All Chapters of 離婚互助会カウントダウンクラブ: Chapter 21 - Chapter 25

25 Chapters

第二十一話

愛と束縛は隣り合わせなのかもしれない――深夜。沙月はダイニングのテーブルの上に、ノートパソコンを広げていた。パソコンの横には佳奈から聞き取った三島家の経済状況のメモが、無造作に並べられている。沙月は今、三島家の経済虐待の状況についてまとめている最中であった。パジャマ姿の陽介が、眠たそうな顔でふらりと入ってくる。「なんだ、まだ起きてるの?」「うん、これだけ終わらせちゃおうと思って」「じゃあさ、コーヒーでも淹れようか、それともカフェオレがいい?」袖をまくりながらキッチンカウンターに入る陽介に向かって、沙月は聞いた。「ねえ、もしもよ、私が仕事を辞めて、陽介の収入の中から生活費を頂戴って言ったら、いくらくれる?」「なんだ、仕事辞める予定、あるの?」「違うの、あくまでも仮定の話として」「そうだな、家賃、光熱水費、それに各種保険料……」「そういうところは抜きにして、純粋に食費と雑費としていくらか欲しいって言った時の話よ」「そうだなあ……」陽介はコーヒーの用意をしながら少し考え込む。「食費だって、それなりにかかるだろ、あと、細々した金は出ていくだろうし、子供でもできたら幼稚園の金や付き合いや……」しばらく考えた後で、陽介は「うん」と短く頷く。「俺なら通帳の管理を君に任せるかな、そこから小遣いもらう方が、気軽でいいや」「なるほどね」沙月はパソコンの画面に目を落とす。聞き取りをした結果、三島親子に渡されていた“生活費”は月五万円程度だったことがわかっている。そこから味噌、醤油、米を含む食費を出して、中学生の娘の身の回りのあれこれを整えてやったら、月五万ではとても足りない。真由美はその不足分を補うために、夫に内緒でパートを始めた。今回、そのことがバレて暴力を振るわれたらしい。数字に強い沙月は、気がついた。「これは……経済的な自由を奪うことによる束縛ってことね」カップを手にした陽介が、沙月の隣に戻ってくる。「ん〜、なんのこと?」「例えばだけど、私が浮気をする恐れがあるとするじゃない?」「えっ!」「例えばの話だってば、浮気なんかしないから!」「ああ、びっくりした、それで?」「その場合、私の行動を制限するには、経済的な自由を奪うのって、有効だと思わない?」「確かに、お金がなかったら化粧品も買えないし、男と会いにいく交通費
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第二十二話

翌朝。陽介は沙月が起きるよりも早くに家を出たようだ。ダイニングテーブルの上には菓子パンが二つ、ポツンと置かれていた。どうやら彼は、まだ腹を立てているらしい。だが朝食はちゃんと食べろよと、心配してくれたということだろう。二つともが自分の好物であることに気づいて、沙月は小さく微笑む。彼のこういうところが、好き――だから、離婚までする気はない。それでも、沙月にだって譲れないものがある。沙月はノートパソコンを開き、昨日のうちにまとめた三島家の家計状況に関する調査書を美沙に送信した。送信完了の文字を見てからようやく、沙月は安心してノートパソコンを閉じる。胸に手を当ててみる。そこに確かにしっかりと、真っ赤な薔薇の気配を感じた。沙月は菓子パンを手に取ると、その袋を丁寧に開けた――同じ頃、カウントダウンクラブ四階の宿泊室では、ちょうど三島佳奈が目を覚ましたところだった。顔にも、手足にも、まだ巻きつけられたままのまっ白い包帯が痛々しい。だがその表情には、年頃らしい明るさが戻りつつある。佳奈は時計を見る。既に一限目が始まっているような時間だ。「本当に、夏休みみたい」佳奈は笑いながらベッドを抜け出し、扉を開けた。ちょうどエレベーターが開いて、遥子と黒崎がおりてくるところだった。遥子は、佳奈の顔を見るとにっこりと笑う。「どう? ゆっくり眠れた?」「はい!」「そう、それはよかったわ、ところで、少しだけ、真面目な話をしていいかしら?」佳奈の顔がわずかに強張る。それを見た遥子は、スッと腰を屈めて彼女に飴を差し出した。「そんなに身構えなくても大丈夫よ、あなたを守るための、そうね、簡単な作戦会議だから」「私を……守るため?」「ええ、大人たちがどれだけ頑張って作戦を立てても、肝心のあなたが作戦を理解していなかったら、困っちゃうでしょ?」「それは、はい」「いい子ね、あなたは強い子だわ」佳奈の手の中に飴を握らせて、遥子はしゃんと背筋を伸ばした。「わからないことがあったら質問してね、まず、弁護士のお姉さんが、虐待の証拠を持って児童相談所に、もう向かっているわ、今回は緊急の案件だし、ミサ先生は有能だけど、それでも……正式な保護までに三日はかかるでしょうね」「その間、私はどうすればいいですか、お父さんのところに……帰されちゃう?」「いいえ
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第二十三話

佳奈は、カウントダウンクラブの大人たちは"父とは違う"ことを知った。ここでは、自分の言ったひと言で相手が機嫌を損ねるかもしれないと、必要以上にビクビクする必要はない。「私、絵を描くのが好きなの」自分の素直な本音を言っても、千葉さんがニコニコしながら聞いてくれる。だから佳奈は、これまでどんな生活を送っていたのか、ポロポロとこぼすように語り始めた。「お母さんはね、私を絵の教室に通わせたくて、それでお仕事を始めたの」「そうなのね」「でもね、お父さんは、俺の稼ぎが少ないって嫌味か、って怒ってね、それで叩かれたの」「痛かったでしょ?」「痛かったけど、でも……だから……悪いのはお母さんじゃなくて、絵を習いたいなんて言った私なんだと思う」「ああ、佳奈ちゃん」千葉さんが佳奈をぎゅっと抱き寄せる。「誰が悪いか悪くないかじゃないの、佳奈ちゃんが痛い思いをした、それだけは事実なんだから」なにか粗相をしても、その失敗を体罰で責められることはない。「ごめんなさい。ごめんなさい、コップ落としちゃって、ごめんなさい……わざとじゃないの、わざとじゃないの……」怯えきった佳奈に、遥子がゆっくりと寄り添う。「大丈夫よ、それより、怪我はない?」「はい、でも、ごめんなさい……」「いいから、こちらへいらっしゃい、危ないから、破片に触っちゃダメよ」好きな色を選んでも、誰も馬鹿にしない。美沙がパジャマを並べる。「パジャマ、ピンクと赤と水色と、どれが可愛い?」「でも、私、子供じゃないから、ピンクは……」「私、子供じゃないけど、ピンクも緑も青も白も着るけど?」「あ、じゃあ……」水色のパジャマを手に取れば、美沙がニヤッと笑う。「わかる、可愛いよね、その色」誰かに怒鳴られる心配もなく、突然の暴力を振るわれることもなく、佳奈はその夜、何も恐れることなく、ぐっすりと眠った。事件が起きたのは翌日の朝だった。佳奈はその時、黒崎と二人で朝食を食べていた。「佳奈ぁー! ここにいるんだろぉー!」突如響き渡る怒声。佳奈の父親が、カウントダウンクラブに押しかけてきたのだ。佳奈は食べかけていたパンを取り落とし、テーブルの下に潜り込んだ。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」頭をガッチリと抱え込み、手足をギュッと縮めて亀のように背中を丸める。階下からは、再び
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第二十四話

午後遅くなってカウントダウンクラブを訪れた沙月は、ことのあらましを美沙から聞いて、眉を顰めた。「それで、佳奈ちゃんは今、どうしているの?」美沙と沙月は、エレベーターで四階へ向かっているところだ。狭いエレベーター内には緊迫した空気が満ち満ちている。「千葉さんがついていてくれているけれど、状態は良くないみたい」「良くないって? まさか、怪我を?」「違う違う、自分が逃げ出したせいで、お母さんが殴られるんじゃないかって、怯えちゃって、うん……」美沙は少し首を傾げる。「そっか、沙月さん、被虐待児を見たことないんだっけ?」「ありません……ね?」「いやいや、顔見ただけでわかったわ」美沙が戸惑いながら口を開いた。「まあ、私もそっちは専門外なんだけどね、そうね、私たちが今、一番恐れているのは、佳奈ちゃんが“お母さんを助けなくちゃ”って思ってしまうことなのよ」「それは、子供なら誰でも思うんじゃないですか?」「そうなんだけどね、気持ちの重さが違うっていうか、テンパり方が違うっていうか……なんていうか……」「あ。着きましたよ」エレベーターの扉が開くと、千葉さんが、真っ青な顔でこちらにかけてくるところだった。「佳奈ちゃんとすれ違わなかった?」美沙の顔もサッと青ざめた。だが、沙月はそんな危機感に気づきもしない。「いいえ、見ませんでしたけど、佳奈ちゃん、どうかしたんですか?」「いなくなっちゃったのよ!」「トイレでも行ってるんじゃないですか?」「トイレも探したけど!」沙月には、千葉さんが焦っている理由がわからなかった。「たとえあの子が逃げ出したとしても、一階で黒崎さんが見張っているんでしょ、そこで気がつくはずでは?」美沙が「ああー」と低い声で唸る。「わかってない、沙月さん、追い詰められた人間ってのをわかってないわ」エレベータが開き、遥子がおりてくる。「ダメね、建物の中にはいないわ」ガツンガツンと金属の非常階段を駆け上がる音が聞こえて、黒崎が階段室のドアを開けて飛び込んでくる。「申し訳ありません、私の、失態です」遥子がキリッと背筋を伸ばす。「謝罪よりもまず、状況報告を頂戴」「はい、佳奈さんは大人たちの目をくらますため、二階の窓から壁づたいに、近隣の屋根へ飛び移って脱出したものと思われます」沙月は呆れてため息をつく。「何でそこま
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第二十五話

沙月と黒崎、それに遥子がエレベーターホールを降りると、三島家の前には数人のおばちゃんたちが集まっていた。「ねえ、これ、やばいんじゃない?」「どうするの、警察呼ぶ?」扉の向こうからは身もすくむような怒声と、物を叩き壊す音。都会の近所付き合いは希薄だ。隣家で大きな物音がしたぐらいでは、腹を立てることはあっても心配まではしない。それなのにこんなに人が集まっているというのは、それほどの暴力がこの扉の向こうで振るわれているという証左でもある。ドアの向こうでまた一つ、おそらく家具を引き倒したのであろう大きな音がした。黒崎は眉を顰め、おばちゃんたちをかき分けるようにしてドアの前に進む。「警察を呼んでください」そう言いおいて、ドアノブに手をかける。ドアはあっさりと開いた。不思議そうな顔をする沙月に向かって、黒崎が解説する。「佳奈さんに教えておいたんです、ドアの鍵は開けておくようにって」黒崎はきゅっと顔を上げて、部屋の中を見た。「鍵さえ開けてくれれば、私が必ず助けに行くって、約束したんです」部屋の奥から、再び怒声が響いた。興奮しきって掠れるほど上擦った声。もはや何を言っているのかも理解できない不快な“音”でしかないそれが、沙月を不安にさせる。「行きましょう、黒崎さん」「待ってください、沙月さん、あなたは後ろにいてください」「でも!」「後方支援というやつです、佳奈さんたちを保護したら、二人を連れて一刻も早く退避してください、できますか?」「は、はい」「靴は脱がず、そのまま上がってください」「でも、よそのお家なのに」「いいから、そのままで」黒崎は廊下を進み、リビングへと突入した。そこには目を覆うような光景が広がっていた。もともと家具は少ない家だが、その家具の全てが床に投げつけられて、木端と化している。全ての食器は叩き割られて、その破片で足の踏み場もない。なるほど、靴のまま上がれと言われた理由が、沙月にはようやく理解できた。男は部屋の真ん中で、椅子を振り上げながら何かを喚き散らしている。佳奈と、その母親は声もなく、部屋の隅に身を寄せ合って震えている。完全なる暴虐の光景が、そこにあった。黒崎が声を上げる。「佳奈さん!」顔を上げた彼女の瞳に、わずかに希望の光が灯る。「助けて……助けて!」「オーケーです、よく言えまし
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