結婚記念日、今まで一度も台所に立ったことのない夫の宮崎浩(みやざき ひろし)が、テーブルいっぱいの料理を作ってくれた。私が一口食べるごとに、浩は細かく味を尋ねて、真剣にメモをとる。途中、浩は寝室へ行き電話に出た。杉本瞳(すぎもと ひとみ)からの着信だ。浩が席を外した隙に、何気なくノートを手に取った。そこには、私とは全く無関係なことがびっしりと書かれていた。【いんげんは少し硬い。瞳はきっと好みじゃないな】【きのこは少し塩辛い。瞳のために作る時は気をつけないと】【羊肉はクセが強すぎる。瞳のために作る時は牛肉に変えよう】戻ってきた浩がノートを取ろうとした時、私の動きを見て激昂した。「美希(みき)、お前は本当に教養のかけらもないな。勝手に触るなと言っただろう?」反論しようと口を開くより先に、激しい頭痛に襲われた。目の前の浩の姿が揺らぐ。「浩、なんだか気持ち悪いの……インゲンが生だったのかも……」「だったら急いで書き留めないとな。瞳のために作る時は長めに火を通そう」浩は私を一瞥もせず、メモをとりながら足早に玄関へ向かう。「出かけてくる。お前は丈夫なんだから、つらいなら薬でも飲んでろ」意識が遠のく中、もう一度電話をかけると、苛立った声が聞こえた。「そんな大ごとなのか?死ぬのか?死んだらまた連絡してこい!」通話が切れたスマホを手に、今さっき浩に言われた言葉が頭から離れない。あふれ出しそうな感情を押し殺し、身体を奮い立たせて、最後の力で救急に連絡した。皮肉にも、救急隊の方が浩よりもずっと頼りになった。診断の結果、インゲンとキノコの同時食中毒だった。処置が早かったため、数分遅れていたらと考えるだけでぞっとする。病室のベッドで点滴を受けていると、傍らのスマホが鳴り始めた。見ると、浩からの着信だった。「美希、カレーにはりんごを入れたほうが美味いと思うか?」あまりの問いかけに絶句しながらも、声を絞り出す。「今、病院なの」向こう側は不機嫌そうだ。「あー、そうか。適当に薬でも貰って帰れ」浩はすぐさま話を戻した。「さっさと言えよ、どっちがいいんだ?」口を開きかけた時、電話から別の女性の声が響いた。「浩、あなたの手料理なら、なんでも大好き」その瞬間、プツリと通話が切れた。呆然とスマホを見つめてい
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