実家が没落して奥山家に居候するようになってから、奥山蒼真(おくやま そうま)は一度も私・栗原凪(くりはら なぎ)をまともに見ようとはしなかった。だが、留学申請の前日、蒼真は珍しく私の代わりに必要な書類をまとめてくれた。別れを惜しんで目を赤くした私は、準備を終えると、お礼を言おうと蒼真の書斎のドアを開けた。すると、中にいた蒼真は足を組みながら、電話の向こう側の相手に笑いかけていた。「安心しろ。あいつの大事な書類を2つ、わざと入れなかったから。確実に落ちるはず。そうすれば、お前の枠が空くからな」入り口で立ち尽くす私と蒼真の視線が合う。蒼真は面倒くさそうに電話を切った。「盗み聞きか?お前の英語じゃ、行っても恥をかくだけだろ?だから、梨花に枠を譲れ。あいつが行った方がいいんだから」大雨の中で私の手を取って「怖がらなくていい。俺が一生養ってやるから」とまで、言ってくれた人なのに、今では私の未来の邪魔をしてくる。その日、私は涙を拭った。徹夜で足りない書類を補い、夜が明けると、始発の電車で大使館へ向かった。……「朝早くからどこへ行ってたの?」帰ってきてドアを開けると、井上梨花(いのうえ りか)が私のベッドの上で胡坐をかき、私のアルバムをめくっていた。シルクのパジャマを着て、髪を下ろした姿は、まるでここが自分の家だと言わんばかりだ。視線を梨花の左手首に落とした瞬間、私は体が凍りついた。上質なヒスイのブレスレットが、部屋の電気に照らされ、透き通るような緑色の光を放っている。それは母のものだった。「ねえ、手首にしてるそれ、どこから持ってきたの?」「蒼真くんがくれたの」梨花が手首を見つめて、無邪気に笑う。「あなたが全然使ってないからって。引き出しに入れたままじゃ輝きも鈍るし、ヒスイは身に着けてこそのものだって、知らないの?」「それ、母の形見なんだけど」「知ってるよ?」梨花は灯りの下で腕を動かし、まるで口紅の色でも品定めするように言った。「でも、アクセサリーっていうのは、似合う人がつけた方がいいでしょ?」こめかみが激しく脈打つ。私は梨花に駆け寄り、彼女の手首を強く掴んだ。「返して」「何するのよ!痛いっ――」梨花が悲鳴を上げて、後ずさった。すると、廊下の奥から足音が近づいてくる
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