奏多が私の会社のビルの下に現れたとき、私は四階で会議の真っ最中だった。受付から内線が入った。「高瀬社長、ご主人だと名乗る男性がお見えです。ご予約はないのですが、どうしてもお会いしたいと……」ご主人。奏多がここまで来たのか。離婚判決が下りてからもう一年以上経つというのに、よくもまだそんなことが言えたものだ。「通して」私は言った。彼がいったい何をするつもりなのか、見てみたかった。扉が開いたとき、私はコピー機のそばで書類を取っていた。白いシャツにスラックス。髪は適当に束ねているだけ。けれど奏多の目には、私はただの事務員に見えたらしい。「春名、本当にここにいたんだな!」彼は私に歩み寄ってきた。低く切羽詰まった声だった。胸の奥にため込んでいた言葉が、ようやくあふれ出したようだった。私は背筋を伸ばし、彼を見た。痩せて、老けていた。目の下には濃いクマがあり、長いことまともに眠っていない人のようだった。「どうやってここを見つけたの?」「ずっとお前を探していた……」「見た感じ、俺といた頃より苦労してるみたいだな。意地張らないで、俺のところに戻ってこいよ。大丈夫だ。今度こそ絶対に泣かせない。遥とはもう切った。これからはお前だけを大事にする……」彼は声を落とした。その口調には、かつて私が愛した、どこか傷ついたような甘えが混じっていた。「俺のところへ戻ってくれないか?」帰る。彼が私の妹と一緒に、私を裏切ったあの場所へ?私が黙ったままでいると、彼は私が迷っているとでも思ったのか、手を伸ばして私の手首をつかもうとした。「行こう。車は下にある。お前に悪いことをしたのはわかってる。でも、意地を張って自分をこんなふうにすることはないだろう……」彼の手が私に触れる前に、村上が彼のそばに立っていた。「お客様」村上の声は丁寧だった。「手をお放しください」「誰だ、お前は?」奏多は眉をひそめた。村上は彼を相手にせず、私のほうへ向き直って、軽く頭を下げた。「高瀬社長、会議開始まであと五分です。投資家の皆様はすでにお見えです」高瀬社長。奏多の手が宙でこわばり、顔の表情が少しずつ崩れていった。「わかった、村上さん」私は袖口を軽く直した。「この方にお引き取りいただいて
Read more