All Chapters of その愛は、二度と春を迎えない: Chapter 11 - Chapter 12

12 Chapters

第11話

翌朝、おばあさまから電話がかかってきた。「彩ちゃん、午後に時間があるなら、本邸まで来てくれる?」午後二時、隼人の車が三浦家本邸の門前に停まった。リビングでは、おばあさまが重厚な椅子に腰かけていた。目の前のローテーブルには、数部の書類が並べられている。その隣には、家政婦二人に付き添われるようにして、陽菜が座っていた。陽菜は化粧もしておらず、髪も乱れていた。泣き腫らした目で私を見るなり、肩をびくりと震わせた。おばあさまは顔を上げ、私の手の甲を軽く叩いてから、陽菜へ向き直った。その眼差しは、冷たい刃のようだった。「伊藤、あれを見せなさい」執事は、偽造された卒業証明書、クレジットカードの滞納記録、SNS投稿のスクリーンショットを、陽菜の前に一枚ずつ置いていった。陽菜の顔が、さっと青ざめた。「おばあさま、私、説明できます……」「必要ないわ」おばあさまは湯呑みを持ち上げ、平坦な声で言った。「結城陽菜。いいえ、結城夏子と言うべきかしら。あんたは学歴を詐称して三浦グループに入り込み、悠生に近づいた。そして、悠生が軽い気持ちで渡したものを、特別扱いされている証拠みたいにネットで見せびらかした。結婚式の前夜には、悠生を酒の席にまで引っ張り出して」おばあさまの声が、低く冷えた。「その結果、私のひ孫は失われた。あの子が三浦家にとって、どれほど大切な命だったか。あんたにわかる?」陽菜の唇が震えた。「三浦社長は……子どもができない体なんじゃ……」その一言が出た瞬間、おばあさまは氷のように冷たい笑いを漏らした。「伊藤。資料は一部を管轄の警察へ、もう一部を三浦グループの法務部へ回しなさい。学歴を偽って入社した以上、採用時の経歴詐称にあたる。法務には正式に手続きを進めさせて」陽菜は椅子を弾くように立ち上がった。涙が一気にあふれ、よろめきながら私の前へ駆け寄ってくる。「彩葉さん!お願いです、助けてください!本当に、あなたを傷つけるつもりなんてなかったんです。ただ……ただ三浦社長のことが好きだっただけで。あのネクタイピンだって、本当に社長がくれたんです。あなたが作ったものだなんて、知らなかったんです!」私は彼女を見下ろし、スカートの裾を必死につかむその手を一本ずつ引き剥がした。「彼が好きだから、私の思いが
Read more

第12話

旅立つ前日、私は三浦家の別邸へ荷物を取りに戻った。リビングは、記憶の中よりずっとがらんとしていた。私は二階へ上がり、十年暮らした自分の寝室の扉を開けた。ベッドサイドの棚には、あのエコー写真が置かれていた。蓋の閉まっていない古い灰皿の下に押さえられ、そばにはいくつかの吸い殻が潰されている。写真の端はもう丸まり、表面には乾いた水の跡が残っていた。水なのか。それとも、誰かの涙なのか。私は触れなかった。クローゼットを開け、母が遺してくれた古いカーディガンと、おばあさまが編んでくれた毛糸のベストだけを持ち出した。血の跡を洗い落とされたウェディングドレスは、ドレスカバーの中で、何事もなかったかのように掛かっていた。階下へ降り、私はリビングのソファに座って、悠生へ手紙を書いた。それをローテーブルの上に置き、コーヒーカップの下に挟んだ。スーツケースを手に取り、外へ出て、扉を閉めた。指紋認証ロックが、ピッと小さく鳴った。飛行機は夜八時発だった。隼人が南の海辺の街へ向かう航空券を取ってくれた。空港に着き、保安検査場を通るとき、私は一度だけ振り返った。隼人はまだその場に立っていた。両手をズボンのポケットに入れ、私を見ていた。私が歩き出してから振り返ったのは、その一度きりだった。三時間後、飛行機が着陸した。潮の匂いを含んだ海風が、私の頬をなでた。スマホが一度震えた。知らない番号からのメッセージだった。【手紙は読んだ。もう捜すなと書いてあった。でも、お前の指紋はまだドアロックに残っている】私はその文面を見つめ、手紙の最後に書いた言葉を思い出した。【悠生、十年だよ。あなたが私にしたことは、「ごめん」の一言で済むものじゃない。私はもう行く。玄関の指紋認証ロックを消さなかったのは、あなたに期待を残したからじゃない。ただ、そこまでする気力もなかっただけ】海風が、私の髪を乱した。私はスマホの電源を切り、スーツケースを引いて到着ロビーへ歩き出した。出口の向こうには、深い夜が広がっていた。遠くに、灯りが見えた。とても明るかった。(終わり)
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status