All Chapters of 偽悪役令息は偏食魔王に溺愛される: Chapter 1 - Chapter 5

5 Chapters

*序章

「――下げろ」  冷たく放たれた言葉とともに、エリオットは湯気を立てているスープ皿を手に取った。言葉以上に冷たい視線を痛いほど感じながら、今日もまた一日かけて作った料理を拒まれ、苦労を無にされてしまった、と思いながら。 「この俺に、こんな臭いものを口にしろと言うのか? こんなもので俺の魔力が回復するだなんて嗤わせるな、愚かな人間が」  椅子に反りかえって座るその者には、黒羊に似た角があり、その目もまた闇のように深く鋭い光が宿っている。妖しく光る|双眸《そうぼう》のある顔の造りは美術品のように整い、まるで人知を逸している。何故なら彼は、人ではない――魔王だからだ。 「申し訳ございません、魔王様。ですが、このスープには魔力向上の効能があると……」「人間のくせに俺に指図するというのか?」  黒い瞳に鋭くにらみ据えられてしまうと、エリオットは何も言い返せない。事実この城に来て以来、自分がただの人間以外の何者でないことを、いやというほど彼に思い知らされてばかりなのだから。 それでも、自分がやらなくては。たとえただ人間風情がとののしられようとも、自分が彼の、魔王の魔力を回復させなくては母国に明日はないのだから。そしてそれは、自分の存在価値をなくすことにもなるのだから。 「さ、指図ではございません。ただ私は、魔王様のためを思って……」「では聞くが、実際俺の魔力は向上しているとわかるのか? 魔力も持たぬ人間風情に、魔力の何がわかる。それでよく俺の魔力を向上させて見せるなどと言ったもんだ」  魔王の隣に立ちすくむエリオットに対し、次々と冷酷な言葉を投げつけられる。向けられる視線も氷のようで、腹の底が冷えていく。魔王という存在の不興を買い、その苛立ちを一身に受ける恐怖は、これまでのどんな記憶にも属さないほど強烈だ。 でも、とエリオットは皿の縁を握りしめながら思う。でもここで、自分が魔王の許から逃げ出すわけにはいかない。そんなこと
last updateLast Updated : 2026-06-30
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*第一章 母親殺しと呼ばれた悪役令息 第一話*

「いいだろう? 私だってもう十九だ。馬小屋の仕事ぐらいできる、やらせてくれないか?」「あー……エリオットさま……お気持ちは有難いのですが……ここは俺たちにお任せいただけませんかね」  厩番の人手が足りないことは、もう随分と前から聞いていた。しかも最近では気性の激しい馬が新しく入ったと聞いていたので、何某かの力になれればと思い、早朝から馬小屋に顔を出してみたのだ。そうして馬たちにエサを与え、少しでも役に立てれば――ひいては少しでも誰かに好感を持ってもらえればとエリオットは考えていた。 「そこを何とか頼めないかな、この通りだ」  しかしそれは全く役に立つことはなく、むしろ見知らぬ人間が馬小屋に立ち入ったことで新入りの馬はおろか、他の馬たちまでも騒ぎ立て始める事態になってしまったのだ。 「しかしそう言われましても……現にここはもう手がいっぱいなんですわ」「…………」  年長の厩番が申し訳なさそうにそうエリオットに告げている間も、馬たちは鼻息荒く暴れまわり、飼葉を蹴散らしていなないている。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎに、他の厩番たちもうんざりした顔をしているのが見えた。 「ったく……ご令息様の気まぐれで慣れないことに首を突っ込まれても困るんだよなぁ」「片付けはこっちがやらされるんだっつーのに」  聞こえよがし若い厩番たちが言い交わす言葉が聞こえ、エリオットは居た堪れなくなってくる。しかしそれでも、役に立ちたい気持ちに変わりはなく、つい目の前の厩番の男に縋るように請うていた。 「なあ、お願いだよ。私だけ、未だに馬に懐かれてないから……」  父親は勿論、一番上の兄もその下の兄も、この伯爵位にあるハイランド家の男子は乗馬が得意だ。だがただひとり、エリオットだけが馬に触らせてもらえてすらいない。何故だか馬がエリオットを怖がり、
last updateLast Updated : 2026-07-01
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第一話*2

「エリオット、お前また余計なことをしたらしいな。先程厩番たちから苦情を言われたぞ。馬に触りたいばかりに余計な仕事を増やしてくる、とな。まったく、子どもじゃないんだから要らぬ手をかけさせるな」 屋敷に戻った途端、泥だらけの姿を見咎められ、父に苦言を言われた。父は神経質そうな顔をしかめ、不愉快そうに小柄なエリオットを見下ろしてくる。 「そんな、私は……」「とにかく、母親殺し以上の面倒はもう御免だからな。余計なことをしてくれるなよ」  父にきつくそう言われ、エリオットは黙ってうなずくしかなかった。屋敷の主である父の言うことは絶対であり、エリオットに反論の余地もない。 「大体お前はやることなすこといつも余計なんだ。それなのに先日もまた厨房なんかに出入りして料理を覚えようとしたらしいな。ワシらを毒殺でもしようって言うのか?」「そんなことはありません! 私はただ、みんなに美味しいものを食べて欲しくて……」「ふん、どうだが。母親殺しのお前の言うことなど、真に受けるわけがないだろう」  そう言われてうな垂れるエリオットに、父は冷たい視線を向けてくる。エリオットへの愛情など欠片も感じられない眼差しに、心が押し潰されそうだ。 「まったく。十九にもなってもワガママばかり……。少しは家の役に立つことはできぬのか」  普段であれば、ここで父はそう苦々しく呟きながらエリオットを置いてどこかへ去ってしまうのだが、ふと「……そうか、お前はもう十九になったんだったか」と尋ねてきた。おずおずと顔をあげると、父がいつになく不気味で柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている。 「は、はい……先日無事に十九を迎えました」  確かに先月エリオットは十九歳を迎えたが、庶子であるためか、兄たちのように盛大に祝いの宴を開かれたりすることはなかった。これまでに一度だって、そのようなことをしてもらった覚えもない。
last updateLast Updated : 2026-07-02
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 第二話*1

 それからエリオットが生贄嫁として嫁がされたのはわずか三日後の満月の夜だった。 王宮から用意された粗末な馬車に乗せられ連れて行かれたのは、国の北端にある山のふもと。その頂上にある要塞のような建物が魔王の城だ。 城の象徴的な建物と言える高い塔の脇には入り口となる大きな門があり、そこからエリオットは迎え入れられ、使い魔だという少年に案内されて広間へと通された。 広く薄暗い広間で待ち受けていたのは、玉座のような立派な椅子に気だるげに頬杖をついて脚を組んで座る黒づくめの男。黒羊にも似た角を持ち、深い闇色の瞳に堀の深い顔立ちは、暗がりでもわかるほど美しい。魔王とは言っても、見た目は二十代前半の青年のように見える。 そんな彼に惹き付けられるように見つめていると、エリオットを案内していた小太りの少年が深々と礼をしてひざまずく。 「魔王様、エリオットさまをお連れいたしました」  魔王、と少年に呼ばれた椅子の男は悠然とうなずき、「ご苦労だった、ゼフ」と言ってゼフと呼ばれた使い魔の少年を下がらせる。 「お前が今回の嫁だそうだな」「は、はい……エリオット=ハイランドと申します」「歳は?」「じゅ、十九になります……」「十九の男か……その割には小柄だが……まあ、儀式に差し支えはあるまい。若ければ若いほど、儀式の効果は上がると言うしな」  魔王はそう独り言ちたかと思うと立ち上がり、傍に控えていたゼフに「ただちに儀式の用意をせよ」と命じて広間を去って行く。その上背はエリオットよりはるかに高く見上げるほどで、背には黒く大きなコウモリのような翼があった。 エリオットの顔を、ろくに見もしなかった。何某かの取り柄があるのかとか、そんな質問さえなく、ただ年の頃を聞かれたのみ。しかもこれから何やら儀式が行われるという。 (結婚式でも、するのだろうか……?)  そもそも男性であっても嫁
last updateLast Updated : 2026-07-03
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第二話*2

 儀式の支度としてエリオットを待ち受けていたのは、丁寧な入浴と着替えだった。着替えとして差し出されたのは薄絹のガウン。それを手にしてようやく、エリオットは儀式が何を指しているのかを理解し始めていた。 魔王とこれから臨む儀式――それは、新婚の二人が過ごす初夜、つまり性交を行えというのだろう。 「え、じゃあ私……魔王様と睦み合うのか?」  呟いて思い至るのは、自分が生贄嫁と言う立場であることだ。生贄と言うからには、命がけで初夜に臨まなくてはならないということだろうか、と。 エリオットにこれまで懇意にしたような相手はおらず、そういった経験など皆無だ。最低限の知識として、夜伽の話を聞いたことはなくはないが、それは人間同士のそれである。ましてや、自分が生贄嫁として臨む行為など、知る由もない。そんな何の経験もない自分が、人知の及ばない相手である魔王を満足させられるのだろうか? 不安でじんわりと冷や汗がにじむ。 「でも、もし今からの儀式が上手くいかなかったら……ヴェルクレイン国はどうなってしまうんだ?」  傾く国を立て直すために生贄とされた自分が、儀式を失敗してしまったら。その末路は想像するに恐ろしい。エリオット自身が取って喰われるだけならまだしも、その咎が母国に残してきた家族、ひいては国全体に及ぶことも考えられる。それだけは、避けねばならない。 命じられるまま、流されるままにここまで来てしまったが、これは想像以上に重い役割を課せられているのではないだろうか。 にじむ不安と恐怖に血の気が引く思いで再びゼフに案内されたのは豪奢な造りの天蓋付きの寝台がある広い寝室だった。恐らくここは魔王の寝室なのだろう。 数本の蝋燭の灯りの中、エリオットは不安で気がどうかしてしまいそうな思いで、ただじっと寝台に座っていた。もう間もなく魔王が儀式という名の性交のためにやって来るかと思うと、平常心でいられない。それでも逃げずにとどまっているのは、ひとえに自分に課せられた役割を全うする責任感によるものだった。ここで逃げてしまえば、き
last updateLast Updated : 2026-07-04
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