結婚して五年、渡辺良介(わたなべ りょうすけ)はほとんど半分の時間を、川向こうのマンションで過ごしていた。良介は、兄が若くして亡くなり、義姉の渡辺春菜(わたなべ はるな)だけが頼る人もなく残されたのだから、弟である自分には二つの家を背負う責任があるのだと言った。それこそが、渡辺家の人間としての情の厚さであり、義理を重んじる証なのだ、と。その頃の私は、そんな言葉を愚かにも本気で信じていた。その聞こえのいい義理立てを成り立たせるために、私は祝日に良介が家にいないことも、大晦日の食卓をこちらと春菜のところで掛け持ちすることも、外で「夫を義姉と分け合っている情けない妻」と陰口を叩かれることさえ、黙って耐えてきた。けれど、良介が私に向ける声は、いつだって穏やかな中に距離があった。あの日、玉突き事故に遭い、私たち三人の乗った車は無残にひしゃげた。私は大きく膨らんだお腹をかばいながら、痛みに冷や汗を浮かべ、必死に車窓を叩いた。「良介、赤ちゃんを助けて……」良介は運転席から這い出すと、血に染まった私の下半身へ一度視線を落とした。けれど次の瞬間、後部座席のドアをこじ開けていた。良介は、額を少し擦りむいただけの春菜さんを強く胸に抱きしめた。「見るな。大丈夫だ、俺がいる」良介の大きな手が春菜の背中をそっと叩き、何度も何度もその恐怖をなだめていた。一方で、助手席側のドアは変形のせいで完全に開かなくなっていた。良介は恩義を守っていたわけではない。ただ、春菜が少しでもつらい思いをするのが許せなかっただけなのだ。救急車が現場に到着した。消防士が油圧カッターで、私の側の車のドアを切り開いていく。私は座席の下に目を落とした。そこに広がっているのは、私の血だ。下腹部が、波のように何度も締めつけられる。私は両手で必死にお腹を抱えた。七か月の赤ちゃんが中にいる。その子がまだ動いているのか、もう分からなかった。私は車内に差し込まれた担架の上に、力なく倒れ込んだ。救急医は酸素マスクを私の顔にかぶせ、外へ向かって声を張り上げた。「ご家族は?妊娠何週ですか?母子手帳は持っていますか?」良介は腰をかがめ、ティッシュで春菜の額にできた二センチにも満たない傷を拭いていた。医師がもう一度叫んだ。良介は私のほうへ顔を向け、口を開きか
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