冬の能楽会が行われていた最中、別邸が火事だという知らせが能楽堂へと届いた。顔を青くした執事は朔の元へ歩み寄り、声を殺して告げる。「朔様、別邸が火事だそうです」朔の手に握られたグラスが、宙で静止した。隣に座っていた紗絵も動きを止め、反射的に朔の袖口を掴み、呼吸さえ乱した。「どうしてまた火事なんかに?」久美子が眉を顰めながら聞いた。「原因はまだ不明です。消防も向かっているんですが、火の回りがあまりに速く、東側の廊下と寝室はすでに燃え尽きてしまいました」朔は何も言わず立ち上がった。紗絵が急いで後に続き、震える声で尋ねる。「朔さん。遥さんはまだ病院にいますよね?無事ですよね?」しかし、朔は歩みを止めることなく、紗絵の手を無情に振り払った。別邸に戻ると、すでに消火活動は終わっていて、水浸しの中、焦げ臭い匂いに包まれていた。かつて荘厳で静かだった別邸は、今では焼け落ち、黒い骨組みのみになっている。焼けて折れた梁が雪の上に転がり、まるで何か真実を告げているような亡骸に見えた。雪の中に立ち尽くす朔の耳に、かつてないほどの静寂が押し寄せてくる。本来ならまず後始末をさせ、責任の所在を追及し、神宮寺家としての対応を考えるべきだった。だがこの瞬間、彼の脳裏をよぎっていたのは、遥がここで暮らした日々のささやかな記憶だけだった。眠れない夜、遥はあの古い蓄音機でレコードを聴いていた。神宮寺家が用意した地味な部屋着は拒み、タンスの中にはいつも遥が自分で選んだカラフルなものが仕舞われていた。お茶へのこだわりも強く、あの南の窓際の湯呑みや急須だけは、誰にも触らせなかった。遥の服、楽譜、茶器、そして窓辺で育てていた紅椿、すべてが灰に消えた。畳の横に彼女が置きたがったレコードプレーヤーでさえ、焼き焦げた金属の塊に成り果てている。洋介が足早に近づいてきて、朔に一通の封筒を朔に手渡した。「書斎の焼け残っていた金庫の中にありました」封筒の中身は二つだけ。一つ目は、すでに遥の署名と捺印が済んだ離婚届。二つ目は、炎で端がわずかに反り返った神宮寺家の家訓。最後の一行には、口紅でこう書かれていた――【朔。私はもう、あなたたちのために自分を押し殺したりなんかしない】その瞬間、朔の指先がぎゅっと握られた。洋介が横から
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