように生々しく残っていた。それは、ゲームコントローラーの振動機能などでは再現できない、骨と肉に響く、確かな手応えだった。 聴覚、視覚、触覚、嗅覚、そして味覚(空腹)。全ての五感が、これが「夢」ではないと訴えかけてくる。 ユウは息を飲み、一つの可能性に思い至った。 (実は……これって、よくアニメである転生というヤツなのでは!?) 工場の爆発事故で死んだはずの自分が、オンラインゲームの能力と姿を持ったまま、異世界にやってきた。そうでなければ、この体、この力、この五感のリアルさは説明がつかない。 普通なら、自分が死んだという事実にショックを受けたり、混乱したりするだろう。だが、ユウの心はそうではなかった。孤独な現実から解放され、最強の力と可愛い女の子との出会いを手に入れた今、彼の心のどこかで、「夢じゃな
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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8話 騎士の誓いと、野営の約束

(騎士……レオン……) ユウは、レオンというプレーヤー名を使うことなく、ユウという本当の名前で、この少女の期待に応えたいと強く思った。「俺は……」 ユウは、腰に下げた剣の柄にそっと触れた。彼の指先が、その剣の冷たい感触を確かめる。「……俺は、たまたま、力があるだけだ。でも、この力を使い……お前みたいな弱い奴を助けるぐらいはできる」 ユウは言葉を選びながら、できる限りぶっきらぼうに答えた。彼の心の中では、ミユの信頼に応えたいという強い意志と、初めて異世界で手に入れた力への自信が混ざり合っていた。 この世界が夢であろうと転生であろうと、もうどちらでも構わなかった。ユウは、彼女の隣で、誰かの役に立ち、誰かに必要とされる自分として生きていくことを、強く決意した瞬間だった。 ミユの無邪気な笑顔を見つめながら、ユウは再び腹の空腹感を思い出した。その空腹は、自分の体がこの異世界で生きていることの、何よりの証明のように感じられた。「ミユ、お腹空かないか?」 ユウが尋ねると、ミユは途端に頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線を泳がせた。「……その……えっと……空きましたー……」 普段の食事を質素にしているだろう彼女が、空腹を認める姿は可愛らしく、ユウの胸をくすぐった。同時に、ユウの思考は、倒したばかりの魔獣へと向かう。(たしか、ワイルドボアとか、ゲームだと倒したら肉や素材のアイテムになってたよな……回復アイテムだったが。この世界なら、食えるのでは?) ユウは視線を転がし、足元に横たわるワイルドボアの巨大な死骸を見下ろした。その肉は、彼の空腹を満たすのに十分な量に見えた。「そこのワイルドボアの肉って……食えるのか?」 ユウの問いに、ミユは目を丸くした。「え? はい。美味しいと聞きますよ。……お肉は高いので……食べたことないですけど。ウサギや罠に掛かるお肉は食べたことありますよー♪ 美味しいですよねぇ~」 ワイルドボアの肉が高価な食材だと知ったユウは、この世界での生活水準を改めて認識した。同時に、ミユが生活のために小さな獲物を自力で狩っていることに、彼女の生活力の強さを感じた。「え!? ミユ、解体の経験あるのか!?」 ユウが驚きを隠せずに声を上げると、今度はミユの方が、ユウが驚いたことに驚いた顔をして答えた。「は、はい。ありますけど……」 ミユが野生
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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9話 譲られた刃と、異世界の幕営

 ユウは、腰のポーチに手を当てた。そこはゲームで言うところのアイテムボックスに繋がっている場所だ。彼は、その仮想の収納庫から、適当なナイフを一つ取り出した。「はい、これ」 ユウはミユにそのナイフを差し出した。ミユが両手でそれを受け取った瞬間、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。「わぁっ、これ……高そうな……ナイフですね……」 ミユの声には、はっきりとした驚きと、わずかな畏れが含まれていた。ナイフの刀身は、ユウが倒したワイルドボアの返り血で汚れていないにもかかわらず、鈍くも鋭くも輝いていた。 それは、ユウがオンラインゲーム内で素材採取用として入手した、質の高い道具だったが、ユウ自身は剣と魔法を使うため、そのナイフがどれほどの価値を持つのか、どこで入手したのかさえも覚えていなかった。ただアイテムボックスに入っていたというだけの代物だった。「……その辺に売ってるんじゃないのか?」 ユウの呑気な言葉に、ミユはナイフから顔を上げて目を丸くした。彼女は再びナイフを目を輝かせながら眺めていた。「え? あ、知らないですよぅ……わたし、武器なんて買わないですから。きれいなナイフだなぁ……って、思っただけですよ」(そんなに目を輝かせるほどの物なのか……) ユウはミユの反応を見て、このナイフが単なる道具以上の価値を持つことを理解した。そして、この後しばらく、ミユと一緒にいることになるだろう。(解体や料理を頼むんだ。報酬は必要だろうし、このナイフがちょうどいいか……)「これから、料理や解体をお願いすると思うから……その報酬ってことでナイフをもらってくれるか?」 ユウは少しぶっきらぼうにそう提案した。 ミユは差し出されたナイフを大事そうに握りしめ、ユウの顔を見て激しく動揺した。「えぇ!? いや、え!? 解体に料理で……こんな高価な物を頂けませんって! しかも料理までごちそうになるんですよ!?」 彼女は慌てて首を横に振った。報酬どころか、自分がユウに迷惑をかけていると感じているようだった。 ユウは、そんなミユの律儀さが可愛らしく、少しだけ意地悪な言い方を選んだ。「……交渉決裂ってことか?」 ユウが少しだけ残念そうな表情を浮かべると、ミユの瞳は揺れた後、一転して明るいものに変わった。彼女はすぐに意図を理解し、満面の笑みを浮かべた。「へ!? ……にへへ♪ 喜んで
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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10話 結界の天幕と、純白の残像

 ミユはワイルドボアの脇腹にナイフを入れながら、首をかしげた。「へ? いえ……べつに……待ってる人はいないですよ。予定もないので……大丈夫ですけど? えっ!? なんですかそれ!?」 ミユはユウの足元にある、突如出現したテントを見て、目を丸くした。その驚き方は、ナイフを渡した時よりもさらに大きい。「テントだけど? その辺で売ってるだろ?」 ユウは、再びこの世界の常識と自分の知識のズレを感じながら、軽く答えた。 しかし、ミユは顔を左右に激しく振った。「売ってませんよ! それ野宿する為の物ですよね……こんな魔獣や魔物が出る危険な森で、わざわざ夜を過ごす人なんかいませんから!」 ミユの言葉は、この世界での野宿の危険性を明確に示していた。しかし、ユウは、アイテムボックスから出現させたこのテントが、ゲームと同じく強力な防御結界を持っていると確信していた。このテントは、彼にとってただの寝床ではなく、ミユの安全を確保し、一緒に過ごす時間を延長するための、魔法のアイテムだった。「……悪い。ちょっとミユと一緒にいれるのが楽しくてさ……帰って戻ってくるのも大変かなって思って、ついな。それに、夕飯と朝食も一緒に食べれたら嬉しいなって……」 ユウは、ミユの言葉にガッカリとした顔を作り、少し弱々しい声でそう呟いた。本心からの言葉だった。ミユと別れて孤独に戻りたくないという、強い願望が込められていた。 ミユはユウの言葉を聞き、ハッとした顔で動きを止めた。彼女の琥珀色の瞳は大きく見開かれ、戸惑いと喜びが入り混じった複雑な思考が顔に浮かぶ。(えっ!? な、なに!? ……わ、わたしと? 孤児のわたしと? えっ!? みんな見向きもしないのに!? 一緒にいたいの? まぁ、酔っぱらいや変な男に襲われそうになったことはあるけど……。襲ったり、連れ去るならとっくに襲われてるよね。それに、あんなにカッコよくて強い人、モテるでしょ。でも、わざわざ孤児の女の子? あ、料理できないからか。わたしも助かるし、強さは知ってるし……) ミユの頭の中は、ユウの提案に対する驚きと、自分自身への低すぎる評価との間で激しく揺れ動いていた。しかし、目の前の強くて優しい男性と一緒にいられるという事実が、彼女の不安を圧倒した。「……う、うん。そうだね……良いよ。ご飯作ってあげる。でも、ちゃんと……守ってね♪」
last updateDernière mise à jour : 2026-03-17
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