私は結城組の過去を、そっと探り始めた。 お祖父様の屋敷の奥深い書斎で、古いアルバムと分厚いファイルを開く。白檀の香りが漂う中、埃っぽい紙の感触が指に残る。 結城組は戦後、関東の闇を牛耳った老舗組織だった。 お祖父様・結城勝次郎は二代目として、荒れた時代に抗争を勝ち抜き、東日本の勢力図を塗り替えた。昭和の終わりから平成にかけては、『黒崎組』との激しい縄張り争いが続いた。血で血を洗う抗争で、多くの組員が命を落とし、お父さんもその渦中に巻き込まれて亡くなった。 ファイルには、抗争の記録が淡々と綴られている。敵対組織の幹部暗殺、資金の奪い合い、警察の目をかいくぐる裏取引。結城組は「表の顔」と「裏の牙」を巧みに使い分け、表向きは「結城興業」という総合建設会社を主力に据えていた。 高速道路や大型ビルの土木工事、港湾施設の整備を請け負い、表の経済に深く根を張っている。建設以外にも、物流会社の「結城運輸」で全国の倉庫業とトラック輸送を展開し、不動産部門では都心の高級マンションや商業ビルの管理・賃貸を手がけていた。さらに、飲食・娯楽部門として高級クラブやゴルフ場の運営、最近では介護事業にも進出していると書かれていた。 表の社員はほとんど一般人で、組の人間は役員クラスに少数配置されるだけ。資金の多くはここを通って「きれいな金」として回収され、裏の活動を支えている。 私は一枚の古い新聞記事を手に取った。結城興業が大規模再開発プロジェクトを受注した時のもの。お祖父様の若い頃の写真が載り、「地域貢献に尽力する企業」と美しく書かれている。でも、その裏で抗争の資金源となっていたことを、私はもう知っている。 卯月が静かに傍らに立ち、低い声で言った。「お嬢様、表の事業は今も健全に回っていますが、『黒崎組』との抗争で傷ついた部分も少なくありません。霧島が近づいた理由の一つに、この『表の顔』を利用する意図があるかもしれません」 私はファイルを閉じ、窓の外を見つめた。結城の血は、華やかな表の事業で覆い隠されながら、静かに流れ続けている。若いお祖父様が、血に染まったシャツで立っている。横には、まだ幼い父の姿。笑顔のない、厳しい目。お祖父様は私にこう言っていた。「組は力で守るものだが、血は力だけでは継げぬ。お前は表で育て、いつか結城の誇りを背負わせるつもりだった」 私はアルバムを閉
최신 업데이트 : 2026-04-12 더 보기