LOGIN葛城美穂子(28歳)は、銀行員として真面目に働きながら、夫・忠則と義母・菊乃との結婚生活を送っていた。しかし、その日常は姑の陰険ないびりや雑用押しつけ、マザコン夫の冷たい態度で満ちていて、心身ともに疲弊していた。浮気相手らしき女性・夏希の影もチラつき、美穂子は耐えに耐えていた。ある日、突然の解雇通知を受け、絶望の底に落ちる美穂子。そこへ現れた謎の黒いセダン、そして意外な人物の登場が運命を変える。美穂子は「結城美穂子」として新たな人生を歩み始め、自身の強さと美しさを再発見していく。
View More湾岸プロジェクトの目玉である、帝都建設の株主総会が開催された。会場は都心の高層ホテルの大宴会場。重厚なシャンデリアの下、緊張した空気が張りつめている。黒崎開発が買い占めていた株は、結城興業がほぼすべて買い戻し、筆頭株主の座を奪還していた。私は卯月を従え、最前列の中央席に静かに腰を下ろした。黒いフォーマルドレスに身を包み、左手のエンゲージリングが控えめに光る。背後には結城の幹部たちがずらりと並び、会場の空気を圧している。議長が株主総会の開会を宣言した瞬間、会場にざわめきが広がった。私はゆっくりと立ち上がり、マイクに向かった。視線を正面に据え、穏やかだが冷たい声で言った。「本日より、帝都建設の経営は結城興業が主導いたします。湾岸プロジェクトに関するすべての決定権を、こちらで掌握させていただきます」会場が一瞬、静まり返った。黒崎側の代理人たちが顔を歪め、慌てて立ち上がるが、すでに遅い。議決権の過半数は結城興業が握っている。私は薄く微笑みながら、続けた。「不正入札、裏金工作、関係者への脅迫……すべてを明らかにし、適正な形でプロジェクトを進めます。ご協力、よろしくお願いいたします」最前列の席に戻ると、卯月が私の耳元でそっと囁いた。「お嬢様、見事です」私は彼の手に軽く指を絡め、静かに息を吐いた。黒崎龍也の死後、黒崎組は大きく揺らいでいた。そして今、湾岸プロジェクトの鍵を握る帝都建設を、完全に手中に収めた。私は窓の外に広がる湾岸の景色を眺め、心の中で冷たく微笑んだ。これで一つ、また一歩、黒崎の牙を折った。私の復讐は、静かに、しかし着実に、完成へと近づいている。これまで高利貸付の債権者から搾り取った汚い金で入札を繰り返していた黒崎開発は、勢いを失くし、表舞台から静かに消えていった。湾岸プロジェクトの入札は結城興業がほぼ独占し、黒崎開発は次々と下請け契約を失った。闇金のルートは警察の捜査で次々に摘発され、資金源を断たれた彼らは、表の事業を維持できなくなった。黒崎開発の看板は剥がされ、かつての威勢の良かった本社ビルは「売却」の貼り紙が貼られる有様となった。私は書斎の窓から夜の湾岸を眺めながら、静かに息を吐いた。「これで……一つ、終わったわね」卯月が私の後ろに控え、低く答える。「はい。お嬢様の指示通り、黒崎の資金ルートはほぼ
岩倉は思惑通りの動きで、黒崎組の事務所を一つ、また一つと地図上から消していった。夜毎、結城の精鋭を率いて黒崎の小規模シマに襲いかかる。事務所の看板は引き裂かれ、窓ガラスは粉々に砕け、血の匂いが路地に広がった。黒崎の若い衆は抵抗する間もなく叩きのめされ、生き残った者は震えながら逃げ惑う。「これで三つ目……」岩倉は血に濡れた刀を肩に担ぎ、冷たい笑みを浮かべた。彼の動きは迅速で容赦がなく、黒崎組の末端組織を着実に削り取っていた。私は書斎でその報告を受け、静かに頷いた。「岩倉はよく働いているわね」卯月が私の横で低く言った。「はい。しかし……岩倉の勢いは止まりません。このままでは、組の内部でさらに火種を大きくする恐れがあります」私は窓の外の闇を見つめ、冷たい笑みを浮かべた。「構わない。岩倉には黒崎を叩かせ、私が後で彼を始末する。内部の牙も、外部の敵も、すべて私の手で潰す」白檀の香りが漂う部屋で、私は静かに拳を握った。黒崎組の影が薄れていくにつれ、結城組の内紛はさらに深く、静かに燃え広がろうとしていた。私の復讐は、思った以上に複雑で、血の匂いに満ちたものになりつつあった。「お嬢様、岩倉が……」「......思惑通りね」報告を受けた瞬間、私は静かに目を細めた。岩倉は黒崎組の若い衆が運転するダンプカーに轢かれ、即死だった。血にまみれた体は道路に叩きつけられ、朝の通勤客が悲鳴を上げる中、黒い血だまりが広がっていたという。内部の反乱分子は頭を失い、反旗を翻す声は一気に色を失った。私は書斎の窓辺に立ち、ほくそ笑んだ。「ふふ……これで湾岸エリアの黒崎の事務所は壊滅。岩倉も自滅。問題解決だわ」お祖父様は葉巻を灰皿に押し付け、掠れた声で言った。「……お前は冷酷じゃな」私は振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。「冷酷? いいえ、お祖父様。私はただ、結城の敵を排除しているだけです。岩倉は私を利用して自分の野心を満たそうとした。ならば、彼もまた、道具として使わせてもらったまで」白檀の香りが漂う部屋で、私はゆっくりと息を吐いた。黒崎組の牙は折れ、内部の反乱分子も潰えた。すべては私の掌の上で動いていた。お祖父様は深い皺の刻まれた顔で私を見つめ、静かに言った。「美穂子……お前はもう、完全に結城の女主じゃ」私は優雅に微笑み、窓の外の夜景に視線を
結城組の内紛は、静かに、しかし確実に組の根幹を蝕み始めていた。岩倉は若頭の中でも特に武闘派として知られ、組の若い衆や中堅幹部に強い影響力を持っていた。彼にとって、お祖父様の「黒崎への報復を控える」という決定は、結城の誇りを捨てる行為に他ならなかった。「総長はもう老いた。黒崎の龍也に跡目を穢され、ただ耐えるだけとは……俺たちは何のために血を流してきたんだ!」岩倉の不満は、組の内部で静かに、しかし着実に広がっていった。特に、湾岸プロジェクトを巡る黒崎組の攻勢が激しくなるにつれ、以下のような声がくすぶり続けた。「女の跡目に組を任せるなど、前代未聞だ」「総長は弱気になった。俺たちが立て直さなければ」「美穂子様が龍也に穢されたというのに、復讐もしないとは……」岩倉はこれを機に、同志を集めていた。表向きの理由は「組の誇りを守るため」だったが、本音は自身の野心――お祖父様の引退を早め、実権を掌握することにあった。その夜、岩倉は長剣を手に奥座敷に乱入した。血飛沫が白い襖に飛び散り、数名の舎弟が斬り倒された。お祖父様は奥の間に逃げ、卯月が私を守るように前に出た。岩倉は血走った目で私を睨み、剣先を向けた。「お嬢様も、黒崎に弄ばれてそれでいいんですか!?」私は冷たい視線を返し、静かに言った。「岩倉……あなたが守りたいのは、本当に結城の誇り? それとも、自分の野心?」岩倉の表情が歪む。その瞬間、卯月が銃を構え、岩倉の額に狙いを定めた。岩倉は血に染まった長剣を握ったまま、荒い息を吐いていた。私は彼を冷ややかに見下ろし、静かに言った。「岩倉」彼の血走った目が、私に向けられる。「お前が黒崎を叩きたいと言うなら……今すぐ動け」岩倉の表情が一瞬、驚きに歪んだ。「美穂子様……それは……」私は一歩近づき、冷たい声で続けた。「黒崎龍也の葬儀が終わった今が、ちょうどいい。黒崎組は動揺している。お前が望む通りに、黒崎の小規模事務所を襲え。容赦なく、徹底的に潰せ」岩倉の握る剣が、わずかに震えた。興奮と戸惑いが混じった目で私を見つめる。「お嬢様……総長の決定に逆らうというのか?」私は微笑んだ。笑みは優しく見えるが、目は全く笑っていない。「総長の決定は総長のもの。私は私の戦いをする。お前は私の命令に従うだけよ」岩倉は一瞬、迷いの色を見せたが、すぐ
しかしこの一連の出来事で、結城組の中に綻びが生まれた。ある夜、屋敷の奥座敷で突然、怒号が響いた。若頭の一人・岩倉が、長剣を振り回しながら暴れ出した。「親父の決定は間違っている! 黒崎を叩き潰さず、ただ耐えるだけとは何事だ!」お祖父様は奥の間に逃げようとしたが、数人の舎弟が斬られ、血飛沫が白い襖に飛び散った。白檀の香りに、鉄のような生臭い血の匂いが混じり、廊下が一瞬で地獄絵図と化した。「裏切り者……!」私は卯月に守られながら、血の海を避けて後退した。岩倉の目は血走り、狂気と不満が渦巻いている。これは黒崎組に直接手を下さないお祖父様への、明確な謀反だった。内部から崩れようとする結城組。私は冷たい視線を岩倉に向け、静かに歯を食いしばった。「……許さないわ」卯月が私の前に立ち、銃を構える。屋敷の空気が張りつめ、血の匂いがさらに濃くなった。私の戦いは、外の敵だけでは終わらない。今、内部の牙をも折らなければならない。岩倉は私を一瞥し、血走った目で叫んだ。「お嬢様も、黒崎に弄ばれてそれでいいんですか!?」あの夜の記憶が一瞬で蘇り、私は顔が熱くなるのを感じた。頰が赤らむのを抑えきれず、唇を強く噛んだ。「岩倉! 口を慎みなさい! それを下ろしなさい!」しかし岩倉は聞く耳を持たず、血に濡れた長剣を握りしめたまま、ジリジリと距離を詰めてくる。「俺は……お嬢様があんな男に穢されるのを見過ごせない!」卯月の指先がトリガーに力を込めた。空気が極限まで張りつめ、血の匂いがさらに濃くなる。「お嬢様、下がってください」卯月の声は低く、冷たい。右肩の傷など関係ないというように、彼は一歩も引かない。岩倉の剣先が、微かに震えながら私に向けられる。私は拳を握り、静かに、しかしはっきりと言った。「岩倉……あなたが私を守りたいと言うなら、まずはその剣を下ろしなさい」緊張が頂点に達し、奥座敷に重い沈黙が落ちた。内部紛争の火種は、思ったより深く、根深かった。岩倉は結城組の若頭の一人で、組の「武闘派」の象徴だった。昔から「力でこそ縄張りを守る」と公言し、黒崎組との抗争では常に最前線に立ってきた男だ。彼にとって、お祖父様の「報復は控える」という決定は、結城の誇りを捨てる行為に等しかった。「総長はもう老いた。黒崎の龍也に美穂子様を穢され、ただ耐え
翌朝、霧島さんが仕事に出かけた後、私は卯月に連絡を取った。「霧島蓮の過去を、もっと詳しく調べて。敵対していた組の名前も」 卯月は短く返した。「既に調べています。お嬢様……霧島は十年前、結城組と激しく対立していた『黒崎組』の若頭候補でした。美咲という女性は『黒崎組』の内部紛争で始末されたと見られています。結城組は関与していません」 私は息を詰めた。「……つまり、彼は結城組の敵で逆恨みをしている?」「そうです。そして今、彼は偽名を使い、お嬢様に近づいた。その理由は……まだ不明です」 電話を切った後、私は窓辺に立ち、霧島さんが淹れてくれたコーヒーの残りを冷たく飲み干した。甘いキスの
「おはようございます」 更衣室で挨拶をした私に、同僚たちは目を見開いた。いつもポニーテールで幼く見せ、目立たぬ薄化粧に徹していた私が、ウェーブがかった髪を肩に垂らし、唇を深紅に彩っている。視線を逸らすことなく、余裕の笑みを浮かべる私の姿に、彼女たちは驚きを隠せなかった。クスクスという嘲笑が一瞬止み、休憩室の空気が張り詰める。「おはようございます」と穏やかに声をかけると、誰もすぐに返事をせず、ただ私を値踏みするように見つめるだけ。昨日まで後ろ指を指していた相手が、急に別人のように振る舞う姿に、彼女たちは戸惑っている。 私はロッカーに貼られた幼稚な悪戯書きの紙を、彼女たちの目の前でそっと剥
ポニーテールを揺らし、石段を駆け上がる。葛城の屋敷は良く言えば洋風、実際は近所の小学生には『お化け屋敷』と呼ばれる昭和初期の威厳を保っている。苔むした石垣と蔦の絡まる壁が、夕暮れの薄闇に溶け込む。重厚な玄関ドアを開けると、夫の忠則はまだ帰っていない。靴を脱ぎながら、今日の出来事を誰かに話したい衝動に駆られるのに、ここにも私の味方はいない。母屋の奥から義母の視線が刺さるような気がして、背筋が冷える。 親戚の勧めでお見合いをしたのは3年前、まだ25歳だった私は訳もわからずに高砂の席に座っていた。忠則は従業員1000人を抱える葛城株式会社の社長らしく、重々しい佇まいと落ち着いた口調で周囲を圧倒
私は今、窓口で200万円を越える大口現金取引の対応をしている。400万円……私の銀行員としての年収を遥かに上回る額で、指先が震え手に汗が滲んだ。札束の重みが掌にずっしりと伝わり、息を潜めながら一枚一枚丁寧に数える。顧客の視線が背中に刺さるように感じ、ミスは許されない緊張が全身を支配する。こんな大金を日常的に扱う世界があるなんて、入行した頃は想像もしていなかった。「こちらの申込用紙にお名前、ご住所、連絡先と……あと……、なんでしたっけ?」 隣の同僚に聞いても素っ気ない態度で「係長にでも聞いてくれば?」と顎でしゃくった。私は慌てて立ち上がり、椅子は大きな音を立てて床に倒れた。クスクスと失笑