LOGINヴァレンティ・ファミリーでは、生まれた子供全員にチップが埋め込まれる。 手首のバイオウォッチと一体化したそのチップは、自分に残された寿命を一秒ずつ刻み続けていた。 双子の妹ヴィヴィアンのウォッチに表示された数字を、誰もが知っていた。 もちろん、私のものも。 彼女が、私たちの十八歳の誕生日に死ぬということも。 それが決まった未来なのだと、家族も周囲も疑いもしなかった。 だからヴィヴィアンは、この残酷な世界において、誰も手出しできない「アンタッチャブルなお姫様」として君臨した。 ダイヤを散りばめたドレスも、滅多に手に入らない宝石も、父が銃を置いたあとにだけ見せる、あの一瞬の優しささえも、全部あの子のものだった。 昔は、ヴィヴィアンを可哀想だと思っていた。 だって、自分の終わりの日が最初から決まっているなんて、そんな人生、あまりにも残酷じゃないか。 でも、本当は違った。 私はずっと、ヴィヴィアンが羨ましかった。 あの子には、私が一度も手に入れられなかったものが全部あったから。 父と母の愛。それだけは、どれだけ望んでも私には与えられなかった。 そして迎えた、ヴィヴィアン十八歳の誕生日。 両親は、私を地下室へ閉じ込めた。 同盟ファミリーのドンたちが集まる夜だ。私が騒ぎを起こせば面倒になる、そんな理由だった。 地下室は湿っぽく、凍えるほど寒い。なのに身体だけが熱くて、頭の芯まで焼けるみたいに痛かった。 私は何度も扉を叩いた。 「ママ……お願い……開けて……っ。熱があるの……苦しくて……」 けれど返ってきたのは、冷え切った母の声だった。 「いい加減にしなさい、シエナ。今日はヴィヴィアンの十八歳の誕生日なのよ」 「でも、本当に具合が悪くて……」 「芝居がかったマネはやめてちょうだい。ファミリーのメンツのために、黙って耐えることすらできないの!? あの子にとって最後の誕生日なのよ」 ヒールの音が遠ざかっていく。 私は暗闇の中に置き去りにされた。 ぼやける視界の端で、手首のウォッチが赤く点滅している。 【緊急警報:生体データ異常。登録チップとの情報が一致しません。本人確認を……】
View MoreSUVは厳重な警備を抜け、祖母の私有ワイナリーへ入っていった。ここには、ニューヨークの裏社会の喧騒は届かない。冷酷な駆け引きも、誰かを値踏みする視線もない。あるのは、早朝の静寂だけだった。祖母は暖炉の前へ歩いていき、マッチで乾いた薪へ火を灯す。柔らかな金色の光が、冷え切った安置室の気配を少しずつ追い払っていく。祖母はそのままテーブルへ戻った。リビングの長いテーブルの中央へ、私の骨壺を静かに置く。それから、白い祈りのキャンドルを三本灯した。小さな炎が揺れる。祖母は目を閉じ、胸元でゆっくり十字を切った。ヴァレンティ家に古くから伝わる、最も神聖な別れの儀式だった。私は宙に浮かびながら、その光景を見つめていた。その瞬間、祖母が、ふいに目を開ける。白く濁りながらも鋭い光を宿した瞳が、真っ直ぐこちらを見た。「シエナ」掠れた声だった。涙を堪え続けていたせいで、声まで滲んでいる。「おばあちゃんには見えてるよ」胸の奥で、何かが一気に崩れ落ちた。十八年間、押し殺してきた苦しさも、寂しさも、全部溢れ出す。「おばあちゃん……!」私は泣きながら祖母へ駆け寄った。抱き締めてほしかった。温かい人間のぬくもりに触れたかった。けれど、私の手は祖母の身体をすり抜ける。何も掴めない。私は呆然と、自分の透けた指先を見下ろした。祖母は何も言わなかった。ただ、震える腕をゆっくり広げる。そこに誰かがいるみたいに。本当に私を抱き締めようとしてくれているみたいに。死によって隔てられた祖母と孫は、その静かな家の中で、長い時間一緒に泣き続けた。やがて祖母は涙を拭うと、ゆっくり立ち上がった。外の果樹園へ向かい、真っ赤に熟した林檎を一つもいでくる。流し台で丁寧に洗い、傷ひとつないくらい綺麗に磨き上げた。そして白いキャンドルの隣へ、そっと置く。「この血塗れの家じゃ、あの子たちが与えるものには、いつだって血と火薬の臭いがついて回るわ」祖母は骨壺を撫でながら、小さく笑った。「おばあちゃんには宝石も金もないけどねぇ。でも、綺麗な林檎を一つくらいならあげられるわ」ぽたり、と涙が落ちた。彼女の乾いた指先が、骨壺を優しくなぞる。祖母は私を見上げる。疲れているけど、どこまでも優
護衛たちが、泣き叫ぶ父を無理やり引き剥がした。ヴァレンティ家では代々、直系の人間は一族専用の霊廟へ葬られる。それが長年続いてきた絶対のしきたりだった。けれど祖母は、それを認めなかった。「この家の嘘と野望に、この子の灰を穢させるつもりはないわ」誰にも逆らわせない声だった。祖母は、自らの意思で百年続いた慣習を断ち切った。葬儀も、身内だけで静かに済ませると決める。大勢を集めた派手な告別式は開かれなかった。白々しく哀悼の意を捧げに来る同盟ファミリーのボスたちも来ない。祖母が用意していたのは、たった一つだけだった。真っ白なシルクのドレス。私の十八歳の誕生日に合わせて、密かに仕立ててくれていたものだ。冷え切った安置室の中で、祖母は静かに水を張った。そして自分の手で、私の顔についた汚れを優しく、丁寧に拭っていく。そのあと、皺だらけの手で白いドレスを着せてくれた。その時だった。勢いよく扉が開く。母がよろめきながら飛び込んできた。両手は血で汚れ、目には縋るような色が浮かんでいる。「……お義母様、お願いです……」声はかすれていた。「せめて……シエナに靴だけでも履かせてあげたいんです……」母はベッド脇へ座り込む。震える指先が、私の足へ伸びた。――カチリ。冷たい金属音が響く。祖母は視線すら向けないまま、腰のリボルバーを抜いていた。銀色の銃口が、真っ直ぐ母の額へ突きつけられる。「出ていきなさい」感情のない声だった。「あなたに、この子を触る資格はないわ」母の身体がびくりと震える。そのまま力が抜けたように床へ塌れ込んだ。泣きながら抵抗する母は、護衛たちに抱えられ、そのまま外へ連れて行かれる。火葬室の防音ガラスの向こう側で、炉に火が入った。低い唸りとともに炎が燃え上がる。母はガラスへ縋りつき、狂ったように私の名前を叫び続けていた。窓を叩き、爪を立て、声が潰れるまで泣き叫ぶ。最後には力尽きたように、その場へ崩れ落ちた。父もまた、膝をついたままだった。手すりを握る手に力が入りすぎて、爪が割れ、血が滲んでいる。赤い雫が磨き上げられた床へぽたぽた落ちていった。私は宙に浮かびながら、その光景を見下ろしていた。呆れるほど滑稽だった。今さ
大広間には、耳をつんざくような泣き声が響いていた。重い扉を閉めていても嗚咽は外まで漏れていたらしく、騒ぎを聞きつけた下位ファミリーの妻たちが、次々とホールへ集まり始める。ヴァレンティ家に取り入り、夫たちがその庇護で成り上がってきた女たちだ。本来なら誕生日パーティーへ招かれていた客だった。けれど今、彼女たちの視線は荒れ果てた室内を通り越し、祖母の腕の中へ向けられていた。そこに抱かれている、私の死体へ。「まあ……」赤いドレスの女が、シャンパングラスを片手に口元を押さえる。驚いたような顔をしていた。でもその声には、隠しきれない悪意が滲んでいる。「ヴァレンティ家も大変ねぇ。跡継ぎを取り違えるなんて」肩を竦めながら、わざとらしく笑った。「死ぬはずだった娘が生き残って、生きていた娘が死ぬなんて」くすり、と喉を鳴らす。「神様ですら、双子を見分けられなかったのかしら?」その瞬間、空気が凍りついた。母がゆっくり顔を上げる。頬には涙の跡が残っていた。けれど目に宿っていた絶望は、もう別のものへ変わっている。マフィアの妻らしい、狂気じみた殺意だった。カチリ。乾いた金属音が響く。次の瞬間、母は腰の銃を抜き放っていた。スライドを引き、そのまま女へ飛びかかる。金髪を鷲掴みにし、砕けたグラスの上へ叩きつけた。女は悲鳴を上げる暇もなく床へ引き倒される。そして次の瞬間には、冷たいベレッタの銃口が、口紅のついた口へ無理やり捩じ込まれていた。硬い銃身が頬の内側を裂く。血と唾液が混ざり、顎を伝って滴り落ちた。「んっ、う……!!」女は恐怖で白目を剥き、必死にもがく。母は髪を掴んだまま、低く囁いた。「今、なんて言ったの?」銃口をさらに押し込む。「「もう一回言ってみなさい……」その声は震えていた。けれど怒りだけは異様なほど冷たい。「次、私の娘が死んだなんて口にしたら、あんたの脳みそでこの床を塗りたくってやるわよ」「ママ、やめて!!」ヴィヴィアンも悲鳴を上げた。泣きながら母へ飛びつき、銃を押さえようとする。「この人たちにこれ以上言わせないで! みんな帰らせて、ここから追い出して!」甲高い叫び声だった。ヴィヴィアンは怯えていたのだ。誰かに本当のこと
昼の陽射しがステンドグラスを通り抜け、色のついた光を床一面へ落としていた。なのに屋敷の中は、妙なくらい静まり返っている。暖房は限界まで上げられていた。熱風が絶えず吹き出しているのに、それでも私は分かっていた。もう、どれだけ温めても遅い。死んだ身体は、二度と温かくならない。その時、ヴィヴィアンの部屋の扉が激しく開いた。目を真っ赤にした母の手を振り払い、裸足のまま飛び出してくる。「どいて!」階段へ向かいながら叫んだ。「シエナに会わせてよ!」螺旋階段を駆け下りる足音が、静かなホールに大きく響く。けれどヴィヴィアンは途中で足を止めた。リビングの真ん中に、父が座り込んでいたからだ。ドン・マルチェロ・ヴァレンティ、ニューヨーク裏社会で恐れられてきた男。その父が今は冷たい床の上で、私を抱き締めている。脱いだジャケットを丁寧に私へ掛け、自分の胸へ寄せるようにして。力の抜けた身体、不自然に傾いた首。長い髪が床へ流れている。銃を握り続けてきた大きな手が、今は私の指を必死に擦っていた。何度も、何度も。「もう少しだ……」父は壊れたみたいに呟く。「もう少しで温かくなるからな、シエナ」掠れた声だった。「パパがちゃんと温めてやる。だから寒くないぞ……」ヴィヴィアンの呼吸が止まる。「……パパ?」父はゆっくり顔を上げた。その顔には、優しくも恐ろしい笑みに歪んでいた。「静かにしう」唇へ指を当てた。「シエナが寝てるんだ」目だけが異様に光っていた。「熱を出して寝てるだけなんだ。熱が下がれば元気になる」父は私を見下ろしながら、優しく笑う。「昔からそうだっただろ? 一晩眠れば、また元気になるんだ」ヴィヴィアンは父を見つめた。その目に一瞬だけ苛立ちが滲む。そして耐えきれなくなったみたいに声を荒げた。「パパ、現実を見て!」震えた声だった。「シエナは死んだの! チップはゼロになったのよ!」ガンッ!次の瞬間、黒いグロックがテーブルへ叩きつけられた。ヴィヴィアンが息を呑む。父がゆっくり顔を上げた。その目は真っ赤に充血していて、追い詰められた獣みたいだった。「黙れ」低い声。「それ以上喋るな」ヴィヴィアンは顔を青くし、その