All Chapters of 君と夜通し見るはずだった花火: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

私の名前は、藤森紗弥(ふじもり さや)。婚約者の明智修司(あけち しゅうじ)はまた浮気をした。今度の相手もまた私の身代わり・大橋春菜(おおはし はるな)だった。私は彼の好みに合わせて、か弱くて清楚な女らしく見えるように着飾り、なんとか引き止めようとした。けれど修司は、自分の手で私のメイクを落としながら言った。「いい子だ。でも、こういうのはお前には似合わない」そのうえ――「ほかの女なんて、ただの気まぐれだ。将来、妻になるのはお前だけだ」そんな約束まで口にした。修司の許しを得て、春菜は私の代わりに表彰台に立ち、私が受け取るはずだった賞まで手にするようになり、やがて彼の隣で一族の集まりにまで顔を出すようになった。挙式のリハーサルの最中でさえ、修司のイヤホンから流れていたのは、彼と春菜が二人で作ったプレイリストだった。眉をひそめたまま動かない私を見て、修司は苛立ったように言った。「わざわざ取締役会までずらして来てやったのに、まともに集中することもできないのか?そんなに嫌なら、春菜に代わってもらえばいい」そのときの私は――もう、自分のために言い争うことすらしなかった。ただ淡々と「……いいよ」と答えた。その瞬間、スマホが震える。海外にいる――昔から何かと張り合ってきた七瀬蓮也(ななせ れんや)からだった。【紗弥。あのときの縁談、どうして俺を選ばなかった?】……「紗弥、俺の時間は貴重なんだ」修司は、私が上の空でいることを責めるような目を向けてきた。けれどその視線は、最初から最後まで隣に立つ春菜に向けられたままだった。春菜は、父が幼い私を守るために用意した身代わりだった。ずっと影のように私のそばにいて――いざというときは、私の代わりに危険を引き受けるための存在として育てられた。……なのに。急に、何もかもが馬鹿らしくなった。「じゃあ、その子にやってもらえばいい」私はベールを外し、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。けれど修司が呼び止めた。「紗弥。そのドレスを脱いで春菜に渡してやれ」その冷たい目を見た瞬間、ただ馬鹿らしいと思った。ここには百人近く人がいるのに、その前で私にドレスを脱げと言うのだ。「……今、ここで?」「そうだ」修司は白紙小切手を叩きつけるよう
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第2話

振り向くと――修司が、本来は私一人のために用意されていたはずの指輪を春菜の指にはめているところだった。「安心しろ。あいつには触らせてない」……いつからだったのかは分からない。気がつけば、私が持っているものは何でも、修司はそっくり同じものを春菜にも用意するようになっていた。泣いて責めたこともある。どうしてただの身代わりが、婚約者の私と同じ扱いを受けるのか分からなかった。けれど――返事ひとつないまま過ぎていく日々の中で、必死だった気持ちも少しずつ冷えていった。結婚指輪でさえ、最初からもう一つ用意されていた。私はうつむいたまま指輪を外し、ためらいもなく、そのままゴミ箱に放り込んだ。たったひとつじゃないものなんて――いらない。……鍵のかかったメイクルームの向こうから、春菜の美しさを褒めそやす声がかすかに聞こえてくる。修司がわざわざパリまで飛んで、私のために手配したはずのヘアメイクチームまで、今では彼女ひとりにかかりきりだった。私はというと、女子トイレの鏡を借りて、似合いもしないメイクを落とすしかない。それは彼に気に入られたくて、無理に彼の好みに合わせたメイクだった。春菜にかなり似せた――そんなメイクだった。腕についた細い切り傷から、まだじわじわと血がにじんでいた。病院で手当てをしてもらおうと玄関へ向かうと、執事の金田源治(かねだ げんじ)が駆け寄ってきた。「奥様。旦那様が病院までお送りするようにと仰せつかっております」修司は――私が血の止まりにくい体質だということを、まだ覚えていたらしい。「……大丈夫です。一人で行きます」そう答えたのは、ただ修司に借りを作りたくなかったからだ。夕凪市の六月の空は気まぐれで、さっきまでの曇り空が、あっという間に雨へと変わった。源治はもう一度深く頭を下げて言う。「奥様。雨もですが、傷が悪化してしまっては大変でございます」仕方なく車に乗り込んだ、その直後だった。続いて現れた修司が、冷えきった声で言い放つ。「降りろ。邪魔なんだよ」修司が腕の中に抱いていたのは春菜だった。額には細い切り傷が走っている。私の姿を見るなり、春菜は慌てて彼の腕から降りると、遠慮するように身を引いて言った。「私なんかが、お嬢様のお席に座るなんて……
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第3話

文字越しでも、蓮也がかなり興奮しているのが伝わってくる。【紗弥、待っていて。必ず迎えに行く】【……うん】私は地面に落ちた傘を踏み越えて、そのまま振り返らずに立ち去った。……ほんの小さな傷だったのに、医者には数日入院して様子を見るようにと言われた。病室はちょうど前の患者が退院の支度をしているところで、私は廊下の椅子で待つしかなかった。一日じゅう気を張っていたせいだろう。椅子に腰を下ろした途端、そのまま眠ってしまった。目を覚まして最初に目に入ったのは、修司の心配そうな眼差しだった。一瞬だけ――昔に戻ったのかと思った。子どものころの修司は、私が眠っていると心配で仕方なかったらしくて、よく鼻先に手をかざして、ちゃんと息をしているか確かめてくれていた。けれど。手の包帯に触れた瞬間、脳裏によみがえったのは――修司にブーケを投げつけられたときのことだった。胸の奥に沈んでいた苦しさと嫌悪が、一気に込み上げてくる。思わず、吐き気がこみ上げた。修司の顔がぴくりと強張り、その視線が険しくなる。「紗弥……俺のことが、そんなに気持ち悪いのか?」私は答えなかった。そのまま視線を逸らして、ゆっくりと病室の中へ入っていった。修司は三人部屋をひと目見て、その狭さに眉をひそめた。なぜか胸の奥がざわついたようだった。それを誤魔化すように、彼はその場で特別室を手配した。けれどその直後、彼はこう言った。「来週、ダンス協会のパリ交流の枠があるだろ。あれは春菜に回してやれ。お前は大人しく、新婚旅行の準備でもしていればいい。あいつはこれまでずっと尽くしてきたんだ。それくらい叶えてやってもいいだろ」埋め合わせと引き換え。そんなやり取りで、私たちの関係はかろうじて保たれていた。特別室の中を見回しながら、私はひどく皮肉な気持ちになった。それでも振り返って、ただ「分かった」と答えた。もし修司が――結婚式当日でさえ春菜が私の代わりを務めると知ったら、きっと喜ぶのだろう。修司は、あまりにあっさり頷いた私に、少し戸惑ったように見えた。これまでの私は、泣いてでも譲ろうとしなかったのに。彼は私の顔をまっすぐ見つめて、念を押すようにもう一度訊いた。「……本当にいいのか?」「うん」私は静か
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第4話

「ここ数日、なんでいつもこっそり携帯を見てるかと思えば……そういうことか」私は必死に首を振った。「それは蓮也が――」修司は最後まで言わせず、鼻で笑った。「そんな嘘までつくのか。夕凪市で、お前とあいつが昔から犬猿の仲だって知らない奴はいない」胸の奥が、すっと冷えていった。そのあと修司は、私の意思なんてお構いなしに、どうしても春菜を取り戻そうとした。私の肩を押し出すようにして、春菜の父親に言い放つ。「捕まえる相手を間違えてる。春菜はこいつだ」不意に涙がこぼれた。彼が初めて私に助けを求めたのは――ほかの女を助けるためだった。向こうに信じてもらえないのが怖いのか、修司は必死に言い募る。「紗弥は今日、ダンス協会の交流でパリに行く予定だった。招待状だって持ってる。頼む、紗弥を返してくれ」あの修司が、人に頭を下げるなんて。最後の声は、わずかに震えていた。修司のせいで、私が拉致されたことも一度や二度じゃなかった。相手のほとんどは金目当てだった。いちばん危なかったのは――深い海に突き落とされ、助け出されたときには、もう息も絶え絶えだったあのときだ。彼は私の病床のそばに身を乗り出して、子どもみたいに、同じ言葉を何度も繰り返した。「紗弥……俺は、自分の名声も金も嫌いになりそうだ。全部、俺のせいでお前がこんな目に遭った」私は首を振った。「でも、あなたがもっと強くならなきゃ、私を守れないでしょう?」――あれから。修司は以前とは比べものにならないほど強くなった。今では外出するたびに何人もの護衛を連れて歩いている。それなのに彼は真っ先にその刃を私へ向けた。そして今回は、自分の手で私を差し出した。頬に傷のある男は、しばらく黙り込んだあと口を開いた。「だったら娘を連れて来い。そうしなきゃ、お前の妻と一緒に死んでやる」修司の目には焦りが浮かんでいた。けれど、その焦りは私のためじゃない。「紗弥……春菜はこれまで何度もお前の代わりになってきただろ。今度くらい、お前が代わってやれないのか」――代わり。その言葉を、私はこれまで何度彼の口から聞かされてきただろう。春菜は私の代わりに結婚指輪をはめることもできたし、名家の令嬢たちの集まりに出ることもできた。それどころか
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第5話

彼らが去っていった、その直後だった。背後から突き飛ばされ、私は海へ落ちた。凍りつくような海水が一瞬で全身を呑み込む。感じたのは、ただ冷たさと――死の間際に駆け巡る走馬灯のような光景だけだった。そのひとつひとつが、修司が何度も「ずっと俺が守る」と言ってくれたときのものだった。なのに、「守られる」はずだった私が、どうしてこんな無残な姿に。骨も残らない最期になるなんて。……修司は春菜を病院へ運び込むと、医師たちに体の隅々まで徹底的に検査するよう命じた。医師たちは慌てて頷く。「はい、必ず全力で奥様をお助けします」その「奥様」という呼び方を聞いた瞬間、修司は思わず違うと言いかけた。彼にとって「奥様」と呼べる相手は――紗弥ただひとりのはずだった。救助隊に連絡しようとスマホを取り出した、そのときだった。目を覚ました春菜が、か細い声で言った。「修司様……私、もう助からないのでしょうか。首に……ひどい傷が残ってしまいませんか……?」いつもは強気で取り乱すことのない彼女が、今はすべてを委ねるように修司にすがっている。その様子に、修司の支配欲が強く刺激された。彼はすぐにスマホを置き、春菜の手を握る。「大丈夫だ。お前に傷なんか残させない。国内でも指折りの医者を呼んである」その言葉を聞いて、春菜はようやく安心したように息をついた。けれど次の瞬間には、紗弥のことを気にするように口にした。「お嬢様は……ご無事でしょうか。私が家のことをきちんと片づけていなかったせいで、こんな騒ぎを招いてしまって……」どういうわけか、救助隊には何度電話してもつながらない。せめて無事だとひと言連絡があってもいいはずなのに。胸の奥で、不安がじわじわ広がっていく。泣きながら抵抗し、必死に縋ってきた紗弥の姿が頭から離れない。あのとき、もっとちゃんと紗弥を安心させてやるべきだったのかもしれない。修司の額にじわりと冷や汗が浮かぶ。無意識にハンカチを探そうとして――気づく。どのポケットにも入っていない。胸のざわつきは消えず、まるで何か大事なものが、この手からこぼれ落ちていくような気がしていた。そのとき、不意に春菜が彼の手をつかんだ。「お嬢様なら、きっと大丈夫です。修司様は世界でも指折りの救助
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第6話

そして、本来、紗弥が着るはずだったドレスも春菜の身にまとっている。どうして春菜なんだ……?修司の手足から、さっと血の気が引いていく。もう式どころではなかった。ただ一刻も早く、紗弥がまだ生きているのか確かめたかった。春菜は嬉しそうに彼の腕にしがみついた。「修司様……これで私、本当に修司様のお嫁さんになれたんですね」だが修司は、その手を乱暴に振り払った。「俺がいつ、お前を娶るなんて言った?紗弥はどこだ? お前たち、最初から俺を騙してたのか?どうせどこかにいるんだろ。すぐ出てくるんだろ?」春菜は首を横に振る。「お嬢様が……ご自分から、私たちのことを認めてくださったんです」目の前の男の顔色がみるみる変わっていくことにも気づかず、春菜は嬉しさを隠しきれないまま言葉を続けた。「もうお嬢様はいらっしゃらないんですから。これからは、隠れて会う必要もありません。これからは私も、堂々と修司様の隣に立てます」もう二度と、紗弥の代わりとしてではなく。どれだけ考えても――紗弥が自分からその座を譲るなんて、修司にはどうしても信じられなかった。修司はわずかに距離を取るようにして、冷たい目で春菜を見た。「お前みたいなのが、どうして俺の隣に立てると思った?」春菜はその場に立ち尽くした。昨日まであんなに優しくしてくれていた男が、どうして突然こんな態度を取るのか理解できない。胸の奥に、どす黒い嫉妬がじわじわと広がっていく。「じゃあ……ベッドの中で言ってくれたことも、全部嘘だったんですか?」修司は鼻で笑った。「ああいうのは、その場の雰囲気ってやつだろ。そんなのまで本気にしたのか?」そう言い捨てて、そのまま背を向ける。修司はすぐに紗弥の家へ向かった。だが――玄関の鍵には、うっすらと埃が積もっていた。そのとき、スマホが鳴った。修司は反射的に通話に出る。「藤森様の入院費がまだ未納となっております。恐れ入りますが、一度ご来院いただけますでしょうか」詳しく話を聞いて、修司はそこで初めて知った。あの日、自分が病院から連れ出して以来――紗弥は一度も戻っていないということを。修司は心当たりのある場所をすべて探したが、それでもどこにも姿はなかった。その瞬間――身元不明の女性遺体
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第7話

けれど提出した写真は化粧が濃すぎて規定に合わず、結局メイクを落として撮り直すことになった。紗弥はすっかり拗ねて、その写真をその場に放り出した。「もう、何がプロよ。絶対大丈夫って言ったくせに!」使われなかったその一枚を、修司は誰にも言わず拾い上げ、使い込まれた革の財布の中にそっとしまっていた。友人たちは、今どきそんな財布を使っているなんて古くさいと笑った。それでも修司は少しも気にしなかった。そこには――いちばん愛していた人の写真が入っていたからだ。……強く生きたい――その一心で、私は必死に海の中から岩場へ這い上がった。腕はもう感覚がなくて、骨まで響くような痛みに涙が勝手にこぼれる。もし蓮也の到着があと少しでも遅れていたら……魚の餌にならなかったとしても、きっと助からなかったと思う。どれくらい眠っていたのかも分からないまま目を覚ますと、まわりから聞こえてくるのは聞き慣れない、どこかやさしい響きの方言ばかりだった。そのときになってようやく――もう夕凪市にはいないんだと気づいた。無精ひげも剃らないままの蓮也の顔を見ていたら、なぜだか少しからかいたくなった。「蓮也、久しぶりに会ったら……無精ひげなんか生やして、ちょっと老けた?」昔なら、見た目のことを言われた瞬間に言い返してきて、ついでに私まで言い返さないと気が済まない人だったのに。なのに今は――壊れものでも扱うみたいに、私を強く抱きしめてくる。ただ、右手だけは触れないようにしていて。「君がなかなか目を覚まさないから……本気で医者を訴えようかと思った。一週間も眠っていたんだよ」掠れた声を聞いた瞬間、思わず息が止まった。こんなふうに弱さも焦りも隠せない蓮也を見たのは、初めてだった。私はそっと背中を叩いた。泣き虫な子どもをあやすみたいに。「ほら……ちゃんと生きてるでしょ?」肩に温かい涙が落ちてきて――そのときようやく、本当に助かったんだって実感した。思わず笑ってしまう。「蓮也って、泣き虫だったなんて知らなかった。今度同窓会があったら、さっき泣いてたこと、みんなに言いふらしてあげる」それでも蓮也は、さらに強く私を抱き寄せただけだった。「それでもいい」そう言ってから、軽く私の頬をつねって――「生きててくれて、
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第8話

「それに、あいつの机の引き出しには、いつも止血用の薬まで入ってたんだ」ほかの同級生たちも次々に話に乗ってきた。「当時さ、お前ほんとラブレター山ほどもらってただろ。蓮也なんてキレてさ、一人ひとりに近づくなって釘刺して回ってたんだぞ」みんな楽しそうに昔話を掘り返していく。けれど――もうひとりの当事者は、あの時は海の向こうにいた。彼が向けてくれていた想いも、してくれていたことも、こうして今は、誰かの口から聞かされるしかない。薄暗い灯りの下、私の隣の席はずっと空いたままだった。……蓮也が付きっきりで世話をしてくれたおかげで、私の体は少しずつ回復していった。ひとりで動けるようになってからも、彼は相変わらずそばを離れようとしない。気がつけば病室の半分は彼の書類で埋まっていて、夜、私が眠ったあとも、手元の明かりだけをつけて静かに仕事を続けている。眉間を押さえながら無表情で書類を見ている姿が、なんだか妙に新鮮だった。昔みたいに、やんちゃで目立ちたがりだった少年の面影は、もうどこにもない。私はそっとスマホを持ち上げて、彼の写真を一枚撮った。シャッター音が響いた瞬間、病室の空気が妙に静まり返る。蓮也は笑いながらこちらを見た。「ポーズ取ったほうがよかった?優しそうな感じと、仕事モードの俺、どっちがいい?」私は慌てて言い訳する。「だ、誰があなたなんか撮るのよ。私はただクラスのグループLINE見てただけ。同窓会に来るのかって話になってただけなの」蓮也がゆっくり近づいてくる。反射的にスマホを隠した、その瞬間――通知が一斉に鳴り出した。私のスマホも、蓮也のスマホも鳴り止まない。慌てた拍子に、さっき撮ったばかりの写真をそのままクラスのLINEグループに送ってしまった。私は固まった。絶対に怒られると思ったのに、蓮也は逆に写真を拡大して眺めながら言った。「俺、左のほうが映りいいんだよな。もう一回撮る?」私は枕をつかんで彼に投げつけた。「出てって!」グループには、私と蓮也の関係に驚くメッセージで一気に埋まった。【え、なにこれ?見せつけに来たの?】【深夜にこれは熱すぎるんだけど】【同窓会来なかったら本気で許さないからね!】【ずっと二人ってお似合いだと思ってたんだけど!】【
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第9話

蓮也は立ち上がると、そのまま私のほうへ歩いてきて、当たり前みたいに私の手を取った。「冷たいな。次からは父さんに言って、冷房もう少し上げてもらおう」それを見た宗吾は、昨日の失礼を何度も詫びてきた。今日は相当飲まされると思っていたから、胃薬まで用意してきていたのに。ところが蓮也が「最近は酒を控えてる」と言い出して、いつの間にかその日はお茶だけになっていた。企画書はまだ半分も説明していないのに、宗吾はもう契約を進めたいと言い出す。すると蓮也がさらっと口を挟んだ。「利益配分は八対二が妥当かと思いますが、いかがでしょうか」宗吾の表情が一瞬だけ固まった。どう見ても、かなり不利な条件だった。それでも断れる立場ではなかったのか、最後には引きつった笑顔で言った。「お二人がご結婚されるときは、ぜひ声をかけてくださいね」私と蓮也の関係を探っているのは明らかだった。蓮也が笑って答える。「もちろんです」帰りの車の中では、蓮也はずっと黙ったままだった。車内には、どこか気まずい空気が流れている。私はその横顔を見ながら、遠慮がちに聞いた。「……怒ってる?」次の瞬間、蓮也は車を路肩に寄せて止め、そのまま真っすぐ私を見た。「俺に、怒る資格なんてある?」拗ねたようなその言い方は、まるで機嫌を損ねた恋人みたいだった。「紗弥、俺と結婚するって言ったのに、毎日仕事と書類ばっかりじゃないか。使用人のほうが、まだ俺より話してるくらいだ」少し拗ねたような声で続ける。「昨日だって、須山は電話であんなこと言ってきたのに、それでも何事もなかったみたいに応じてたじゃないか。俺だったら、絶対許さなかった」私のために本気で悔しがってくれている蓮也の顔を見ていたら、胸の奥がじんわり熱くなって、少しだけ苦しくなった。契約の最後に、宗吾の取り分をさらに削ってまで話を通してくれた理由が――ようやく分かった。あれは全部、私のためだったんだ。胸の奥に残っていた打算も迷いも、少しずつほどけていく。私はシートベルトを外すと、そのまま身を乗り出して、蓮也の頬にそっとキスをした。笑いながら彼を見つめる。「……まだ怒ってる?」蓮也は完全に固まってしまって、耳だけがうっすら赤くなっていた。「べ、別に……怒ってなん
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第10話

蓮也が拗ねたみたいに甘えてくるのを笑って見ていた――そのときだった。ふと振り向いた先に、ずいぶん長いこと会っていなかった修司が立っていた。もう二度と会うことはないと思っていたのに。あのころ胸を引き裂かれるように苦しかった痛みも、裏切られたあのときの気持ちも――もう何も残っていなかった。修司は掠れた声で呟いた。「紗弥……やっと見つけた」まるで、失くしたものをやっと取り戻したみたいな顔だった。けれど私が何か言うより早く、蓮也が私の肩を抱き寄せた。「明智さん。あいにくですが、妻とこれから出かけるところなんです」修司は動じなかった。ただまっすぐ私を見つめて言う。「紗弥、帰ろう」――帰ろう。その言葉は、昔の私が何度も何度も彼に向かって言っていた言葉だった。あの時、修司から明智家の屋敷に住むよう要求されたけれど、私が出した条件は彼が時間通りに帰宅することだった。でもあとになって知った。彼のその要求はそもそも、春菜に会いやすくするためだったと。私はほとんど毎日のように帰ってきてって言い続けた。返ってくるのは、いつも口先だけだった。どれだけ待っても、何も変わらなかった。たまに時間どおり帰ってきたかと思えば、それは春菜が傷ついたと聞いた日だけだった。だから私にとって修司は、「帰ろう」なんて言う資格のない人だ。「帰って。もう私の前に現れないで」それでも修司は食い下がった。「春菜とは結婚してない。この間ずっと、お前を探してた」私は冷たく言い返した。「だから何?何年も一緒にいた婚約者の顔も分からなくて、しかも死体を何日も抱き続けてたんでしょう?……正直、気持ち悪い」彼がいつまでも私の生死を確かめようとしなかったのは――ただ、岩に打ちつけられ、魚に食い荒らされた顔を見るのが怖かっただけだ。修司の顔に、苦しさと後悔が浮かんだ。「俺が間違ってたのは分かってる。春菜は……俺が警察に突き出した。紗弥、今度こそお前だけを大事にする。だから……一度だけでいい。やり直すチャンスをくれないか」私は迷わず首を振った。「無理」私は静かに言った。「私だって昔は、何度もお願いしたよ。父の会社には手を出さないでって。せめて一度でいいから、私のことを見てって――何度も頼んだ
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