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第2話

作者: 炎々上
尾崎家は囲碁の名門だ。

だが千明は幼い頃から自閉スペクトラム症を抱え、一族から見放された存在だった。

父は才能が埋もれるのを忍びず、彼を家に引き取った。

それから、川上家には彼の茶碗も机も、さらに寝床までも用意された。

一方で悦子が彼を迎えに来るのは、大晦日に一度、団らんの食事をともにする時だけ。

あの頃の彼はまだチャンピオンでも何でもない。ただ捨てられた犬のような存在だった。

やがて彼が初めて世界王者の座を手にしたとき、尾崎家には戻らず、父の前で何度も額を床に打ちつけた。

「先生、この先一生、あなたと梨央だけは裏切りません」

父は穏やかに笑い、諭すように言う。

「これはまだ始まりに過ぎない。驕らず焦らず、これからの道は長いぞ」

彼はうなずきながら返事をしつつ、横目でそっと私を盗み見ていた。

あの頃、名目上は私は彼の打ち手だったが、実際にはとっくに彼のサポート役になっていた。

彼の好みや苦手なもの、試合前の食事、トレーニング計画、すべてをびっしりノートに書き込んでいる。

それを見た彼は、もう孤独で閉ざされた少年ではいられない。

目は赤く潤み、私の手をぎゅっと握って離さない、ただの不器用な子どもになる。

十代の千明は、舞台の上で私の支えに感謝を口にしていた。

けれど二十代になった彼は、それを当然のように受け取る。

五連覇に挑んでいた頃、父は千明をかばって交通事故に遭い、植物状態となった。

同じ年、私は双子を身ごもり、彼に嫁いで尾崎家の妻となった。

子どもがいるからか、これまで私を快く思っていなかった悦子も、あれこれ口出しはしなくなった。

ただ一人のマネージャーを千明につけた。

その夜、彼はふくらんだ私のお腹に手を当てながら、誓うように言った。

「恵理は有名なマネージャーで、試合の経験も豊富だ。お前の負担を減らすために来てもらっただけだよ」

額に口づけ、愛おしそうに目を細めた。

「双子を妊娠するのは大変だろう。お前に無理はさせたくない」

それは確かに本音でもあった。

たった三ヶ月で、私は日に何度も吐き、体は痩せ細ってしまった。

その頃の千明はますます忙しくなり、家に帰る回数もどんどん減っていく。

理由を聞けば、いつもトレーニングだという。

七連覇が彼の悲願だと知っていた私は、それ以上は聞かなかった。

代わりに、どこか距離のある恵理に心を尽くした。

大きなお腹を抱えながら弁当を作ったり、贈り物を渡したりして、どうか彼を支えてほしいと頼み込んだ。

彼女は確かに、その期待を裏切らなかった。

私が双子を出産し、大量出血で生死の境をさまよっていた夜、千明と恵理がホテルで一夜を共にしたというスキャンダルが報じられた。

子どものへその緒さえまだ切られていない。

そんな中、悦子はスマホを差し出し、私にメディア対応を強要した。

頭の中は轟音で満ち、口の中には血の味が広がり、言葉が一つも出てこなかった。

悦子は私を強くつねり、耳元で低く脅した。

「川上梨央(かわかみ りお)、子どもに会いたいなら、今すぐ話しなさい」

震える手で電話を受け取り、悦子の指示どおり、千明を信じていると、かすれた声で口にした。

その夜、私は炎上の的となり、「悪妻」というレッテルを貼られた。

けれど手術室を出ると同時に、悦子は双子を連れ去った。

結婚は崩れ、名声も傷ついた。

父は植物状態となり、子どもだけが、私をつなぎ止める最後の希望だった。

後日、子どもを返してほしいと千明に訴えたとき、彼はまったく後ろめたさを見せず、苛立った様子で私の手を振り払った。

「子どもは母さんのところにいれば最高の教育が受けられる。お前のところで何を学ぶんだ。ダメ人間になる方法か?

浮気の理由を知りたい?自分の腹の跡を見てみろよ。恵理と比べて何が勝ってる?」

そう言い放つと、ファイルを足元に投げつけ、それを指差す。

「これは恵理が作った試合分析だ。暇があるなら勉強しろ。一日中ヒステリックにわめくのはやめろ」

その目に宿る軽蔑と冷たさに、胸を深くえぐられる。

感情が限界まで張り詰め、私は廊下の柱へと、そのまま体を打ちつけた。
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