「……どうして」 言葉が、出てしまった。 「……どうして、抱かないんですか」 ユリウスは、ゆっくりと息を吐く。 声は、低く、抑えたまま。 「……君を、俺の欲望で汚したくない。 一度……同じ過ちを、許したことがある」 俺の胸が、どくんと鳴る。 「過ち……?」 ユリウスは、視線を落とした。 「姉が……甘い言葉で騙されて、捨てられて……死んだ」 一瞬の沈黙。 彼の声が、かすかに震える。 「だから、君に……同じことを、させたくない」 俺は、息を詰める。 「……そうか」 俺は、握った手を、そっと強くした。 ユリウスは、わずかに目を細める。 夜は、まだ終わっていない。 でも、今、この瞬間だけは二人だけの時間だった。 俺は、目を閉じた。 (……少しずつ、この男の過去を、知っていきたい) それは、俺の「俺」が、少しずつ、変わり始めている証だった。 *** 夜が、ゆっくりと深さを変えていった。 外はまだ暗い。 けれど、闇の質が、少しずつ軽くなっていくのがわかる。 ユリウスはもう立ち上がり、外套を整え直していた。 俺はベッドに腰掛けたまま、毛布を肩にかけている。 同じ部屋にいる。 それだけで、不思議と落ち着いていた。 さっきまで残っていた疼きは、もうほとんど感じない。 媚薬の熱は、完全に引いた。 代わりに残っているのは、静かな疲労と――確かな現実感。 しばらく、言葉はなかった。 ユリウスは書類に目を落とし、俺は窓の外を眺めていた。 それでも、互いの存在を、はっきりと感じている。 夜明け前の空が、ほんのわずかに白み始めたころ。 ユリウスが、静かに口を開いた。 「……送る」 それだけだった。 問いでも、確認でもない。 当然のことのように。 俺は小さく頷く。 「お願いします」 立ち上がると、少しだけ足が重い。 ユリウスは、自然に歩調を合わせてくれた。 玄関へ向かう廊下は、ひどく静かだ。 屋敷の中の気配が、すべて眠っているように感じられる。 外へ出ると、冷たい朝の空気が肌を撫でた。 それが、心地いい。 馬車に乗り込む直前、ユリウスが、ふと足を止めた。 ほんの一瞬だ。 でも、その沈黙に、意味を感じてしまう
Last Updated : 2026-04-14 Read more