この小説の世界に転生したとき、物語はもうすぐ終幕を迎えようとしていた。石井蒼夜(いしい そうや)は二番手の男だった。ヒロインとヒーローがビジネス界の頂点に立ち、彼だけが海外へ姿を消した。私・脇田ここみ(わきた ここみ)は作中で白血病の末期を迎えた、目立たない端役にすぎなかった。なのに、そんな存在感すらなかった私が、蒼夜の妻になった。ずっとわかっていた。彼が愛しているのはヒロインだということ。そして、私の命がいつか尽きるということ。それでも結婚から三年、彼は細やかに私を気遣ってくれ、大金を投じて治療費を出してくれた。本当に愛してくれているのかも、と思いかけた矢先、ヒロインが交通事故に遭った。蒼夜はチャーター機で国内の病院へ駆けつけた。あの日が私の最期の日だとも知らずに。……濃厚な血の匂いが病室に満ちる。吐き出したばかりの血が床に広がっている。その血溜まりを見下ろし、私は惨めに笑った。「……やっぱり、この時が来た」これまでずっと私のそばにいて、細やかに気遣ってくれた男の姿は、今はどこにもなかった。看護師が震える手で何度も彼に電話をかけていた。最初は留守電だったが、やがて着信拒否に変わった。「そんな……!ご主人はここみさんを何より大切にされていたのに、どうして一人で置き去りになんて……」十七回目の電話の後、私の元に届いたのは一通のメッセージだった。【柚羽が事故に遭った。今は彼女のそばにいなければならない。大人しくしてくれ。病人にやきもちを焼くなんてことはしないでくれ】看護師は彼が戻ると思い込み、喜んで薬を取りに外へ出ようとした。「ほら、やっぱりご主人はここみさんを大事にしていますよ。見捨てたりしませんって!」彼女がそう言えば言うほど、そのメッセージは深く刺さった。「彼は戻らないよ」私は平静を装い、携帯を差し出して画面を彼女に見せた。彼女は一瞬固まり、声を張り上げた。「そんな……でも、今日はここみさんの……」はっと口を閉ざし、私から目をそらした。今日は私の生死を分ける正念場の日だ。この症状の波を乗り切ることができれば、まだ少しだけ命を延ばせるかもしれない。だが、今の様子では、明らかに命の灯が消えかけている。私は手を振って彼女に部屋を出て行くよう促す
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