分享

第11話

作者: ヒット作連発作家
翌朝、おばあさまから電話がかかってきた。

「彩ちゃん、午後に時間があるなら、本邸まで来てくれる?」

午後二時、隼人の車が三浦家本邸の門前に停まった。

リビングでは、おばあさまが重厚な椅子に腰かけていた。目の前のローテーブルには、数部の書類が並べられている。

その隣には、家政婦二人に付き添われるようにして、陽菜が座っていた。

陽菜は化粧もしておらず、髪も乱れていた。泣き腫らした目で私を見るなり、肩をびくりと震わせた。

おばあさまは顔を上げ、私の手の甲を軽く叩いてから、陽菜へ向き直った。

その眼差しは、冷たい刃のようだった。

「伊藤、あれを見せなさい」

執事は、偽造された卒業証明書、クレジットカードの滞納記録、SNS投稿のスクリーンショットを、陽菜の前に一枚ずつ置いていった。

陽菜の顔が、さっと青ざめた。

「おばあさま、私、説明できます……」

「必要ないわ」

おばあさまは湯呑みを持ち上げ、平坦な声で言った。

「結城陽菜。いいえ、結城夏子と言うべきかしら。あんたは学歴を詐称して三浦グループに入り込み、悠生に近づいた。そして、悠生が軽い気持ちで渡したものを、特別扱い
在 APP 繼續免費閱讀本書
掃碼下載 APP
已鎖定章節

最新章節

  • その愛は、二度と春を迎えない   第12話

    旅立つ前日、私は三浦家の別邸へ荷物を取りに戻った。リビングは、記憶の中よりずっとがらんとしていた。私は二階へ上がり、十年暮らした自分の寝室の扉を開けた。ベッドサイドの棚には、あのエコー写真が置かれていた。蓋の閉まっていない古い灰皿の下に押さえられ、そばにはいくつかの吸い殻が潰されている。写真の端はもう丸まり、表面には乾いた水の跡が残っていた。水なのか。それとも、誰かの涙なのか。私は触れなかった。クローゼットを開け、母が遺してくれた古いカーディガンと、おばあさまが編んでくれた毛糸のベストだけを持ち出した。血の跡を洗い落とされたウェディングドレスは、ドレスカバーの中で、何事もなかったかのように掛かっていた。階下へ降り、私はリビングのソファに座って、悠生へ手紙を書いた。それをローテーブルの上に置き、コーヒーカップの下に挟んだ。スーツケースを手に取り、外へ出て、扉を閉めた。指紋認証ロックが、ピッと小さく鳴った。飛行機は夜八時発だった。隼人が南の海辺の街へ向かう航空券を取ってくれた。空港に着き、保安検査場を通るとき、私は一度だけ振り返った。隼人はまだその場に立っていた。両手をズボンのポケットに入れ、私を見ていた。私が歩き出してから振り返ったのは、その一度きりだった。三時間後、飛行機が着陸した。潮の匂いを含んだ海風が、私の頬をなでた。スマホが一度震えた。知らない番号からのメッセージだった。【手紙は読んだ。もう捜すなと書いてあった。でも、お前の指紋はまだドアロックに残っている】私はその文面を見つめ、手紙の最後に書いた言葉を思い出した。【悠生、十年だよ。あなたが私にしたことは、「ごめん」の一言で済むものじゃない。私はもう行く。玄関の指紋認証ロックを消さなかったのは、あなたに期待を残したからじゃない。ただ、そこまでする気力もなかっただけ】海風が、私の髪を乱した。私はスマホの電源を切り、スーツケースを引いて到着ロビーへ歩き出した。出口の向こうには、深い夜が広がっていた。遠くに、灯りが見えた。とても明るかった。(終わり)

  • その愛は、二度と春を迎えない   第11話

    翌朝、おばあさまから電話がかかってきた。「彩ちゃん、午後に時間があるなら、本邸まで来てくれる?」午後二時、隼人の車が三浦家本邸の門前に停まった。リビングでは、おばあさまが重厚な椅子に腰かけていた。目の前のローテーブルには、数部の書類が並べられている。その隣には、家政婦二人に付き添われるようにして、陽菜が座っていた。陽菜は化粧もしておらず、髪も乱れていた。泣き腫らした目で私を見るなり、肩をびくりと震わせた。おばあさまは顔を上げ、私の手の甲を軽く叩いてから、陽菜へ向き直った。その眼差しは、冷たい刃のようだった。「伊藤、あれを見せなさい」執事は、偽造された卒業証明書、クレジットカードの滞納記録、SNS投稿のスクリーンショットを、陽菜の前に一枚ずつ置いていった。陽菜の顔が、さっと青ざめた。「おばあさま、私、説明できます……」「必要ないわ」おばあさまは湯呑みを持ち上げ、平坦な声で言った。「結城陽菜。いいえ、結城夏子と言うべきかしら。あんたは学歴を詐称して三浦グループに入り込み、悠生に近づいた。そして、悠生が軽い気持ちで渡したものを、特別扱いされている証拠みたいにネットで見せびらかした。結婚式の前夜には、悠生を酒の席にまで引っ張り出して」おばあさまの声が、低く冷えた。「その結果、私のひ孫は失われた。あの子が三浦家にとって、どれほど大切な命だったか。あんたにわかる?」陽菜の唇が震えた。「三浦社長は……子どもができない体なんじゃ……」その一言が出た瞬間、おばあさまは氷のように冷たい笑いを漏らした。「伊藤。資料は一部を管轄の警察へ、もう一部を三浦グループの法務部へ回しなさい。学歴を偽って入社した以上、採用時の経歴詐称にあたる。法務には正式に手続きを進めさせて」陽菜は椅子を弾くように立ち上がった。涙が一気にあふれ、よろめきながら私の前へ駆け寄ってくる。「彩葉さん!お願いです、助けてください!本当に、あなたを傷つけるつもりなんてなかったんです。ただ……ただ三浦社長のことが好きだっただけで。あのネクタイピンだって、本当に社長がくれたんです。あなたが作ったものだなんて、知らなかったんです!」私は彼女を見下ろし、スカートの裾を必死につかむその手を一本ずつ引き剥がした。「彼が好きだから、私の思いが

  • その愛は、二度と春を迎えない   第10話

    陽菜が帰ってから二時間もしないうちに、あるハッシュタグがローカルのトレンドに上がっていた。【#三浦グループ社長結婚式中止の裏側】タグを開くと、いちばん上に載っていたのは、結婚式で巨大スクリーンに映し出されたあの数枚の写真だった。どの招待客が隠し撮りしたのかはわからない。けれど角度ははっきりしていて、妊娠診断書の文字までくっきり読めた。コメント欄は炎上していた。【つまり社長が秘書と浮気して、婚約者を殴って流産させたってこと???昼ドラすぎるでしょ】【待って、この秘書って前にショート動画上げてた子じゃない?見たことある!「今日もクールな社長に特別扱いされちゃいました!」とか言ってた子!】【見つけた見つけた!この子だ!動画まだ消してない!みんな見に行って!】騒ぎが広がるのは、思っていたよりずっと早かった。陽菜がネクタイピンを見せびらかしていた動画は、すぐに掘り返された。コメント欄は、恋愛をはやし立てる甘い言葉から、彼女を責める声で埋め尽くされていった。さらに、過去の投稿まで次々と晒された。【この子の投稿、全部匂わせじゃん。社長と特別な関係ですって言いたいの、見え見え】【一番引いたのこれ。婚約者が流産した日に「その席、最初から私のものだったのかも」って投稿してる。無理すぎる】私はそれ以上見なかった。スマホを横に置いた瞬間、画面がまた光った。登録していない番号から、ショートメッセージが届いていた。【彩葉さん、お願いです。投稿を消すように言ってください。あの写真、私が流したんじゃありません。信じてください】陽菜だった。私は二秒だけ見て、メッセージを削除した。午後三時、隼人から電話がかかってきた。「三浦グループの広報が全力でトレンドを抑え込もうとしている。でも君の件はもう広まっている。何社かのメディアがこっちに接触してきて、君に取材したいと言っている」「相手にしなくていい」「うん、俺もそう伝えた」隼人は少し間を置いた。「それから、もうひとつ。心の準備をしておいて」「何?」「三浦悠生が午後、三浦家の当主と大喧嘩した。婚約解消に同意しないそうだ」私はスマホを握ったまま、数秒黙った。「彼が同意しなくても関係ない」「わかってる」隼人の声は落ち着いていた。「弁護士

  • その愛は、二度と春を迎えない   第9話

    よかったじゃないか。悠生は知ったのだ。子どもは本当にいたこと。そして、自分にはもう二度と、その機会が巡ってこないかもしれないこと。七週。心拍だって、もう確認できていた。彼が自分の手で奪ったのは、確かに存在していたひとつの命だった。彼があのカルテを見たとき、どんな顔をしたのかは知らない。けれどその夜、彼からの電話は次から次へとかかってきた。以前のような、命令めいた詰問ではなかった。一度目、私は出なかった。二度目も、出なかった。三度目も、やはり出なかった。四度目のとき、彼は音声メッセージを送ってきた。私は再生しなかった。けれど、隼人のスマホが鳴った。表示されていたのは、固定電話の番号だった。隼人は電話に出て、数秒聞いたあと、顔色をわずかに変えた。彼は私を一瞥し、バルコニーへ出て、扉を閉めた。ガラス扉越しに、彼が背を向け、片手を手すりについたまま、長いこと話しているのが見えた。戻ってきたときには、彼の表情は、いつもの落ち着きを取り戻していた。「誰?」「三浦が固定電話からかけてきた」隼人は腰を下ろし、感情のない声で言った。「君を連れて戻ってこい、と」私は何も言わなかった。「断った」「何て言ってた?」隼人は湯呑みを手に取って一口飲み、置いた。「君を返さないなら、御影家のこの街での取引を全部潰す、と言っていた」「怖い?」隼人は少し笑った。その笑みは嘲りではなく、本当に少しおかしいと思っているようなものだった。「彩ちゃん、御影家は三浦の三倍はある。あいつに脅される筋合いはないよ」私も少し笑い、視線を落として手元の婚約解消書類を読み続けた。翌日の午前、私はリビングで書類の記入を終え、名前を書いた。ペンを置いた、その瞬間。インターホンがまた鳴った。モニターを確認した。今度は悠生ではなかった。陽菜だった。彼女はすっかり雰囲気を変えていた。ベージュのニットワンピースに、きれいに巻いた髪。手には上品な紙袋を提げ、顔には作り込んだような笑みを浮かべていた。私は扉を開けた。今度は大きく開けた。陽菜の笑顔は、まるで親戚の家を訪ねてきたかのように晴れやかだった。「彩葉さん、この前は失礼しました。今回は私が自分で来ました。社長は関係あ

  • その愛は、二度と春を迎えない   第8話

    翌朝早く、隼人は出かける前に、玄関に紙袋を置いていった。中には着替え一式が入っていた。サイズはぴったりで、値札もまだ切られていない。それから、服の下には葉酸のサプリが一箱入っていた。私はそれを手に取ったまま、しばらく動けなかった。隼人は、忘れていたのかもしれない。もう子どもはいない。これを飲む必要も、もうないのだと。あるいは、忘れていないのかもしれない。ただ、どう向き合えばいいのかわからないだけで。私は葉酸の箱を紙袋へ戻した。捨てはしなかった。午前十時、インターホンが鳴った。私は玄関のモニターを確認した。悠生だった。彼は昨日と同じ濃紺のスーツ姿だった。ネクタイは曲がり、シャツの襟元のボタンも外れている。目の下には濃い隈ができていて、一睡もしていないのが見て取れた。その隣には、運転手の山本が白い百合の花束を抱えて立っていた。インターホンがもう一度鳴った。それから彼の声が、ドア越しにくぐもって届いた。「彩葉、開けろ」私は玄関に立ったまま、動かなかった。「中にいるのはわかっている」彼の声は低く抑えられていた。廊下を通る人に聞かれるのを恐れているようだった。「彩葉、話をしよう」私は靴を履き、扉の前まで行って、ドアを開けた。けれど開けたのは、半分の顔が見える程度の細い隙間だけだった。私を見た瞬間、彼の目がわずかに揺れた。本当に開けるとは思っていなかったのだろう。「何を話すの?」悠生は隙間から見える私の顔を見つめ、喉仏を上下させた。「子どものことは、俺……」「子どもはもういない」私は言った。「話すことなんてない」悠生は唇をきつく結び、顎をこわばらせた。「彩葉、戻ってこい」「どこへ?」「家だ」その声には、ひどくぎこちないものが混じっていた。命令ではなかった。けれど、頼みごとでもなかった。命令することに慣れきった人間が、初めて命令が通じないと知り、それでも代わりに何を使えばいいのかわからない。そんな声だった。「あそこは私の家じゃない」私は言った。「一度も、そうだったことはない」悠生の目が細められた。彼は手を伸ばして扉を押した。けれどドアチェーンがそれを止めた。「お前と御影隼人はいったいどういう関係だ」

  • その愛は、二度と春を迎えない   第7話

    「おばあさま」スマホを握ったまま、私は思ったより落ち着いた声で答えた。電話の向こうで数秒の沈黙があり、長く重いため息が聞こえた。「彩ちゃん、今どこにいるの?」「安全な場所です」「そう」おばあさまはそれ以上問い詰めず、少し間を置いた。「彩ちゃん、おばあさまにひとつだけ、正直に答えてちょうだい。あの子は……本当にいたの?」私の指がわずかに丸まり、爪が手のひらに食い込んだ。「本当です」電話の向こうは、長い長いあいだ静まり返った。沈黙が長すぎて、通話が切れたのかと思った。そのとき、受話口の向こうで、押し殺したようなすすり泣きが聞こえた。おばあさまは声を上げて泣かなかった。けれど喉の奥で必死にこらえている嗚咽は、どんな号泣よりも胸に刺さった。「何週だったの?」「七週です」また沈黙が落ちた。それから、おばあさまの声が変わった。慈愛深い祖母の声ではなかった。三浦家を取り仕切る人間としての、冷えた声だった。「彩ちゃん、よくお聞き。悠生名義の株式については、七割分の議決権を弁護士に押さえさせた。今日から悠生は、三浦グループで勝手なことは一切できない。何を動かすにも、まず私を通すことになる」私は口を開きかけた。「おばあさま、そこまでしていただかなくても……」「あなたのためじゃない」おばあさまは私の言葉を遮った。その声には怒りがこもっていた。「この世に生まれてくることすらできなかった、私のひ孫のためよ。三浦悠生に、跡を継ぐ資格はない」その一言一言が、重く、鋭く、胸に突き刺さった。私は何も言えなかった。涙が音もなくこぼれ、膝の上に置いた椀の縁へ落ちた。「あなたのお母さんが亡くなる前、私はあの人の手を握って約束したの。彩ちゃんを、実の孫だと思って守るって」おばあさまの声が、少しだけ柔らかくなった。「それなのに、この十年、私は何を見ていたんだろうね。あんなろくでなしを、野放しにしてしまった」「おばあさま……」「止めないで」彼女は何度も咳き込んだ。そばにいる介護士が、早く休むよう慌てている声が聞こえた。「彩ちゃん、安心して体を休めなさい。ほかのことは、おばあさまが片づけるから」電話は切れた。私はスマホを置き、すっかり冷めたお粥を一口ずつ食べた。最後ま

更多章節
探索並免費閱讀 優質小說
GoodNovel APP 免費暢讀海量優秀小說,下載喜歡的書籍,隨時隨地閱讀。
在 APP 免費閱讀書籍
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status