忘れられた双子が死んだ夜 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 9

9 チャプター

第1話

ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。もちろん、私のものも。ヴィヴィアンは十八歳の誕生日に死ぬ。それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。だからヴィヴィアンは、この残酷な世界の中で特別扱いされ続けた。ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。でも、本当は違った。私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。両親は、私を地下室へ閉じ込めた。同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。私は何度も扉を叩いた。「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」「でも、本当に具合が悪くて……」「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」ヒールの音が遠ざかっていく。私は暗闇の中に置き去りにされた。ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】最後まで読む前に、急に身体の感覚が消えた。ふっと重力がなくなる。気づけば私は宙に浮いていて、そのまま閉ざされた扉をすり抜けていた。次の瞬間、豪華なパーティーホールへたどり着く。シャンデリアの光が眩し
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第2話

地下室に染みついたカビ臭さが、嫌でも昔の記憶を引きずり出してくる。小さい頃の私は、今よりもっとヴィヴィアンが嫌いだった。ファミリーが雇った最高クラスの医療チームも、24時間体制で付き添う看護師たちも、全部ヴィヴィアンのため。代々受け継がれてきたネックレスもヴィヴィアンに渡ったし、新しい車が届けば、最初に乗せてもらえるのはいつだってあの子だった。私は護衛用セダンの後部座席。そんな扱いが当たり前だった。寝る前の時間だってそうだ。父、マルチェロは、ヴィヴィアンの前でだけ驚くほど優しい声で話した。シチリア時代のヴァレンティ家がどうやって成り上がったのか。どれだけの血を流して今の地位を手に入れたのか。誇りと暴力にまみれたファミリーの歴史を、静かな声で語って聞かせる。でも、その話を聞けるのはヴィヴィアンだけだった。私はいつも、部屋の外にしゃがみ込んでいた。扉の隙間に耳を寄せながら。「ヴィヴィアン、今夜はどんな話が聞きたい?」低く柔らかな父の声。「ひいおじい様がニューヨークを手に入れた時の話」ヴィヴィアンがそう答えると、父はゆっくり話し始める。夜の静けさに溶けるチェロみたいな、ゆっくりと深く響く声だった。私は膝を抱えたまま、扉の外でファミリーの栄光の物語を聞いていた。聞けば聞くほど、巨大な手に心臓を鷲掴みにされるように、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。どうして、私は一緒に聞いちゃいけないの?十歳の夏、同盟ファミリーからドーベルマンの子犬が二匹贈られてきたことがあった。綺麗な黒毛の純血種。夕食の席で、母は二本のリードをそのままヴィヴィアンへ手渡した。「ヴィヴィアン、可愛がってあげて。この子たちなら、あなたを守ってくれるわ」私は自分の空っぽの手を見下ろした。気づいた時には、涙が溢れていた。「なんでヴィヴィアンだけなの?」声が震える。「私も欲しい! 一匹くらい、私にもくれたっていいじゃない!」次の瞬間、ガンッと食器のぶつかる音が響いた。父がフォークを叩きつけたのだ。「シエナ!」怒鳴り声に、身体がびくっと震える。「お前はどうしてそんなに自分勝手なんだ!」父は立ち上がった。その顔は恐ろしいほど険しかった。「ヴィヴィアンの身体がそれほど弱いか分かってるの
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第3話

「シエナ」父は地下室の扉越しに、静かな声で呼びかけた。「チョコレートを持ってきたぞ。甘いものでも食べて、もう機嫌を直せ。いつまでも拗ねるな」私は父の前へしゃがみ込んで、彼を見つめる。父の目は真っ赤に充血していて、目元の皺も去年よりずっと深くなっていた。髪には白いものまで混じっている。まだ四十五歳なのに。まるで地獄を這いずり回ってきた老人のような顔だった。「パパ、私はここにいるよ。私、死んじゃったの。だからお願い……扉を開けて、ちゃんと見てよ」もちろん、私の声は届かない。「シエナ?」父はもう一度名前を呼びながら、扉の下の隙間へチョコレートを押し込んだ。私は父の頬へ触れようとする。でも指先は、父の身体をすり抜けた。父は深くため息をつく。「まったく……まだ根に持っているのか」呆れたような声だった。高価な革靴の先で、さらにチョコレートを奥へ押しやる。「いいだろう、そこでおとなしくしていろ。だが、これ以上騒ぎは起こすな」そこで一瞬、父の声が掠れた。「……ヴィヴィアンがいなくなったら、その時は全部埋め合わせしてやるから」私は、父が地下室へ入るのを待たなかった。遠ざかっていく背中を見つめながら、小さく呟く。「もういいよ、パパ」埋め合わせなんて、しなくていい。だって、もう間に合わない。父が去ったあと、廊下は再び静けさに包まれた。しばらくして、ホールの方から扉の開く音が聞こえる。部屋から出てきた母は、ヴィヴィアンを起こさないよう、そっと扉を閉めた。そのまま廊下に立ち尽くし、ぼんやり何かを考え込む。やがて地下室の扉へ視線を向けると、唇をきゅっと結んだ。迷っているみたいだった。けれど最後には、小さく息を吐いてこちらへ歩いてくる。そして、さっき父がいた場所へしゃがみ込んだ。「シエナ……」今にも消えそうな声だった。「ママを恨まないでね」震える指先で、扉の彫刻をそっとなぞる。「あなたが傷ついてるのは分かってる。でも……ヴィヴィアンには、もう今日しか残ってないの」そこで言葉が詰まる。「だから、せめて最後くらい、幸せなままでいさせてあげたいのよ……」私は母の前へしゃがみ込んだ。母の目元が濡れている。でも彼女は、それを隠すみたいに
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第4話

その瞬間、母の表情が強張った。「シエナなら……その、乗馬クラブへ行かせました」祖母と目を合わせないまま、視線をドレスの裾へ落とす。けれど祖母は何も答えない。ただ、冷え切った目でじっと母を見つめていた。「乗馬クラブですって?」静かな声だった。「だったら今すぐ呼び戻しなさい」「お義母様……!」母は慌てて立ち上がる。明らかに声が震えていた。「シエナが少し興奮していて……頭を冷やさせるために、地下室へ入れてるんです」そこで祖母の動きが止まった。空気が一瞬で張り詰める。「……地下室?」祖母はゆっくり聞き返した。「あなた、シエナを閉じ込めたの?」「でも今日はヴィヴィアンの大事な日なので……」母の声はどんどん小さくなっていく。祖母の顔色が変わった。立ち上がった拍子に身体がわずかによろめき、母が慌てて支えようとする。でも祖母は、その手を強く振り払った。「ヴァレリア!」怒りを堪えきれない声が響く。「シエナだって、あなたの娘でしょう?」母は何か言おうとした。けれど祖母は止まらなかった。「ええ、分かっているわ。ヴィヴィアンの運命がどれほど残酷かくらい。十九にもなれない人生だなんて、そんなもの悲劇以外の何ものでもない」祖母の目に涙が滲む。「だから最後くらい、幸せに送り出してあげたい。そう思う気持ちも分かるわ」でも次の瞬間、その声は鋭くなった。「じゃあシエナは? あの子の人生は違ったの!?」母が息を呑む。「シエナが自分だけのものを与えられたこと、一度でもあった? 服も宝石も全部お下がり! 護衛までヴィヴィアンへ回して!」祖母の声が震える。「あなたたち、あの子から何もかも奪ってきたじゃない!」「私はそんなつもりじゃ……」母の反論は弱々しかった。祖母は涙も拭わずに続ける。「二人とも優しい子だったのよ……」掠れた声だった。「なのに、あなたたちはシエナへ何を返したの? 少しくらい愛してあげようとは思わなかったの?」母はその場へ崩れるように座り込み、顔を覆った。肩が激しく震えている。それでも祖母は言葉を止めない。「それなのに最後くらい、姉妹を会わせてもあげなかったの?」怒りというより、もう悲鳴に近かった。「ヴィヴィア
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第5話

「どうしたの?」母はまだ、奇跡が起きたみたいな明るい声のままだった。地下室の入口で立ち尽くしている父の肩を軽く押す。「マルチェロ、そこで何してるの? 私がシエナを――」「入るな」父の声はひどく震えていた。「……え?」その背後から、ヴィヴィアンがそっと顔を覗かせる。「パパ……?」大きな瞳には、計算し尽くされた不安の色。「シエナ、どうしたの……?」彼女は心配そうな声で地下室へ呼びかけた。「お姉ちゃん、もう怒らないで出てきて? ヴィヴィアン、会いに来たよ?」私は天井近くに浮かんだまま、その姿を冷めた目で見下ろしていた。……本当に、上手い。昔からずっとそうだった。もちろん、隅で冷たくなっている死体が、その呼びかけに応えることはない。地下室は不気味なくらい静まり返っていた。そこでようやく、母も異変に気づいたらしい。彼女は父の腕を押しのけ、じめじめと暗い入口を無理やり通り抜け、地下室へ踏み込んだ。湿った冷気の奥、壁際に小さく丸まった影が見えた。「シエナ、仮病はやめなさい。起きなさい」苛立った声のまま近づいていく。そしていつものように乱暴に、私の肩を掴んで揺さぶった。次の瞬間。母の動きが止まる。そこには何の温もりもなかった。生命の兆候は一切ない。唇はぞっとするような青紫色に変わっていた。頬も、もう硬かった。「……っ」母の喉から潰れたみたいな声が漏れ、雷に打たれたようにその場へ崩れ落ちた。父は弾かれたように駆け込んでくる。狂ったみたいな勢いで膝をつき、震える指を私の鼻先へ当てた。呼吸はない。その視線がゆっくり私の手首へ落ちる。「健康だったはずの双子」のバイオウォッチ。そこに表示されていたのは、残酷な赤い数字だった。00:00:00警告灯が狂ったように点滅している。生命活動、停止。「ありえない……」父の唇が震える。「こんなの……ありえない……」乱暴に私の襟元を開き、首筋へ指を押し当てる。一秒。二秒。三秒。……何もない。そして次の瞬間、父が絶叫した。「チップが入れ替わってたんだ!」喉を引き裂くみたいな声だった。「生まれた時からずっと……ヴィヴィアンじゃなくて、シエナだったんだ!」地下室の空
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第6話

昼の陽射しがステンドグラスを通り抜け、色のついた光を床一面へ落としていた。なのに屋敷の中は、妙なくらい静まり返っている。暖房は限界まで上げられていた。熱風が絶えず吹き出しているのに、それでも私は分かっていた。もう、どれだけ温めても遅い。死んだ身体は、二度と温かくならない。その時、ヴィヴィアンの部屋の扉が激しく開いた。目を真っ赤にした母の手を振り払い、裸足のまま飛び出してくる。「どいて!」階段へ向かいながら叫んだ。「シエナに会わせてよ!」螺旋階段を駆け下りる足音が、静かなホールに大きく響く。けれどヴィヴィアンは途中で足を止めた。リビングの真ん中に、父が座り込んでいたからだ。ドン・マルチェロ・ヴァレンティ、ニューヨーク裏社会で恐れられてきた男。その父が今は冷たい床の上で、私を抱き締めている。脱いだジャケットを丁寧に私へ掛け、自分の胸へ寄せるようにして。力の抜けた身体、不自然に傾いた首。長い髪が床へ流れている。銃を握り続けてきた大きな手が、今は私の指を必死に擦っていた。何度も、何度も。「もう少しだ……」父は壊れたみたいに呟く。「もう少しで温かくなるからな、シエナ」掠れた声だった。「パパがちゃんと温めてやる。だから寒くないぞ……」ヴィヴィアンの呼吸が止まる。「……パパ?」父はゆっくり顔を上げた。その顔には、優しくも恐ろしい笑みに歪んでいた。「静かにしう」唇へ指を当てた。「シエナが寝てるんだ」目だけが異様に光っていた。「熱を出して寝てるだけなんだ。熱が下がれば元気になる」父は私を見下ろしながら、優しく笑う。「昔からそうだっただろ? 一晩眠れば、また元気になるんだ」ヴィヴィアンは父を見つめた。その目に一瞬だけ苛立ちが滲む。そして耐えきれなくなったみたいに声を荒げた。「パパ、現実を見て!」震えた声だった。「シエナは死んだの! チップはゼロになったのよ!」ガンッ!次の瞬間、黒いグロックがテーブルへ叩きつけられた。ヴィヴィアンが息を呑む。父がゆっくり顔を上げた。その目は真っ赤に充血していて、追い詰められた獣みたいだった。「黙れ」低い声。「それ以上喋るな」ヴィヴィアンは顔を青くし、その
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第7話

大広間には、耳をつんざくような泣き声が響いていた。重い扉を閉めていても嗚咽は外まで漏れていたらしく、騒ぎを聞きつけた下位ファミリーの妻たちが、次々とホールへ集まり始める。ヴァレンティ家に取り入り、夫たちがその庇護で成り上がってきた女たちだ。本来なら誕生日パーティーへ招かれていた客だった。けれど今、彼女たちの視線は荒れ果てた室内を通り越し、祖母の腕の中へ向けられていた。そこに抱かれている、私の死体へ。「まあ……」赤いドレスの女が、シャンパングラスを片手に口元を押さえる。驚いたような顔をしていた。でもその声には、隠しきれない悪意が滲んでいる。「ヴァレンティ家も大変ねぇ。跡継ぎを取り違えるなんて」肩を竦めながら、わざとらしく笑った。「死ぬはずだった娘が生き残って、生きていた娘が死ぬなんて」くすり、と喉を鳴らす。「神様ですら、双子を見分けられなかったのかしら?」その瞬間、空気が凍りついた。母がゆっくり顔を上げる。頬には涙の跡が残っていた。けれど目に宿っていた絶望は、もう別のものへ変わっている。マフィアの妻らしい、狂気じみた殺意だった。カチリ。乾いた金属音が響く。次の瞬間、母は腰の銃を抜き放っていた。スライドを引き、そのまま女へ飛びかかる。金髪を鷲掴みにし、砕けたグラスの上へ叩きつけた。女は悲鳴を上げる暇もなく床へ引き倒される。そして次の瞬間には、冷たいベレッタの銃口が、口紅のついた口へ無理やり捩じ込まれていた。硬い銃身が頬の内側を裂く。血と唾液が混ざり、顎を伝って滴り落ちた。「んっ、う……!!」女は恐怖で白目を剥き、必死にもがく。母は髪を掴んだまま、低く囁いた。「今、なんて言ったの?」銃口をさらに押し込む。「「もう一回言ってみなさい……」その声は震えていた。けれど怒りだけは異様なほど冷たい。「次、私の娘が死んだなんて口にしたら、あんたの脳みそでこの床を塗りたくってやるわよ」「ママ、やめて!!」ヴィヴィアンも悲鳴を上げた。泣きながら母へ飛びつき、銃を押さえようとする。「この人たちにこれ以上言わせないで! みんな帰らせて、ここから追い出して!」甲高い叫び声だった。ヴィヴィアンは怯えていたのだ。誰かに本当のこと
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第8話

護衛たちが、泣き叫ぶ父を無理やり引き剥がした。ヴァレンティ家では代々、直系の人間は一族専用の霊廟へ葬られる。それが長年続いてきた絶対のしきたりだった。けれど祖母は、それを認めなかった。「この家の嘘と野望に、この子の灰を穢させるつもりはないわ」誰にも逆らわせない声だった。祖母は、自らの意思で百年続いた慣習を断ち切った。葬儀も、身内だけで静かに済ませると決める。大勢を集めた派手な告別式は開かれなかった。白々しく哀悼の意を捧げに来る同盟ファミリーのボスたちも来ない。祖母が用意していたのは、たった一つだけだった。真っ白なシルクのドレス。私の十八歳の誕生日に合わせて、密かに仕立ててくれていたものだ。冷え切った安置室の中で、祖母は静かに水を張った。そして自分の手で、私の顔についた汚れを優しく、丁寧に拭っていく。そのあと、皺だらけの手で白いドレスを着せてくれた。その時だった。勢いよく扉が開く。母がよろめきながら飛び込んできた。両手は血で汚れ、目には縋るような色が浮かんでいる。「……お義母様、お願いです……」声はかすれていた。「せめて……シエナに靴だけでも履かせてあげたいんです……」母はベッド脇へ座り込む。震える指先が、私の足へ伸びた。――カチリ。冷たい金属音が響く。祖母は視線すら向けないまま、腰のリボルバーを抜いていた。銀色の銃口が、真っ直ぐ母の額へ突きつけられる。「出ていきなさい」感情のない声だった。「あなたに、この子を触る資格はないわ」母の身体がびくりと震える。そのまま力が抜けたように床へ塌れ込んだ。泣きながら抵抗する母は、護衛たちに抱えられ、そのまま外へ連れて行かれる。火葬室の防音ガラスの向こう側で、炉に火が入った。低い唸りとともに炎が燃え上がる。母はガラスへ縋りつき、狂ったように私の名前を叫び続けていた。窓を叩き、爪を立て、声が潰れるまで泣き叫ぶ。最後には力尽きたように、その場へ崩れ落ちた。父もまた、膝をついたままだった。手すりを握る手に力が入りすぎて、爪が割れ、血が滲んでいる。赤い雫が磨き上げられた床へぽたぽた落ちていった。私は宙に浮かびながら、その光景を見下ろしていた。呆れるほど滑稽だった。今さ
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第9話

SUVは厳重な警備を抜け、祖母の私有ワイナリーへ入っていった。ここには、ニューヨークの裏社会の喧騒は届かない。冷酷な駆け引きも、誰かを値踏みする視線もない。あるのは、早朝の静寂だけだった。祖母は暖炉の前へ歩いていき、マッチで乾いた薪へ火を灯す。柔らかな金色の光が、冷え切った安置室の気配を少しずつ追い払っていく。祖母はそのままテーブルへ戻った。リビングの長いテーブルの中央へ、私の骨壺を静かに置く。それから、白い祈りのキャンドルを三本灯した。小さな炎が揺れる。祖母は目を閉じ、胸元でゆっくり十字を切った。ヴァレンティ家に古くから伝わる、最も神聖な別れの儀式だった。私は宙に浮かびながら、その光景を見つめていた。その瞬間、祖母が、ふいに目を開ける。白く濁りながらも鋭い光を宿した瞳が、真っ直ぐこちらを見た。「シエナ」掠れた声だった。涙を堪え続けていたせいで、声まで滲んでいる。「おばあちゃんには見えてるよ」胸の奥で、何かが一気に崩れ落ちた。十八年間、押し殺してきた苦しさも、寂しさも、全部溢れ出す。「おばあちゃん……!」私は泣きながら祖母へ駆け寄った。抱き締めてほしかった。温かい人間のぬくもりに触れたかった。けれど、私の手は祖母の身体をすり抜ける。何も掴めない。私は呆然と、自分の透けた指先を見下ろした。祖母は何も言わなかった。ただ、震える腕をゆっくり広げる。そこに誰かがいるみたいに。本当に私を抱き締めようとしてくれているみたいに。死によって隔てられた祖母と孫は、その静かな家の中で、長い時間一緒に泣き続けた。やがて祖母は涙を拭うと、ゆっくり立ち上がった。外の果樹園へ向かい、真っ赤に熟した林檎を一つもいでくる。流し台で丁寧に洗い、傷ひとつないくらい綺麗に磨き上げた。そして白いキャンドルの隣へ、そっと置く。「この血塗れの家じゃ、あの子たちが与えるものには、いつだって血と火薬の臭いがついて回るわ」祖母は骨壺を撫でながら、小さく笑った。「おばあちゃんには宝石も金もないけどねぇ。でも、綺麗な林檎を一つくらいならあげられるわ」ぽたり、と涙が落ちた。彼女の乾いた指先が、骨壺を優しくなぞる。祖母は私を見上げる。疲れているけど、どこまでも優
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