ペン先が紙へ近づくたび、紙の繊維がこちらに身構えるように見えた。 空白の欄には、まだ何も書かれていない。 ただ、凹みだけがある。 凹みは、書く前の筆圧の癖だった。 癖は、誰かの体温を運んでくる。 私の体温。 私の癖。 そう思った瞬間、喉の奥がひりついた。 違う、と言いたかった。 でも、何が違うのか、自分でもすぐには言えなかった。 部屋に入ってから、音の聞こえ方が少し変わっていた。 広間のざわめきは扉の向こうにあるのに、完全には遠ざからない。水の中で聞く声みたいに、輪郭だけが丸くなって残っている。 ここは静かな部屋なのではない。 声を鈍らせるための部屋なのだと思った。 そう思ってから、また嫌になった。 部屋に意味を与えた瞬間、私はもう、この部屋の使い方を理解している。 町内会の女は、椅子に座らないまま私の手元を見ていた。 視線が、ペンと紙の間に細い糸を張る。 糸なのに、切ろうとすると手を切りそうだった。 「ほら、落ち着いて」 女はやさしい声で言った。 やさしい声は、命令より逃げ道がない。 「線を引いたのも、あなた」 女の指が、受理番号の並ぶ欄を軽く叩いた。 「番号が通った。通ったら、戻れない」 戻れない。 その言葉は、説明のようでいて、もう判決に近かった。 私はペンを置いた。 置いた音が、机の上で乾いて鳴った。 置いた瞬間、女の目が少しだけ細くなる。 拒否として受け取ったのだろう。 拒否は、罪になる前に、別の言葉へ変えられる。 「書かないのね」 女は、残念そうに言った。 残念そうに言うのが上手い。 残念そうにされると、こちらが何か悪いことをした気になる。 「書けない」 私は短く言った。 言い切ると、少しだけ胸が楽になった。 楽になった瞬間が危ない。 楽になった人間は、次に妥協する。 女は帳面を閉じなかった。 閉じないまま、紙の角をそろえる。 そろえるだけで、手続きが進む気配がした。 「だったら、あなたの代わりに進める」 女が言った。 「代わりに、って」 私が言いかけたとき、扉の向こうが、こん、と鳴った。 小さな合図だった。 内側の空気が、一段だけ締まる。 女は扉の方を見なかった。 見ないまま、声だけを落とした。 「次が来た」 扉が開き、会長が顔を覗かせた。 会
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