All Chapters of 乙女ゲームのモブ捜査官は稚拙なシナリオを許さない〜ヒロインの自作自演を暴いたら悪役令嬢が押しかけ助手になりました: Chapter 11 - Chapter 20

31 Chapters

11:「……ちょ、ちょっとレオン。これでは、私があなたに抱きついているみたいではありませんこと?」

近衛騎士団の野外訓練場は、突如として発生した低級魔物フォレスト・ウルフの暴走騒ぎにより、完全に機能不全に陥っていた。 負傷した次期騎士団長候補のカイルと、彼にすがりついて泣き崩れるマリアは、すでに数名の騎士たちに付き添われて医務室へと運ばれている。 残された下級騎士たちが、討伐された魔物の死骸の処理と現場の封鎖に追われ、慌ただしく右往左往していた。 「……警備の連携が全く取れていませんね。王都の武力を担う騎士団が聞いて呆れる」 訓練場を見下ろす監視塔の陰から、レオンが気怠げに呟いた。 「好都合ですわ。今のうちに、あの女が落とした証拠を回収してしまいましょう」 セシリアが令嬢らしからぬ身軽さで監視塔の階段を降りながら応じる。 「ルナ。匂いの発生源は、第三の柱の根元で間違いないですね」 「愚問ニャ。私の鼻のナビゲーションは、本庁の魔導探知機より百倍正確ニャ」 三人は気配を殺し、混乱する騎士たちの死角を縫うようにして、演習場の防護柵の裏側へと忍び寄った。 マリアが悲鳴を上げてへたり込んでいた場所。 そこには、ルナの言葉通り、無残に踏み荒らされた芝生の上に、キラキラと光る小さなガラスの破片が散らばっていた。 「ありました。小さなアンプル瓶の破片です」 レオンはしゃがみ込み、懐からピンセットと証拠品を入れるための小さなガラス管を取り出した。 「セシリア。風で匂いの成分が飛ぶと厄介だ。俺の背後に回って、コートの裾を広げて風除けになってください」 「わ、わかりましたわ」 セシリアはレオンの背中に回り込み、彼の黒いコートの裾を両手で掴んで広げた。 必然的に、彼女の体はしゃがみ込んでいるレオンの背中に覆い被さるような、極めて密着した体勢になる。 「……ちょ、ちょっとレオン。これでは、私があなたに抱きついているみたいではありませんこと?」 「自意識過剰です。誰も俺たちのことなど見ていません。それに、君のドレスの布地は風を通しにくい上質なシルクだ。最適な防風壁として機能していますよ」 レオンは振り返りもせず、ピンセットで慎重にガラスの破片を拾い集めていく。 「それに、君の体温が背中から伝わってきて、手先の冷えが解消されています。精密なピンセット作業にはちょうどいい」 「〜〜〜っ! またそうやって、女性
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12: 「触るなッ!! この、恐ろしい魔女め……!」

王城の敷地内にそびえ立つ、近衛騎士団本部の荘厳な大講堂。 高い天井には巨大なシャンデリアが輝き、壁には歴代の騎士団長たちの肖像画が飾られている。 王都の武力の中枢であり、厳格な規律が支配するこの神聖な場所で、本日は昨日の野外訓練場で発生した魔物暴走事件の査問会議が開かれていた。 講堂の中央には、白銀の鎧を身に纏った高位の騎士たちが円卓を囲むように座っている。 その中心で証言台に立っていたのは、左腕を包帯で吊った次期騎士団長候補のカイルと、彼に寄り添うようにして震えているピンク色のドレスの少女、マリアだった。 「……本当に、恐ろしかったです。突然、おとなしかった魔物が狂暴化して、私に向かってきて……」 マリアが両手で顔を覆い、肩を震わせながら可憐な声で語る。 「でも、カイル様がご自分の身を挺して私を守ってくださったんです。カイル様がいらっしゃらなければ、私は今頃……っ」 大粒の涙を零すマリアの姿に、円卓を囲む騎士たちは同情と感動の溜息を漏らした。 「泣かないでくれ、マリア。君の無事が確認できただけで、この腕の傷など安いものだ」 カイルは熱に浮かされたような目でマリアを見つめ、彼女の細い肩を愛おしげに抱き寄せた。 「うむ。予期せぬ魔物の暴走という不測の事態において、弱き民を自らの命懸けで守り抜いたカイルの行動は、騎士の鑑である」 上座に座るカイルの父親、現・騎士団長が満足げに深く頷いた。 会議の空気は完全に、マリアという可哀想な被害者と、彼女を救ったカイルという英雄を称える方向で固まりつつあった。 魔物がなぜ暴走したのかという根本的な原因究明は、魔法の偶発的な事故という曖昧な理由で片付けられようとしていた。 その時だった。 「感動的な三文芝居の最中に申し訳ありませんが、その英雄譚には重大な物理的矛盾が存在します」 重厚な大講堂の両開き扉が、バンッと大きな音を立てて無遠慮に開け放たれた。 「な、なんだ貴様らは!」 騎士たちが一斉に立ち上がり、怒号を上げる。 そこに立っていたのは、王宮には不釣り合いな黒いコートを着た気怠げな男、レオンだった。 そして彼の隣には、燃えるような赤いドレスに身を包んだ元・公爵令嬢のセシリアと、銀色の髪を揺らす猫耳メイドのルナが堂々と並び立っている。 「セシリア
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13: 「……素晴らしい。この輝き、まさに命の源だ」

王都警視庁の地下深く、冷たい石造りの廊下の突き当たりにある特命資料室。 近衛騎士団の大講堂で、サイコパスヒロインたるマリアの化けの皮を剥がし、カイルの洗脳を解除するという大仕事を終えた三人は、無事に自分たちの城へと帰還していた。 「あー……ダメだ。限界です。俺の脳細胞がストライキを起こし始めました」 部屋に入るなり、レオンは黒いコートを脱ぎ捨てることもせず、いつものソファーに顔からダイブした。 「本当に、あなたという人は……。あの大舞台で堂々と大立ち回りを演じた直後だというのに、緊張感というものが全くありませんのね」 セシリアが呆れたように溜息をつきながら、レオンが脱ぎ捨てようとしたコートを素早くキャッチし、ハンガーにかける。 「緊張感とカロリー消費は比例するんです。あの狂ったヒロインの心理をトレースし、カイルの自律神経の回復速度を計算しながらの交渉。俺の脳内ブドウ糖は、現在完全に枯渇しています」 ソファーに沈んだまま、レオンが虫の息でうわ言のように呟く。 「ルナ……。俺の血中糖度を、至急致死量ギリギリまで引き上げてください……」 「致死量まで上げたら死ぬニャ! 全く、世話の焼ける変態公務員だニャ」 ルナが文句を言いながらも、手際よくキッチン(という名目の給湯スペース)へ向かい、あらかじめ作っておいた特製のスイーツを用意し始めた。 数分後、レオンの目の前のローテーブルに、暴力的なまでの甘さを誇る一品がドンッと置かれた。 「はい、お嬢様特製レシピの、超高密度キャラメルと蜂蜜のパフェニャ。底にはシロップ漬けのスポンジが敷き詰めてあるニャ」 「……素晴らしい。この輝き、まさに命の源だ」 レオンはゾンビのように身を起こすと、無言でパフェを口に運び始めた。 一口食べるごとに、死んだ魚のようだった彼の瞳に、みるみると理知的な光が戻ってくる。 「……完璧です。セシリア、君の考案する糖分補給メソッドは、王都のどの名医の処方箋よりも俺の脳にダイレクトに効く。やはり、君という存在はこの特命資料室に必要不可欠なインフラ設備だ。法律で縛り付けてでも、一生俺の専属パティシエ兼助手として手元に置いておきたい」 「ゴホッ、ゲホッ……!?」 向かいの席で優雅に紅茶を飲んでいたセシリアが、盛大にむせた。 「い、いっ、一生って
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14: 「心配なら、素直に『気をつけて』と言えばいいんですの! この絶望的な朴念仁!」

王都警視庁の地下にある特命資料室は、分厚い鉄扉を外から施錠され、完全な密室と化していた。 扉の向こう側からは、王太子アルベルトが配置した近衛兵たちの金属的な足音と、時折交わされる低くくぐもった話し声が聞こえてくる。 彼らはレオンを一歩たりとも外へ出さないよう、厳重な監視体制を敷いていた。 しかし、当の軟禁されたモブ捜査官は、ソファーに深く腰掛けたまま、いつもと変わらぬ気怠げな様子で懐中時計を眺めていた。 「……そろそろ、本庁舎の警備の隙ができる時間ですね。昼の交代の時間帯は、人間の集中力が最も低下する魔の十五分間です」 レオンはパチンと時計を閉じ、部屋の隅で外出の準備を整えていたセシリアとルナに視線を向けた。 セシリアはいつもの豪奢なドレスではなく、動きやすいダークトーンの乗馬服に身を包み、その上から顔を隠すための深いフード付きのローブを羽織っていた。 ルナも同様に、特徴的な銀髪と猫耳を隠すように厚手の帽子を深く被っている。 「レオン。本当にこの通気口から外へ出られますの?」 セシリアが指差したのは、資料室の壁の上部にある、鉄格子が外された古い通気口だった。 獣人のルナがその驚異的な跳躍力で鉄格子を外し、大人一人がギリギリ通れるほどの抜け道を開拓していたのだ。 「ええ。この通気口は王都の古い地下水路に繋がっています。俺の体格では肩が引っかかりますが、女性の君たちなら余裕で抜けられるはずだ」 レオンは立ち上がり、机の上から小さな革製のトランクを手に取ってセシリアに差し出した。 「これを。特命資料室特製の『現場検証キット』です」 「現場検証キット?」 「中には、指紋採取用の特殊な微粒子粉末とハケ、微小な血痕を光らせるルミノール試薬、そして紫外線に近い波長を出す特殊な魔石のランタンが入っています」 セシリアがトランクを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、レオンの大きな手が、彼女の細い指先を包み込むようにギュッと握りしめた。 「……っ!? レ、レオン……?」 セシリアの顔がパッと赤く染まる。 「いいですか、セシリア。君たちの頭脳と身体能力なら、マリアに違法な鉱石や薬物を流している『協力者』を見つけ出すことは可能でしょう」 レオンの黒い瞳が、いつになく真剣な光を帯びてセシリアを真っ直ぐに見つめていた。
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15: 「お嬢様の敵は、私が全部ぶっ飛ばすニャ!」

王都警視庁の地下にある特命資料室。 分厚い鉄扉の向こう側では、王太子アルベルトの命を受けた近衛兵たちが、今日も厳重な見張りを続けている。 彼らは、中に軟禁されている生意気な平民の捜査官が、逃げ場のない密室で絶望に打ちひしがれていると信じて疑わなかった。 だが、現実の資料室の風景は、彼らの想像とは全くかけ離れていた。 「……現在時刻、午後五時三十分。そろそろですね」 ソファーに深く腰掛けたレオンが、懐中時計の蓋をパチンと閉じた。 その視線の先にある、壁の上部の古い通気口から、ガサリと衣擦れの音が聞こえてくる。 最初に銀色の髪を揺らすルナが軽々と飛び降り、続いて泥で汚れた黒いローブ姿のセシリアが、ルナに支えられるようにして着地した。 「……ふう。無事に戻りましたわ。王都の地下水路の悪臭ときたら、本当に最悪でしたけれど」 セシリアがローブのフードを下ろし、泥だらけになった乗馬服の裾を払いながら息をつく。 かつての華やかな公爵令嬢の面影はない。だが、その顔には疲労よりも、大きな仕事をやり遂げたという強い達成感と誇りが満ち溢れていた。 「お帰りなさい、助手さん。どこかの野良猫が二匹迷い込んできたのかと思いましたよ」 レオンが気怠げな声で出迎えると、セシリアは柳眉を吊り上げた。 「野良猫とはなんですの! 命懸けで完璧な仕事をしてきた優秀な助手に向かって、もっと労いの言葉はありませんの!?」 「成果を確認するまでは、労いの言葉はコストの無駄遣いです。それで? サイコパスの協力者から、有力なファクトは得られましたか?」 レオンの問いに、セシリアは不敵な笑みを浮かべてみせた。 「当然ですわ。私を誰だと思っていますの? 最高の頭脳の持ち主の、一番弟子ですわよ」 セシリアは革のトランクを机に置き、パチンと留め具を外した。 そして、中から一枚の粘着シートを取り出し、これ見よがしにレオンの目の前に突きつけた。 「闇市の商人から押収した、違法薬物の注文書。そこから私が直接採取した、マリア本人の『指紋』ですわ。筆跡の照合も私の記憶と完全に一致しました」 そのシートを見た瞬間、レオンの目がわずかに見開かれた。 微細なアルミニウム粉末によって浮かび上がった、華奢な指の隆起の跡。 粉の散布量も、ハケで払う力加減も完
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16:(……黙っていれば、本当に見目麗しい殿方ですのに)

 王都の空が深い群青色に染まり、建国記念祭の夜がやってきた。 王宮の周辺では数え切れないほどの魔法のランタンが宙を舞い、街全体が祝祭の熱狂と光に包まれている。 だが、その華やかな喧騒から遠く離れた王都警視庁の地下は、冷え切った静寂の中にあった。 特命資料室の重厚な鉄扉の前では、王太子アルベルトの命を受けた二人の近衛兵が、退屈そうに槍を握って立っている。「……なぁ、祭りの夜だっていうのに、なんで俺たちがこんな地下室で見張りなんてしなきゃならないんだ?」「文句を言うな。殿下の直々の命令だ。中にいる生意気な平民の捜査官を、絶対に一歩も外に出すなとな」 近衛兵の一人が欠伸を噛み殺した、その時だった。「ん……? おい、なんだこの匂い。焦げ臭くないか?」「匂いだけじゃないぞ。見ろ、扉の隙間から……煙が出てる!」 二人の近衛兵が慌てて鉄扉に駆け寄る。 分厚い扉の足元にあるわずかな隙間から、白く濁った煙がシューシューと音を立てて廊下に漏れ出し始めていた。「おい、中で何が起きている! 返事をしろ!」 近衛兵が扉を激しく叩くが、中からの返答はない。 代わりに、鼻を突くような強烈な刺激臭と、ゴホッ、という苦しげな咳き込み声が微かに聞こえてきた。「マズいぞ! もし中で火事が起きて、この捜査官が死にでもしたら、俺たちの責任問題になる!」「ええい、鍵を開けろ! 中を確認するんだ!」 パニックに陥った近衛兵が、震える手で鍵束を取り出し、ガチャリと音を立てて重金属の錠を外した。 そして、勢いよく扉を押し開けた。 その瞬間。「……かかったニャ」 白煙の中から、銀色の影が弾丸のように飛び出した。「なっ……!?」 近衛兵たちが槍を構える間もなかった。 獣人のメイドであるルナが、恐るべき瞬発力で二人の懐に同時に潜り込み、その手刀をそれぞれの首筋の頸動脈に的確に叩き込んだのだ。「グハッ……!」 カシャン、と鈍い音を立てて、二人の近衛兵が白目を剥いて床に崩れ落ちた。「はい、おやすみニャ。獣人の瞬発力を舐めるなニャ」 ルナが尻尾をパタンと揺らしながら見下ろす中、白煙の奥から、ハンカチで口元を押さえたレオンとセシリアが悠然と姿を現した。「……現在時刻、扉が開いてから三秒。煙の発生から換算しても二十八秒ですね。完璧なタイムです、ルナ」 レオンが懐中時計をパ
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17:「魔法ではありません。ただの物理現象ですよ」

 王宮の庭園の最奥、古い星見の塔の地下室。 強酸性の溶解液によって、床に描かれていた巨大な転移陣はドロドロの泥水と化し、空間を歪めていた不気味な青白い光も完全に消失した。 大勢の魔物を祭典の会場に送り込み、自らが悲劇のヒロインとして惨劇の中心に立つ。 マリアが描いたその大掛かりな狂気のシナリオは、レオンが放った一本のガラス瓶によって、文字通り跡形もなく溶け去ったのだ。「……あ、ああ……私の、私の完璧な舞台が……!」 マリアは足元の泥水を見つめ、わなわなと肩を震わせていた。 可憐な美少女の面影は完全に消え失せ、その顔には他者を見下し、自分の思い通りにならない世界への純粋な憎悪だけが張り付いている。「だから言ったでしょう。化学反応の前では、魔法の術式などただの落書きに過ぎないと」 レオンは乱れた燕尾服の襟を正し、冷酷なまでに淡々とした声で告げた。「違法な空間歪曲鉱石の所持、ならびに国家転覆を狙ったテロ未遂。これであなたの罪状は確定です。大人しくお縄につきなさい」「……ふざけないで。ふざけないでよ、お前たちぃっ!」 マリアが金切り声を上げ、狂乱したようにレオンとセシリアを睨みつけた。「私は主人公なのよ! この世界は、私が愛されて、私が一番幸せになるために存在しているの! なのに、どうしてモブのお前たちが私の邪魔をするの!」「主人公だのモブだの、非論理的な妄想を喚き散らすのは法廷の精神鑑定の時にしてください。ルナ、確保を」「了解ニャ。おとなしくするニャ!」 ルナが床を蹴り、マリアを取り押さえようと飛び込んだ。 だが、その瞬間。 マリアはドレスの胸元から、小さな赤い宝玉のようなものを取り出し、床に力強く叩きつけた。 パキィンッ! という甲高い破砕音と共に、強烈な閃光が地下室を包み込む。「目眩ましの光魔法かニャ!?」 ルナが思わず目を覆って立ち止まる。「違います。短距離の空間跳躍用の魔石です。チッ、闇市で随分と高価な逃走用のアイテムまで仕入れていたようですね」 閃光が収まった後、そこにマリアの姿はなかった。 代わりに、彼女が立っていた場所には、ビリビリに引き裂かれたピンク色のドレスの切れ端が、わざとらしく数枚落ちていた。「……ドレスの切れ端? どうしてこんなものが落ちていますの?」 セシリアが不思議そうに首を傾げる。「逃げる
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18: 「ええ。私たちの完全勝利ですわ」

 建国記念祭の熱狂に包まれていた王宮の大広間は、今や冷ややかな静寂に支配されていた。 レオンが放った『ノイズキャンセラー』の高周波によって、空間に満ちていた集団催眠の魔力波長は完全に相殺された。 狂気じみた怒りに駆られていた貴族たちや近衛兵は、まるで長い悪夢から目を覚ましたように、困惑した表情で顔を見合わせている。「私、は……。一体、なぜあんなに激昂して……」 王太子アルベルトもまた、自身のこめかみを押さえ、よろめくように数歩後ずさった。 先ほどまでセシリアを八つ裂きにしろと叫んでいた彼の瞳から、濁った光が消え去り、困惑と混乱の色が浮かんでいる。「で、殿下……? どうされたんですか、殿下! 私です、可哀想なマリアです! まだあのテロリストどもがそこにいますよ!」 マリアがアルベルトの腕にしがみつき、再び嘘の涙を浮かべて甲高い声を上げた。 だが、洗脳のフィルターが外れたアルベルトの耳には、その声は以前のような心地よい響きを持たず、ただ耳障りな不協和音のように聞こえた。「マリア……。君は、暴漢に襲われたと……いや、待て。警備の厳重な王宮の庭園で、どうやってテロリストが爆薬を……?」 アルベルトの理性が、彼女の言葉の不自然さにようやく気づき始めていた。「脳の霧が晴れたようで何よりです、殿下」 漆黒の燕尾服に身を包んだレオンが、革靴の音を響かせて大広間の中央へと進み出た。「集団催眠の魔法は、人間の論理的思考を麻痺させ、感情を極端に増幅させます。あなたが彼女の三文芝居を盲信していたのは、あなたの愛が深かったからではない。単なる脳内物質の分泌異常ですよ」「なっ……き、貴様、王太子に向かって……!」「事実を述べているだけです。さて、マリア嬢。あなたの描いた稚拙なシナリオの矛盾を、一つずつ論破していきましょうか」 レオンはアルベルトの怒りを冷徹に受け流し、マリアへと鋭い視線を向けた。「あなたは先ほど、庭園を散歩していたら突然覆面の暴漢に襲われ、服を引き裂かれたと証言しましたね」「え、ええ! そうよ! セシリア様が差し向けた暴漢が……!」「おかしいですね。暴漢に襲われたのなら、なぜあなたのドレスの切れ端が、星見の塔の『地下室』に落ちていたんですか?」 レオンは懐から、先ほど地下室で回収したピンク色のドレスの切れ端を取り出し、群衆の前に高く掲げ
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19:「感謝するなら、明日のおやつは極甘のチョコレートパフェでお願いします」

 建国記念祭の夜に起きた前代未聞のテロ未遂事件から、数日が経過した。 王都警視庁の本庁舎は、事件の事後処理と調書の作成で、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 地下の特別牢獄。 分厚い鉄格子と魔力封じの結界が何重にも張られたその奥で、かつて可憐なヒロインとして王宮でチヤホヤされていたマリアは、虚ろな目で壁の隅にうずくまっていた。「……違うわ。こんなの、私のシナリオじゃない。私は愛されるはずなのに。攻略対象たちが、私を助けに来てくれるはずなのに……」 彼女はブツブツと、周囲の人間には理解できない『ゲームの専門用語』を呟き続けている。 その様子を、鉄格子の外から冷徹な目で見下ろしている男がいた。 漆黒のコートを着崩したモブ捜査官、レオンである。「……完全な自己愛性パーソナリティ障害と、誇大妄想の併発ですね。自分の思い通りにならない現実を脳が拒絶し、自分だけの空想世界に逃げ込んでいる」 レオンは手に持ったバインダーに、淡々と彼女の心理状態を書き込んだ。 彼女が口走る『シナリオ』や『攻略対象』という言葉の本当の意味を、前世の記憶を持つレオンだけは正確に理解している。 だが、それをわざわざ他人に説明する義理も、彼女の狂気に付き合ってやる義務もない。「哀れなものだ。世界を支配しようとした女の末路が、これとはな」 レオンの隣で、本庁の捜査課長が重々しい溜息をついた。「王太子殿下もカイル殿も、薬物の後遺症と精神的なショックで、現在は王宮の奥深くで療養中だ。騎士団も王室も、完全に面目を潰された形になる。……すべては、君が持ち込んだ『ファクト』のせいだがね」 課長が恨めしげにレオンを睨む。 権力者たちにとって、真実が白日の下に晒されることは、必ずしも歓迎される事態ではないのだ。「俺は事実を並べただけです。それに、彼女のテロが成功して王宮が魔物の巣窟になるよりは、遥かにマシな結果でしょう」 レオンはバインダーを閉じ、気怠げに肩をすくめた。「俺の停職処分も無事に解除されたことですし、事後処理は優秀な本庁の皆様にお任せしますよ。俺は三日間の徹夜で、脳内のブドウ糖が致死レベルまで低下していますから」 レオンは課長の小言を背中で聞き流しながら、さっさと地下牢を後にした。 王宮の権力闘争や、傷ついた貴族たちのプライドなど、彼にとってはすこぶるどうでも
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20:「……壁の石を、物理的に外したんですの?」

 王都を揺るがした建国記念祭のテロ未遂事件から、ちょうど一週間。 王都警視庁・特命資料室の「平和で甘い日常」は、唐突に終わりを告げた。「……現在時刻、午前八時。レオン、いい加減に起きなさい。今日からまた通常業務ですわよ」 エプロン姿のセシリアが、万年床で毛布にくるまっているレオンの背中を、持っていた羽ペンでツンツンと突いた。「……んん。拒否します。俺の脳はまだ、先週の調書作成による深刻なダメージから回復していません。あと三日は有給を消化する権利がある」 毛布の塊から、ひどく気怠げなうめき声が返ってくる。「有給などという甘ったれた制度、この特命資料室には存在しませんわ! いいから起きて、この山積みの未処理ファイルを……」 セシリアが毛布を力ずくで引き剥がそうとした、その時だった。 コンコンコンッ! 特命資料室の分厚い鉄扉が、ひどく切羽詰まった様子で乱暴に叩かれた。「……朝からうるさいですね。借金の取り立てですか」 レオンがのっそりと身を起こし、ボサボサの髪を掻き乱す。「こんな地下室に取り立て屋なんて来るわけないニャ。私が開けるニャ」 ルナが警戒しながら扉の鍵を開けると、そこには息を切らした一人の青年が立っていた。 王立魔法学園の制服である、深い青色のローブを身に纏った、銀縁眼鏡の知的な青年だ。「はぁ、はぁ……っ! こ、ここが王都警視庁の特命資料室で間違いないでしょうか! 優秀な捜査官がいると、本庁舎の受付で聞いて……っ」 青年は肩で息をしながら、室内を見回した。 そして、エプロン姿のセシリアと目が合った瞬間、ハッと息を呑んで硬直した。「せ、セシリア様……!? なぜ、公爵家を勘当されたあなたが、警察の地下室に……!」「あら。あなたは確か、魔法学園で私の隣の席だった……ユリウス・フォン・クライン男爵令息ですわね」 セシリアは羽ペンを置き、優雅に微笑んだ。 ユリウスは魔法学園において、実技よりも座学と魔法陣の研究に秀でた優秀な特待生だったと記憶している。「お知り合いですか、助手さん」 レオンが毛布を被ったまま、死んだ魚のような目で問いかける。「ええ。私が学園に通っていた頃の、優秀なクラスメイトですわ。……それで、ユリウス様。魔法学園の生徒が、警察に何の用ですの? 学園内のトラブルは、基本的に自治会と魔法省が処理するはずですが
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