Lahat ng Kabanata ng 私を盾にする家なんか、こっちから願い下げよ!: Kabanata 21 - Kabanata 28

28 Kabanata

第21話

月曜日、東都は大雪に見舞われた。神宮寺家で開かれるこの一連の騒動の話し合いは、神宮寺家の屋敷の広間で執り行われることになり、顧問弁護士や神宮寺グループの監事、さらには普段姿を見せない長老二名まで招集された。遥がその広間に足を踏み入れると、出席者たちの視線が一斉に集まった。「教養がない」「朔には合わない」「神宮寺家にふさわしくない」と、これまで影で彼女をさげすんでいた者たちも、この瞬間ばかりは黙りこくった。それは、誰もが察したから。遥が今日、許しを請うために来たわけではないと。遥は、凛とした黒いセットアップに、白いコートを羽織っていた。毛先をゆるく巻いた髪に、淡いリップの色が遥の気品を引き立てる。神宮寺家の人間であることを示す装飾品は、一切身につけていない。ましてや、かつては朔の妻だったという面影は一切なかった。彼女の後ろには、弁護士と修司、眞知子、そして北条家の顧問弁護士たちが続く。そして最後に、使用人に支えられながら紗絵が入ってきた。蔵に数日隔離されていたため、顔はやつれていたが、それでもまだ悲劇のヒロインを演じようとしている。上座に座る久美子の視線は、刃のように冷酷だった。「揃ったようだね。じゃあ、始めようかい」久美子は先手を打とうと、テーブルに申請書を投げつける。「遥はずっと情緒不安定で、放火や暴力的な傾向が見られた。だから、神宮寺家はこの女の精神状態が正常ではなく、離婚や財産分与の手続きを進めるにはふさわしくないと判断した――」「ちょっと待ってください」遥は手を挙げて久美子の言葉を遮った。遥は無表情のまま、録音データをテーブルの出す。「人に汚名を着せようとする前に、まずこれを聴いてみてください」ボイスレコーダーから流れたのは、「両家の体裁を保つためだ」と遥を言いくるめようとする勲の声、そして監視カメラの映像を隠蔽し、精神鑑定の手配を指示する久美子の声だった。広間が恐ろしいほど静まり返る。久美子の表情が、初めて崩れた。「こ、これは――」「他にもあります」遥はUSBメモリーを弁護士へ渡す。「階段に油を塗ったこと、仏間での火災、香炉での負傷事件、その後の誹謗中傷まで、すべてこの中に証拠があります。警察には、すでに届出済みです」顔を真っ青にしている紗絵が、反射的に蓮を
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第22話

その瞬間、広間からは呼吸音さえ消えた。久美子は、まるで意味がわからないとでもいうように、鋭く朔を睨みつけた。「朔、どういうことだい?」遥は何も言わずに、一枚の古いカルテをテーブルの上に置く。そこには、2年前、朔がパイプカットを受けた記録と、術後経過が事細かに記されていた。書類がテーブルに置かれると、周囲からは抑えきれない驚愕のさざめきが漏れた。久美子の顔から、血の気が引いていく。「そんなはずはない――」「本当だ」と、ようやく朔が口を開いた。その声は決して大きくはなかったが、会場にいる全員の耳に届くには十分だった。「俺が自分で決めたんだ。遥との間に子供を望んでいなかったから」たった一言。しかし、それは久美子、そして神宮寺家の面目を丸潰れにする一言だった。長老たちも、一様に顔をしかめる。これはもう単なる愛憎劇ではなく、あまりにも酷い欺きだったから。この3年間、久美子は遥に仏間で祈るよう強要し、サプリメントを飲ませ、何度も過酷な検査に行かせ、さらには神宮寺家の家訓を盾に彼女を責め立ててきた。しかし現実は、久美子が最も目をかけていた孫本人が、この家系存続の道を完全に断ち切っていたというのだ。遥は、一瞬にして老け込んだかのような久美子の顔を見ても、微塵も憐れみを抱かなかった。「これでもまだ、あなたは私が神宮寺家の子を産みたがらないとおっしゃいますか?」久美子は唇を震わせるだけで、何も返す言葉が見つからないようだ。その時、状況が悪化するのを感じ取った紗絵が、藁をもすがる思いで床に跪いた。「おばあさん!私は何も知りませんでした!朔さんだって、一度も教えてくれなかった……私も被害者なんです」遥は紗絵をちらりと見て、不敵に笑った。「何焦ってるの?まだあなたの順番じゃないのに」遥は弁護士の方を向く。その直後、プロジェクターに映し出されたのは、紗絵が書斎ですべての悪事を自白していた音源の書き起こしだった。階段の油から、仏間での放火、そしてメディアでの誹謗中傷に至るまで。一語一句、鮮明な証拠として映し出されている。紗絵は硬直した。しかし、次の瞬間には勢いよく朔の方を振り返った。だが、彼の目の中に浮かぶ感情を見て、紗絵は初めて本物の恐怖を感じた。「録音していたんですか?」
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第23話

その一言が響いた瞬間、神宮寺家には死んだような静寂が流れた。そして、久美子が激しく立ち上がる。「今、何て言ったんだい?」紗絵は涙で顔を濡らしながらも、必死になって自分のお腹をかばっている。「妊娠してるって言ったんです」と彼女は震える声で言った。「蓮との子を」蓮の顔から一気に血の気が引く。「紗絵!何でたらめを言ってるんだよ!」しかしすっかり正気を失っていた紗絵は、全員を睨みつけ、狂ったように笑った。「おばあさん、後継が欲しかったんじゃないんですか?私のお腹には、神宮寺家が待ち望んでいた初のひ孫がいるんですよ!」久美子の顔色は白から青へ、最後には黒ずんだようにも見えた。遥は表情ひとつ変えずに、冷めた目でその光景を眺めていた。彼女はただ弁護士に向かって小声で、「お医者さんを呼んでください」と告げる。まるで、すべて分かっていたかのように。30分も経たないうちに、医者が検査報告書とともに広間へ入ってきた。結果はあまりにも冷酷だった。紗絵は妊娠などしていなかった。彼女が証拠として持っていた陽性の書類は、病院の看護師を金で抱き込み、偽造させたものに過ぎなかったのだ。検査結果が置かれた瞬間、彼女を守るものは何もかも崩れ去ってしまった。紗絵が連れ去られた後、広間の空気はより張り詰めた。まるで嵐の前の静けさのように。久美子は上座に座ったまま、背筋をすっと伸ばしている。しかしその威厳も、すでに崩壊しかけていた。遥は息をつく間も与えず、久美子を追い込んでゆく。「次はあなたの番ですよ」遥は、病院の診断書、拘留証明、そして神宮寺家の内務が語った証言資料をテーブルに置いた。「妊娠の強要、行動の制限し、そして家訓だと言って私に与えた体罰の数々。さらには、私を精神病院に送り込もうとしました。これらはすべて、あなたが許可したことですよね?」久美子の声が、ついに震え出す。「私は……神宮寺家のためを思って……」「神宮寺家のため?」遥は笑った。「それとも……温厚で従順で扱いやすい嫁を作り上げるためですか?」遥は数歩進み出て、広間の真ん中、もっとも明るい場所に立った。「3年前、私がこの家に嫁いできた理由は、北条家と神宮寺家の政略結婚でした。しかし、あなたたちは一度たりとも私を家族としては
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第24話

話し合いも終わり、会場の外に出るとまだ雪が降っていた。朔は一人、火事で焼け崩れた別邸の跡地に立ち、ずっと動かずにいた。停職処分、身内からの叱責、そして久美子の追放。そのすべてを朔は受け入れた。しかしこれらは真の報いなどではないと、彼自身が痛いほど分かっていた。一番の罰は、神宮寺家の広間で、遥が自分に向けたあの無感情な瞳だった。彼女はもう、自分を恨んでもいなかった。恨みさえ消えたその表情こそが、何よりも心を抉った。側近の洋介が傘を差しながら歩み寄ってくる。「社長、遥さんはすでに屋敷を出られました」朔は振り返らず、ただ聞いた。「どこへ行ったんだ?」「東都会館です」洋介が少し間を置く。「今夜は紅椿のプライベート展示会が開催されるので、遥さんはそれに出席しに行かれました」朔はしばらく沈黙していたが、車へと乗り込んだ。東都会館の入り口は、煌びやかな光に包まれていた。遥が車を降りると、入り口はメディアやゲストであふれかえっている。遥は派手なドレスは纏わず、体に沿う落ち着いた赤のロングスカートに、黒いコートを羽織っていた。足さばきで翻るスカートは炎のように見えたが、彼女の表情は驚くほど穏やかだった。その静かな佇まいは、神宮寺家で感情を爆発させていた頃よりも、ずっと人々を惹きつける。通り過ぎる誰もが、視線を奪われていた。今日のこの場は、人生で初めて「北条遥」として立つ場所だった。誰かの妻としてでも、どこかの家の者でもない。展示会の始まりには、修司が壇上で香織のデザインコンセプトについて語った。遥は最前列に立ち、スクリーンに映しだされる昔の写真を眺めていたが、背後から小さなざわめきが聞こえてくることに、気づいた。彼女が振り返ると、そこには朔がいた。人混みの背後に立つ彼は、以前と変わらぬ硬い表情を浮かべ、何事にも屈しないというような傲然とした空気を纏っている。だが朔が現れた瞬間、周囲は言葉にできない違和感を嗅ぎ取った。なぜなら、支配する立場を失いながらも、必死に最後の尊厳を守ろうとする惨めさが、彼の周囲に漂っていたから。展示会が終わると、朔は廊下の突き当たりで、遥の行く手を遮った。「遥」遥は足を止め、真っ直ぐに朔を見つめた。「まだ、何か言いたいことでもあるの?」朔は握りし
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第25話

神宮寺家の一件が世間を騒がせると、勲はようやく事態の重さに気づき、動かざるを得なくなった。彼は当初、神宮寺家との政略結婚の威光にすがって、いくつかのプロジェクトを繋ぎ止めようと画策していたが、会議の結果を受け、多くの取引先が北条家の帳簿を厳しく精査し始めた。さらに困ったことに、遥が香織の遺した資産の流れを徹底的に調査し、勲が裏で資金を横領していた証拠まで突き止めていたのだ。勲は遥と直接会い、話をするしかなかった。待ち合わせ場所は、静かな料亭だった。遥が着いた時には、もう勲が待っていた。前回会った時よりも随分老け込んでいるような気がした。「まあ、座れ」と、勲は言った。「俺たちは親子なんだから、こんな争いをする必要はないだろう?」遥は勲を見て、何だか滑稽な気分になった。「親子?前に電話で怒鳴った時とは、随分違うみたいだけど」そう言い返され、勲は言葉に詰まった。それでも強気な態度を保つ。「香織が遺した仕立屋と株はもうお前のものになったんだ。それでもう文句はないだろ?だから、会社の帳簿まで調べるのはやめてくれ」「なんで?」遥は腰を下ろすと、静かに問いかけた。「このまま調べ続けると、あなたの愛人と、その子供たちにまで火の粉が飛ぶから?」勲の瞳に険しさが走る。「遥!」しかし、遥は淡々と一枚の書類を突き出した。中身は、あの愛人がペーパーカンパニーを使って何年も資金を搾り取っていた詳細なリストだった。「今日来たのは、話し合うためじゃないから。北条家を助けるつもりはないし、お母さんから奪ったものは全部取り返すよって言いにきただけ。それと、もう二度と父親っていう立場で私を呼び出さないでね」席を立つ前に、遥は最後にもう一度だけ勲を見た。「昔、私が目障りだって言ったよね?だから、願い通り、いなくなってあげる。これからは北条家の尻拭いなんて一切、するつもりはないから。後悔しないでね」遥はそれだけ言うと、部屋を出た。後ろから勲が何度も名前を呼んでいたが、遥が振り返ることはなかった。外に出ると、東都の冷たい夜風が顔を撫でた。何だかか、胸のつかえがスッと取れたのを感じた。別れがたい訳ではない。ただ今まで、相手のことをちゃんと理解していなかっただけなのだ。少し離れた車の中で、朔は窓越し
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第26話

紅椿が正式に再始動したその日、翠嶺市は快晴だった。雪は陽の光を反射して輝き、空気も澄み渡っていた。遥が入り口でテープカットをするそばには、修司と眞知子がいた。彼女がテープを切った瞬間、周囲からは割れんばかりの拍手が湧き起こった。同じ頃、東都からもいくつかの知らせが届いていた。紗絵は、放火、傷害、文書偽造、そして虚偽の訴えで正式に起訴された。久美子は、隠居してからというもの病気がちになり、二度と神宮寺家へは戻れなさそうだと聞く。勲は金銭トラブルで取締役会から追放された上に、愛人にも最後の資金を持って逃げられたらしい。そして、会社の前で騒ぎ立てる残された二人の愛人との子供が新たな笑いものになっていた。すべてが、本来あるべき姿へと崩れていく。かつて高みにいて、その地位にあぐらをかいていた人々は、次々とその座を失い堕ちていった。しかし、これらを聞いても遥はただ頷くだけだった。喜ぶこともなく、感慨に浸ることもない。ようやく舞台の幕が下りたのを見たような気分だった。夜、仕立屋では身内を集めての祝賀会が開かれた。皆が夜遅くまで盛り上がる中、眞知子が客の対応へ回りにいくと、修司が小さな箱を遥の前に置いた。「開業祝いです」遥が開けてみると、中には古い銀製の、紅椿の花をかたどったブローチが入っていた。「母が遺した物ですか?」と遥は尋ねる。修司は頷いた。「紅椿が再出発する時、本当の持ち主に渡してほしいって、君のお母さんが言っていたんです」遥はそのブローチを襟に留めると、指先で少しだけ触れ、ふわりと笑った。「ありがとうございます」遥が顔を上げると、雪の中に佇む人影が目に入った。やはり、それは朔だった。スーツ姿ではなく黒の長めのコートを纏い、肩に雪を積もらせている。まるで東都からずっと凍えながら来たかのように見えた。視線を追った修司は何も言わず、ただ鍵を遥の手に渡した。「自分で決めた方がいいと思います。扉を開けるにせよ、開けないにせよ、今の君には断る権利だってあるんですから」鍵を握りしめ、遥はドアへと歩み寄った。一枚のガラス扉を隔て、朔と数秒間だけ視線を合わせた。そして、遥は扉を開く。冷たい風が、一気に室内へと吹き込んできた。遥を見つめる朔の喉元が動く。「これを
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第27話

朔が顔を上げると、明かり灯りに照らされた、驚くほど穏やかな遥の表情があった。それでも朔は、何も言えなかった。これから遥が口にすることが、自分への最後の言葉だと分かっていたから。「神宮寺家へ戻れなんて言わないで」遥が静かに言った。「あなたが言わなければいけないのは、3年前の私に……茶道や着物を必死に学び、雪の降る夜にもあなたを追いかけたあの時の私に……結婚なんかするなってことじゃないかしら。でも、彼女はもう、東都の雪の中に消えていったの」軒下を吹き抜ける風が、朔の肩に雪を落とす。朔は何も言い返せずにいた。遥は彼を見下ろし、穏やかな声で続ける。「あなたにだってあなたが受けるべき報いがあるの。紗絵は刑務所へ行ったし、あなたの祖母も一生、神宮寺家の嘲笑の的になったことを抱えて生きていく。蓮だって、火の車になった家業を背負って生きていかなきゃならないんだから。そして、あなたは――」遥の瞳に、かすかな嘲笑が浮かんだ。少しだけ口角を上げる。「あなたは生き続けるの。私たちが暮らしていた家が焼けた跡地を見つめて、何度も思い出すはず。私が何度もあなたにやり直す機会を与えていたことをね。これで十分だって私は思ってる」そう言い終えると、遥は手にしていた印鑑を握り締め、一歩後ろに下がった。「もう、神宮寺家と私には何の関係もない。そして、もう二度と誰かのために自分を殺すことだってしない」遥が踵を返すと、中では修司が彼女のために暖かい部屋の扉を開けて待ってくれていた。遥は振り返らなかった。暖かな灯りと着物、そして笑い声に満ちた、自分のための場所へと歩き出す。そこには神宮寺家も、家訓も、彼女を支配しようとする者もいない。朔はただ、雪の中でいつまでも頭を下げたままだった。翌朝、東都から最終的な報告が届いた。離婚届は既に受理されている。住民票も移動した。遥名義の信託や紅椿の運営権は、正式に独立を果たした。眞知子が暖かいお茶を差し出しながら、微笑んで尋ねた。「後悔してる?」遥は窓の外に舞う雪を見つめ、胸元の紅椿のブローチにそっと指を添えた。「いいえ。ようやく本当の自分になれましたから」遥がそう言い終わると、外の雪も静かに止んでいった。振り返ることもないし、悔いもない。朔には
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第28話

会場が、一瞬で静まり返った。遥は立ち止まり、カメラを見つめて、小さく口角を上げた。「いいえ」彼女の答えは、迷いのないものだった。「私が今持っているすべてのものは、彼から離れた後に、自分の手で掴み取ったものですから」そう言い残し、遥は歩き出した。その言葉は、すぐに東都中に広まった。朔はあの冬の日と共に、過去の人となったのだ。それ以来、神宮寺家が起こしたスキャンダルが話題に上ると、必ず遥という名前も語られるようになった。ショーが終わった後、会場の外で一人ぼんやりと立ち尽くしていた朔の姿が目撃された。彼が何を思っていたのか、知る者はいない。しかし、かつて全てを手中に収めていたあの男が、最終的には一番大切な人を、自らの手で失ってしまったことは誰の目にも明らかだった。半年後、翠嶺市に初雪が降った。紅椿は軌道に乗り、F国で行われる展覧会への参加の話まできていた。眞知子は布選び、修司は海外からの電話に対応など、仕立屋は新しい冬季コレクションに向けて活気づいていた。そんな中、遥は2階の窓際で、雪景色を眺めていた。1年前。別邸の窓から神宮寺家の屋敷内を車が行き交うのを眺め、どこからか聞こえてくる笛の音や笑い声に耳を澄ませていたことを、ふと思い出す。あの時は、あと少しだけ我慢して、あと少しだけ自分を殺せば、いつか誰かが見てくれると思っていた。今思えば、本当に馬鹿みたいだ。あの時は、一生そこから抜け出せないのだと諦めていた。しかし、今あの日々を振り返っても、心は微塵も痛まない。眞知子が温かいお茶を持ってきて、「次の春は、F国に行ってみない?」と笑顔で尋ねてきた。遥はお茶を受け取って、静かに頷く。「行きましょう」「F国のあとはどうする?」雪化粧をした街並みを見下ろしながら、遥は穏やかに微笑んだ。「それはまたその時考えましょう。何はともあれ、この先の人生は自分で歩いていけますから」その時、階下が少し騒がしくなった。新人が駆け上がってきて、「遥さん宛に花が届きましたよ」と小声で言った。遥が降りてみると、送り主不明の白いサザンカが置かれていた。カードには、たった一言だけ。【幸せになってくれ】その力強い字は、最期になってようやく心を通わせようとした、あの人なりの不器用
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