父が拉致されたあの日、私・丸岩美奈子(まるいわ みなこ)は泣きながら、十億円を超える資産を持つ夫・丸岩真一(まるいわ しんいち)に助けを求めて電話をかけた。彼は私の話を聞くと鼻で笑った。「六千万円振り込んでおいたから、今回は大人しくして、あゆの邪魔をするな」私は急いで頷き、すぐさま拉致犯の口座へお金を振り込んだ。ところが、父の縄が解かれようとしたまさにその時、真一は裏で手を回し、身代金の振込みを取り消しただけでなく、拉致犯の口座まで凍結させてしまったのだ。弄ばれたと知った犯人は激昂し、父を殺害した。三時間にもわたってなぶり殺しにされた末に、父は息を引き取った。父の遺骨を引き取りに行く途中、街中の広告スクリーンに、真一と彼が新たに雇った若い秘書・桜岡あゆ(さくらおか あゆ)のツーショット写真が映し出されているのが目に入った。家に帰り、父の遺骨を安置してから、真一に電話をかけた。「離婚しよう」電話の向こうからは、真一とあゆのいちゃつく声が聞こえてきた。「またその手か?あゆがお前の金遣いが荒すぎるって言うから、ちょっとお仕置きをしてやっただけだ。まさか、そんなことで怒ったわけじゃないよな?」スマホを握りしめている私に激しい吐き気が襲い、酸っぱいものが喉元まで込み上げてきた。真一の気だるげな声は、まだ続いている。「足りないか?なら、もう二千万円やろうか。何か言ってみろ。口が利けなくなったのか?二千万じゃ足りないとでも?この二千万はな、丸岩家の面目を保つためにやるんだ。外で恥をさらすんじゃないぞ。それから、離婚なんてお遊びはもうやめろ。耳障りだ」電話が切れた。スマホの画面が明るくなり、銀行からの入金通知が表示された。並んだゼロの数字を眺めながら、私はただ皮肉にしか感じられなかった。三日前、拉致犯の刃が父の首筋に突きつけられていた。動画の中の父は顔中が血だらけになりながらも、私に構うなと叫んでいた。私は床にひざまずき、何度も頭を打ちつけながら、真一に助けてくれるよう泣きついた。あの時の私は、どんな屈辱にも耐え忍ぶ覚悟ができていた。たとえあゆの靴を磨けと言われても、従うつもりだった。真一はその日に限って、驚くほどあっさりと応じた。お金が振り込まれた瞬間、私は救われたと思った。
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