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31 챕터

表裏一体

 私は結城組の過去を、そっと探り始めた。 お祖父様の屋敷の奥深い書斎で、古いアルバムと分厚いファイルを開く。白檀の香りが漂う中、埃っぽい紙の感触が指に残る。 結城組は戦後、関東の闇を牛耳った老舗組織だった。 お祖父様・結城勝次郎は二代目として、荒れた時代に抗争を勝ち抜き、東日本の勢力図を塗り替えた。昭和の終わりから平成にかけては、『黒崎組』との激しい縄張り争いが続いた。血で血を洗う抗争で、多くの組員が命を落とし、お父さんもその渦中に巻き込まれて亡くなった。 ファイルには、抗争の記録が淡々と綴られている。敵対組織の幹部暗殺、資金の奪い合い、警察の目をかいくぐる裏取引。結城組は「表の顔」と「裏の牙」を巧みに使い分け、表向きは「結城興業」という総合建設会社を主力に据えていた。 高速道路や大型ビルの土木工事、港湾施設の整備を請け負い、表の経済に深く根を張っている。建設以外にも、物流会社の「結城運輸」で全国の倉庫業とトラック輸送を展開し、不動産部門では都心の高級マンションや商業ビルの管理・賃貸を手がけていた。さらに、飲食・娯楽部門として高級クラブやゴルフ場の運営、最近では介護事業にも進出していると書かれていた。 表の社員はほとんど一般人で、組の人間は役員クラスに少数配置されるだけ。資金の多くはここを通って「きれいな金」として回収され、裏の活動を支えている。 私は一枚の古い新聞記事を手に取った。結城興業が大規模再開発プロジェクトを受注した時のもの。お祖父様の若い頃の写真が載り、「地域貢献に尽力する企業」と美しく書かれている。でも、その裏で抗争の資金源となっていたことを、私はもう知っている。 卯月が静かに傍らに立ち、低い声で言った。「お嬢様、表の事業は今も健全に回っていますが、『黒崎組』との抗争で傷ついた部分も少なくありません。霧島が近づいた理由の一つに、この『表の顔』を利用する意図があるかもしれません」 私はファイルを閉じ、窓の外を見つめた。結城の血は、華やかな表の事業で覆い隠されながら、静かに流れ続けている。若いお祖父様が、血に染まったシャツで立っている。横には、まだ幼い父の姿。笑顔のない、厳しい目。お祖父様は私にこう言っていた。「組は力で守るものだが、血は力だけでは継げぬ。お前は表で育て、いつか結城の誇りを背負わせるつもりだった」 私はアルバムを閉
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『黒崎組』の犬

 オフィスのフロアで霧島が待っていた。  いや、待ち伏せしていた。手に薔薇の花束はなく、いつもの甘い微笑みは冷ややかだった。「あら、今日はお約束していたかしら?」 「恋人のサプライズにそれはないだろう?」 「恋人? あなたが欲しいのはこれじゃないの?」 私は、湾岸プロジェクトの資料を床に落とした。分厚いファイルが音を立てて散らばり、『黒崎開発』の入札資料や結城興業の内部見積もりが白い床に広がる。霧島の目が、ゆっくりと資料に落ちた。冷たい視線が一瞬、貪欲に光る。「よく調べたね、美穂子さん……いや、結城のお嬢様」 その呼び方に、私は背筋が凍った。もう、偽りの優しさは一切ない。「いつから知っていたの? 私が結城の血筋だと」 霧島は一歩近づき、低い声で言った。「最初からだ。昔の知り合いの伝手でね。でも……君に会って、少しだけ本気になったよ。結城の跡目を手に入れながら、君も手に入れられると思った」 私は資料を踏みつけ、静かに笑った。「残念ね。結城の血も、私の心も、あなたには渡さない」 霧島の唇が歪み、冷たい笑みが浮かぶ。「なら、力ずくで奪うしかないな」 フロアの空気が一気に張り詰め、非常灯の赤い光が二人の影を長く伸ばした。 霧島は資料を靴底で踏みつけ、私へと迫った。革靴の底が紙を踏みしだく音が、静かなフロアに不気味に響く。大きく厳つい手のひらが、細い手首を容赦なく捻りあげた。私は苦悶の表情を浮かべ、鋭い痛みに声を上げた。「一緒に来てもらうよ」 「どこに! 離してよ!」「結城組の爺さんのところへさ」 霧島はジャケットの内側から小刀を取り出し、冷たい刃を私の首に突きつけた。金属の冷たさが皮膚に触れ、息が止まる。「動くな。お前は結城の跡目だ。『黒崎組』が欲しがっているのは、お前と爺さんの首だけじゃない。この湾岸プロジェクトの全権だ」 刃の先がわずかに皮膚を刺し、薄い血の線が一筋、首筋を伝う。私は痛みに耐えながら、霧島の目をまっすぐに見つめた。そこに、かつての優しい笑顔はもうない。ただ、組の牙を剥いた男の冷徹な光だけがあった。「霧島……あなたは本当に、美咲さんを愛していたの? それとも、それすら計算だったの?」 彼の瞳が一瞬、揺れた。 でも、すぐに刃を強く押しつけてくる。「黙れ。車が待っている。抵抗すれば、この首を今すぐ掻き切る
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結城の血の重さ

 黒いセダンは滑るように湾岸を後にし、結城の屋敷へと向かった。私は後部座席の窓ガラスに寄りかかり、流れては消えるネオンの雫をぼんやりと眺めていた。(……また、また裏切られた) 胸の奥底に沈む傷跡に、細い針がチクリと刺さる。痛みは鋭く、しかし慣れたものだった。「ねぇ、卯月」 卯月はルームミラー越しに私を見た。表情はいつも通り静かだが、目がわずかに曇っている。「なんでしょうか? お嬢様」 低いエンジン音が車内に響く。私は窓に額を押しつけ、掠れた声で呟いた。「私、男を見る目がないのね」 卯月は一瞬、沈黙した。ワイパーが夜の雨を静かに払う音だけが聞こえる。「……お嬢様は、優しすぎるのです」 その言葉が、胸に染みた。私は目を閉じ、首筋の傷を指でそっと押さえた。まだ熱を持っている。「霧島は……本当は少しだけ、私を好きだったのかしら。それとも、最初から全部計算だったのかしら」 卯月は前を向いたまま、低く答えた。「どちらも本当だったのかもしれません。だからこそ、危険だったのです」 車は高速を降り、屋敷へと続く暗い道に入った。街灯がまばらになり、闇が濃くなる。私は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。目が少し腫れ、唇が震えている。「もう……誰も信じられない」 卯月はルームミラー越しに、静かに、しかしはっきりと言った。「私だけは、信じてください。お嬢様のそばにいる限り、決して裏切りません」 その言葉に、胸の針が少しだけ、優しくなった気がした。セダンは結城の屋敷の門をくぐり、重い鉄の音を立てて閉まった。私はシートに深く体を沈め、静かに息を吐いた。また一つ、傷が増えた。でも、まだ生きている。「おかえりなさいませ!」 頭を低くした舎弟たちが、私を出迎えた。玄関ホールにずらりと並ぶ黒いスーツの男たちは、一斉に深く腰を折る。「ただいま帰りました」 靴を脱ぐと、流れるような動きで舎弟の一人がシューズボックスに片付け、もう一人が傘を受け取った。雨の雫が床に落ちる前に、素早く拭き取られる。私はゆっくりと廊下を進みながら、首筋の傷をそっと押さえた。まだ熱を持っている。卯月が私の後ろを静かに歩く。「お嬢様、お疲れ様でございました」 舎弟たちの声は揃い、敬意に満ちている。けれどその視線は、傷ついた私を心配そうに窺っているのがわかった。私は立ち止まり、静かに言った
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勝次郎の提案

 白檀の香りが漂う座敷には、お祖父様が厳しい面持ちで胡座を組んで待っていた。灰皿には、吸いかけの葉巻から煙が細く揺らめいている。「美穂子、座りなさい」 声は心配するような声色の中にも、鋭い棘があった。私は畳に正座し、首筋の傷を無意識に押さえた。「……はい、ただいま帰りました」「無事でよかった」 勝次郎の目の端に安堵の色が浮かぶが、すぐにその瞳は再び鋭くなった。葉巻を灰皿に押しつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。「霧島のことは聞いた。黒崎の犬め……お前を餌に、この屋敷まで近づこうとは、随分と度胸がある」 私は膝の上で手を握りしめ、静かに答えた。「お祖父様……私、また裏切られました。霧島は最初から、私が結城の跡目だと知っていたようです」 お祖父様は低く唸り、皺の深い手を私の肩に置いた。 その手の重みと温もりに、胸の奥が少しだけ緩む。 「首の傷は浅いな。だが、心の傷は深いだろう。男を見る目がないと言ったそうだな」 私は目を伏せた。お祖父様は小さく笑い、声を低くした。「いいか、美穂子。結城の血を引く女は、簡単に男に騙されてはいかん。だが、傷ついた分だけ強くなれ。お前はもう、葛城の檻から出たのだ」 白檀の煙がゆらりと立ち上る中、お祖父様の視線は優しく、しかし容赦なく私を貫いた。「これからどうする? 黒崎組を潰すか、それとも霧島を……お前の手で始末するか」 私はゆっくりと顔を上げ、お祖父様の目をまっすぐに見つめた。胸の傷はまだ疼いている。「霧島は卯月が処理しました」「さすが、仕事が早いな」 お祖父様の口元がクッと上がる。そこでしばらく考え込んでいた勝次郎は、ウイスキーのグラスを手に取った。乾いた氷の音が、静かな座敷に響き渡る。静寂の中、庭の鹿威の音が夜の闇を切り裂いた。雨は激しさを増し、屋根を叩く音が重く響いている。「どこぞの得体の知れぬ男に美穂子は任せられん」「……申し訳ありません」 ウイスキーを口に含んだ勝次郎は、私の目を見て静かに言った。「卯月と添い遂げてはどうだ?」 その言葉に、私は息を飲んだ。お祖父様の視線は穏やかだが、決して揺るがない。グラスをゆっくり回しながら、続けた。「あれは忠実で、腕も立つ。お前を守るには、誰よりも相応しい。結城の血を継ぐ者として、跡目を託せる男だ」 私は膝の上で指を強く絡め、言葉を探した。卯月の
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卯月の告白

 座敷の襖を閉め、振り返るとそこには卯月が控えていた。お祖父様との会話を耳にしていたにも関わらず、表情ひとつ変えない。逆に、私が彼を意識して、胸が高鳴り頬がうっすらと紅潮するのがわかった。(……卯月が私の夫になる) 現実味が湧かないが、お祖父様の目つきは真剣だった。私の年齢を考えれば出産し子を育てるには適した時期、いや多少遅いくらいだ。お祖父様は焦っているのかもしれない。次なる跡目を抱くまでは、引退することなど出来ぬ、と。 私は視線を逸らし、畳の縁を指でなぞった。白檀の香りが濃く立ち込める中、卯月の存在がこれまでになく大きく感じられる。彼はいつも私の影のように静かに寄り添い、危険から守り、言葉少なに支えてきた。忠実で、冷静で、決して感情を表に出さない男。「……卯月」 呼びかけると、彼はわずかに頭を下げた。「はい、お嬢様」 その声は低く、いつも通り変わらない。 けれど私は、今まで気づかなかった彼の存在の重さを、初めて痛いほど感じていた。 お祖父様の言葉が頭の中で繰り返される。卯月と添い遂げてはどうだ——。 もし彼が夫になれば、この屋敷で、私の傍らに立つのは彼になる。結城の血を継ぐ子を、私と彼との間で育てる未来が、ぼんやりと浮かぶ。胸の鼓動が速くなる。私は指先を強く握り、静かに息を吐いた。「卯月……あなたは、どう思っているの?」 彼は一瞬、沈黙した。庭の灯篭の灯りが廊下に漏れ、彼の横顔をわずかに照らす。 その瞳には、忠誠と、何かもっと深い感情が混じっているように見えた。私は答えを待つ間、頬の熱を抑えきれなかった。霧島の裏切りで傷ついた心に、卯月の存在が静かに、しかし確実に染み込んでくる。 雨の音が遠くで続き、座敷の空気が重く張りつめたまま、私は彼の次の言葉を待った。 卯月は長い前髪を掻き上げ、視線を畳に落とした。応接室の振り子時計が22時を告げる、重い音が静かに響く。「私は……」「私は?」 彼はゆっくりと顔を上げ、私の目をじっと見つめた。その瞳はいつもより深く、熱を帯びている。「これまで美穂子様を……お慕いしておりました」 ドキンと脈が跳ねた。胸の奥が熱くなり、息が一瞬止まる。「初めは主人としてお仕えしておりましたが、葛城の柵から解き放たれた美穂子様の変化は眩しかった」「眩しい?」「はい。強く聡明でお優しく、結城の誰もが女
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朝日の中で

「ありがとう、あなたの気持ちは分かったわ」 私はゆっくりと立ち上がった。畳の感触が足の裏に冷たく残る。「……お嬢様」 卯月の声が低く、わずかに震えた。私は振り返らず、襖に向かって歩き始めた。廊下の古い板が軋む音が、まるでこれからの自分の進むべき道を表しているかのようだった。「すぐに答えは出せないけれど、考えてみます……あなたが私の夫として相応しいか……愛することができるのか」 足を止めたまま、後ろの気配を感じる。卯月はまだ畳に正座したまま、動かない。「はい。お嬢様のお心が決まるまで、私はここで待っています」 その声はいつも通り静かで、忠実だった。でも、そこに今まで聞いたことのない、切実な響きが混じっていた。私は廊下を歩きながら、胸の奥で複雑な感情が渦を巻くのを感じた。これまでの男たちの裏切りでできた傷が、まだ疼いている。卯月の想いは温かく、確かに心に染みるのに、それを受け入れる勇気がまだ湧かない。 振り子時計の音が遠くから聞こえる中、私は自分の部屋の襖を開けた。白檀の香りが薄れ、夜の冷たい空気が頰を撫でる。私はまだ、誰かを心から信じきれない。それでも、卯月の言葉は、静かに、しかし確実に私の胸に残っていた。 翌朝、私は結城の屋敷の自室で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、枕元を淡く照らしている。首筋の傷はまだ少し疼くが、昨夜の卯月の告白が頭の中で繰り返され、胸がざわついた。 着替えを済ませ、鏡の前に立つ。髪を下ろしたまま、薄く紅を差す。葛城家にいた頃の控えめな自分とは、もう違う。結城美穂子としての顔が、少しずつそこに現れ始めていた。 食堂へ向かうと、お祖父様はすでに座っていた。湯飲み茶碗を手に、静かに私を見上げる。「おはよう、美穂子。昨夜はよく眠れたか?」「ええ……まあ」 私は席に着き、味噌汁の湯気をぼんやりと眺めた。お祖父様は葉巻をくわえながら、穏やかだが鋭い声で言った。「卯月の件、どう考える?」 私は箸を止め、ゆっくりと答えた。「……まだ、答えは出せません。でも、卯月は私を裏切らない人だと、信じたいと思っています」 お祖父様は小さく頷き、茶を一口飲んだ。「時間がかかっても構わん。ただし、結城の跡目を考えるなら、いつまでも待てぬぞ」 その言葉に、私は静かに頷いた。胸の奥で、卯月の低く真っ直ぐな声が蘇る。食堂の外
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襲撃

 ビルの車寄せに黒いセダンが停まる。いつものように後部座席を開けようとした卯月の手がピクリと止まった。防弾ガラス越しに彼の口元が「隠れて」と動いた。 私は咄嗟に座席に伏せ、周囲の様子を窺った。 空が青く、朝の光が眩しい。 次の瞬間、激しい衝撃が立て続けに車のドアにめり込み、防弾ガラスがビリビリと音を立てて震えた。卯月は運転席に滑り込み、アクセルを思い切り踏んだ。タイヤが地面を強く擦り、車体が急発進する。後部座席に体を押しつけられたまま、私は息を殺した。「伏せていてください、お嬢様!」 卯月の声は低く、しかし鋭い。バックミラーに映る彼の目は、いつもの冷静さを失わず、冷徹に周囲を睨んでいる。後ろから連続する乾いた銃声が響き、車体に何発も命中する音がした。 私は座席の隙間から外を見た。ビルの陰から黒いスーツの男たちが飛び出し、こちらに向かって走ってくる。黒崎組の人間だ。卯月はハンドルを切って車を急旋回させ、路地へと滑り込ませた。タイヤが悲鳴を上げ、車体が大きく揺れる。「霧島の息がかかった黒崎の残党ですね。霧島の報復が早かった」 私は歯を食いしばり、首筋の古い傷が疼くのを感じながら、低く言った。「卯月……このまま屋敷に戻る?」「いえ、まずは安全な場所へ。黒崎の連中はまだ諦めていません」 車は朝の街を猛スピードで駆け抜ける。後続の黒いワゴンが二台、執拗に追ってくる。この攻撃が、黒崎組との本当の戦いの始まりだった。 卯月はスピーカーフォンで結城組の事務所に連絡を入れた。「こちら卯月。お嬢様を連れて移動中だ。黒崎の連中が尾けてきている。最寄りのシマで退避する。第五事務所、すぐに受け入れ準備を」 この街には二十数ヶ所、大小の事務所がある。 それらは自分たちの”シマ”のトラブルを回避したり、経営しているバーやクラブからみかじめ料を徴収する拠点だ。表向きは建設会社の営業所や物流会社の倉庫を装っているが、実際は結城組の血が流れる縄張りそのものだった。 卯月はハンドルを切りながら、低く続けた。「第五事務所なら、地下に鉄扉の隠し部屋がある。お嬢様をそこへ匿います」 私は後部座席に体を低くしたまま、窓の外を睨んだ。後続の黒いワゴンがまだ執拗に追ってくる。銃声はもう聞こえないが、いつ再び始まるかわからない。「卯月……大丈夫なの?」「はい。お嬢様をお守りす
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負傷

 温かい手に、ヌルリと熱いものを感じた。それは卯月のワイシャツの袖から染み出していた。鮮やかな赤だった。「……卯月!」 私は彼の手を握ったまま、階段の途中で足を止めた。卯月の顔は相変わらず冷静だったが、額にうっすらと汗が浮かび、唇の色が少し薄くなっている。「大丈夫です。お嬢様……早く地下へ」「大丈夫じゃないわ! 血が……」 彼の左腕から、銃創らしい傷が開き、血が絶え間なく流れ落ちていた。先ほどの追撃で被弾したのだ。防弾ガラスが防いだはずのドア側面を、至近距離で撃ち抜かれたらしい。 卯月は私の手を引き、地下の鉄扉の前まで来ると、舎弟の一人に短く指示を出した。「医務室を開けろ。お嬢様を先に中へ」 私は彼の腕を放さず、声を震わせた。「卯月、座って! 今すぐ手当てを……」 彼は弱く微笑み、私の肩を優しく押した。「お嬢様が無事なら、私は……」 言葉の途中で、卯月の体がふらりと傾いだ。私は慌てて彼の体を支え、血で滑る手で必死に抱き留めた。地下室の鉄扉が重く開き、舎弟たちが駆け寄ってくる。温かい血が、私の指の間を伝い落ちる感触が、胸を締めつけた。 暴力団の跡目として生きるということの本当の意味を知った。これまでは結城組の表の仕事に携わり、これでいいのだと思っていた。けれどその裏で、こうして卯月が支えてくれていたのだと改めて気付き、その現実の恐ろしさと、卯月の覚悟の重さに胸が締めつけられた。 地下室の薄暗い医務室で、私は卯月の左腕に巻かれた包帯をじっと見つめていた。血は止まったものの、彼の顔色はまだ優れない。舎弟たちが去った後、部屋には私と卯月だけが残された。「……ごめんなさい、卯月」 私は彼の右手をそっと握った。 自分の指がまだ震えているのがわかる。「私がもっと早く気付いていれば、あなたをこんな目に遭わせずに済んだのに」 卯月は弱く微笑み、逆に私の手を包み込んだ。熱はまだ残っているが、その手は確かで優しい。「お嬢様が無事なら、それで十分です。私は元々、お嬢様の影として生きる覚悟で結城に入った身。今日の傷など、たいしたことはありません」 私は唇を噛み、目を伏せた。「影……そうね。私はずっと、あなたを影だと思っていた。でも本当は、あなたがいなければ、私はとっくに潰れていたわ。葛城家でも、霧島の時も……いつもそばにいてくれた」 卯月は静か
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USB

 黒崎組の襲撃に対して、湾岸プロジェクトの妨げになると判断したお祖父様は「報復はしない」と決断した。幹部の中にはその決定に不満を持つ者もいたが、結城勝次郎の言葉は絶対だ。 私は書斎の隅でその話を聞き、胸の奥がざわついた。 卯月の傷がまだ癒えていない今、報復を控えるという判断は理に適っているのかもしれない。 だが、私の血は静かに煮えたぎっていた。 お祖父様は葉巻の煙をゆっくりと吐き出し、私を見て言った。「美穂子、今は耐えろ。湾岸の権利を黒崎に渡すわけにはいかんが、表立って抗争を起こせば警察の目が厳しくなる。時期を待て」 私は畳に視線を落とし、静かに答えた。「……わかりました。お祖父様の判断に従います」 しかし、心の中では別の炎が灯っていた。報復をしないということは、黒崎組に「結城は弱くなった」と見せつけることでもある。 霧島の裏切り、卯月の血、すべてを無駄にはしたくない。 その夜、卯月が私の部屋を訪れた。左腕はまだ包帯のままだったが、顔色は少し良くなっていた。「お嬢様、ご決断を」 私は彼の目を見て、静かに言った。「報復はしない。でも……黒崎の牙を折る方法は、他にもあるわ」 卯月はわずかに目を細め、深く頭を下げた。「私はお嬢様の影です。お望みのままに」 白檀の香りが漂う部屋で、私は静かに微笑んだ。結城美穂子として、私はもう誰かの決断にただ従うだけの女ではない。湾岸プロジェクトの裏側で、黒崎組の息の根を止める方法を、私は自分の手で探し始める。「......ひどい」 オフィスに入ると悲惨な惨状が目の前に広がった。窓ガラスは大きく破られ、冷たい風が吹き込んでくる。戸棚や机は倒され、観葉植物の土がカーペットに飛び散り、足の踏み場もないほど荒らされていた。 何かを必死に探したように、資料が床一面にばら撒かれ、数台のパソコンはハードディスクごと持ち去られていた。私はゆっくりと部屋の中央に立ち、荒らされた光景を静かに見渡した。「これを探していたのね」 私はスーツのポケットからUSBを取り出し、ほくそ笑んだ。 小さな黒いUSBは、湾岸プロジェクトの決定的な裏帳簿と、黒崎組との資金の流れを記録したものだ。本物のデータはすでに卯月が安全な場所に移してあり、ここに残していたのは囮だった。 私は壊れた窓枠に寄りかかり、冷たい風に髪をなびかせながら
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家宅捜索

 私は壊れた窓ガラスを背に立ち、散らばった資料を静かに見下ろした。黒崎組の荒らし方は乱暴で、焦りが見えていた。「慌てた顔が目に浮かぶわ」 黒いUSBが朝日に反射する。 中身は湾岸プロジェクトの裏帳簿だけではない。黒崎組が結城組のシマに流し込んだ裏金、霧島を通じて私に近づいた経緯、そして黒崎開発の入札妨害工作の全記録が詰まっている。 私はゆっくりと微笑んだ。笑顔は冷たく、しかし確かに燃えていた。「卯月」「はい、お嬢様」「このUSBのコピーを、今日中に黒崎組の幹部全員と、湾岸プロジェクトの関係企業に匿名で送って。送信元は『黒崎内部の良心派』に見せかけて」 卯月は一瞬、目を細めたが、すぐに深く頭を下げた。「かしこまりました。……お嬢様は、報復をされないと決めたお祖父様の言葉を、こうして破るのですね」 私は窓の外に広がる街並みを見つめ、静かに答えた。「お祖父様は『報復はしない』と言った。でも、私は結城美穂子よ。誰かに傷つけられたら、ただ耐えるだけでは終わらない」 私は床に落ちていた自分の名刺を拾い上げ、指で軽く弾いた。「黒崎組は、私の血を狙い、卯月を傷つけ、霧島を使って私を騙した。なら、私は彼らの『表の顔』を、静かに、しかし完全に潰す」 卯月が低く言った。「湾岸プロジェクトの入札……黒崎開発はもう、信用を失いますね」私はUSBを握りしめ、冷たい笑みを浮かべた。「信用だけじゃないわ。資金の流れも、裏取引も、すべて明るみに出す。黒崎組は表の事業を失い、警察の目が一気に厳しくなる。そして——」 私は振り返り、卯月の目を見た。「霧島が生きているなら、彼にも同じものを届けて。『お前が私を裏切った代償よ』と」 霧島の失敗が露見すれば、彼は黒崎組からも制裁を受けるだろう。 卯月は静かに頷き、初めてわずかに微笑んだ。「お嬢様の逆襲は、静かで、冷たく、残酷ですね」 黒崎組の内部告発として、湾岸プロジェクト入札妨害や裏金の流れが一気に露呈した。警察の家宅捜索が入り、その様子を私は黒いセダンの窓から冷ややかに見つめた。 黒崎開発の本社ビル前に何台ものパトカーが並び、制服警官と鑑識が忙しく出入りしている。テレビ局のカメラが回り、記者たちがマイクを向けている。玄関では黒崎の幹部たちが青ざめた顔で連行されていく姿がはっきり見えた。 私は後部座席に深く体を
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