安弘が退職したと知ったのは、結婚式から四か月後のことだ。その日、会社の下で元同僚にばったり会い、少し立ち話をしていると、彼女が声を潜めて言った。「知ってる?藤村さん、辞めたんだって」私は一瞬、きょとんとした。「どういうこと?」「プロジェクトで問題があってね」と、彼女は言った。「コア技術と営業機密が漏洩して、クライアントが激怒して責任追及に。最終的には彼とは無関係って分かったけど、社内でいろいろ噂が立って、いられなくなったみたい」私は何も言わなかった。「それと、洲崎詩織も」と、同僚は続けた。「藤村さんに訴えられたらしいよ。たぶん裁判沙汰になるんじゃないかな」私は「うん」とだけ答え、それ以上は何も言わなかった。同僚は私の顔をちらりと見て、遠慮がちに聞いた。「大丈夫?」私は笑った。「何が?」同僚はほっとした様子で、少し雑談をしてから去っていった。私はその場に立ったまま、彼女の背中が人混みに消えていくのを見た。心は、とても静かだ。静かそのものだ。無理に装っているわけでも、押し殺しているわけでもない。すべてを手放したあとに訪れる、あの静けさだ。彼が退職したこと。詩織と決裂したこと。仕事がうまくいかなくなったこと。どれも、私にとっては、見知らぬ誰かの話を聞いているのと同じだ。心は痛まないし、悲しくもないし、後悔もない。「自業自得」とすら思わない。ただ、そうなんだ。それだけだ。そして、また自分の生活に戻るだけだ。その日の夜、家に帰ると、珍しく昇が早く帰り、ソファに座って本を読んでいる。私は靴を履き替え、彼の隣に腰を下ろした。彼は顔を上げて私を見た。「どうした?」「別に」と、私は言った。「ちょっと知らせたいことがあって」「うん?」「安弘、会社を辞めたって」彼のページをめくる手が一瞬止まった。それから本を閉じ、私のほうを見た。その目には、少しだけ探るような慎重さがある。「君……大丈夫か?」その表情を見て、私はふっと笑った。「昇」と、私は言った。「今、私が何を考えてるか分かる?」彼は首を振った。「あなたが、いつ私の部屋に引っ越してくるのかなって」彼は固まった。その表情が戸惑いから驚きへ、そして言葉にできない複雑なものへと変わっていった。「君
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