界隈ではみんな知っていた。私は上原家の、ほんの少しでも嫌な思いをすると耐えられない箱入り娘だと。集まりでは上座に座り、酒は温いものしか飲まず、少しでも気に入らないことがあれば幼なじみにその場を片づけさせる。そんな私の前に、あの落ちぶれた令嬢が帰国した。彼女は男に頼らず、たった一人で起業し、ビジネスの世界に果敢に切り込んでいく、荒々しいまでの美しさをまとっていた。やがて、幼なじみたちは私のわがままにうんざりし始めた。幼なじみたちが出資を引き揚げて、その令嬢のプロジェクトに乗り換えたときも、私を慰めてくれたのは婚約者だけだった。「気にするな。あいつらはみんな、強い者に媚びる連中だ。俺はこれからもずっと、お前を大事にしてやる」けれど、会員制クラブの片隅で私は見てしまった。あれほど傲慢だった婚約者が、まるで給仕のように卑屈な姿で、その令嬢の靴についた酒の染みを拭いていた。その目には、私が一度も見たことのない狂おしいほどの執着が宿っていた。「頼むから、一度でいい。俺を見てくれ。そうしてくれるなら、結婚なんてやめる。だめか?」私は家に帰って祖父に言った。「おじいさま、A国の海外支援の案件、私が行くわ。それに、あの縁談も受ける。もう二度とあの人たちの顔を見なくて済むなら」祖父の上原万夜(うえはら ばんや)は、決然と背を向ける私を見つめたまま、老いた手を震わせて引き留めようとしたが、結局その手は宙に浮いたままだった。「詩織ちゃん、本当にいいのか?あそこはやばい国だ。それに西園寺家の、あの悪魔みたいな男の縄張りだぞ」私は振り返らなかった。背を向けた瞬間、涙が床に落ちた。それでも声だけは、不思議なほど静かだった。「おじいさま、もう決めたの。ここを離れて、あの人たちにもう会わずに済むなら、どこだっていい」書斎を出ると、私は冷たい壁にもたれ、そのままずるずると床に崩れ落ちた。頭の中には、三十分前にクラブで見たあの光景が何度もよみがえっていた。今日は私の二十三歳の誕生日だった。例年どおりなら、今夜は都でも指折りの盛大な集まりになっているはずだった。私は上原家の小さなお姫さまで、陸山景吾(りやくや けいご)に手のひらで大事に守られてきた、壊れ物のような存在だった。なのに今夜、個室はひっそりと冷えきっていた。
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