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忘れられた双子が死んだ夜

忘れられた双子が死んだ夜

By:  ココジャムCompleted
Language: Japanese
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ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。 手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。 双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。 もちろん、私のものも。 彼女が、私たちの十八歳の誕生日に死ぬということも。 それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。 だからヴィヴィアンは、この残酷な世界において、誰も手出しできない「アンタッチャブルなお姫様」として君臨した。 ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。 昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。 だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。 でも、本当は違った。 私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。 あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。 父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。 そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。 両親は、私を地下室へ閉じ込めた。 同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。 地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。 私は何度も扉を叩いた。 「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」 けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。 「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」 「でも、本当に具合が悪くて……」 「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」 ヒールの音が遠ざかっていく。 私は暗闇の中に置き去りにされた。 ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。 【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】

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Chapter 1

第1話

ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。

手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。

双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。

もちろん、私のものも。

ヴィヴィアンは十八歳の誕生日に死ぬ。

それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。

だからヴィヴィアンは、この残酷な世界の中で特別扱いされ続けた。

ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。

昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。

だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。

でも、本当は違った。

私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。

あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。

父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。

そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。

両親は、私を地下室へ閉じ込めた。

同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。

地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。

私は何度も扉を叩いた。

「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」

けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。

「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」

「でも、本当に具合が悪くて……」

「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」

ヒールの音が遠ざかっていく。

私は暗闇の中に置き去りにされた。

ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。

【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】

最後まで読む前に、急に身体の感覚が消えた。

ふっと重力がなくなる。

気づけば私は宙に浮いていて、そのまま閉ざされた扉をすり抜けていた。

次の瞬間、豪華なパーティーホールへたどり着く。

シャンデリアの光が眩しく輝く中、有力な同盟者たちや敵対するボスたちの視線は、ヴィヴィアンのウォッチが刻む残り時間に釘付けになっていた。

彼女の手首に表示されている残り時間は、03:15:22。

今夜が終わるまでに、ヴィヴィアンは死ぬ。

誰もがそう信じていた。

父のマルチェロはヴィヴィアンを抱き寄せ、母のヴァレリアは壊れ物に触れるみたいに彼女の頬を撫でている。

ダイヤだらけのドレスを纏ったヴィヴィアンは、小さく咳き込んだ。

絶妙な甘えを含んだ、不安そうに揺れる声。

「……ママ、パパ。お姉ちゃん、本当に大丈夫かな……?」

不安そうに揺れる声。

「頭が痛いって泣いてたし……地下室、すごく寒いから……」

「放っておきなさい」

母はすぐに言った。

ヴィヴィアンの金髪を優しく撫でながら。

「あの子は昔から大げさなのよ」

「そうだ、病気なんて嘘に決まってる」

父も苛立ったように吐き捨てる。

「どうせまた、気を引きたいだけだ」

そう言ったあと、父は急に言葉を詰まらせた。

「……お前に残された時間は、もう」

最後まで続けられない。

目を赤くしながら、父はヴィヴィアンを強く抱き締めた。

「今日は自分の誕生日だけ考えろ。シエナなんかに台無しにされるな」

ヴィヴィアンは悲しそうに目を伏せる。

でも私は知っていた。

あれは全部、演技だ。

ヴィヴィアンは昔からそうだった。人前では、必ず優しい妹を演じる。

私には専用の護衛をつける価値すらなく、敵対ファミリーが路上で私を拉致しようとした時でさえ、ヴィヴィアンが自分の護衛を二人、私に「プレゼント」してくれただけだった。彼女の盛大な施しのパフォーマンスだ。宝石や贅沢品? そんなものは望むべくもない。

私にデザートを分けてくれたり。一度しか着ていない高級ドレスを譲るふりをしたり。父に怒鳴られれば、真っ先に庇ってみせたり。

そして決まって、泣きそうな顔でこう言うのだ。

「シエナ、ごめんね……私のせいで、あなたばっかり辛い思いして……」

そのたびに両親は、「なんて優しい子なの」とますますヴィヴィアンを愛した。

「あの子は昔から、あなたに嫉妬してるのよ」

母は何度もヴィヴィアンにそう言っていた。

「あなたが幸せそうにしてるのが気に入らないの。

十六歳の誕生日のこと、もう忘れたの?」

十六歳の誕生日。

あの日、私は初めて反抗した。

誕生日は双子二人のもののはずなのに、祝われるのはヴィヴィアンだけだった。

父はヴィヴィアンのために特注の銃を用意した。

後継者の証として。

巨大なケーキまで用意され、両親はヴィヴィアンを抱き寄せながら幸せそうにキャンドルへ火を灯していた。

私は柱の陰から、それを見ていた。

キャンドルの光に照らされるヴィヴィアンの顔。ずっと欲しかった銃を手にして笑う姿。願い事をするために静かに目を閉じる瞬間。それを見守りながら涙ぐむ両親。

耐えられなかった。

嫉妬だったのかもしれない。

あるいは、両親の腕の中から私を見下ろすヴィヴィアンの顔に、我慢できなかったのかもしれない。

私は飛び出して、ヴィヴィアンを突き飛ばした。

銃が噴水へ落ちる。

巨大なケーキが倒れ、使用人たちが慌てて私を取り押さえた。

私は追い詰められた獣のように叫んだ。

「なんでいつもヴィヴィアンだけなのよ!」

あの時の父の顔を、今でも忘れられない。

父は無言でファミリーの鞭を手に取った。

それでも私は怯みもしなかった。

鞭が振り下ろされるたび、背中が裂けるみたいに痛んだ。

それでも母は止めなかった。

ただ冷たい目で見ていただけだった。

ヴィヴィアンだけが泣きながら、その「か弱い」身体で私を庇うように覆い被さった。

「やめて、パパ! お願い、もうやめて!」

震える声でそう叫びながら、私を抱きしめる。

でも肩に食い込む指だけは、痛いほど強かった。

「全部、私のせいなの……」

私はヴィヴィアンを突き飛ばした。

それが余計に父の怒りに火をつけ、私は部屋へ閉じ込められたうえ、夕食まで抜きにされた。

その夜。

ヴィヴィアンは私の部屋へやって来た。

昼間みたいな優しい顔はしていない。

口元には、勝ち誇ったみたいな笑みが浮かんでいた。

「かわいそう、シエナ」

冷たい指先が傷口をゆっくりなぞる。

「このチップが読んでるのは私の寿命なんだから。みんな、私だけを愛するの。

あなたは私の影よ、シエナ。一生、私の影の中で生きて死ぬの」

――そして今。

パーティーホールで、母はヴィヴィアンを抱き寄せながら言った。

「シエナのことなんて放っておきなさい」

呆れたような声だった。

「あの子は昔から、あなたが羨ましいだけなんだから」

……そう。

その通りだった。

私はヴィヴィアンが羨ましかった。

家族に愛されることが。父に優しくしてもらえることが。

たとえ余命わずかでも、両親にとって一番大切な存在でいられることが。

私はヴィヴィアンへ手を伸ばした。

その偽善者の顔を引き剥がしてやりたかった。

全部暴いてやりたかった。

けれど、私の手は彼女の身体をすり抜けた。

まるで冷たい霧に触れたみたいに。

私は、自分の透けた指を見下ろした。嫌な予感に引き寄せられるように地下室へ戻る。

扉の隙間から見えるのは、死んだみたいな暗闇だった。私はそのまま扉をすり抜ける。

そして、冷たい石床の上に倒れている、自分自身の死体を見てしまった。

私はもう動いていない。

ヴィヴィアンのカウントがゼロになるより先に、私の命の方が終わっていたのだ。

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第1話
ヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。もちろん、私のものも。ヴィヴィアンは十八歳の誕生日に死ぬ。それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。だからヴィヴィアンは、この残酷な世界の中で特別扱いされ続けた。ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。でも、本当は違った。私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。両親は、私を地下室へ閉じ込めた。同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。私は何度も扉を叩いた。「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」「でも、本当に具合が悪くて……」「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」ヒールの音が遠ざかっていく。私は暗闇の中に置き去りにされた。ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】最後まで読む前に、急に身体の感覚が消えた。ふっと重力がなくなる。気づけば私は宙に浮いていて、そのまま閉ざされた扉をすり抜けていた。次の瞬間、豪華なパーティーホールへたどり着く。シャンデリアの光が眩し
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第2話
地下室に染みついたカビ臭さが、嫌でも昔の記憶を引きずり出してくる。小さい頃の私は、今よりもっとヴィヴィアンが嫌いだった。ファミリーが雇った最高クラスの医療チームも、24時間体制で付き添う看護師たちも、全部ヴィヴィアンのため。代々受け継がれてきたネックレスもヴィヴィアンに渡ったし、新しい車が届けば、最初に乗せてもらえるのはいつだってあの子だった。私は護衛用セダンの後部座席。そんな扱いが当たり前だった。寝る前の時間だってそうだ。父、マルチェロは、ヴィヴィアンの前でだけ驚くほど優しい声で話した。シチリア時代のヴァレンティ家がどうやって成り上がったのか。どれだけの血を流して今の地位を手に入れたのか。誇りと暴力にまみれたファミリーの歴史を、静かな声で語って聞かせる。でも、その話を聞けるのはヴィヴィアンだけだった。私はいつも、部屋の外にしゃがみ込んでいた。扉の隙間に耳を寄せながら。「ヴィヴィアン、今夜はどんな話が聞きたい?」低く柔らかな父の声。「ひいおじい様がニューヨークを手に入れた時の話」ヴィヴィアンがそう答えると、父はゆっくり話し始める。夜の静けさに溶けるチェロみたいな、ゆっくりと深く響く声だった。私は膝を抱えたまま、扉の外でファミリーの栄光の物語を聞いていた。聞けば聞くほど、巨大な手に心臓を鷲掴みにされるように、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。どうして、私は一緒に聞いちゃいけないの?十歳の夏、同盟ファミリーからドーベルマンの子犬が二匹贈られてきたことがあった。綺麗な黒毛の純血種。夕食の席で、母は二本のリードをそのままヴィヴィアンへ手渡した。「ヴィヴィアン、可愛がってあげて。この子たちなら、あなたを守ってくれるわ」私は自分の空っぽの手を見下ろした。気づいた時には、涙が溢れていた。「なんでヴィヴィアンだけなの?」声が震える。「私も欲しい! 一匹くらい、私にもくれたっていいじゃない!」次の瞬間、ガンッと食器のぶつかる音が響いた。父がフォークを叩きつけたのだ。「シエナ!」怒鳴り声に、身体がびくっと震える。「お前はどうしてそんなに自分勝手なんだ!」父は立ち上がった。その顔は恐ろしいほど険しかった。「ヴィヴィアンの身体がそれほど弱いか分かってるの
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第3話
「シエナ」父は地下室の扉越しに、静かな声で呼びかけた。「チョコレートを持ってきたぞ。甘いものでも食べて、もう機嫌を直せ。いつまでも拗ねるな」私は父の前へしゃがみ込んで、彼を見つめる。父の目は真っ赤に充血していて、目元の皺も去年よりずっと深くなっていた。髪には白いものまで混じっている。まだ四十五歳なのに。まるで地獄を這いずり回ってきた老人のような顔だった。「パパ、私はここにいるよ。私、死んじゃったの。だからお願い……扉を開けて、ちゃんと見てよ」もちろん、私の声は届かない。「シエナ?」父はもう一度名前を呼びながら、扉の下の隙間へチョコレートを押し込んだ。私は父の頬へ触れようとする。でも指先は、父の身体をすり抜けた。父は深くため息をつく。「まったく……まだ根に持っているのか」呆れたような声だった。高価な革靴の先で、さらにチョコレートを奥へ押しやる。「いいだろう、そこでおとなしくしていろ。だが、これ以上騒ぎは起こすな」そこで一瞬、父の声が掠れた。「……ヴィヴィアンがいなくなったら、その時は全部埋め合わせしてやるから」私は、父が地下室へ入るのを待たなかった。遠ざかっていく背中を見つめながら、小さく呟く。「もういいよ、パパ」埋め合わせなんて、しなくていい。だって、もう間に合わない。父が去ったあと、廊下は再び静けさに包まれた。しばらくして、ホールの方から扉の開く音が聞こえる。部屋から出てきた母は、ヴィヴィアンを起こさないよう、そっと扉を閉めた。そのまま廊下に立ち尽くし、ぼんやり何かを考え込む。やがて地下室の扉へ視線を向けると、唇をきゅっと結んだ。迷っているみたいだった。けれど最後には、小さく息を吐いてこちらへ歩いてくる。そして、さっき父がいた場所へしゃがみ込んだ。「シエナ……」今にも消えそうな声だった。「ママを恨まないでね」震える指先で、扉の彫刻をそっとなぞる。「あなたが傷ついてるのは分かってる。でも……ヴィヴィアンには、もう今日しか残ってないの」そこで言葉が詰まる。「だから、せめて最後くらい、幸せなままでいさせてあげたいのよ……」私は母の前へしゃがみ込んだ。母の目元が濡れている。でも彼女は、それを隠すみたいに
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第4話
その瞬間、母の表情が強張った。「シエナなら……その、乗馬クラブへ行かせました」祖母と目を合わせないまま、視線をドレスの裾へ落とす。けれど祖母は何も答えない。ただ、冷え切った目でじっと母を見つめていた。「乗馬クラブですって?」静かな声だった。「だったら今すぐ呼び戻しなさい」「お義母様……!」母は慌てて立ち上がる。明らかに声が震えていた。「シエナが少し興奮していて……頭を冷やさせるために、地下室へ入れてるんです」そこで祖母の動きが止まった。空気が一瞬で張り詰める。「……地下室?」祖母はゆっくり聞き返した。「あなた、シエナを閉じ込めたの?」「でも今日はヴィヴィアンの大事な日なので……」母の声はどんどん小さくなっていく。祖母の顔色が変わった。立ち上がった拍子に身体がわずかによろめき、母が慌てて支えようとする。でも祖母は、その手を強く振り払った。「ヴァレリア!」怒りを堪えきれない声が響く。「シエナだって、あなたの娘でしょう?」母は何か言おうとした。けれど祖母は止まらなかった。「ええ、分かっているわ。ヴィヴィアンの運命がどれほど残酷かくらい。十九にもなれない人生だなんて、そんなもの悲劇以外の何ものでもない」祖母の目に涙が滲む。「だから最後くらい、幸せに送り出してあげたい。そう思う気持ちも分かるわ」でも次の瞬間、その声は鋭くなった。「じゃあシエナは? あの子の人生は違ったの!?」母が息を呑む。「シエナが自分だけのものを与えられたこと、一度でもあった? 服も宝石も全部お下がり! 護衛までヴィヴィアンへ回して!」祖母の声が震える。「あなたたち、あの子から何もかも奪ってきたじゃない!」「私はそんなつもりじゃ……」母の反論は弱々しかった。祖母は涙も拭わずに続ける。「二人とも優しい子だったのよ……」掠れた声だった。「なのに、あなたたちはシエナへ何を返したの? 少しくらい愛してあげようとは思わなかったの?」母はその場へ崩れるように座り込み、顔を覆った。肩が激しく震えている。それでも祖母は言葉を止めない。「それなのに最後くらい、姉妹を会わせてもあげなかったの?」怒りというより、もう悲鳴に近かった。「ヴィヴィア
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第5話
「どうしたの?」母はまだ、奇跡が起きたみたいな明るい声のままだった。地下室の入口で立ち尽くしている父の肩を軽く押す。「マルチェロ、そこで何してるの? 私がシエナを――」「入るな」父の声はひどく震えていた。「……え?」その背後から、ヴィヴィアンがそっと顔を覗かせる。「パパ……?」大きな瞳には、計算し尽くされた不安の色。「シエナ、どうしたの……?」彼女は心配そうな声で地下室へ呼びかけた。「お姉ちゃん、もう怒らないで出てきて? ヴィヴィアン、会いに来たよ?」私は天井近くに浮かんだまま、その姿を冷めた目で見下ろしていた。……本当に、上手い。昔からずっとそうだった。もちろん、隅で冷たくなっている死体が、その呼びかけに応えることはない。地下室は不気味なくらい静まり返っていた。そこでようやく、母も異変に気づいたらしい。彼女は父の腕を押しのけ、じめじめと暗い入口を無理やり通り抜け、地下室へ踏み込んだ。湿った冷気の奥、壁際に小さく丸まった影が見えた。「シエナ、仮病はやめなさい。起きなさい」苛立った声のまま近づいていく。そしていつものように乱暴に、私の肩を掴んで揺さぶった。次の瞬間。母の動きが止まる。そこには何の温もりもなかった。生命の兆候は一切ない。唇はぞっとするような青紫色に変わっていた。頬も、もう硬かった。「……っ」母の喉から潰れたみたいな声が漏れ、雷に打たれたようにその場へ崩れ落ちた。父は弾かれたように駆け込んでくる。狂ったみたいな勢いで膝をつき、震える指を私の鼻先へ当てた。呼吸はない。その視線がゆっくり私の手首へ落ちる。「健康だったはずの双子」のバイオウォッチ。そこに表示されていたのは、残酷な赤い数字だった。00:00:00警告灯が狂ったように点滅している。生命活動、停止。「ありえない……」父の唇が震える。「こんなの……ありえない……」乱暴に私の襟元を開き、首筋へ指を押し当てる。一秒。二秒。三秒。……何もない。そして次の瞬間、父が絶叫した。「チップが入れ替わってたんだ!」喉を引き裂くみたいな声だった。「生まれた時からずっと……ヴィヴィアンじゃなくて、シエナだったんだ!」地下室の空
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第6話
昼の陽射しがステンドグラスを通り抜け、色のついた光を床一面へ落としていた。なのに屋敷の中は、妙なくらい静まり返っている。暖房は限界まで上げられていた。熱風が絶えず吹き出しているのに、それでも私は分かっていた。もう、どれだけ温めても遅い。死んだ身体は、二度と温かくならない。その時、ヴィヴィアンの部屋の扉が激しく開いた。目を真っ赤にした母の手を振り払い、裸足のまま飛び出してくる。「どいて!」階段へ向かいながら叫んだ。「シエナに会わせてよ!」螺旋階段を駆け下りる足音が、静かなホールに大きく響く。けれどヴィヴィアンは途中で足を止めた。リビングの真ん中に、父が座り込んでいたからだ。ドン・マルチェロ・ヴァレンティ、ニューヨーク裏社会で恐れられてきた男。その父が今は冷たい床の上で、私を抱き締めている。脱いだジャケットを丁寧に私へ掛け、自分の胸へ寄せるようにして。力の抜けた身体、不自然に傾いた首。長い髪が床へ流れている。銃を握り続けてきた大きな手が、今は私の指を必死に擦っていた。何度も、何度も。「もう少しだ……」父は壊れたみたいに呟く。「もう少しで温かくなるからな、シエナ」掠れた声だった。「パパがちゃんと温めてやる。だから寒くないぞ……」ヴィヴィアンの呼吸が止まる。「……パパ?」父はゆっくり顔を上げた。その顔には、優しくも恐ろしい笑みに歪んでいた。「静かにしう」唇へ指を当てた。「シエナが寝てるんだ」目だけが異様に光っていた。「熱を出して寝てるだけなんだ。熱が下がれば元気になる」父は私を見下ろしながら、優しく笑う。「昔からそうだっただろ? 一晩眠れば、また元気になるんだ」ヴィヴィアンは父を見つめた。その目に一瞬だけ苛立ちが滲む。そして耐えきれなくなったみたいに声を荒げた。「パパ、現実を見て!」震えた声だった。「シエナは死んだの! チップはゼロになったのよ!」ガンッ!次の瞬間、黒いグロックがテーブルへ叩きつけられた。ヴィヴィアンが息を呑む。父がゆっくり顔を上げた。その目は真っ赤に充血していて、追い詰められた獣みたいだった。「黙れ」低い声。「それ以上喋るな」ヴィヴィアンは顔を青くし、その
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第7話
大広間には、耳をつんざくような泣き声が響いていた。重い扉を閉めていても嗚咽は外まで漏れていたらしく、騒ぎを聞きつけた下位ファミリーの妻たちが、次々とホールへ集まり始める。ヴァレンティ家に取り入り、夫たちがその庇護で成り上がってきた女たちだ。本来なら誕生日パーティーへ招かれていた客だった。けれど今、彼女たちの視線は荒れ果てた室内を通り越し、祖母の腕の中へ向けられていた。そこに抱かれている、私の死体へ。「まあ……」赤いドレスの女が、シャンパングラスを片手に口元を押さえる。驚いたような顔をしていた。でもその声には、隠しきれない悪意が滲んでいる。「ヴァレンティ家も大変ねぇ。跡継ぎを取り違えるなんて」肩を竦めながら、わざとらしく笑った。「死ぬはずだった娘が生き残って、生きていた娘が死ぬなんて」くすり、と喉を鳴らす。「神様ですら、双子を見分けられなかったのかしら?」その瞬間、空気が凍りついた。母がゆっくり顔を上げる。頬には涙の跡が残っていた。けれど目に宿っていた絶望は、もう別のものへ変わっている。マフィアの妻らしい、狂気じみた殺意だった。カチリ。乾いた金属音が響く。次の瞬間、母は腰の銃を抜き放っていた。スライドを引き、そのまま女へ飛びかかる。金髪を鷲掴みにし、砕けたグラスの上へ叩きつけた。女は悲鳴を上げる暇もなく床へ引き倒される。そして次の瞬間には、冷たいベレッタの銃口が、口紅のついた口へ無理やり捩じ込まれていた。硬い銃身が頬の内側を裂く。血と唾液が混ざり、顎を伝って滴り落ちた。「んっ、う……!!」女は恐怖で白目を剥き、必死にもがく。母は髪を掴んだまま、低く囁いた。「今、なんて言ったの?」銃口をさらに押し込む。「「もう一回言ってみなさい……」その声は震えていた。けれど怒りだけは異様なほど冷たい。「次、私の娘が死んだなんて口にしたら、あんたの脳みそでこの床を塗りたくってやるわよ」「ママ、やめて!!」ヴィヴィアンも悲鳴を上げた。泣きながら母へ飛びつき、銃を押さえようとする。「この人たちにこれ以上言わせないで! みんな帰らせて、ここから追い出して!」甲高い叫び声だった。ヴィヴィアンは怯えていたのだ。誰かに本当のこと
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第8話
護衛たちが、泣き叫ぶ父を無理やり引き剥がした。ヴァレンティ家では代々、直系の人間は一族専用の霊廟へ葬られる。それが長年続いてきた絶対のしきたりだった。けれど祖母は、それを認めなかった。「この家の嘘と野望に、この子の灰を穢させるつもりはないわ」誰にも逆らわせない声だった。祖母は、自らの意思で百年続いた慣習を断ち切った。葬儀も、身内だけで静かに済ませると決める。大勢を集めた派手な告別式は開かれなかった。白々しく哀悼の意を捧げに来る同盟ファミリーのボスたちも来ない。祖母が用意していたのは、たった一つだけだった。真っ白なシルクのドレス。私の十八歳の誕生日に合わせて、密かに仕立ててくれていたものだ。冷え切った安置室の中で、祖母は静かに水を張った。そして自分の手で、私の顔についた汚れを優しく、丁寧に拭っていく。そのあと、皺だらけの手で白いドレスを着せてくれた。その時だった。勢いよく扉が開く。母がよろめきながら飛び込んできた。両手は血で汚れ、目には縋るような色が浮かんでいる。「……お義母様、お願いです……」声はかすれていた。「せめて……シエナに靴だけでも履かせてあげたいんです……」母はベッド脇へ座り込む。震える指先が、私の足へ伸びた。――カチリ。冷たい金属音が響く。祖母は視線すら向けないまま、腰のリボルバーを抜いていた。銀色の銃口が、真っ直ぐ母の額へ突きつけられる。「出ていきなさい」感情のない声だった。「あなたに、この子を触る資格はないわ」母の身体がびくりと震える。そのまま力が抜けたように床へ塌れ込んだ。泣きながら抵抗する母は、護衛たちに抱えられ、そのまま外へ連れて行かれる。火葬室の防音ガラスの向こう側で、炉に火が入った。低い唸りとともに炎が燃え上がる。母はガラスへ縋りつき、狂ったように私の名前を叫び続けていた。窓を叩き、爪を立て、声が潰れるまで泣き叫ぶ。最後には力尽きたように、その場へ崩れ落ちた。父もまた、膝をついたままだった。手すりを握る手に力が入りすぎて、爪が割れ、血が滲んでいる。赤い雫が磨き上げられた床へぽたぽた落ちていった。私は宙に浮かびながら、その光景を見下ろしていた。呆れるほど滑稽だった。今さ
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第9話
SUVは厳重な警備を抜け、祖母の私有ワイナリーへ入っていった。ここには、ニューヨークの裏社会の喧騒は届かない。冷酷な駆け引きも、誰かを値踏みする視線もない。あるのは、早朝の静寂だけだった。祖母は暖炉の前へ歩いていき、マッチで乾いた薪へ火を灯す。柔らかな金色の光が、冷え切った安置室の気配を少しずつ追い払っていく。祖母はそのままテーブルへ戻った。リビングの長いテーブルの中央へ、私の骨壺を静かに置く。それから、白い祈りのキャンドルを三本灯した。小さな炎が揺れる。祖母は目を閉じ、胸元でゆっくり十字を切った。ヴァレンティ家に古くから伝わる、最も神聖な別れの儀式だった。私は宙に浮かびながら、その光景を見つめていた。その瞬間、祖母が、ふいに目を開ける。白く濁りながらも鋭い光を宿した瞳が、真っ直ぐこちらを見た。「シエナ」掠れた声だった。涙を堪え続けていたせいで、声まで滲んでいる。「おばあちゃんには見えてるよ」胸の奥で、何かが一気に崩れ落ちた。十八年間、押し殺してきた苦しさも、寂しさも、全部溢れ出す。「おばあちゃん……!」私は泣きながら祖母へ駆け寄った。抱き締めてほしかった。温かい人間のぬくもりに触れたかった。けれど、私の手は祖母の身体をすり抜ける。何も掴めない。私は呆然と、自分の透けた指先を見下ろした。祖母は何も言わなかった。ただ、震える腕をゆっくり広げる。そこに誰かがいるみたいに。本当に私を抱き締めようとしてくれているみたいに。死によって隔てられた祖母と孫は、その静かな家の中で、長い時間一緒に泣き続けた。やがて祖母は涙を拭うと、ゆっくり立ち上がった。外の果樹園へ向かい、真っ赤に熟した林檎を一つもいでくる。流し台で丁寧に洗い、傷ひとつないくらい綺麗に磨き上げた。そして白いキャンドルの隣へ、そっと置く。「この血塗れの家じゃ、あの子たちが与えるものには、いつだって血と火薬の臭いがついて回るわ」祖母は骨壺を撫でながら、小さく笑った。「おばあちゃんには宝石も金もないけどねぇ。でも、綺麗な林檎を一つくらいならあげられるわ」ぽたり、と涙が落ちた。彼女の乾いた指先が、骨壺を優しくなぞる。祖母は私を見上げる。疲れているけど、どこまでも優
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