神宮寺遥(じんぐうじ はるか)と神宮寺朔(じんぐうじ さく)の結婚は、東都の上流社会でずっと笑いものにされていた。北条家の一人娘の遥。バレエを嗜みながらも、バンドではギターをかき鳴らし、スポーツカーのハンドルを握れば、海岸線を猛スピードで走ることが好きな女性だった。美しくもありながら、自由さを感じさせる瞳。それはまるで雪の中に咲く紅椿のように、遥の芯の強さがはっきりと見て取れる。一方の朔は、旧家神宮寺家の次期当主で、かなり硬い性格な上に完璧主義だった。糸くず一つ許さない身なりに、話し方さえも正確な時計のように淡々としていた。そんな正反対の二人が、3年間も夫婦という関係でいた。結婚してすぐ、神宮寺家から辞書ほど分厚い家訓の書が遥の元に届いた。挨拶に来る前に、全て暗記してこいと言うのだ。神宮寺家に挨拶へ向かった日、神宮寺家の重鎮たちが集まる中、遥はページを2枚めくっただけで、その家訓をビリビリに破り捨てた。「こんな家訓を覚えさせるなんて、いつの時代を生きてるんですか?」破れた紙が雪のように散らばる。この日を境に、遥は朔の祖母・神宮寺久美子(じんぐうじ くみこ)に「礼儀を知らない嫁」と疎まれるようになったことは言うまでもないだろう。結婚2年目、神宮寺家から一人で出歩くことを禁止された。遥はそのことに対して、何も言わなかった。ただ、愛車のアストンマーティンに乗り込み、神宮寺家の「規律」を象徴するような黒塗りの重厚な門を、そのまま突き破ったのだ。庭中に衝撃音が響き渡る。車を降りた遥は、冷静に一言だけ吐き捨てた。「私をここに閉じ込めたいなら、足を折るしかありませんよ?」そして結婚3年目にもなると、神宮寺家からの跡継ぎを望む声が強まった。久美子自ら手続きを行い、東都の産婦人科での検査から不妊治療まで、全て完璧な準備を整えてきたのだ。担当する医師や診察日時すら、遥の都合は完全に無視されていた。遥は埃ひとつない無機質な診察室に座ると、漂う消毒液の臭いに吐き気を覚えた。看護師が薬のトレイを遥に差し出した瞬間、彼女はそれを叩き落とした。金属製の器具が床に叩きつけられ、耳障りな音が響く。「私は神宮寺家の子供を産むために、朔と結婚したわけじゃありません」遥はボディーガードを振り払い、病院を飛び出すと、
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