Todos os capítulos de 離婚互助会カウントダウンクラブ: Capítulo 11 - Capítulo 20

24 Capítulos

第十一話

二人は車で、郊外に向かって走っていた。「何をしに行くつもりなんです?」ハンドルを握る沙月が聞くと、助手席で缶コーヒー片手に美沙が答える。「プチ身上調査、まあ、水口さんの旦那さんってどんな人なのかを、一度見に行ってみようってところね」「それって違法じゃないんですか」「プチだからね、違法になるほどのことはしないから。たまたま行った釣り堀で、たまたま見かけた人に、たまたま世間話に付き合ってもらうだけだもの」「随分と仕組まれた“たまたま”ですこと」「そこは、ね、気づかないふり〜」やがて二人は、町場を少し離れた河原にある小さな釣り堀に着いた。四角いコンクリ池にトタン屋根で日陰を作っただけの、古びた釣り堀だ。ペンキ塗りの看板の文字は日に焼けて剥がれ落ち、かろうじて“堀”の文字だけが読み取れた。目的の人物は、池のほとりに置かれたビールケースに座って、釣り糸を垂れながらコンビニのおにぎりを食べている最中だった。中肉中背、顔立ちは派手ではないが太めの眉が誠実そうに見える、普通の好青年。それが水口大吾である。彼の姿を見つけた美沙は、口の中で小さく「チッ」と舌打ちした。「マジで釣りに来てんじゃん、暇人か!」沙月はそんな美沙を宥めようとする。「まあまあ、釣りに行くって家を出たんだから、それは釣りに来て当然でしょう」「わかってないなあ、釣りとか、パチンコとか、図書館とか、一日中ヒマがつぶれてソロで出かけるような趣味って、浮気の言い訳に使われがちなのよ」「まるで、浮気を期待していたみたいに聞こえますけど?」「期待はね、してたわよ、だって不貞って離婚訴訟のとき手っ取り早くカタがつくからね」「美沙さんは、水口さんご夫妻を離婚させたいんですか?」「いや、実を言うと、そこまで“離婚”という結果にこだわってるわけじゃなくってね、ただね、“離婚も選択肢の一つ”くらいの覚悟を持ってほしいんだよね、だって……」美沙が沙月をじっと見つめる。「離婚したくない……つまり嫌われたり相手を怒らせたくないから、言葉を飲み込んじゃうんでしょ」その鋭い目線は、まるで心の奥底まで見透かそうとしているかのよう。沙月は、ちょっと居心地の悪い気分になる。「み、水口さんの話、ですよね?」「さあね」ちょっと首をすくめて、美沙は話を切り上げた。傍の釣り竿たてから適当な2本を取り
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第十二話

沙月が頼まれたのは水口夫妻の実家からの援助の“見える化”――つまり家計の調査と計算である。彼女はそれを家に持ち帰り、食事の後のリビングでノートパソコンをパツパツといじっていた。「一番大きな援助は旅行代よね、あとは外食やお裾分けなんかの、食費援助、それに衣服代……なるほど、衣服代か……」沙月はパソコンを置いて立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。一番手前、目につくところにあるのは綺麗に畳んだ下着と普段着。奥の方は、きっちりと積み上げられた衣装ケースとハンガーにかけられたワンピースが、狭いクローゼットの三分の一ほどを埋めている。沙月は、そのうちの一つを手に取った。シャラリと指に心地よいシルクの手触り。高級ブランドで、物は悪くないのだが……「沙月?」突然、寝室に入ってきた陽介は、沙月が手にしたワンピースを見て言った。「何そのば……レトロなワンピース、そんなの持ってたんだ?」「これ、あなたのお母さんがくれたのよ、もう着ないからって」「で、それ、どうするの?」「そうね、着ないから……いずれ捨てようかなと」「えっ、もったいないじゃん、着なよ。母さんは着道楽だからさ、多分それ、高い服だよ」「でもねえ、さっきあなたも言ったじゃない、ばばくさいって」「言ってないよ! 俺は……レトロだって言ったんだよ!」ここで、言葉を飲み込むことは簡単だ。沙月の胸の内に、蕾が一つ、ふっと生まれる。適当に「じゃあ、気が向いたら着ようかな」とでも答えて、クローゼットの扉を閉めればいいだけ。そうすれば誰も不快な気持ちになることもないし、喧嘩のリスクも回避できる。でも……「お義母さんに伝えてもらえないかな、私、こういうのは着ないから、いただいても無駄になりますって」沙月としては随分と思い切った言葉だったのだが、陽介はそれを、軽い会話の一部としか思わなかったらしい。「いいじゃん、くれるっていうんだから、もらっておけば」「でも、本当に着ないのよ、だから、こうやってしまっておくのに場所を取るの。だから、一度捨てちゃおうかなって……」「人からもらったものを捨てるのは失礼だろ、それに、いつか着る機会もあるかもだし、捨てなくてもいいじゃん」「でも……」「あー。はいはい、わかったよ」陽介は片手をあげて沙月の言葉を遮った。「つまり、俺が母さんに言えばいいんだろ、
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第十三話

二人がカウントダウンクラブにつくと、純恋は事務室の隅っこにある応接スペースで、事務員の高根さん相手に世間話をしている最中だった。高根さんは定年後の暇つぶしとしてパートで働いているおばさまで、人生経験が豊富だ。それに、話し方ものんびりと棘がなく、相手に安心感を与える。だからだろうか、純恋は見るからにリラックスしている。紅茶のカップを両手で包むようにしてニコニコしている姿は、年相応の華やぎがある。美沙がズカズカと歩み寄って、無遠慮に聞いた。「何話してんのー?」純恋の肩がわずかに強張る。それに気づいているのかいないのか、高根さんは緊張感のかけらもない声で答えた。「内緒話よー」「えー、私にも内緒なんですかー?」「もちろんナイショー、ね、水口さん?」純恋が小さく笑った。「はい、内緒です」美沙は、それ以上追求するような野暮はしない。「はいはい、内緒なのね」ライダースをさりげなく脱いで、純恋の対面に座る。逆に高根さんは立ち上がり、沙月に席を譲った。「私はそっちで作業してるから、水口さん、困ったら遠慮なく呼んでね〜」沙月は席を引き継ぎ、ノートパソコンを開く。ふと顔を上げると、純恋は落ち着いた顔をしていた。沙月の肩からも力が抜ける。「じゃあ、早速始めましょうか」突然、美沙が沙月の言葉を遮って、得意げに立ち上がった。「題して! “あなたのバラを査定しちゃいまショウ!”」沙月が美沙の袖を引く。「ちょっと、美沙先生」「何よ」「ここは私に任せて」沙月はエクセルを開いた。「さて、今から始めるのは、あなたが言葉を飲み込む代わりに、どれだけの利益を得ているのかの査定です。ですが、正式なものではなくあくまでも目安ですので、気楽に考えてください」「はい」「まずは、二ヶ月に一度はご旅行に行くとおっしゃっていましたね、金額的には、これが一番大きな受益となります。他に、家を買う時の補助や車のローンの援助などは?」「ないです、うちは賃貸ですし、車は自分で買いました」「わかりました。他に、食費補助……つまり頂き物なんかもありますよね?」「ありますね、お家に行くたびにいろんな食材をお土産にくださって……」「それも計上しましょう、あとは外食などもありますよね」他にも記念日の贈り物や、日用品を買ってもらったり、大きなものでは家電など……一つ一
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第十四話

これは、言えないな——と沙月は思った。「ふふっ、どうやって来てもらったかって? それは、ナイショ」そう言いながら遥子が連れてきた純恋の義母、英恵は声の大きな人だった。悪気があるわけではない。おそらくちょっと耳が弱いのだろう、声を張り上げる癖がある。そのせいで話しかけられると威圧感がある。「なあに? 純恋ちゃん、私に話したいことがあるんですって?」純恋の肩がわずかに震えた。沙月はこの時初めて、この義母と嫁の間にある、目には見えない問題点に気づく。「やあねえ、言いたいことがあるなら、言ってくれればよかったのに、家族なんだから!」英恵はあっけらかんと言うが、純恋は自信なさげに小声で返す。「家族だからこそ、言えないことっていうのもあるじゃないですか」「ないない、ないわよ、そんなの! なんでも言ってちょうだいよ!」きっと、こうしたやりとりが、これまで何度も繰り返されたことだろう。そしておそらく、本人たちは気づいていない。「ほら、純恋ちゃん、言って?」「えっと、旅行代のことなんですけど……」「ああ、いいのよいいのよ、気にしないで」「えっ」「うちはもう、年寄り二人だから他にお金を使うこともないでしょう、だからあなたたちにお金をかけるのが趣味、みたいなところがあってね、だから負担に思わないでちょうだいな」「そういうことでは……ないんです」まず、英恵は勝手な解釈で話を進める。そして、それを矯正する強さが純恋にはない。だから会話が噛み合わない。「ですから、せめて、旅行の回数を……」モゴモゴと口の中でつぶやく純恋の背中を、美沙がそっと叩く。「頑張って! ここで言わないと、何も始まらないよ!」「でも……」そんな中、遥子がすっと片手を上げた。「ちょっといいかしら?」純恋がビクッと身を震わせる。遥子は、そんな彼女に向かってふんわりと微笑んだ。「まずは薔薇を、お話は、それからでもいいんじゃない?」遥子はみんなを薔薇の部屋へと導いた。黄色いバラで満たされた大きな花瓶は、すでに部屋の真ん中に置かれて、淡い色彩に似合わぬしっかりとした存在感を放っている。遥子はそのうちの一本をすっと引き抜いて、英恵に差し出した。「これは、純恋さんが、今まで言えなかった言葉たち」英恵が怪訝そうな顔をしながら、その薔薇を受け取る。「言えなかった?
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第十五話

今日も大吾は、川沿いの古びた釣り堀で一人、釣り糸を垂れていた。近づく人の気配をふと感じて顔を上げれば、それは妻である純恋で。大吾は特に驚くこともなく、自分の竿をちょっと持ち上げてみせた。「やるか?」「いい、自分で借りてきたから」ずりずりと音を立ててビールケースを引っ張ってきた純恋は、大吾と肩を並べて座った。指の先で練り餌を丸めて、針の先にちょいと丸める。なんの迷いも戸惑いもない慣れた仕草で竿を振れば、小気味良い水音がじんわりと響いた。 ぽちゃん。大吾が笑いながら言う。「そういえば、川釣り教えるって約束、まだ果たしてないな」二人は大学のアウトドアサークルで出会った。デートは山へ行ったり、海に行ったりといった野外活動が多かった。新婚旅行も、奮発してスイスへスキー旅行に行ったほどの、アウトドアカップルだった……のに。「最近じゃ君は、旅行に行っても、宿で風呂に浸かってばっかりだ」「私だって好きでお風呂に入ってるわけじゃないわ」「そうなのか、じゃあ……」「あっ、引いてる!」大吾が竿を立てる。竿の先は大きくしなって、フナが水面の一枚下で胴をうねらせるのが見えた。「タモ! タモは?」「そこ、そこにあるだろ!」大騒ぎしながら二人がかりで大きな鮒を引き上げる。大吾は、鮒の口から針を外しながら笑った。「やっぱ、こういうのがいいよな、学生の頃を思い出す」純恋も笑う。「私も。覚えてる? 学校の池でサークル仲間と釣り大会を開いて、みんなで怒られたじゃない?」「あー、あったあった、部長がヌシを釣るんだって言い出した、あれな」二人は恋人同士だったあの頃を思い出して、遠慮のない笑い声をあげた。ひとしきり笑い合った後で、純恋は黄色い薔薇を取り出して、大吾に差し出す。「これは?」怪訝な顔をする大吾の手の中に薔薇を押し込んで、純恋は言った。「私たちは、きちんと話し合うべきだと思うの、だって、学生だったあの頃とは違うんだから」大吾は黙って、手の中に押し込まれた薔薇をじっとみる。花を渡された意味はわからないけれど、確かに話し合うべきなのかもしれない。「そうだな、じゃあ、こっちにおいでよ」大吾に言われた純恋は、自分の座っていたビールケースをさらに彼のすぐ隣まで寄せる。並んで釣り糸を垂れながら、二人はポツポツと言葉を交わした。「俺はさ
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第十六話

沙月は、まだ夫を愛している。多分——最近の沙月は、うっかり夫の行動を試算する癖がついてしまった。今日は夫が夕食の支度をしてくれるということで、食卓には焼肉が並べられている。「最近お疲れ気味みたいだからさ、ちょっと奮発しちゃったんだ」肉はスーパーの焼肉セット2人前パックが一つと、ちょっとお高い黒毛和牛の小さなパックが一つ。お値段は両方合わせて3,830円。野菜は冷蔵庫にあったものを使っているからノーカウント。野菜を洗って切って並べる手間に対しては、“名もなき家事”代として五百円は加算しても妥当だろう。だがそれ以上に、疲れた妻を気遣う気持ちの優しさには、値段のつけようがない。それが“愛”なのだと沙月は思っている。「さあ、食べようか」食卓につくと、ホットプレートはすでに適温に温められていた。陽介はまず、和牛のパックを開ける。「飛騨牛だってさ、見た目からして、もう違うよな、見ろよ、このサシ!」彼は大興奮で肉をホットプレートに置く。溶け出した油がじゅうじゅうと音を立て、鼻腔の奥まで満たす香ばしい匂いに、沙月の胃が図らずもグウと鳴った。「ははっ、すげえ音、そんなに腹減ってるのか」陽介は最初に焼き上がった一枚を、沙月の皿に入れてくれた。それは表面をしっかりと炙って中はほんのりと赤みを残した、最高の焼き加減だった。口に入れれば良い肉特有の、とろりととろける脂の旨みが心地よい。「美味しい!」思わず声を上げた沙月を見て、陽介はにっこりと笑った。「うまいもの食うと、元気出るだろ?」陽介は自分の皿にも一枚、そして沙月の皿にももう一枚、肉を置いた。こうした愛情は、金額に換算できるものではない。「そうね」沙月は野菜の皿を手に取り、キャベツをごそっとホットプレートに置いた。「野菜も食べて、体にいいから」「お前もちゃんと野菜食えよ、ほら、玉ねぎも焼こう」野菜を押し付けあったり、肉を分け合ったり。楽しく焼肉を済ませた後で、陽介は箸を置きながら言った。「片付けはさ、明日の朝、俺がやるから置いといて」これだけを聞くと、確かにいい夫だ。だが沙月は、虫が来ないように食べたものはすぐに片付けてしまいたい主義だ。「いいわよ、片付けくらい、私がやるから」「いいからいいから、今日は座っててよ」「でも……朝、そんな片付けなんかする時間があるの
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第十七話

カウントダウンクラブのロビーには、いつもよりも強めの照明が灯っていた。ロビーの片隅にあるソファでは、遥子が毛布をすっぽり被った少女を抱きしめ、背中をさすり、耳元で何か囁いて、慰めている最中だ。沙月は入り口近くに立つ美沙に声をかけた。「あの子は?」「DVオヤジから逃げて来たんだって」よく見れば歳の頃は中学生ぐらい。わずかにはみ出した細い手足はどこもアザだらけ。毛布の下にはさらにどれほどの傷が隠されていることか……何より哀れなのは、あどけなさの残る可愛らしい顔の右半分が、目も開かないほどに腫れ上がっていることだ。目の周りには試合後のボクサーみたいな、くっきりとした紫色のアザが浮き上がって痛々しい。少女はぎゅっと身を縮めて、何かを両手の中に握り込んでいる様子だった。時折「お母さんが……お母さんを……」と何か呟く声が聞こえる。そこへエレベーターが開き、千葉さんが降りてきた。千葉さんは清掃を担当しているおばあちゃんで、沙月は、動きやすい作業着を着てニコニコしている彼女しか見たことがなかった。だけど今の彼女は、動きやすそうな薄手のニットにパンツスタイルで、顔つきも心なしか緊迫感を孕んでいる。「遥子さん、四階の準備できたわよ」それから千葉さんは優しそうに眉尻を下げて、遥子の腕の中にいる少女にまっすぐ向き合って両手を広げた。「いらっしゃい」少女はおずおずと体を揺らす。「でも……お母さんが……」「今日はもう、頑張らなくていいのよ、まずはご飯を食べて、お風呂に入って、少し寝ましょう、ほら、いらっしゃい」少女は躊躇いながらも、遥子の腕の中から抜け出し、ずっと握りしめていたものを差し出す。「お願いです、お母さんを、助けてください」それは手汗に塗れ、くしゃくしゃになったカウントダウンクラブのバラが箔押しされたカードだった。それを受け取る遥子の顔に笑顔はなく、沙月が今まで見たことがないほどに真剣な表情だった。「わかったわ、この件、カウントダウンクラブが責任を持って承ります」千葉さんが少女の肩を抱く。「さあ、行くわよ、着替えも用意してあるの、気にいるものがあるかしら?」すれ違う時に、遥子がボソッと呟くように言った。「医者は?」「手配済みです、じきに来るかと」「そう、この子のことは、任せるわね」エレベータに乗り込む二人を見送って、沙
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第十八話

カウントダウンクラブにやってきた男、黒崎は無骨な男であった。体格はがっしりと四角く、顔も四角く、短く刈り込まれたごま塩頭が彼の無骨さをさらに引き立てている。だが、相手が大人の男だというだけで恐怖を感じるのか、朝食の席で引き合わされた少女は、僅かに肩のあたりをこわばらせた。「三島佳奈です」「黒崎だ」差し出された包帯だらけの手を、黒崎はそっと握る。彼の視線はほんの一瞬、真っ白いガーゼが張られた彼女の顔に落ちたが、表情は何も変わらなかった。余計な力は入れない。余計な言葉も言わない。「一つだけ約束してほしい」「なんですか?」「決して一人にならないこと、ここには大人がたくさんいる、誰でもいいから、必ず、大人と一緒に行動するんだ」ゆらぎのない静かな声と、節くれだって荒れた暖かい手の感触に、少女の眉尻が僅かに下がった。昼頃、沙月がカウントダウンクラブにきた頃には、二人は会話を楽しむくらいに、すっかり打ち解けていた。とはいえ、無口な黒崎は無駄のない相槌を打つ程度だが。「本当は学校に行きたいの、でもこの顔じゃ、みんなをびっくりさせちゃうかなって」「季節外れの夏休みだと思えばいい」沙月の後ろから入ってきた遥子が、その様子を見て目を細める。「随分と懐かれたわね」黒崎は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。「ご無沙汰しています、遥子さん」「こちらこそ、急に呼び出してごめんなさいね」「いえ」黒崎は、膝をついて少女と目線の高さを合わせる。「おじさんは、ちょっと用事を済ませてくるから、ここからは、マダムと一緒にいてくれ」「もう戻ってこないの?」「いや、用事が済んだら戻ってくる、君が嫌でなければ、一緒に夕食を食べよう」黒崎と沙月は連れだって部屋を出た。沙月は黒崎とは初対面である。後ろを歩きながら、会話を試みる。「あの、早坂です、初めまして」「どうも、黒崎です」「お仕事は何を?」「元自衛官です、すでに退役しておりますが」余計なことは一切口にしない。素気ない訳ではないが、会話が広がらない。だが、目の前にある大きな背中は安定感があって頼もしい。安心感はあるが、人付き合いは下手そうなタイプだ、と沙月は思った。だが、相性というものがある。どうやら美沙は、この無骨な男のことがかなり気に入っているらしい。応接室にはいると、黒崎の顔を見た
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第十九話

三島家を訪問するために、沙月と美沙は“ママさんっぽい”服に着替えさせられた。美沙は軽く毛玉の浮かんだカットソーに、だぼっとしたボトムス。くすんだファンデで顔色を落とし、若さをすっかり隠している。沙月の方は薄手のニットにロングスカートで体型を隠し、やはり老けて見えるようなメイク。二人とも、子供もいない二十代の女性にはとても見えない。「つまり、PTA役員のふりをするんですね」インカムを髪で隠しながら言う沙月に、美沙が答えた。「そ、役員になりませんかーってお誘いしにきたって設定ね」「ここまでする必要があるんですか?」首を傾げる沙月に向かって、美沙は苦々しい笑いを浮かべた。「ある。虐待をするような男ってね、驚くほど用心深くてね、カメラの一台や二台は仕掛けている前提で動くのがセオリーなの」「一般のご家庭なのに?」「一般のご家庭でも、今、ペット用だったり赤ちゃん用のカメラがいくらでもあるでしょ」美沙と沙月について三島家のあるハイツの六階まで上がった黒崎は、階段室の前で足を止めた。「私はここで待機します」沙月が不安そうな顔で振り向く。「えっ、黒崎さん、一緒に来てくれないんですか?」「はい、ですが、身体的危険があると判断した場合は、すぐに踏み込みますのでご安心を」美沙が沙月の袖を引いた。「ここから先は、どこに監視カメラがあるかわからないから、男である黒崎さんが映るのはまずいのよ」黒崎も頷く。「俺だけじゃない、お二人も、カメラがある前提で動いてください」沙月は気づいた。相手は、まだ中学生の実の娘に怪我をさせるほど暴力性の強い男だ。大人で、しかも他人である自分なら、どれほどの目に遭わされることか。「今回の目的はあくまでも、現況の確認と本人の意思確認です。深入りしないように」黒崎の言葉に、沙月は深く頷いた。「わかりました、気をつけます」沙月と美沙はマンションの無機質な廊下へと歩を進める。どこにでもありがちな、どこまでも普通のマンションの廊下。どこかでカレーの匂いがする。三島家は、同じ形のドアが幾つもならんだうちの、一番奥の部屋だった。無個性なドア、表札は出ていない。チャイムを押せば、応答の声が返ってくる。『はい』思ったよりも“普通の”声。もっと傷ついて弱々しい声か、あるいは応答すらしてもらえないことを想定していた沙
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第二十話

物腰も柔らかい。口調は穏やかで、顔には人の良さそうな笑みが浮かんでいる――だが、危険な男だと、本能が訴える。イヤホンから指示が飛ぶ。『ここは美沙先生に任せて、沙月さんは無口なふりを!』沙月は一歩下がって、顔を伏せた。逆に美沙は一歩前に出て、バカっぽくヘラヘラと笑う。「どーもー、第三中学PTAでーす」男の目の奥からは、まだ警戒の色が消えない。「PTAが、うちに何しに?」「来年のー、役員お願いできないかなってー、みーんなのとこ回ってるんですー」「ああ」男はひときわ低い声を出す。「うちの、なんて言ってました?」「んーと、いっしょーけんめー説明したんだけどー、“夫に聞かなくちゃ”の一点張りでー、断られちゃいました!」「そうですか」男が急に饒舌になる。「まあ、PTAの活動の重要性も十分承知はしているのですが、俺はあいつが役員になるのは反対です、家のこともろくにできない女ですから、外に出しても他人様に迷惑をかける未来しか見えませんからね」沙月は思わず後ずさりそうになる。だが、その足の動きよりも早く、インカムから聞こえる声。『動かないで!』続いて、まるで宥めるような、低く確かな声。『大丈夫です、本当に危ない時は私が出て行きます、今は、怪しまれずに戻ってくることだけを考えてください』沙月は顔を伏せたまま、ゆっくりと深呼吸する。その間にも、美沙の“芝居”は続いている。「そうなんですねー、わかりましたー、役員は他の方にお願いしますねー」「そうしてください」「ではー、これでー」踵を返して去ろうとする美沙に向かって、男が言った。「そういえば……」美沙の足が止まる。沙月もぴくりと肩をすくめる。男は、とびきり優しそうな笑顔を浮かべていた。「うちのやつ、娘のこと、何か……言ってました?」小さく振り向いた沙月は、男がこちらを試すような視線で睨め付けていることに気づいた。暗く沈んだ眼差しが美沙と沙月の一挙手一投足を射抜く。慌てて目を逸らしても、こちらに向けられた視線の気配は張り付いて消えない。美沙は振り向いて、心底不思議そうな顔で聞き返した。「いいえ、何もー、何かあったんですかー?」男の薄い唇の端が、満足したかのようにうっすらと笑みの形に吊り上がった。「いいえ、何も。気をつけてお帰りください」男の視線に怯えながらエレベ
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