All Chapters of お騒がせ令嬢に転生した俺は、冷血宰相に求婚される ――心は男のままなのに、この人と恋に落ちてしまった: Chapter 31 - Chapter 33

33 Chapters

第30話 君が傷つくかもしれないと思うだけで……俺は、正気でいられなくなる

 振り返る前から、分かってしまう。  振り返った瞬間、そこにいたのは——ユリウスだった。  一瞬、息が止まる。 「……どうして、ここに?」  問いかけると、彼は視線を逸らしたまま答えた。 「……夫人から、連絡を受けた」 「……止めに来たんですか?」  わずかに間があった。 「……止めたかった」  低い声だった。 「……でも、君を止められそうにない」  胸の奥が、わずかに揺れる。 「この間は、すまなかった」  俺は、思わず瞬いた。 「……君の言っていることは、正しい」 「……本気で、そう思ってるんですか?」  問い返すと、ユリウスはわずかに眉を寄せた。 「教会のやり方は歪んでいる。  だが俺が動けば、あの連中は必ず改革派ごと潰しに来る」 「……やっぱり、立場の話ですか」  そう言うと、ユリウスの目がわずかに揺れた。 「……それだけじゃない」  声が、少し低くなる。 「教会を見るたび、思い出す。……姉のことを」  俺は、息を呑んだ。  彼が止めていた理由に、姉のことが絡んでいるなんて、想像もしなかった。 「泣きながら、俺の袖を掴んでいた。  行きたくない、と……言い続けていた」  指先が、わずかに強く握られている。 「だが俺は、何もできなかった」  静かな告白だった。 「……だから、また同じことが起きるのが怖かった」  しばらく、言葉が出なかった。 「……それで、私を止めたんですか」 「……ああ」  肯定だった。 「……でも」  俺は、小さく息を吸った。 「私は、あなたに守られている側でいるだけじゃ……嫌なんです」  ユリウスの視線が、はっきりと俺を捉えた。 「……君は、強いな」 「強いわけじゃないです。ただ……もう、逃げたくないだけで」  沈黙が落ちる。  やがて、ユリウスが静かに言った。 「……それでも、君を危険にさらしたくない」 「……分かっています」 「失うことに、耐えられない」  胸が、はっきりと鳴った。 「……それでも、行きます」  しばらく、何も言わなかった。  やがて、ユリウスは小さく息を吐いた。 「……だろうな」  そして、低く続ける。 「……だから、一人では行かせない」  顔を上げる。 「俺の側近をつける。名はセイン・クローディア」 「…
last updateLast Updated : 2026-05-18
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第31話 本当に、面倒くさい女ですね

 保護院の門をくぐった瞬間、空気が変わった。  昼間の荘厳さとは違う、重く、湿った静けさ。  シスターが、俺を小さな部屋まで案内する。 「ここが、あなたのお部屋です。  明朝から、祈りと手伝いを始めていただきますわ」  部屋は簡素だった。  ベッド、机、二重円環の聖紋がひとつ。  扉が閉まったあと、俺は深く息を吐いた。 (……入った)  これで、内側から見られる。  でも、すぐに動くわけにはいかない。  まずは、様子見だ。  夜の祈りの時間。  保護院の娘たちが、礼拝堂に集められる。  白いドレスを着た少女たち。  膝を揃え、目を伏せ、祈りの言葉を繰り返す。  ……整いすぎている。  その中に、エルミーネの姿があった。  列の端。  俯いたまま、肩がわずかに震えている。  俺は、遠くから見つめるしかなかった。 (……エルミーネ)  目が合わないよう、視線を逸らす。  それでも、胸が痛む。  祈りが終わると、シスターが穏やかに言った。 「皆さん、神の御意志に従い、  明日も穏やかな一日を」  少女たちは、無言のまま部屋へ戻っていく。  俺は自分の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。 (……まだ、何も掴めていない)  だが、やることは決まっている。 (証拠を探す) (教会が、仲介料を受け取っているという証拠を)  噂や感情では足りない。  帳簿でも、記録でも、金の流れでもいい。  否定できない「形」が必要だ。 (……どこかに、あるはずだ)  この建物の中に。  この教会の、どこかに。  俺は、静かに息を整えた。 (まずは、様子を見るところから)  扉が、かすかにノックされた。  俺は、反射的に息を止めた。  こんな時間に、誰が——  ゆっくりと扉が開く。  そこに立っていたのは、白い修道女服を着た若い女性だった。  ……美人。  一瞬で、そう思った。  長い黒髪を後ろで束ね、伏せた睫毛は異様に長い。  鼻筋は通り、唇は淡く紅を差したように赤い。 (ユリウスが言ってた、セイン・クローディア) (……本当に、男なのか?)  女装だと分かっているのに、そう疑いたくなるほど、仕草のすべてが洗練されていた。  歩き方、立ち姿、視線の落とし方。  すべてが女性として完璧すぎる
last updateLast Updated : 2026-05-26
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第32話 侯爵令嬢、帳簿の山から闇を引き抜く

「……よろしくお願いします」  セインは肩をすくめ、元の冷たい微笑みに戻る。 「……仕方ありません」  その夜から、俺たちの「潜入」は、本格的に始まった。 ***  深夜の廊下は、音がない。  祈りの時間が終わってから一刻以上が経っている。  蝋燭の火が、わずかに揺れる。  俺はセインと並んで、管理室の扉の前に立っていた。 「……鍵は?」  小声で尋ねると、セインは肩をすくめた。 「祈るより簡単ですよ」  細い針金が、鍵穴に滑り込む。  かすかな音。  ほんの数秒。  ――かちり。  俺は思わず息を止めたまま、扉を押す。  中には、棚。棚。棚。  床から天井まで、帳簿の山だった。 「……うわ」  思わず本音が漏れる。  セインが低く笑った。 「でしょうね。  俺がいくら鍵を開けられても、これじゃ探しようがない」  数百冊はある。  革表紙、紙表紙、色も厚さもばらばら。  普通なら、ここで詰む。  ――でも。  俺は、棚の前に立ったまま、目だけを動かす。  背表紙の色。  紙の焼け方。  角の擦れ具合。  綴じ糸の緩み。  インクの染み。  ……見覚えがある。  前世で、毎日見ていた。  誰も読まない資料の束。  締切前夜に積まれた、意味のない報告書。  「重要そうに見せる」ためだけの装丁。 (……似てる)  俺は、左から三段目の棚に手を伸ばした。  一冊、抜き取る。  薄い。  新しい。  でも、端だけが不自然に擦れている。  ――頻繁に開かれている。  ページをめくる。 「……あった」  声が、思ったよりも静かだった。  そこには、整いすぎた文字が並んでいた。  受け入れた日付。  番号。  名前。  年齢。  出身家名。  そして、その横に淡々と記された移送先と、謝礼金額。  最後に押された、教会の受領印。  言い訳の余地もない。 「……これ」  俺が帳簿を差し出すと、セインは眉をひそめたまま覗き込み、次の瞬間、わずかに目を見開いた。 「……本気かよ」  ぽつり、と呟く。  いつもの皮肉でも、軽口でもない。 「金額まで書いてある……」 「……ええ」  俺はページをめくり続ける。  日付。  印章。  受領確認の署名。  そこ
last updateLast Updated : 2026-05-29
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