All Chapters of 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~: Chapter 11 - Chapter 17

17 Chapters

第十一話「深淵に刻まれる番の証」

「ルミエル」 低く、とろけるような蜜を含んだ甘い声が、すぐ耳元で形を成した。その響きだけで、ルミエルの背筋を心地よい戦慄が走り抜ける。アルリックの強靭な腕が、吸い付くようにルミエルの細い腰へと回り、有無を言わさぬ力強さで、その厚い胸板へと引き寄せられた。 先ほど交わしたばかりの、あの深く濃厚な口づけの余韻が、今も唇に熱く、痺れるような感触を残している。ルークのフェロモンに誘発されたヒートの火照りは、引くどころか身体の奥底でいっそう激しくくすぶり続け、骨の芯をじりじりと灼いていた。アルリックの大きな掌が触れた箇所から、彼の体温が侵食し、ルミエルの理性をじわじわと塗り潰していく。 ルミエルは震える両手をアルリックの胸に当て、拒絶ともつかぬ弱々しさでそっと押した。そして、切なげに眉を寄せ、首を左右に振る。 まだ隣には、ルークがいるのだ。あの刃のように鋭く、歪んだ嫉妬を孕んだ兄の視線の前で、これ以上の秘め事を晒すことなど、ルミエルの誇りが許さなかった。声を出して拒むことができないルミエルは、必死に視線で、これ以上は耐えられないと訴えるしかなかった。(兄さんの目があるところでは……あんなに、あられもない姿は見せられない) 声にならない、悲鳴にも似た思いを込めて、アルリックの琥珀色の瞳を見つめた。「わかった」 アルリックは、ルミエルの瞳の揺らぎを読み取ったのか、意外なほどあっさりと頷いた。だが、その瞳の奥には、ルミエルを誰の目にも触れさせたくないという、昏く濁った独占欲が渦巻いている。
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第十二話「熱を帯びた夜の果て」

 廊下は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。 深夜の城は、昼間の喧騒が嘘のように暗い。石壁に点々と掲げられた燭台の火だけが、頼りなく通路を照らしている。炎が揺れるたびに、長く伸びた二人の影が壁の上で不気味に蠢いていた。 アルリックはルミエルの細い手を引き、迷いのない足取りで進む。硬い石床に響く足音は二人分。ルミエルはまだ足腰に力が入りきらず、アルリックの広い背中を追うのが精一杯だった。 歩くたびに、番の証が刻まれた首の後ろがじんと熱を持つ。それはアルリックとの絆を証明する確かな体温であり、今のルミエルを支える唯一の拠り所でもあった。 廊下の突き当たりに、王妃エレーヌの寝室があった。 アルリックが扉の前に立ち、その大きな拳で二度、静寂を破るように叩いた。 コン、コン。 乾いた音が響くが、中からの返事はない。アルリックは眉一つ動かさず、今度は少し強く扉を叩いた。それでも応答はなく、彼は躊躇なく扉の取っ手に手をかけた。 鍵はかかっていなかった。重厚な扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。 その瞬間、ルミエルは思わず目を背けた。 寝室の中央に鎮座する大きなベッドの上で、王妃エレーヌが若い騎士と絡み合っていた。衣服は無造作に床へ脱ぎ捨てられ、月明かりと燭台の淡い光が、剥き出しになった白い肌を艶かしく照らし出している。
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第十三話「檻のない空の下で」

 馬が止まったのは、城下の外れにひっそりと佇む、小さな石造りの家の前だった。 王妃エレーヌはすでに馬を捨て、吸い込まれるように家の中へと滑り込んでいた。ガウンの裾が闇に引き込まれていくのと入れ替わりに、「呪いが……呪いが……」という、乾いた木の葉が擦れるような呟きだけが夜の底に沈んでいく。 アルリックがルミエルを軽々と抱きかかえて馬を下り、迷いのない歩調でその後を追った。 室内は薄暗く、埃の舞う空気の中に一本の蝋燭が細い火を灯していた。 簡素な寝台の上で、中年の男が跳ね起きるようにして上半身を揺らしている。王妃に激しく肩を揺さぶられ、男の寝ぼけた顔には、恐怖と混乱が混じり合った歪な表情が浮かんでいた。 その光景をルミエルは、アルリックの腕から解放されながら眺めた。(あの人が僕に呪いをかけた……人?)「助けて。ねえ、あなたしかいないのよ……!」 王妃が男の胸にしがみつき、声を上げて泣き崩れた。乱れた髪が涙で顔に張り付き、かつての気高く冷酷な面影は、見る影もなく崩れ去っている。「……なんだ、何があったんだ、エレーヌ」 男が王妃の肩を抱き寄せ、眠たげな目を細めた。だが、その視線が背後に立つアルリックを捉えた瞬間、男の表情は瞬時
last updateLast Updated : 2026-04-19
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第十四話「凪が運ぶ予言」

「――ここは、あとは儂がおさめるから。行ってくれ」 老いた国王の震える言葉に、アルリックは短く一度だけ頷いた。そして、迷いのない所作でルミエルの細い手を取った。(……温かい) ルミエルの指先を包み込むアルリックの手のひらは、夜の冷気にさらされていたはずなのに、驚くほど熱を帯びていた。その確かな質量に、ルミエルは胸の奥がじんわりと疼くのを感じる。「では、任せた。我々は国に戻る」 アルリックはそれだけ言い捨てると、無造作に踵を返した。ルミエルはその大きな手に引かれるまま、一歩を踏み出す。 背後で国王が何かを言いかけた気配がしたが、アルリックは一度も振り返ることなく、前だけを見据えて歩き続けた。 遠ざかっていく王妃の狂おしい泣き声、ヨハンの醜い怒鳴り声。それらが夜の静寂に吸い込まれ、代わりに二人を包んだのは、研ぎ澄まされた冷たい夜気だった。規則正しく石畳を叩く足音だけが、耳の奥に心地よく響く。 隣を歩くアルリックの気配を感じながら、ルミエルは肺の奥まで冷たい空気を吸い込み、長く吐き出した。(僕は……最初から、呪われてなんていなかったんだ) その事実は、羽毛のように軽くルミエルの心を撫でた。けれど同時に、腹の奥にはズンとした重たい塊が居座っている。
last updateLast Updated : 2026-04-19
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第十五話「光に溶ける二十歳の秒針」

 目が覚めた瞬間、ルミエルは指先一つ動かすことができなかった。 瞼の裏側には、暴力的なほど鮮やかな白光が満ちている。天蓋の白い布を透かして差し込む朝の陽光が、寝室の隅々までをやわらかな輝きで満たし、浮かび上がる埃の粒さえも金色の砂のように輝かせていた。 遠くから微かに届く鳥のさえずり、窓の外で若葉が風に戦ぐカサカサという乾いた音。そして、暖炉の隅で灰になった薪の、微かな焦げたような香りが鼻腔をくすぐる。 眠りに沈んでいた五感が、痺れが解けるように一つずつ、ゆっくりと覚醒していく。その緩慢な時間の流れの中で、ルミエルは自らの胸の内に問いかけた。(……ああ。僕、生きてる。本当に、朝を迎えたんだ) 今日は、ルミエルの二十歳の誕生日だった。 この世に生を受けてからずっと、死の期限だと信じ込まされてきた「呪い」の日。暗い塔の中で、砂時計の砂が落ちるのを眺めるようにして待ち続けていた終焉の日が、今、これほどまでに穏やかな朝としてそこにあった。 呪いなど存在しなかったと、あの男の口から真実を知った後も、この朝を迎えるまでは拭いきれない恐怖が胸の隅に澱のように沈んでいたのだ。夜中にふと目を覚ますたび、ルミエルは暗闇の中で自らの胸に細い手を当て、ドク、ドクと刻まれる脈動を確かめては、安堵と不安の狭間で再び瞳を閉じる夜を幾度も繰り返してきた。 ――けれど、約束の朝は来た。 左胸の奥で、心臓が確かに、力強く時を刻んでいる。
last updateLast Updated : 2026-04-20
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第十六話「鏡合わせのアメジスト」

 謁見の間には、透き通った朝の光が斜めに差し込んでいた。 石造りの高い天井まで届く縦長の窓から、白い光の帯が幾筋も床に伸び、石畳の冷たさを微かに和らげている。壁際に置かれた燭台の炎が、外から吹き込むわずかな風に揺れ、灰色の壁に生き物のような影を落としていた。 アルリックが重厚な彫刻の施された上座にどっしりと腰を下ろし、そのすぐ隣にはルミエルが静かに控えていた。 向かい側に座るのは、エルテア王国の新国王オーヴィン・ヴァランと、その傍らに寄り添う王妃。今日この場に臨むまで、ルミエルは幾度も心の準備を重ねてきた。かつて自分を塔に閉じ込め、呪いの名の下に蔑んできた「エルテア」という国の名は、今なお胸の奥底に小さな、けれど鋭い緊張の礫を投げ込んでくる。 ふと視線を向けた新王妃は、ひどく華奢で、儚げな印象を纏う人だった。 細い肩に淡い藤色のドレスが柔らかく落ち、膝の上で重ねられた白い指先が、時折不安げに微かな震えを見せている。年齢はルミエルよりも随分と上のはずだが、その顔立ちは驚くほど整っており、伏せられた長い睫毛の影が頬に美しい陰影を作っていた。丁寧に結い上げられた柔らかな茶色の髪には派手な装飾はなく、その控えめな佇まいにこそ、高潔な品格が宿っているように思えた。 身構えていたルミエルの強張りが、彼女の放つ穏やかな空気感に触れて、雪解けのように少しずつほぐれていくのを感じる。 一通りの儀礼的な挨拶が交わされ、アルリックとオーヴィンは、両国の近況について言葉を交わし始めた。 国境の安定、交易に関する新たな取り決め、周辺
last updateLast Updated : 2026-04-20
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第十七話「深淵を震わす愛の言葉」

 あれから、一ヶ月の月日が流れた。 寝室の石造りの暖炉には赤々と火が灯り、夕暮れの訪れが早い季節の到来を告げている。パチリ、と薪が爆ぜる規則正しい音が静寂を刻み、橙色の炎が揺らめくたびに、天蓋の白い布には長く、不規則な影が這い回る。窓の外は藍色の闇に呑まれ、遠くで冬を予感させる風が木々を激しく鳴らしていた。乾燥した空気に、薪の煙の芳しさが微かに混じり、部屋の中に親密な温度を溜めている。 ルミエルは革張りのソファに深く身体を沈め、膝の上に一冊の本を開いていた。 それはアルリックから直接、手ほどきを受けた文字で綴られた物語だ。以前は一頁を読み進めるのにも酷く時間を要していたが、今では指先で追う視線も滑らかになり、文字の羅列はもはや未知の記号ではなく、意味を宿した生きた言葉としてルミエルの中に溶け込んでいる。 視線は物語を追いながらも、喉の奥では、ずっと別のことを反芻していた。(今日こそ……伝えられる気がする) 重厚な扉が開く音がし、アルリックが姿を現した。 一日の政務を終えた彼の貌には僅かな疲労が滲み、上着の襟元が少しだけ乱れている。卓上の燭台が放つ明かりが彼の金髪を眩く照らし、左頬に刻まれた傷跡が深い影を落とした。 けれど、その琥珀色の瞳がルミエルを捉えた瞬間、張り詰めていた肩の力がふっと抜けるのを、ルミエルは見逃さなかった。 本を閉じ、吸い寄せられるように彼のもとへと歩み寄る。ルミエルが背伸びをしてその唇
last updateLast Updated : 2026-04-21
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