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夫が妹との隠し子を告白した夜

夫が妹との隠し子を告白した夜

作家:  ピース・ピジョン完了
言語: Japanese
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概要

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

後悔

友人たちとの飲み会で王様ゲームをしていたとき、如月奏多(きさらぎ かなた)が負けて、質問に答えることになった。 「俺と遥のあいだには、子どもがいる」 私、高瀬春名(たかせ はるな)は思わず彼を見た。全身がこわばった。 誰もが知っている。高瀬遥(たかせ はるか)は私にとって一番大切な妹で、奏多はつい先日、婚姻届を出したばかりの夫だった。 彼の口調は淡々としていて、どこか軽薄だった。 「三年前、酔った勢いだった。遥の格好が妙に色っぽくて、我慢できなかったんだ。まさか、それで妊娠するとは思わなかったけどな」 彼はうつむいて小さく笑い、含みを持たせるように言った。 「遥は、誰かさんよりスタイルもいいし、男を喜ばせるのもうまい。それに、子どもも産めない誰かさんと違って、俺を父親にしてくれる」 私はぎこちなく、隣にいる妹へ目を向けた。彼女は顔を真っ赤にして、うつむいたまま私を見ようとしなかった。 昨日、彼女は目を赤くしながら私の幸せを願い、私のために最高の結婚式を用意したいと言っていたのに。 奏多はグラスを置き、淡々と口を開いた。 「話は終わりだ」 その瞬間、場は静まり返り、全員の視線が私へ向けられた。

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第1話

第1話

友人たちとの飲み会で王様ゲームをしていたとき、如月奏多(きさらぎ かなた)が負けて、質問に答えることになった。

「俺と遥のあいだには、子どもがいる」

私、高瀬春名(たかせ はるな)は思わず彼を見た。全身がこわばった。

誰もが知っている。高瀬遥(たかせ はるか)は私にとって一番大切な妹で、奏多はつい先日、婚姻届を出したばかりの夫だった。

彼の口調は淡々としていて、どこか軽薄だった。

「三年前、酔った勢いだった。遥の格好が妙に色っぽくて、我慢できなかったんだ。まさか、それで妊娠するとは思わなかったけどな」

彼はうつむいて小さく笑い、含みを持たせるように言った。

「遥は、誰かさんよりスタイルもいいし、男を喜ばせるのもうまい。それに、子どもも産めない誰かさんと違って、俺を父親にしてくれる」

私はぎこちなく、隣にいる妹へ目を向けた。彼女は顔を真っ赤にして、うつむいたまま私を見ようとしなかった。

昨日、彼女は目を赤くしながら私の幸せを願い、私のために最高の結婚式を用意したいと言っていたのに。

奏多はグラスを置き、淡々と口を開いた。

「話は終わりだ」

その瞬間、場は静まり返り、全員の視線が私へ向けられた。

「どうして」

私は唇を震わせ、やっとの思いでその言葉を吐き出した。

互いに好きだったのなら、どうして私と付き合ったのか。どうして私と結婚したのか。

そしてどうして今ここで打ち明けて、私に恥をかかせるのか。

奏多は私のうろたえた様子を見て、むしろほっと息をついた。

「遥を責めないでくれ。あのときは俺のほうから迫ったんだ。

遥はお前に知られたくなかった。お前に見捨てられるのが怖くて、それ以上に、お前に嫌われるのが怖かったんだ。

でも俺は、もうこんな生活を続けたくない。俺たち三人で、後ろめたさなく堂々と暮らしたいんだ。お前に気を遣って、隠れ続けるのはもう嫌なんだ」

彼はもっともらしくそう言い、目には妹への後ろめたさばかりが浮かんでいた。

そのくせ昨日、彼は私と婚姻届を出したことに、幸せで涙まで流していたのだ。

彼はしばらく黙り込んでから、また言った。

「春名、お前だって、自分の妹と姪が一生、人目を忍んで生きていくなんて望まないだろう?安心してくれ。俺たちはこれからも家族だ。これからも、お前に優しくする」

そこまで聞いた私は、怒りで震えた。

「奏多、あなたはただのケダモノよ!」

私は立ち上がり、バッグをつかむと彼の顔に叩きつけた。

「良心ってものはないの?よくもそんな吐き気がすることを言えたわね!」

その場にいた全員が凍りつき、互いに顔を見合わせたまま、誰ひとり口を開けなかった。

ずっと黙っていた妹は、私が二度目に振り下ろそうとした瞬間、すぐに私の手をつかんだ。

「お姉ちゃん、責めるなら私を責めて!」

彼女の声には焦りと必死さがにじんでいた。

「私たち、本当に三年前のあの一度きりなの。そのあとは何もないの!

知ってるでしょう?私、昔から体が弱くて、お医者さんにも堕ろすのは危ないって言われたの。だから産むしかなかっただけ。二人を引き裂くつもりなんてなかった。本当なの!」

私は視線を落として、彼女を見下ろした。涙で目を潤ませた遥は、ひどく哀れに見えた。

もし彼女の首筋に残る新しいキスマークを見ていなかったら、信じていたかもしれない。

私はそこへ手を伸ばしてなぞり、皮肉を込めた声で言った。

「遥、ここまで来て、まだ私を騙すつもり?」

彼女の顔は一瞬で真っ青になった。

わからなかった。どうして、よりによって遥が私を裏切ったのか。

私たちは幼いころに両親を亡くし、互いを何よりも大切にしてきた存在だった。

だから、私が恋人ができたと遥に話したとき、彼女は真っ先に相手の連絡先を聞き出し、彼のことを徹底的に調べ上げた。

「どこがいいのよ。私からお姉ちゃんを奪おうとするなんて!」

私は遥のスマホを受け取り、トーク画面でずっと奏多に突っかかっている彼女を見て、ただおかしく思った。

その後、私が奏多とデートに行くたびに、彼女は奏多へ何度も何度も念を押し、私が少しでも傷つけられないように心配していた。

三人で出かけるたび、彼女はいつも強引に私と奏多を引き離した。

「私がいる限り、お姉ちゃんに近づけると思わないで!」

私はそんな彼女を、甘えん坊のやきもち焼きだと笑っていた。私と離れたくないだけなのだと、そう思っていた。

昨日だって、彼女は私のために高価なネックレスまで注文してくれていた。私が幸せになったのだから、自分が世界一素敵な結婚式を企画してあげると言っていた。

私はてっきり、自分は世界で一番幸せな人間なのだと思っていた。誰より私を愛してくれる夫と妹がいるのだと。

けれど現実は、そんな私を容赦なく打ちのめした。
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第1話
友人たちとの飲み会で王様ゲームをしていたとき、如月奏多(きさらぎ かなた)が負けて、質問に答えることになった。「俺と遥のあいだには、子どもがいる」私、高瀬春名(たかせ はるな)は思わず彼を見た。全身がこわばった。誰もが知っている。高瀬遥(たかせ はるか)は私にとって一番大切な妹で、奏多はつい先日、婚姻届を出したばかりの夫だった。彼の口調は淡々としていて、どこか軽薄だった。「三年前、酔った勢いだった。遥の格好が妙に色っぽくて、我慢できなかったんだ。まさか、それで妊娠するとは思わなかったけどな」彼はうつむいて小さく笑い、含みを持たせるように言った。「遥は、誰かさんよりスタイルもいいし、男を喜ばせるのもうまい。それに、子どもも産めない誰かさんと違って、俺を父親にしてくれる」私はぎこちなく、隣にいる妹へ目を向けた。彼女は顔を真っ赤にして、うつむいたまま私を見ようとしなかった。昨日、彼女は目を赤くしながら私の幸せを願い、私のために最高の結婚式を用意したいと言っていたのに。奏多はグラスを置き、淡々と口を開いた。「話は終わりだ」その瞬間、場は静まり返り、全員の視線が私へ向けられた。「どうして」私は唇を震わせ、やっとの思いでその言葉を吐き出した。互いに好きだったのなら、どうして私と付き合ったのか。どうして私と結婚したのか。そしてどうして今ここで打ち明けて、私に恥をかかせるのか。奏多は私のうろたえた様子を見て、むしろほっと息をついた。「遥を責めないでくれ。あのときは俺のほうから迫ったんだ。遥はお前に知られたくなかった。お前に見捨てられるのが怖くて、それ以上に、お前に嫌われるのが怖かったんだ。でも俺は、もうこんな生活を続けたくない。俺たち三人で、後ろめたさなく堂々と暮らしたいんだ。お前に気を遣って、隠れ続けるのはもう嫌なんだ」彼はもっともらしくそう言い、目には妹への後ろめたさばかりが浮かんでいた。そのくせ昨日、彼は私と婚姻届を出したことに、幸せで涙まで流していたのだ。彼はしばらく黙り込んでから、また言った。「春名、お前だって、自分の妹と姪が一生、人目を忍んで生きていくなんて望まないだろう?安心してくれ。俺たちはこれからも家族だ。これからも、お前に優しくする」そこまで聞いた私は、怒りで震え
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第2話
遥は何度も首を振った。「これはただ蚊に刺されただけなの。お姉ちゃん、変なふうに考えないで!」彼女はふいに振り向き、奏多を憎々しげににらみつけた。「どうして言ったのよ。私たち、約束したじゃない!」「もういい!」私は遥の手を振り払った。「そこまで図々しいなら、今さら私の前で可哀想なふりなんかしないで」乾いた音が響いた。私は彼女の頬を平手で打った。奏多は勢いよく私を突き飛ばし、私に叩かれてよろめいた妹を支えた。「春名、お前、どうかしてるんじゃないのか?この数年、俺たちがお前に悪いことをしてきたのは認める。だからって、妹にそこまでする必要があるのかよ。三年だぞ。遥はもう十分すぎるほど、お前に合わせてきただろ!一緒に出かけるたびに、遥は全部お前に合わせてきた。お前が食べたいものを食べて、お前が行きたい場所に最後まで付き合って、心臓が苦しくてもジェットコースターにまで乗ったんだぞ!子どもが生まれてからだって、遥は子どもよりお前と過ごす時間のほうが長かった。真実に気づかれるのが怖くて、お前に捨てられるのが怖くて、今でもあの子は、世話をしているベビーシッターのことを母親だと思ってるんだ!遥はそれくらいお前を大事にしてる。それなのにお前は、少しも遥を受け入れようとしない。ひどすぎるだろ!」責め立てる声が、一つひとつ重く頭の中に叩き込まれた。彼らの好みを気にして選んだ料理も、彼らの願いをかなえようと計画した旅行も。結局、全部私のせいだったというのか。遥は少し落ち着くと、奏多を強く押しのけた。「お姉ちゃんを悪く言わないで……」彼女の声は震えていた。「お姉ちゃんは私たちに何も悪いことなんてしてない。悪いのは私たちなの……」言い終える前に、彼女は目を閉じ、そのまま力なく崩れ落ちた。「遥!」奏多はとっさに彼女を抱き留めると、そのまま横抱きにし、振り返りもせず外へ駆け出した。個室の中は騒然となった。電話をかける人、荷物をまとめる人、救急車を呼べと叫ぶ人。私はその場に立ち尽くしていた。みんなの声が耳の奥でぶんぶんと響くだけで、何も聞こえなかった。ほどなくして、みんないなくなった。残ったのは私ひとりだけだった。私はソファに腰を下ろし、バッグの中から一枚の検査結果を取り出した。
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第3話
細かな話し合いを終えたあと、私はさらに病院で中絶手術の予約を取った。手術までは、あと三日だった。私は家に戻り、荷物をまとめ始めた。玄関を入ると、リビングにはまだノートパソコンが置かれていた。今日の飲み会へ向かう前、私たちはソファに寄り添って、結婚式で着る衣装を一緒に選んでいた。たった半日ほどで、すべてが変わってしまった。貴重品をしまい終えたところで、奏多が帰ってきた。彼は私のスーツケースを見るなり、目に動揺を浮かべた。「離婚するつもりなのか?俺は認めない。俺はただ、遥と子どもがこそこそ隠れて暮らさなくていいようにと思って、打ち明けただけなんだ」私は深く息を吸い、吐き気をこらえた。「奏多、どういう神経をしていたら、私があなたたち三人家族と一緒に暮らせるなんて思えるの?知ってるでしょう。私は男の裏切りが何よりも嫌いなの」彼は知っていたはずだ。車の中で父の浮気の証拠を見つけ、もともと気性の激しかった母は怒りで我を失い、その場で父と口論になった。父は前を見る余裕をなくし、最後には車がガードレールを突き破った。二人はその場で亡くなった。あの年、私は十六歳で、遥は十歳だった。奏多の顔色がわずかに変わった。けれどすぐに、いつも通りの表情へ戻った。「でも遥は違うだろ。お前の妹なんだ。それにお前は子どもができない。遥の子を自分の子として育てればいいじゃないか。この三年、遥はお前のために、十分すぎるほど苦しんできただろう?」そこまで聞いた瞬間、私は怒りで震えが止まらなくなった。私は口を開いた。妊娠していることを告げて、それを聞いた彼がどんな顔をするのか見てやりたかった。けれど、やめた。「春名、お前と一緒にいるせいで、俺は父親になる権利を失っていたんだ。今、ようやくどちらも丸く収まる方法が見つかったのに……」「気持ち悪いこと言わないで!」私は鋭く彼の言葉を遮った。涙がまた、情けないほどこみ上げてきた。私はスーツケースをつかみ、そのまま外へ飛び出そうとした。「あなたとは、もう二度とやり直さない。あなたに捧げた八年は、全部どぶに捨てたと思うことにする」奏多は一瞬呆然としたあと、強引に私を引き戻し、腕の中に閉じ込めた。遥の香水の匂いが、むせ返るほど鼻をついた。彼は動揺を必死に
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第4話
彼女は顔を青ざめさせ、私が奏多の腕の中に閉じ込められている光景を見るなり、たちまち目を赤くした。「こんなことを言う資格がないのはわかってる。でも、行かないでくれない?」彼女はゆっくりと近づいてきて、涙をぽろぽろこぼした。「私、本当に、本当にお姉ちゃんのことが大好きなの。私がしたことは全部、お姉ちゃんを失いたくなかったからなの」彼女は手を伸ばし、私の手を取ろうとしたが、私はそれを避けた。彼女の手は宙でこわばり、涙はいっそう激しくこぼれた。「私が間違っていたのはわかってる。でも、子どもはもう二歳なの。あの子には父親が必要なの」彼女は大きな決意を固めたように、ポケットからスマホを取り出し、私の前に差し出した。画面には一枚の写真が映っていた。小さな女の子が奏多の肩に乗り、楽しそうに笑っている。遥はその横に立ち、優しい眼差しで二人を見つめていた。「お姉ちゃん、見て。この子が私たちの娘なの。名前は如月安奈(きさらぎ あんな)」彼女は小さな声で言った。その声は、ひどく柔らかかった。「安奈。穏やかに、安心して生きていける子になってほしいって願いを込めたの。私がお姉ちゃんが元気で幸せに過ごせますようにって、毎日祈っていたから。あの子、お姉ちゃんのことを知ってるんだよ。いつもお姉ちゃんの話をしてるの。この人は、世界で一番素敵な人なんだって」彼女は涙に濡れた目で私を見上げ、その瞳には期待がにじんでいた。「私たち三人で、あの子を一緒に育てられないかな。子どものころ、お姉ちゃんが私を育ててくれたみたいに」私は涙に濡れた遥の顔を見つめた。その瞳に浮かぶ、疑いようのない愛情と依存も見つめた。そして、ようやくわかった。彼女は最初から、自分が間違っているなんて思っていなかったのだ。私は彼女を見つめたまま、静かに口を開いた。「あなたの愛なんて、もういらない」私は奏多の手を振りほどき、スーツケースを引き、大股で玄関へ向かった。背後で、遥が喉を裂くように泣き叫んだ。「お姉ちゃん!叩いてもいい、罵ってもいいから、お願い、私を捨てないで!」彼女は追いすがってきて、私の脚に抱きつき、その場に膝をついた。「お姉ちゃんがいないと、私、死んじゃう!」私は彼女を見下ろした。彼女はひどく惨めに泣いていた。昔
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第5話
中絶手術の日は、あっという間に来てしまった。この三日間、奏多と遥からは何百件ものメッセージが届き、スマホには数えきれないほどの着信が残っていた。病院の入口に着いたばかりのとき、聞き慣れた焦った声が聞こえた。「お姉ちゃん!」遥は顔を涙でぐしゃぐしゃにして、髪も乱れていた。「来てくれたのね!よかった!」私は眉をひそめた。何のことかわからなかった。「安奈が自転車にはねられたの。輸血が必要なのに、RH陰性の血が足りないの……お姉ちゃん、RH陰性でしょう?お願い、あの子を助けて……」そう言って、彼女はその場に膝をつこうとした。私はその手を力いっぱい振り払った。「私に何の関係があるの」彼女はその場に固まり、涙を頬に残したままだった。私は背を向けて歩き出そうとした。「春名!」奏多が後ろから駆け寄ってきた。声が震えていた。「安奈にはお前が必要なんだ」「その子のことなんて知らない」私はそのまま産婦人科へ向かって歩き続けた。「あの子はお前の姪だ!」「あなたと遥の娘でしょう!」私は深く息を吸い、静かに彼を見た。「私の子じゃない」奏多の顔が一瞬ひどく歪んだあと、彼は声を和らげた。「安奈はただの子どもだ。何も知らないんだ。まずはあの子を助けてくれ。そのあとなら、離婚したいと言うなら応じる。殴っても罵ってもいい。財産も全部お前に渡す。何でも受け入れる」彼が約束を守るとは思えなかった。私は踵を返して歩き出した。彼は追いかけてきて、私の手首を強くつかみ、処置室へ引きずっていった。「今日ばかりは、お前に選択肢はない」「奏多!放して!私は妊娠してるの、そんなことしたら——」言い終える前に、私は急に口をつぐんだ。彼は半秒だけためらい、それから目を冷たくした。「俺を騙そうとしても無駄だ。お前の体で、妊娠できるはずがない」彼はそのまま私を引きずっていった。心がどん底まで沈んでいった。そうだ。彼にとって私は、子どもを産めない女でしかなかったのだ。信じるはずがなかった。私は採血室に引きずり込まれた。その光景を見た看護師は、ぎょっとしたように目を見開いた。「彼女はRH陰性です。輸血用の採血に来ました」奏多は私を椅子に押さえつけ、当然のような口ぶりで言った。数秒
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第6話
手術は無事に終わり、後遺症の心配もないと言われた。私は何でもないことのように、彼に告げた。「あなたの子を妊娠していた。でも、私たちは離婚するから堕ろした」奏多はその場に固まった。顔は真っ白だった。「嘘だろ?妊娠していたなら、どうして俺に言わなかった。どうしてだ!」私は声を出して笑った。「言ったところで何になるの。あなたにはもう子どもがいるでしょう。用がないなら、今すぐ離婚届を出しに行って……」「行かない!」奏多は鋭く私の言葉を遮った。「お前が妊娠できるなら、俺たち二人の子どもをつくればいい。ちょうど安奈にも、一緒に育つ弟か妹ができる」ぱん、と乾いた音が響いた。私はついにこらえきれず、彼の頬を平手で打った。「寝言は寝てから言って。今さらそんな都合のいい話、通るわけないでしょう。離婚に応じないなら、裁判で決着をつける」彼はその場に立ち尽くしたまま、魂を抜かれたように動かなかった。私はそれ以上相手にせず、病院を出るとタクシーで予約していたホテルへ戻って休んだ。採血までされ、そのうえ手術も受けた。今の私の体は極限まで弱っていて、高い費用を払って医師に往診してもらい、養生するしかなかった。スマホを開くたび、奏多と遥からのメッセージが画面を埋め尽くしていた。私は二人をそのままブロックした。私は離婚訴訟を起こした。法廷で再び奏多と顔を合わせたとき、彼はずいぶんやつれていた。「俺たちは、本当にここまでしなきゃいけないのか?」私は彼を一瞥しただけで、何も答えなかった。奏多に明らかな有責事由があったこともあり、離婚は思ったより早く認められた。私は判決を受け取ると、迷わず南へ向かう航空券を取った。昔から、私は南の海辺の街に憧れていた。けれど奏多を愛していたから、この街に残ることを選んだ。離婚したからには、これからは自分のために生きる。旅立つ日、私は誰にも告げなかった。奏多がずっと私の居場所を探ろうとしていると知っていたからだ。彼に見つかりたくなかった。飛行機の窓の外に広がる空は、とても青かった。私は幼いころから暮らしてきた土地を最後に一目見て、そっとつぶやいた。「お父さん、お母さん、来年のお盆には、また会いに帰ってくるね」さようなら。
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第7話
一方その頃、金に糸目をつけず私の行方を探らせていた奏多のもとに、ようやく報告が入った。「如月さん、高瀬さんはすでにこの街を離れていました」「何だって?」奏多はスマホを握りしめた。手の甲に青筋が浮かぶ。「行き先は?早く言え!」「申し訳ありません。高瀬さんは通常とは違う方法で搭乗されたようで、現時点では行き先まで追えておりません」彼は深く息を吸った。「なら続けろ。いつになっても構わない。必ず見つけ出せ」奏多には、どうしても信じられなかった。あれほど自分を愛していた春名が、このまま本当に姿を消すなんて。かつての彼女は、いつだって誰よりも自分を優先してくれていた。電話を切ったあとも、奏多は苛立ちを抑えきれず、オフィスの中を何度も行き来した。そこへ遥がやって来て、彼にお茶を差し出し、そっと口を開いた。「お姉ちゃんなら、そんなに遠くへは行っていないと思う。お姉ちゃんは昔から責任感が強いし、母に似て、曲がったことを許せない性格でしょう。もしかしたら、いつか自分から戻ってくるかもしれない」奏多はようやく彼女を見た。「そんなに断言できるのか?」遥は眉を上げた。「もちろん。私のお姉ちゃんのことなら、あなたより私のほうがずっとよく知ってるもの」奏多は彼女の青ざめた顔を見るなり、刺々しい空気をふっと緩め、彼女を腕の中に引き寄せた。「あのときは、俺の配慮が足りなかった。春名があそこまで大きく反応するとは思わなかったんだ」遥は目を赤くして、抱き返した。「わかってる。全部、私と安奈のためだったんだよね。お姉ちゃんが見つかったら、一緒に説得しよう」遥の言葉を聞いて、奏多の心はずいぶん落ち着いた。それでも何日経っても何の消息もないと、彼の不安はやはり消えなかった。奏多はオフィスに座っていた。目の前には一枚の書類が広げられていて、そこには乱れた筆跡で彼の名前が書かれていた。だが最後の一画が曲がり、「春」という字の半分のようになっていた。彼は苛立ってそれを破り捨て、もう一度署名した。書き終えてから気づいた。名前の後ろに、また「春」という字が続いていた。「くそっ」彼は低く悪態をつき、契約書を丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。秘書が扉をノックして入ってきて、おそるおそる言った。「社長、探偵のほ
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第8話
夜、奏多が家に帰ると、キッチンの明かりがついていた。一瞬、春名が帰ってきたのかと思った。昔のように、自分の好きな料理を用意して、待っていてくれたのだと。「奏多、今夜は安奈と一緒に夕飯を食べよう?あの子、ずっとパパに会えていないの」遥がスープを二つ持ち、優しい声で言った。目の前にいる人物を見て、彼ははっと我に返った。奏多はうつむき、投げやりに答えた。「シッターに相手をさせろ」「でも、あの子はあなたに……」「ベビーシッターに相手をさせろと言ったんだ!」彼は突然、声を荒げた。遥はその場に凍りつき、みるみる目を赤くした。彼女は器を置き、彼のそばへ歩み寄ると、肩に手を回そうとした。「どうしたの?仕事で疲れてるの?」奏多はそれを避けた。遥の手は宙でこわばった。空気が数秒、凍りついた。「奏多……」彼女の声が震え始めた。奏多はようやく顔を上げて彼女を見た。その目には、うんざりした色しかなかった。「今夜は書斎で寝る」扉が彼女の目の前で閉まった。遥は廊下に立ち尽くし、声もなく涙をこぼした。彼女はふと、三年前のあの夜を思い出した。あれは彼女と奏多が、初めて一線を越えた夜だった。その日、彼女は姉のワンピースを着て、姉の香水をつけ、奏多が酔っている隙に、自分が春名のふりをした。彼には気づかれないと思っていた。けれど彼女は奏多に一目惚れしていた。彼が姉をこれ以上ないほど大切にする姿を見て、ほんの少しでも自分に向けてほしかったのだ。まさか、子どもができるとは思わなかった。子どもさえいれば、すべては自然とうまくいくと思っていた。けれど彼女は忘れていた。偽物は、どこまでいっても偽物なのだ。
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第9話
それからさらに一週間が過ぎた。探偵からは、相変わらず何の進展もない。奏多の我慢も、とうとう限界だった。眠れない夜が続き、彼は毎晩のようにリビングに座り込んでは、スマホに残った春名との昔の写真を眺めていた。写真の中の彼女は、あんなにも幸せそうに笑っていた。目を細めると、まるで三日月のようだった。彼女は、それほどまでに彼を愛していた。八年分の思い出があった。大学時代から卒業まで、賃貸の部屋で暮らしていた頃から、自分たちの家を買うまで、恋人から夫婦になるまで。春名は彼のために料理を覚え、彼のためにこの街に残った。自分のやりたかった仕事も、いつの間にか諦めていた。それなのに、彼は何をしたのか。春名が何よりも自分を信じていたそのときに、春名が何よりも大切にしていた人を抱いた。奏多は突然、スマホを壁に叩きつけた。画面が砕け、破片が床に散らばった。遥はその音で目を覚まし、裸足のまま駆け出してきた。散らかった床を見て、怖くて近づくこともできなかった。「奏多……どうしたの……」奏多はゆっくりと彼女のほうを振り向いた。その目つきは、ぞっとするほど陰鬱だった。「言え」声は喉の奥から絞り出したようだった。「あの夜、お前はわざとやったのか?」遥の顔から一瞬で血の気が引いた。「な……何のこと?」「三年前のあの夜、お前がわざと俺を誘ったのかって聞いてるんだ!」奏多は立ち上がり、一歩ずつ彼女へ迫った。「俺は酔っていた。何もはっきり覚えていない。だが、お前はどうなんだ?意識ははっきりしていたんだろう?俺がお前の姉の恋人だと知っていながら、春名の服を着て、春名の香水をつけて、お前はいったい何を企んでいたんだ!」遥の目から涙があふれ出し、彼女は必死に首を振った。「違う……違うの……あの日はあなたも飲みすぎていて、私たち、どちらも正気じゃなかった……」「ふざけるな!」奏多が怒鳴った。「防犯カメラを確認した。あの夜、お前が着てきたのは、春名のワンピースだった!」遥は全身をこわばらせ、力が抜けたようにその場に立ち尽くした。彼女は口を開いたが、一言も出てこなかった。「最初からわざとだったんだな」奏多は歯を食いしばった。「わざと妊娠して、俺に罪悪感を植えつけた。俺が責任を取らなきゃいけないと
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第10話
奏多の顔から、みるみる血の気が引いていった。まるで全身の血を抜かれたようだった。彼は口を開き、何かを言おうとした。けれど、自分には何も言えることがないと気づいた。彼女の言う通りだった。最低なのは、彼女ではなく自分のほうだった。あの夜を境に、二人のあいだに入った亀裂は、二度と埋まることがなかった。奏多は意識的に遥を避けるようになった。朝早く出て夜遅く帰り、ひどいときには何日も家に戻らなかった。遥は関係を取り戻そうとした。彼の好きな料理を作り、彼の好きな酒を買い、かつて彼が綺麗だと褒めたワンピースを着た。けれど奏多は、彼女に一瞥さえくれなかった。「奏多、ちゃんと話そう?お願い」彼女は彼を引き止めた。その声には、痛々しいほどの必死さがにじんでいた。奏多は冷たく彼女を見た。「私たち三人のこれからの生活だって、続けていかなきゃいけないでしょう。どうせ……」「これからなんてない」奏多は彼女の言葉を遮った。「俺は一度もお前を愛したことがない。お前が誰よりもわかっているはずだ」遥の目から、また涙があふれ出した。「じゃあ、どうして私をそばに置いたの?私のこと、少しも好きじゃなかったの?」「春名が戻ってくると思っていたからだ!」奏多は怒鳴った。「俺がお前を大事にしているように見せれば、春名は嫉妬して、俺のところに戻ってくると思っていた!なのに、戻ってこなかった!」彼の声は、ひどくかすれていた。「春名は行ってしまった!俺を捨てて、俺たちの子どもまで堕ろして、俺の前から完全に消えたんだ!全部お前のせいだ!お前のせいなんだ!」遥は全身を震わせ、大粒の涙をぼろぼろと落とした。「じゃあ……私に優しくしてくれたのは……全部嘘だったの?」奏多は答えなかった。沈黙が答えだった。遥は突然笑った。涙を飛ばしながら、体を震わせて笑った。「奏多、あなたって本当に可哀そうな人ね。誰よりもあなたを愛してくれた人を失って、今度は愛してもいない私に縛られている。自業自得よ」奏多の顔から血の気が引いていった。けれど、何も言い返せなかった。彼女の言う通りだったから。自業自得だった。さらに一か月が過ぎた。探偵がようやく、わずかな手がかりをつかんだ。私が最後に姿を見せたのは海都で、ある文化系
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