夫の松本明(まつもと あきら)の幼なじみに恋人候補を紹介した後、夫が突然、私にこう言い放った。「おまえ、けっこうあさましい奴だな」私はその場に立ちすくみ、耳を疑った。聞き取れなかったとでも思ったのか、後部座席にいた息子が、あけすけに口にした。「母さん、父さんと恵(めぐみ)さん、もう二年も付き合ってるんだよ。父さん、今までずっとサインを送ってたのに、なんで気づかなかったの?」さっと血の気が引き、私はふたりの顔を交互に見つめた。手元には、ふたりのために剝いていた栗がまだ握られている。「どうして……」夫の表情は、ひどく落ち着ききっていた。バックミラー越しに目が合うと、その瞳の奥にはほんの少しうんざりしたような色だけが浮かんでいる。「本当は、こんなにはっきり言いたくなかった。でもおまえ、恵に男を紹介しただろう。今日、あいつがどれだけ泣いたことか。離婚か、それとも別居か。好きなほうを選べ」……目のふちが熱くなり、頭のなかがぐちゃぐちゃで、何も考えられない。息子の松本裕太(まつもと ゆうた)が、いらだった声で言う。「母さん、何か言ったら。父さん、ちゃんと選ばせてくれてるじゃん。恵さんより若くもきれいでもないし、頭だって負けてるよ?」一気に目のふちが熱くなり、喉が引き裂かれそうなほどの悲しみがこみあげてきた。それなのに裕太は、もっと苛立つ。「また泣くの。ほんと情けない。そういうところ、一番嫌いなんだよね。恥ずかしいよ。それに先週の保護者会、中止なんかじゃなかったから。僕が恵さんに頼んで、代わりに来てもらったんだ」頭の中で何かが弾けたような衝撃が走り、信じられない思いで彼を見た。裕太が小学校に入学して六年、保護者会が開かれたことなんて一度もなかった。だからその連絡をもらったとき、嬉しくて眠れなかった。なのに当日、ひどいアレルギーを起こしてしまった。遅れてはいけないと、あわてて薬を流しこみ、家を飛び出そうとした。裕太は、こんなに具合が悪いのにまだ行こうとする私を見て、とっさに「保護者会、中止になったよ」と嘘をついたのだ。いま思えば、そんな都合のいい話があるわけないのに。私が青ざめていると、夫は開き直ったように口を開いた。「察しの通りだ。薬を盛ったのは俺だ。裕太を責めるなよ。どう
Read more