Semua Bab イヤホン『アコ』の恋: Bab 31 - Bab 40

47 Bab

3章 3

 そんなやりとりを経て店を出て、俺は買ったポタアンを軽く揺らしながらぼんやりと街を眺める。   藤色と薔薇色に染まった空の下、ぽつぽつ灯りが点るビル。人々の喧噪が渦のように回っていて、どこか遠い世界のように感じられた。   俺は胸の中に染み渡る充足感を思い、ゆっくりと頬を緩める。 「イヤホン、か。まあ、こういう関係も悪くはない、かもな」   人と人のふれあいを繋ぐ紐が、たまたまイヤホンのケーブルだったと言うだけの話。   俺にとって重要なのは生きててよかったと思えることだ。   サキに対するコンプレックスを振り払い、自分が自分として自分らしく生きるということ。   でもやっぱり俺は大したことのない人間で、特段取り柄というものがないつまらない男だ。   そんな俺でも幸せになりたいし、未来に光が差し込んで欲しい。   それが今、アコとの出会いによって得られようとしている。   たまらなく嬉しかった。 「できる限り一緒にいたい。いや、出来るな」   アコが人間だから、それが本当によかった。 「よかった……」   言の葉に乗せてみると、それは力となって俺にエネルギーを与えてくれる。   とくんとくんと心臓が高鳴る。 「多分俺はもう――」   もう、疑う余地もない。 「アコが、好きなんだと、思う」   街が、遠く見えた。   しかしそんな楽しい日々がいつまでも続くわけではなかった。 「……な、なに!? か、帰る!?」   それはある日、学校を終えて家につくなり電話が鳴ったのである。   スマホではなく電話というのがどうにも気にかかり、電話を出てみたらそれはサキだった。   受話器の向こうから伝わるサキのあっけらかんとした声が、酷く不愉快に聞こえる。 「あー、ちょっとだけ。用事ができたから一時帰国。すぐまだ発つけどさ」「え!? マジかよ……」 「何か困ることでもあるん?」 「いや、別に……」   少し前なら大変困ることになったのだが、今はまあ、どうにかなる。 「アコが
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-22
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3章 4

 リビングには俺が最初に、次いでサキ、父、母の順番で入り、ソファに向かい合う形で座ることとなった。   お茶もない、お茶菓子もない。テレビがつくわけでもなく、音楽も流れない。   外から聴こえる車の音が、時折耳に入り込むだけだった。   そんな中、父が足を組み、頭をぼりぼりと掻きながら、 「末広、勉強はしているんだろうな?」   そう訊ねてきた。   せめてお茶でもあればそれを飲んで気を逸らすことができたろうが、それすらないのでただただばつの悪い空気の中で、もじもじと体を小さく揺することしか出来ない。   勿論いつまでも黙っているわけには行かないので、濁すように、小さな声でぼそりと。 「え、そりゃまあ」   その言い方が不満だったのか、父は眉間にしわを寄せ、あからさまに不機嫌そうに鼻を鳴らし、重苦しい声音でこう言い放つ。 「いよいよお前も受験生だ。くれぐれも怠けるなよ。サキと同じ大学に行けとは言わんが、偏差値は下げるなよ」 「……わかってるよ」   なんでいちいちサキと比較するんだろうか。   有能な子じゃなきゃ愛せないのか?   こういうとき「まあまあ」と言ってくれる人がいればまだ救われたのだが、父の隣に座る母が心底冷め切った軽蔑の目つきで、うんざりしたように俺をねめつけてくる。 「本当にサキはこんなに優秀なのに、どうして末広は……この程度の大学でC判定なんて」   父は即座に相づちを打つ。 「勉強しているのか? サキが受験生の頃はA判定しかなかったんだぞ?」 「…………」 「それにサキはバレー部のキャプテンでお前より勉強する時間はなかったにも拘わらずだ。一体何をしているんだ」   話をどうでもいい方向に持って行きやがった。 「サキは本当にいい子で、家の手伝いもしっかりやって、友達も多くて休日はいつも出かけていたのに、勉強はちゃんとしていたのよ?」 「それに比べ末広は友達は少ないし、部活もしていない、家のこともろくにやらなかった。なのにどうしてサキより成績が落ちる? お前は俺たちの、いや、サキの弟なんだぞ?」   なんだろうね、こい
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-23
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3章 5

 リビングを出て、俺は階段を上りながら怨嗟のように音吐をこぼす。 「サキと比べて、サキに比べ、サキ、サキ、サキ……ダメだ、落ち着け、落ち着くんだ」   胸をぎゅっと抑える。痛い。体じゃない。心が痛い。   誰も俺に期待しない。誰も俺を褒めない。誰も俺を大事にしない。   ――アコを除いては。 「アコ……アコ……」   口に出してみると、それは言霊となって俺の魂を震わせてしまう。   そしてずっと我慢してきたコンプレックスが、沸騰した毒のようにボコボコと音を立てて浮かび上がってきたのだ。 「俺に自信あることってなんだ?」   ない。 「俺はどうしたらいいんだ?」   わからない。 「俺は……なんだ?」   知らない!  知らない! 知らない知らない知らない!   叫びたかった。泣きたかった。   それを堪えるように部屋に飛び込む。  すると、机の上にぽつんと置かれている箱が目に留まった。   あれは――この前アコと一緒に買ったポタアンだ。 「ポタアン……聴いてみるか」   俺は肩を落としたまままだ開封していなかったポタアンを箱から取り出した。   さらに付属ケーブルでは音が悪いと言うことでアコの勧めで高品質オーディオケーブルを装着。これはアナログ接続ではなくデジタル接続できる代物で、スマホの音質ではなくDACのみによって音を作ることができるらしい、のだが詳しいことはよくわからない。   ただ結構痛い出費だった。   それを用いてスマホに接続。これで音楽が楽しめ――と、気づく。 「あ、イヤホン……壊れたんだった。修理、出さないと」   かつてアコと言われた名前のイヤホン。AHP004だったか。それが聞くことができないことが、どうしてだろうか。何故か得体の知れない寂寥感となって胸中を去来する。   それは涙となって頬を伝い、体がかすかに震え出す。   喉の奥から、本音がこぼれた。 「アコぉ……寂しいよぅ……」   たまらず、イヤホンを握りしめ、ベッドに倒れ込む。 「アコに、会いたいよぅ……」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-24
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3章 6

 そんな俺の態度は翌日学校ですぐにバレた。 「八島、何かあったの?」 「八島くん、元気ないですね」   紐育とアコが即座に俺の元へ駆け寄り、心配そうに訪ねてきた。   とはいえ、俺に出来ることは一つ。 「紐育……アコ……そんなことないよ」   そう言って鞄を机にかけ、トイレへと逃げることだけだ。   だが、そんな俺の右腕を紐育が、左腕をアコが掴む。 「「そんなことある」」 「…………」   友情とは、頑ななのかもしれない。   なんでだろうか、その頑なさが、まるで宝石にキラキラと輝いていて、春のように暖かくて、不意に、涙がこぼれそうになった。   そんな俺の顔を見てか、二人は優しく笑みを浮かべる。 「よかったら私に話してみ?」 「相談に乗りますよ」   そのまま話したい衝動にかられる。   自分の全てを吐露したい情動。   でも、それはあまりにも惨めすぎて、プライドがコナゴナになりそうで、 「なんでもないって」   そう強がって二人の腕を引いた。   ――と。 「……えい」 「わあ! アコ! なにしやがりますか!」   アコが後ろから突如として俺の両耳に指を突っ込んできた!   手品か! 「私の音楽、聴いてください」 「は? 一体何を……」   感触は正直指しかないのだが、おそらくイヤホンが隠されているのだろう。まあ、どうでもいいことである。   アコが後ろから耳元でそっと囁いてくる。 「目を閉じて、じっと音楽に耳をすませて」 「…………」   言われた通り目を閉じる。   音楽が流れてきた。しかしそれは俺の音楽じゃない。おそらくは紐育の音楽だろう。メタルだからな、これ。 「どうですか? 落ち着きました?」   落ち着くわけねーじゃねえか。すげえ激しい音楽だし。   ただ、それだけでなく、だ。 「別に、取り乱してないし」   俺はアコの指をといた。メタルは正直今のメンタルでは厳しすぎる。  
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-25
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3章 7

「なるほど、そういうこと」 「難儀ですねえ」   話を一通り聞き終えた紐育とアコがそれぞれ腕を組み、神妙な顔をしてうーんと首をひねっった。   そんな彼女らに向け、唾棄するように自分のコンプレックスを吐露する。 「俺ってさ、正直な話さ、つまんないやつなんだよ」 「「…………」」 「でもさ、それならそれでそっとしてくれればいいのに、何故かそっとしておいてくれない。だから、俺は……」   ダメだ、言葉が紡げない。これ以上はどうしても声がかすれて何も言えなくなる。   視界がにじんでくる。頬を涙が伝う。   そんな俺の頬を、紐育が人差し指で優しくぬぐった。 「八島」 「ん?」   彼女は言う。 「私はさ、八島をそっとしちゃダメだと思う。だって八島は一人だといつもつまらなそうで、暗くて、自分の殻に閉じこもっている割にはそれが凄く嫌そうなんだもん。でも私はね、そんな八島でもいいところがあるのを知ってるんだ。八島は妬まない。恨まない。あんたのお姉さんを攻撃しない。それは美徳だよ。八島の美徳。誰にでも持てるもんじゃないよ。八島末広という男の子だけが持つ特別な価値なんだよ」 「……紐育」   なんてことを言うんだ。魂の奥がビリビリと痺れてくる。   さらにアコも続いた。 「八島くん、他にも君にはいいところがありますよ。それは素直なことです。ひねくれてないことです。どれだけ苦しんでも、辛い思いをしても、いつだって綺麗なままです。純白で、透明で、これも誰にでも出来ることはないんですよ、八島くん。そしてその素直さあるからこそ、オーディオも素直にハマれたんじゃないですか。君が素直だったから、新しい趣味を持つことができたんですよ」 「アコ……」   震えが止まらない。体に電気が走ったかのようで、手も歯も何かおかしい。じんじんくる。   心の連動が、体さえも痙攣させた。   そんな俺を紐育が、優しく抱きしめる。 「八島。八島は八島でいいんだよ」   後ろからはアコが抱きしめてくる。 「そうそう、それに八島くんは昔みたいに逃避するために修行僧み
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-26
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3章 8

 とはいえ、家に帰ると緊張する。これはもうどうにもならないだろう。 「ただいま」 「おかえり」   リビングからたまたま出てきたサキと鉢合った。   俺がキョロキョロするとサキは鋭く察し、いないよ、と肩をすくめる。   その勘の良さも正直嬉しくはない。俺はぶっきらぼうに聞く。 「いつ発つんだ?」 「ご挨拶だねえ。まあ、あたしがいると思うところがあるってことかい?」 「…………」   するとサキはちょいちょいと親指でリビングを指し示す。ついてこいということか。   逆らってもしょうがないので俺は頭を掻きながら彼女の後ろについていった。   ソファに向かい合うように腰掛ける俺とサキ。ただ今日は飲み物があった。二リットルのアクエリアス。飲みかけ。俺の分のコップを用意し、とくとくと中身を注いでくれる。   嬉しくはないが、軽く会釈してそれを受け取り、一気に飲み干した。美味い。   サキはおかわりを注ぎながらゆっくりと、 「あんたさ、あたしのこと嫌いだろ?」   そう、切り出してきた。   俺はコップを受け取り、一口だけ飲むとテーブルに置き、ため息交じりに返す。 「今更聞くのか?」   サキもまたアクエリアスを自身のコップに注ぎ、くいっと傾ける。 「いいや、ずっと知ってたよ。なんで嫌いなのかも知ってる。でもさ、あたしずっと言おうと思ってたことあるんだ。あんたは自分のことはよくわかってるかもしれないけど、あたしのことは全然わかってないよね」 「わかるわけないだろ、サキの考えることなんて」 「違うね、考えようとしてないだけさ。まあ、仕方ないところもあるよね。おとーちゃんもおかーちゃんもあんなんだからさ、あたしのことまで気が回らなくて自分のことで精一杯になるのは仕方ないよね」 「じゃあ聞くなよ」 「いいや、良い機会だからね。しばらく会えなくなるんだし、あたしはさ、一度言っておかないとダメだと思ったんだ。あんたはあたしと比べるからダメなんだよ。あんたはあんたでいいんだよ。人と比べんな。おとーちゃんやおかーちゃんの言うことなんか聞くな。あんたはあたしを知
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-27
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3章 9

 翌日。俺は元気いっぱい挨拶をした。「アコ! 紐育!」 「おお、今日は元気そうじゃない。和解できたの」 「うん、できた」  我ながらなんちゅう単純な男だろうか。   でも、それでいいと思う。何でもかんでも疑っている人生ではいつまで経っても不幸なままだからな。  それをアコが、紐育が、そしてお姉ちゃんが教えてくれたのだ。 「それはよかったです!」   アコの爛漫な声が天国のハープのように響く。   今なら、言えそうだ。   勇気を出して、言えそうだ。 「なあ、アコ、ちょっといいかな」 「? はい」   俺はアコを廊下に連れ出すと、じっとアコを見る。   かわいい。幼さを漂わせながらも凛とした顔立ちで、琥珀を思わせる輝きを放っていた。   言える、言えるはずだ。言うんだ。 「アコ……俺、その……あの……」   なんで俺はこうチキンなんだろう。たかが一言、自分の思いを伝えるだけじゃないか。 「……えーと」   頭を掻く。ボリボリと掻く。   言えると思ったのは俺だろうが!  いい加減にしろこのクソチキン! キンタマついてんのか! 「アコ!」 「はい」   アコは冷静だった。どこまでも冷静だった。   それを見て、少しだけ俺も冷静になれた。   よし、今だ! 「好きだ! 俺と付き合ってくれ!」   何故か頭を下げて、何故か握手まで求めて。   何やってんだろうね、俺。   でも言えた。自分の気持ちを伝えられた。それが嬉しかった。   だが、そこから先の反応は予想外のものだった。 「…………」   声が聞こえない。 「…………」  声が聞こえない。 「…………」   アコの返事が、全く聞こえないのである。 「あの、アコ?」   俺はたまらず、顔を上げた。   そこには――意外なアコの顔があった。 「あ、いえ、その……ええと……」   拒否の顔ではない。嫌悪が見られないからだ。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-28
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3章 10

 休み時間。俺はどうしても答えを知りたくて、彼女のもとへ行き、問いかける。 「なあ、アコ」    すると、アコが顔をあげ、やけに真剣な顔つきでこう言ってくる。 「……八島くん。えと、今日、八島くんのおうちに行ってもいいですか?」 「え!? 勿論! いいに決まってるじゃん!」   これまた予想外な展開。 「わかりました。では放課後」   アコは小さく頭を下げ、俺から視線を逸らした。会話してくれないということか。   でも―― 「ん? これは……期待していいのか?」   少しだけ、でも、やっぱり何かおかしい。   一体どういうことだろうか? 「放課後だ」   紐育が気軽に俺に声をかけてくる。 「八島ー、今日一緒に遊ばない?」 「あ、悪い紐育。実は今日はちょっと用事あるんだ」   俺の反応を見て、紐育が手を後ろに組み、じろじろと舐めるように見回してくる。 「ふうん、ま、たまにはしょうがないか」   どうやら何か察したらしい。   でもま、それを言及するほど出歯亀でもないようで、俺はほっと胸をなで下ろす。 「悪いな。明日にしよう」 「わかったよ。じゃ、明日ね」   しかしお姉ちゃんといい紐育といい、俺の周りの女はやけに鋭いな。   それがいいことなのか悪いことなのかはさておいて。  流石に教室で一緒に帰るのは何か気が引けたので、一端別々に教室を出て、校門前で落ち合うことにした。   先に俺が、しばらしくてアコがやってくる。 「さて、アコ、一緒に帰ろうか」   俺は優しくアコに声をかけ、手を差し伸べた。 「……はい」   アコは、静かに頷き、俺の手を取った。   と――その時。 「待ちなさい」   聞き知った声。   でも、かなり珍しい声。 「え?」「あ……」   その声の主は俺たちの目の前にいて、彼女は妙齢のご婦人で、薄紫のスーツがよく映えた。   顔立ちはどことなく紐育に似ていて、け
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-29
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4章 1

 アコが連れ去られ、寂寞とした空気が風となって俺の体を包み込む。「音楽を買った」   俺はスマホを取り出し、揃えた音楽データを見る。生活費用のクレジット番号を使って集めた曲の数々である。 「ポタアンも買った」   これは小遣いからひねりだした資金で購入した。   全ては――アコのため。   アコと一緒に音楽を聴くために。 「イヤホンは、アコ……じゃなくてこれを直せば、俺はやっとオーディオを楽しめる」   ポケットからイヤホンを出す。アコと呼んでいたもの。ATH004。五万五千円の高級イヤホン。サキからプレゼントされた、俺の新しい光。   これから俺の人生は変わっていく。光ある未来が訪れる。 「……はず、なんだよな」   だというのに、何が何だかわからない中、その未来がひねり潰されたような思いだ。 「どういう、ことだ?」   俺は心の中に思った言葉を、今度は声として口の外に放り出す。 「何が何だかわからない」   音吐として出して見ると、違和感というべきものが脳裏にちくちくと針のように突き刺さってくる。 「アコが一体、何をしたんだ?」   何か、何かがおかしい。   そういえばアコの、貫井アコという女性についての違和感。   すると、紐育がちょいちょいと俺の背中をつついてきた。 「八島」 「紐育……」   振り向くと、何故か紐育はばつが悪そうに目を泳がせ、普段の性格からは想像もつかないほど内気なオーラを漂わせながらじっと俺を見つめていた。   そんな彼女は手を後ろに組み、もじもじとしながら蚊の鳴くような小さな声で、 「実はね、ずっと黙ってたことがあるんだよ」   と切り出してきた。 「黙ってたこと?」 「アコちゃんに黙っててって言われたんだけど、実はあの子ね、私にお金を借りてたんだ。数千円だけど」 「金を? な、なんで?」   不安が風船のように膨れあがる。どんどんどんどん膨れあがる。   そしてその風船を、紐育という名の針が刺すのだ。 「理由は言ってくれな
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-30
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4章 2

 十市神社につくと、社務所の前に紐育の母、倉戸京子が待ち構えていた。   緑色の袴をまとい、頭には丈長というウィッグをつけていて、仕事中であることがわかる。   なのにどうしてか、彼女は俺の目をじっと見つめると、手を太股に添えながら、 「いらっしゃい八島くん。来ると思ってましたよ」   そう言い、小さくお辞儀をして、出迎えてくれた。 「おばさん……」   俺を待っていたということか。仕事着を着た上で、というのが少しだけ気にかかる。 「あの娘と会いたいのでしょう? 構いませんよ。こちらへどうぞ」 「あ、はい……」   俺はそのまま社務所へと案内されると思った。   このままお茶でも飲みながら話をするのだと。この前の紐育のいざこざのように。   しかし違った。案内されたのは、本殿。切妻造の建物の中は畳がしかれ、ご神体の丸鏡が比喩でもなんでもなく神として丁重に祀られていた。 「…………」 「気になりますか?」 「え? そ、そりゃ……まあ」   なんで本殿に連れてきたのか。凄く、嫌な予感がする。   心臓がどきどきと怪しい鼓動を鳴り響かせて、冷たい汗が背中を伝う。   と、その時。 「あ、八島くん」   本殿の奥からアコの声が聞こえてきた。   俺ははっとなって少しだけ小走りで奥へと向かって―― 「アコ! ど、どうして……ていうか、なに、それ」   驚愕した。   アコは台座の上にちょこんと座っていた。その前には何故かヒトガタと呼ばれる紙切れが置かれている。   なんだ、これは。部屋やけに薄暗くて、何か、酷く嫌な予感がする。 「これは……」 「ああ、これはですね」   アコが苦笑し、ばつが悪そうに目を泳がせた。   するといつの間にか俺の後ろに立っていた倉戸京子が氷のように冷たい声で。 「これから、お焚き上げをするのです。勿論焼くのは外でですが」   俺はぎょっと振り返る。 「……お焚き、上げ?」   それはまるで、呪詛のような響きを
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-31
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