私と尾崎千明(おざき ちあき)の前には、二通の離婚協議書が置かれている。一通は彼の分。もう一通は私の分。私に割り当てられたのは、財産の二割と別荘が一軒だ。双子とそのほかの本家の邸宅はすべて彼のものになる。私はざっと目を通し、何の感情も見せず、そのまま署名する。少し前のような取り乱しは、もう欠片もない。千明のペン先が止まり、動きが鈍る。熱を帯びた視線で私を見つめてくる。「異議はないのか。面会権についても聞かないのか?一度サインしたら、もう後戻りはできないぞ」私は書類を彼に差し返し、わずかに口元を緩める。「必要ないわ」千明は目を細め、何か言いたげな色がその奥に浮かぶ。けれど、もう関係ない。数時間後、私は尾崎家の嫁でも、二人の子の母親でもなくなる。ただの、見る影もない死体になっているはずなのだから。離婚協議書にサインを終えたあと、千明は初めて私を玄関まで見送った。口調は丁寧でよそよそしい。「送ろうか」私はきっぱりと首を振る。彼はわずかに戸惑ったようで、今の私の冷たさにまだ慣れていない様子だった。一瞬だけ私の頭上に視線を落とし、それからデスク脇のメモを手に取り、数字を書いて差し出してくる。「俺のプライベート番号」口元には、どこか確信めいた笑みが浮かんでいる。つまり、私はきっと彼を頼って戻ってくるとでも思っているのだろう。私はほんの一瞬だけ固まったが、そのメモを受け取り、軽くうなずいて礼を言った。けれど車に乗り込んだ瞬間、ライターで火をつけ、メモが少しずつ灰になっていくのをじっと見つめる。昔、どれだけ駄々をこねても手に入らなかった番号が、今離婚したことであっさり渡される。なんて皮肉だろう。エンジンをかけた直後、電話が鳴り響く。大会アシスタントの文香(ふみか)の声はひどく焦っている。「梨央さん、千明さんがここ数日練習対局があって、その食事プランなんですけど……」「私のマンションに来て。渡すから」数時間後、文香は人の背丈の半分ほどもある食事プランの束を前にして、気まずそうに笑う。「梨央さん、ちょっと怒ってるだけかと思ってたのに、本当に離婚するんですか」私が離婚を切り出してから、千明も、千明の母である尾崎悦子(おざき えつこ)も、囲碁チームの仲間たちも
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